空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

昭和の写真少年⑫・不自由だったけど自由だった、あの時代のこと

 女の子が撮られた裸の写真を他の人達に見られてしまうのを心配するのは、昔も今も変わらないけれど。
 ただ脱いだ写真の“流出”って問題については、昔と今とでは状況がかなり違うんだ。
 その昔と今の違いをまとめると、まあこんな感じかな。

 ①写真がフィルムだった時代は、撮った写真の処理(現像やプリント)は写真屋のオヤジさんに任せなきゃならないものだったから、露骨にエロい写真を撮ることそのものが難しかった。
 ②昭和の時代にはヘアヌードですら違法だったから、たとえ撮られた全裸の写真が雑誌や写真展に出されても、写っているのは胸までで、見えている部分は上半身裸と変わらなかった。
 ③撮ったカメラマンが自慢したくて、友達とかに写真を勝手に見せてしまう可能性も否定できないけど、そもそもヘアの写った写真は写真屋でプリントすらしてもらえないから、その場合にも見られてしまうのは胸まで。
 ④パソコンも存在せずネット環境も無かったから、撮られた裸の写真が無制限に広められることもあり得ない。
 ⑤撮られた写真の“流出”があるとすれば、写真が焼き増しされた場合だけで、だからその写真が配られてしまう数にも範囲も自ずと限界がある。撮られた写真を他の誰かに見られるとしても、ほぼ撮ったカメラマンの周辺の人だけ

 写真=フィルムだった昭和の頃って、ヌードをかなり自由に撮れた反面、撮り方や公開の仕方に対する規制や制約が意外に厳しかったんだよね。今みたいにデジカメで女のコの何もかもを撮って、お家のプリンターで密かに印刷とか、さらにネットで公開とか、その頃にはまず考えられなかったし。
 だからもし昭和のフツーの高校生の女の子が、『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』や篠山センセイの激写シリーズに影響されたカメラ好きなボーイフレンドに拝み倒されて、「芸術のためだ」と脱がされてしまったとしても。撮られる写真はエロじゃなくあくまでも“作品”としてのキレイな写真で、写ってるのも(実質的には)胸までなワケで。

 だからと言って「胸まで写真に撮られるのだって、女の子にとってはすっごく恥ずかしいことなんだよ」って、黒沢もよくわかってはいるよ。ただ同じ撮られるのでも、昭和の頃の「非エロで見せるのは胸まで」ってヌードと、エロい写真がネット上に無限に溢れる今とでは、女のコの側の気持ちや抵抗感がかなり違うのは事実だよね。
 で、その作品が高校の写真展に出されたり、あるいは雑誌に載せられたりしても。そして「あの子、ヌードのモデルやったんだって」と噂になったとしても、それはせいぜい同じ高校の中だけでのことだから。
 まあ高校は別でも、中学が同じだった子とかは気付くかも知れないね。けどそれ以外の殆どの人達は、その子が脱いだことにまず気付きもしないから。
 同じ高校では脱いだ話は残っちゃうにしても、卒業して進学なり就職なりして町を離れちゃえば、噂もそこで途切れちゃうし。
 何しろネットが無いから、撮られた写真がupされて世界中に無制限に広がっちゃう事も、脱いだ子として地元を離れた先まで噂がついて回るみたいな事も無いワケさ。

 仲間と言うか同志と言うかライバルと言うか、東京の大学に進んでから黒沢は、同じようにプロの写真家を目指していたシマノって奴と知り合ってさ。で、そのシマノには、地元(埼玉県の田舎の方と言うか○○郡□□町みたいなトコ)に高校生の彼女がいて。
 何しろ篠山センセイの“激写”がブームで、「芸術のためだ、キミの彼女に脱いでもらおう」って時代だったから。
 そしてまだ児童ポルノの規制も無く、世間の認識も今とは真逆で「大人の女のヌードはエロだけど、少女のヌードはピュアでキレイ」って感じだったから。
 で、シマノもその彼女のイズミさん(現役JK)に脱いで貰って、ヌードまで撮ってたんだ。それも黒沢が撮ったチハルさんのような半端なセミヌードとかではなくて、下まで全部脱いだ本当のヌードをね。

 何しろシマノは黒沢が行きたくても行けなかった写真関係の大学の学生で、それだけに女の子を口説く気合いや熱意とかも黒沢とは違ってたんだろうね。
 当時の黒沢は、女の子のヌードを撮ってみたい気持ちはあっても、いざとなると相手の子になかなか言い出せなくてさ。照れや恥ずかしさもあるし、「こんなコト頼んで誤解されて、後でヘンタイ扱いされたらどうしよう」って不安もあるし。
 けどシマノは「女の子の裸はキレイなもの」って信じてるし、ヌードを撮ることに疚しい気持ちや恥ずかしさも欠片も無いから、モデルを頼む時も照れたりとかしないで堂々と口説けちゃうわけ。だからイズミさんも、シマノの気持ちを信じて脱いだのだろうし。

 頭ではそうわかるのだけれど、「コンニャロ、おめーだけ美味しい思いをしやがって呪ってやりてぇ」なんてつい思いたくなってしまう……って話は、とりあえず脇に置いておいて。
 今では禁断のその現役JKのヌードも、シマノとしてはエロい意図で自分のおカズとかにするつもりで撮ったわけじゃなくて、あくまでも作品としてアートのつもりで脱がせたわけだったから。だからキレイに撮れたものは他の皆にも見せて自慢したいし、大きく引き伸ばして写真展に出すなりしたいわけだよ。
 シマノは通ってる大学も写真関係で、だから学校の講義にはモデル撮影の実技もあるし、出された課題に合う作品を次の講義までに仕上げて、皆で批評し合うことも当たり前にあってさ。で、そのテーマによっては、イズミさんの写真も出したいと思うのも当然だよね。
 なのに、せっかく撮ったイズミさんの写真を他の誰にも見せられないとしたら、シマノとしては「だったら、そもそも撮る意味すらないじゃん」って感じでさ。

 で、シマノはモデルになってくれたイズミさんに尋ねてみたんだ、「撮った写真、写真展とかに出して他の人達にも見せたいんだけど、いい?」って。
 上半身裸で胸まで見せた写真を見られることについては、イズミさんは即答だった……って。
別にいいよ
 ただイズミさんは、その後でこうも付け足したそうだけどね。
写真を見られるの、恥ずかしくナイってわけじゃないけれど
 そして全裸の写真を見せてもいいかって聞かれた時には、今度は直ぐには答えが返って来なくて。
 暫く迷って考えた揚げ句に、イズミさんは下まで脱いだ写真も公開するのをOKしてくれたのだけど、その際に一つだけ条件をつけたんだよね。
写真を見るのが、私のことを知らない人ならね

 つまりイズミさんの気持ちとしては、全部脱いだ写真は、同じ高校の子とかの顔見知りにだけは見られたくない……ってワケ。
 当時のシマノが通ってた大学は東京都区内で、そしてイズミさんの高校は、埼玉と言ってもかなり田舎の方でさ。見回せば周りはずっと広い田圃で、近くのあちこちに武蔵野の森もまだかなり残ってて……みたいな。
 うん、イメージとしてはズバリ『隣のトトロ』の世界ね。って言うか当時は昭和の時代だったし、埼玉の田舎ってその面影がマジで残ってたんだ。
 それでシマノは、撮ったイズミさんの写真を出すのは東京限定って感じにしたんだ。大学の実技での課題や写真展にはそのイズミさんのヌードを出したし、写真展にも出したけど東京か横浜とかにしてたよ。
 けど埼玉の写真展には、イズミさんの写真は本当に一度も出さなかった。浦和とか大宮とか、殆ど東京と同じようなトコであってもね。
 特に大宮は県内を走る鉄道が集まるような所だし、イズミさんの高校の子もたまに遊びに出て来てるみたいで、シマノは「わざわざ写真展を見に来るような高校生なんて殆ど居ないと思うけど、たまたま来て見ちゃう……って可能性はゼロじゃあないからね」って言ってさ。

 で、イズミさんはシマノの為に殆ど二年近くヌードのモデルを続けて、シマノも撮ったそのイズミさんのヌードを実技の課題や写真展に使い続けたけど。当然、黒沢もイズミさんのヌードの写真はいっぱい見たし、それ以外にもイズミさんの裸を写真で見た人は、人数で言えば少なくなかったと思う。
 けどイズミさんが脱いでたコトは、同じ高校の子たちや身の回りの人達には全然バレなかったよ。高校を卒業した後で、イズミさんが親友に「ずっと内緒にしてたけど、実はね……」って打ち明けるまで、ヌードのモデルをやってたコトはホントに誰にも気付かれなくて、キレイに撮れた写真も見せて初めてビックリされて……って感じで。
 ネットの無い時代って、女の子が脱いでもホントそんなものだったんだよ。そりゃあアイドルとか有名人が脱げば騒がれるけどさ、フツーの女の子が脱いだところで殆ど話題にもなりもしないものなんだ。
 そしてシマノが撮ったイズミさんも黒沢が撮ったユキさんも、脱いだコトは誰にも知られないまま、撮られた裸の写真も青春の想い出として残ってるだけ……って感じでさ。

 けどデジタル時代の今は、写真屋とか関係なくどんな写真でも撮れて、プリントも好きにできちゃうからね。それどころかCDやDVDに焼くとかネットにアップするとかすれば、ホント無限に広がっていっちゃうよね。
 写真は写真屋に処理して貰うものだった昔には、全裸でヘアまで写った写真がプリントされるとか、まずあり得ないことでさ。黒沢が撮ったユキさんの全裸の写真が、ヘアがほんのちょっと写ったものでさえ返って来なかったのも、前にも話した通りだよ。
 だからシマノが撮って展覧会とかで皆に見せてたイズミさんの写真だって、全部は脱いでいたけれどヘアすら見えてなくて、ポーズもいかにもアートっぽい感じのものばっかりだったし。
 でも今だったら、もし知り合いの男子に「ヌードを撮らせて!」ってお願いされてもさ、まず「どんなエロい写真を撮られちゃうかわからない」って警戒されて当たり前だよね。
 そしてもし一度デジタルで裸を撮られたら、DVDに焼かれてそのカメラマンの友達から友達へと、その写真がどれだけの人に拡散しちゃうかわからないし。さらにネット上にUPされたら、流出の規模は全世界のレベルに広がっちゃうしね。
 そしてそうなったら身元がバレる可能性も高いし、「××町の△△高校にいた○山イズミって子は、ヌードを撮らせてた」みたいな事実が、画像付きで永遠に残るわけでさ。
 また今では専用のビデオカメラでなくても、普通のデジカメやスマホでボタン一つで、フルHD動画だって当たり前に撮れちゃうからね。ってコトは、無修正の裏AVみたいな動画さえ撮られかねないワケで。

 昭和の時代なら、撮られた裸の写真が悪用される心配と言ったって、「撮った男の子が、もし他の友達にも見せちゃったら」くらいのものでさ。そして仮にそうされてしまっても、写真の“流出”の範囲はそのカメラマンの友達止まりで、見られた写真に写ってるのも胸までだし。
 最悪、「あの子、ヌードになって撮らせたんだんだって」って、同じ高校の子たちに知られちゃったとしても。その学校を卒業して別の場所で進学なり就職してしまえば噂も断ち切れてしまうのも、前に言った通りだよ。 
 撮られた写真の流出とか悪用と言っても、昭和の頃はホントにそんなものだったんだ。だから「カメラ=フィルムで撮るもの=現像とプリントはカメラ屋が扱うものでヘアヌードもNG」だった時代には、ガールフレンドに「脱いでモデルになって!」って頼んでも、今よりずっと真面目に考えて貰えたんだ。
 それだけに「写真が好きな高校生の男の子が、同級生の女の子のヌードを(エロでなくアートとして)撮る」っての、昭和の時代にはホントにあり得たんだよね。ただ黒沢自身が女の子のヌードを初めて撮れたのは、残念ながら大学生になってからだったけど……。

 で、キミに聞いてみたい。
 まずカメラの操作そのものが難しくて、専門の知識を学び経験も積まなければキレイに撮れなくて。さらに「撮った写真は全部カメラ屋に出さなければならない」とか、「全裸の写真はヘアが写っただけで即アウト」とかの制約も、いろいろあって。けど「ヌードはキレイなもので芸術」と言って女の子にも通用して、本人の熱意と口説き次第でクラスの可愛いあの子のヌードも問題なく撮れちゃった時代と。
 知識も経験も無いド素人が、ただカメラのシャッターを押すだけでキレイに撮れるまでに技術が進化して。そしてプリントやデータのコピーも個人でたやすく出来るようになって、町の写真屋など無くても困らないものになって。けどどんなエロい写真も撮り放題&複製し放題になった上に、PCとネットの普及で“流出”と“身元バレ”の危険が恐ろしく高まったことも重なって、「ヌードを……」と言っただけで警戒され、エロカメラマン扱いされかねない今と。
 さて、キミはこのどちらの方を“良い時代”と思うかな?

 もし「自分が生きてみたい時代を、どちらか選べ」と言われたら、黒沢だったらいろいろ制約はあってもヌードに対する女の子の見方も大らかで理解があった昔の方を取るな。ま、コレも自分が過ごして来た時代に対する郷愁のせいかも知れないけどね。

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