空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

昭和の写真少年⑩・昔の全裸写真って

 その昭和の終わり頃、黒沢はユキちゃんって子のヌードを撮ってさ。高校時代はとうに思い出になり、黒沢は既に学生でもなくなっていたけどね。
 モデルになるのをOKしてくれた時、彼女は18歳の誕生日を過ぎてたから、ヌードを撮っても別に法的な問題は無かったのだけれど。ただユキちゃんは当時まだ高校3年生で、だから撮影は卒業式が過ぎてからにしたんだよね。
 まっ、「卒業してから働き始めるまでの間の、学生時代最後の春休みに撮った」ってことデス。
 ハイ、例の篠山センセイに倣って、「高校時代の記念に」ってやつでw。当時の黒沢って、篠山センセイが『GORO』で連載していた激写シリーズの影響をモロに受けてたんだよね。

 激写シリーズって、「もしキミが、キミのガールフレンドの裸を撮ったら」みたいなコンセプトで、主に素人の女の子を撮ったものなんだけど。
 何しろモデルは同級生にもいそうなフツーの可愛い子だし、篠山センセイもそれに合わせてわざと下手っぽく撮ってさ。
「下手っぽく」って、露出やピントはちゃんと合ってるのはもちろん、よくよく見ればポーズのとらせ方も巧いしモデルもすごく良い表情しているしで、「さすがプロ!」って感じなんだけどね。でもカメラを半端にかじったレベルで見ると「オレでも撮れるかも」みたいに誤解しちゃうような感じで、プロの技を隠して驚くほど自然に撮ってたよ。
 素人の可愛い子が脱いで、自然な笑顔を見せて自然に動き回ってる姿を抜群のシャッターチャンスで撮っていて、だから脱ぎ慣れたプロのモデルがエロいポーズをとってる普通のヌードとまるで違ってメチャ新鮮で、一大ブームを起こしたよ。もう、まるで「ずっと好きだった、同じクラスのあの子が脱いでくれた」みたいな感じでさ。
 ホント、昭和の終わり頃に青春時代を過ごした男性で、篠山紀信の激写シリーズを知らない人はまずいないと思うよ?

 で、高校を卒業する記念に最後の春休みに撮らせて貰った、ユキちゃんのヌードだけど。以前チハルさんを撮った時と同じように、上の服の胸のボタンを外すところから始めて少しずつ脱がせて行って、フィルム十本使ってパンツまで脱がせてしまったよ。
 その撮った十本のうち、最初の二本は着衣のままでカメラに慣れて貰って、続く二本半でだんだん脱いで貰って下着姿で撮って。そして三本でブラも外して胸を見せるとこから最後の一枚を脱ぐとこまで撮って、残りの二本半で全裸を撮ってさ。
 高校を卒業してまだ間もない子の、何も着てない自然な姿を撮れたんだよ? その日のうちに写真屋に駆けて行ったし、写真が仕上がるのも待ち切れないくらいだったよ。

 けど仕上がった写真を受け取ってみると、撮った写真に比べてプリントの枚数が何か少ないんだよね。
 どの写真の枚数が足りなかったって、ズバリ全裸の写真でさ。全裸でもポーズや構図の関係で写ってないのは大丈夫だったけれど、ヘアがちょっとでも写ってるカットは、ホントにただの一枚もプリントされてなかったよ。
 ちょっと考えてみてほしいのだけれど、ヘアって女の子が全部脱いだら見えるのが普通だよね。写らないように撮るにはいろいろ工夫が必要で、むしろその方が難しいくらいで。
 で、撮ったユキちゃんの全裸の写真のうち、ちゃんとプリントして貰えたのは三枚か四枚に一枚くらいだったな。もちろんエロい撮り方なんかしてないし、ちゃんとキレイに撮ったにもかかわらず、だよ?
 ヘアが写ってる写真は、現像はするけれどプリントは絶対しない……ってのが、当時の写真屋のスタンスだったんだ。で、性器も写ってて「コレは犯罪だろ」って場合には、そのまま警察に通報→逮捕って場合もあったみたい。

 何しろ写真を現像やプリントに出す時には、写真屋に名前も連絡先も教えなきゃならないからね。それに前にも話した通り、昭和の頃には写真屋と言うと町の小さな個人経営のところばかりだから、店のお客も常連ばかりで、オヤジさんとの人間関係も濃くてさ。
 だから今と違って、昔は写真は「自分で密かに撮って一人で密かに見る」ようなものではなかったんだ。たとえヌードであれ、他の誰かに見られて恥ずかしいようなものは撮れなかったんだよ。
 それでもどうしても人に見せられないような写真を撮りたければ、モノクロで撮って自分で現像と引き伸ばしをするか、ポラロイドみたいなインスタント写真で撮るしか無かったね。

 ただモノクロ写真を仕上げるには、現像や引き伸ばしに暗室と大量の機材が必要で、自宅に暗室まである人はカメラ好きの中でもかなり少なかったよ。SDカードを差し込んでボタンを押すだけの、デジタル時代のプリンターと比べると、銀塩写真のプリントの手間と暇の掛かり具合は、それはもう想像を絶するレベルでして……。
 それに黒沢は、女の子を撮るなら肌の色を生かしたかったし、「どうせ撮るならカラーで」って思ってたから。
 そしてインスタント写真は画質的に問題があり過ぎて、「とにかく写ってればOK」って人以外は、ちょっと使う気になれないようなシロモノだし。しかも引き伸ばすことも焼き増しも、どちらもほぼ不可だしね。

 で、黒沢は町の馴染みの写真屋に現像等を依頼する前提で、ちゃんとキレイなヌードを撮ってたのだけれどね。それでもただ「ヘアが写ってた」ってだけで、プリントはして貰えなかったのが、昭和の現実だったんだ。
 何しろ美術書として輸入された欧米の有名カメラマンの写真集でさえ、ヘアの部分を警察が容赦なく“修正”してしまって裁判になってしまうような、そんな時代だったから。問題は「エロか芸術か」じゃなくって、あくまでも「陰毛が見えているかどうか」が基準だったんだよね。
 ガールフレンドの女の子(←18歳未満も含む)をヌードモデルにして全裸まで撮っても問題ナシで、その写真を雑誌に載せたり展覧会に出したりしても、相手の合意があればOK。
 けどその公開した写真の中にヘアが写ってるものが一枚でもあったら、モデルの子が成人だろうが合意があろうが即アウトで、カメラマンは逮捕。
 公開せずにただ撮っただけでは、さすがにそこまではされないけれど。でもヘアの写ったヌードは、馴染みの写真屋でも絶対プリントしてくれないし。

 ……と言うとさ、「じゃあ全裸と上半身裸の写真の違いって、いったい何なワケ?」って首をひねりたくなっちゃうよね。
 それはもう、マジで「撮るカメラマンに見られたかどうか?」くらいの話でさ、作品になった写真で見えている範囲は上半身裸でも全裸でも殆ど変わらないようなものだったんだ。
 だからモデルにされる女の子から言えば、その頃に全裸を撮られるって言うのは、今のヘアヌードとは気持ちがかなり違ったと思う。だってカメラの前では下まで全部脱いでても、写真に撮れる部分は胸までだったからね。

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