空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

日本独特の“飲み会”の習慣について考えてみた

 外で皆と楽しく酒を飲む事を、筆者は決して否定するわけではない。
 実際、心を許せる友と語り合いながら、酒をじっくり、ゆっくり飲むのは好きだ。
 だがどちらかと言えば、筆者は“家飲み派”である。外で皆と酔っ払って馬鹿騒ぎをするより、一人静かにその酒の味と香りを堪能しながら飲む方が楽しいと思う。

 苦手なんだよね、「ただ酔っ払う為に飲む」ってのが。イッキ飲みをしたり、さらに他人にもそれを強要して泥酔し、喚き、人に絡み、挙げ句の果てにセクハラや暴力行為を働いて醜態を晒すなど、大人としてと言うより、人としてどうかと思う

 筆者は酒は好きだが、酔っ払いは嫌いだ。
 酔っても陽気になる人なら全然構わないし、ただだらしなく寝てしまうような人なら、「しょーがないなぁ」とは思うものの腹は立たない。
 しかし他人にも飲む事を強要するとか、絡むとか怒鳴るとか、セクハラや暴力を働く種類の酒癖の悪い者に対しては、憎悪に近い感情しか抱けない

 実は筆者の身近な人にも、その種の酒癖の悪いアル中患者がいたのだ。
 何しろその人は身内(しかも目上)だったからね。どんなに嫌でも避けたり逃げたりする事も出来ずに、幼い頃から酔ったその人に怒鳴られたり絡まれたりして育ってきた。
 直接に暴力をふるわれるような事は少なかったものの、凄まれ怒鳴られ、モノを投げられたり壊されたりする事も珍しくなかった。
 だから筆者には、無力な子供の頃から酔った大人に絡んだり暴れたりされてきたトラウマがあり、そのせいで酒癖の悪い人間に対しては生理的な嫌悪感があって、どうしても寛容になれない。
 よく、大酒を飲んでは乱闘騒ぎを起こした事を“武勇伝”のように語る人間がいるが。
 そんなアル中の“勇者たち”など「死ねばいい」と心から思う。


 そうした酔って乱れる人に対するトラウマと憎悪がある上に、筆者は体質的に酒に弱い種類の人間でもある。
 女子栄養大の川端輝江教授によると、白人や黒人にアルコールに弱い者は全くいないものの、日本人を含むモンゴロイド系の民族には、アルコールを体内で消化する時に生じるアセトアルデヒドを分解する酵素のALDH2(2型アセトアルデヒド脱水素酵素)の働きが弱い人が少なからず存在するそうである。
 で、日本人のほぼ半数はそのALDH2の働きが良くてお酒に強いものの、7パーセントはその働きが悪くて酒に本当に弱く、残りはその中間のあまり強くないタイプに分けられるという。
 体質的に酒に弱い人は、医学的に間違いなく存在するのだ。

 ちなみに、「酒は飲んで吐いて、それでもまた飲んでいるうちに強くなるものだ」と信じている馬鹿がいるが。
 前出の川端教授によると、「ALDH2の働きが弱い人が無理に飲酒を続けると、消化器や肝臓などの癌になりやすいことが知られている」そうだ。
 酒の弱い若い社員や下級生に、医学的な根拠も無視して「酒は吐いて飲んで強くなるものだ」と過度の飲酒を強要している上司や先輩たちは、ただのアルハラと言うより、その部下や後輩を酒で殺そうとしているのと同じだ。

 それでも今はアルハラという言葉があるからまだ良いが、筆者が社会に出た頃には本当に酷かった。上司や先輩が勧める酒を飲まないのは非礼で非常識とされ、イッキ飲みも当たり前のように強要されていた。
 酔って乱れて乱闘に及ぶくらいの者の方がむしろ男らしいと見なされ、酒に弱い男は女性にすら「男のくせに、だらしない」と馬鹿にされたものだ。

 今の二十代くらいの人達には信じられないかも知れないけれど、本当なんだよ。
 少し以前の我が国では、「だらしない」のは大酒を飲んでゲロと妄言を吐いて暴れて乱に及ぶ方ではなく、酒をあまり飲めない男の方だったのだ。
 アルハラなんて言葉も認識も少し前まではまるで無くて、飲み会には全員強制参加でイッキ飲みの強要もあり、皆で乱れるまで飲んで泥酔する事が良しとされていたのだ。

 質の悪いアル中患者の暴言や暴力に怯えながら育ったトラウマを持ち、しかも体質的にもアルコールに強くない筆者が、そんな時代に社会に出てさ。
 それで職場等の飲み会で、筆者がどれだけ辛い目に遭ったかわかるかい?
 大量の飲酒を強要され、体質や育った環境の事などを穏やかに話してもわかってもらえず、「体質なんか関係ない、酒は飲めば強くなる、吐いては飲んで強くなるものだ」と説教される始末だ。
 それでも飲まずにいると、深く恨まれてその後の人間関係に重大な支障をきたす事も少なくなかった。

 今でも忘れられないが、筆者はただ「望月という課長の勧める酒を飲まなかった」という事で、その後職場で異動があるまで、件の望月課長から年単位で陰湿なイジメを受け続けた。
 仕事の内容について尋ねても「俺は知らん」と無視し、教えるべき事も全く教えない。それでいて「あの仕事はもう出来たろうな?」とせかしては、満足の行く出来でないと叱責するなどの事を、当たり前のようにされ続けた。
 筆者の担当でない仕事も「お前、やれ!」と押しつけておいて、その仕事にかかっていると「いつもの仕事もちゃんと出来てるのだろうな?」とせかす、とかね。

 そう言えば、会議の書類作りをさせられた時、百部近い書類全部が出来上がってから、「ホッチキスの位置が気に入らない」と、その百部近い書類のホッチキスを全部外して留め直させられた事もあったな。
「ホッチキスの位置が気に入らない」って、別に間違った留め方をしたわけでも何でもなくて、ただほんの2ミリか3ミリ程度の位置の問題で、だよ?
 本当に「お前は嫁イビリをする底意地の悪い姑か?」ってレベルのイジメ方をするんだよ、良い年をした大の男のオッサンがね。

 そうそう、その望月課長は体育会系の人間で、柔道部出身で有段者というのが自慢だったな。
 ちなみに、酒を無理強いする質の悪いアルハラの上司は、筆者の体験ではまず間違いなく体育会系の人間だった。
 先輩(上司)には絶対服従で、目上に勧められる酒は飲むのが当たり前……ってね。例の「酒か弱くて飲めないなんてある筈がない、酒は飲んで吐いて強くなるものだ」ってセリフ、その望月課長にも言われたな。

 冗談でなく、本気で固く信じ込んでいたんだよ。体質的に飲めない者がいると医学的な根拠も持ち出して冷静に話しても、「そんな事あるか!」と一蹴されたしね。
 アル中患者が身近にいる環境で育った事による、大量飲酒に対するトラウマを話しても、「そんなの関係ない」の一言で。
 その望月課長だけでなく、体育会系の人間ってたいていそうなんだよ。弱くても楽しくやりたい自由で緩い雰囲気の運動部でなく、厳しくて強い運動部出身の人達は特にね。

 その望月課長は、職場ではさぞ嫌われていただろう……って?
 とんでもない、望月課長はとても評判良かったデスよ、職場の上の方の人達にはね。
 何しろ目上の人には絶対服従で、上役の酒の誘いは必ず嬉々として受けていたから、「望月は良いヤツ」って職場の上の人達は皆そう思い込んで疑わなかったな。
 学歴は商業高校卒で、仕事も落ちはないけれど大して出来るわけでなく、でもその「目上には絶対服従」の姿勢と酒の付き合いで着実に出世していたよ。
 ただその商業高校卒ってのが、望月課長の中ではかなりコンプレックスになっていたらしく、大学卒の部下には特に厳しかったのだ。で、何も教えず指示もせずに、仕事のあらばかり見つけては「これだから、大学を出ていても使えない」みたいな感じでね。
 そして筆者は大学卒で、さらに望月課長の勧める酒を「これ以上は飲めません」と途中から断った……というわけで。

 この望月課長は、イジメると言っても決して殴ったり怒鳴ったりするわけではないからね。
 声も荒らげず手も上げず、ただ仕事を全く教えずに指図を仰いでも無視をするのだ。そして何も指図をしなかった仕事の出来に、嫁イビリをする小姑のように難癖をつけてくるわけ。
 例の、もう出来上がってしまった百部近くの書類の、ホッチキスの位置が数ミリ気に入らないから全部やり直せ……みたいな感じで。
 それでいて部外の人には穏やかで愛想が良いから、「こいつは陰湿なイジメをするクソ上司だ」なんて、他の人達は殆ど知らずにいたよ。

 幸いにも、筆者は今では望月課長のいる職場から離れ、望月課長の顔を見ることも無く生きていけているけれど。それでも望月課長にされた数々の仕打ちは決して忘れられないし、忘れるつもりも無いし、死ぬまで憎み続けてやろうと思っている。
 ただ、この望月課長は特に悪い人だったわけではなくて、この種の人間はある意味では“典型的な日本人の姿”かも知れない。

 少し話は逸れるが、第二次世界大戦中にアメリカ陸軍軍事情報部が、現場で戦う米軍の将校や下士官兵の為に、日本軍についての戦訓広報誌を毎月出していた。
 言ってみれば、敵軍の特徴についての教科書のようなものである。
 そしてそれには日本軍の戦い方や軍事的な能力だけでなく、日本兵の装備や身体的特徴や日頃の暮らしぶりについてまで詳細に書かれていた。
 その日頃の暮らしぶりの中には、日本兵の酒の飲み方についても、わざわざイラストまで付けてこう書いてある。

日本兵(酒盛り)P1080346

 彼らは手に入るのであれば毎月煙草、ビール、サケを支給される。もっと欲しいと思えば買うことも許されている。時々中隊すべての将校と下士官兵が酒盛りを行う。大きな輪になって座り、したたかに飲む。宴会はしばしば数人同士の喧嘩に発展するがすぐに終わる。宴会は戦闘へ行くにあたり、兵の激励のためにも行われる。


 一ノ瀬俊也氏の『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』よりの引用であるが、どうであろうか。
 上司から最も若い部下まで職場全員で酒盛りをし、したたかに飲んでしばしば乱闘にまでおよぶと言い換えれば、七十数年前の日本兵たちと現代の我々の職場での“飲み会”は「殆ど同じ」と言わざるを得ないだろう。
 そして「全員でしたたかに飲んで、乱に及ぶまで酔っ払うこと」が、仕事あるいは戦闘に向かう為の志気の鼓舞に必要なものとみなされているたりも、日本人の飲酒に対する意識は、昔も今も全く変わっていないのだ。

 この我ら日本人の「全員でしたたかに飲んで、乱に及ぶまで酔っ払う」習慣が、なぜアメリカ陸軍軍事情報部の戦訓広報誌に、日本兵の特徴としてあえて書かれていたか、皆さんはおわかりになるだろうか。
 欧米には職場の皆が全員参加で飲み会をする習慣など無く、しかもその宴席で「したたかに飲んで喧嘩騒ぎまで起こす」事など、少なくとも“まともな市民たち”には到底考えられないからだ。

 欧米の映画やドラマや小説などを思い出していただきたい。パーティーで酒を飲む事はよくあるが、みな飲んでも乱れずなごやかに談笑していて、酔っ払って乱に及ぶ者など殆ど無いし、もしいたとすれば「だらしのない、医学的な治療が必要なアル中の社会的な落伍者」と見なされて軽蔑される
 確かに結婚直前のバチュラー・パーティーなどで、羽目を外して馬鹿騒ぎをする事もある。しかしそれはごく親しい仲間内での、特別な時の特別な例だ。
 酒場で飲むにしても静かに飲むのが普通で、飲んで乱れて乱闘騒ぎなどを起こすのは、はっきり言ってしまえばいわゆる下層階級のDQN層だ。
 少なくとも中上流のまともな欧米人には、乱れて醜態を曝すまで飲む者も、他人に飲酒を強制し、飲めない者を仲間外れにする習慣などない

 しかし日本では、職場の全員参加で皆が酔って乱れるまでしたたかに飲み、飲めぬ者にも飲むことを強要して乱痴気騒ぎをするのが普通なのである。
 欧米では「みっともない」と眉を顰められ、果てには「病院に行け」と勧められるような飲み方をしなければ、職場で仲間として認められないのだ。
 と言うより、飲み会に参加し酔って乱れるまで飲まないと仲間外れにされ、筆者のように上司からイジメの対象にされたりするのである。

 そのあたりの「酔って乱れて醜態を曝し合うことで互いの結びつきを確認する」日本人の特徴について、法社会学者の川島武宜氏が、1948年に『日本社会の家族的構成』という本でこう書いている。

 日本社会において「親分子分的結合の家族的雰囲気」ないしは「兄弟分意識」が醸成する課程で皆が一緒に酒を飲み、それができない者は「仲間はずれ」にされている。

 筆者はまさにその職場で飲酒を媒介に「親分子分的結合や兄弟分意識による家族的雰囲気が醸成される課程」で、無理な飲酒を拒んだ事で見事に「仲間はずれ」にされた一人である。
 職場で飲み会を強制される事についての是非が、ネットの掲示板でもよく論争されているが。
 筆者の見るところ「全員参加で乱れるまでしたたかに飲み、それが出来ない者は仲間はずれ」という日本の風潮は、七十年も前のアメリカ陸軍軍事情報部の分析や川島武宜氏の見解とあまり変わっていないように思われる。
 そして酒は飲んでも乱れる事なく、自分のペースで適量をじっくり味わって静かに嗜みたい筆者としては、「酔っ払う為に大量飲酒して乱痴気騒ぎをしなければ仲間と認めない」日本の飲酒習慣が、とても苦痛で嫌でたまらないのである。
 ましてや「酒を飲まないからと言って、後で職場で仲間はずれにする」など、大人として社会人でいかがなものであろうかと思うのだが、貴方はどうお考えだろうか。

 確かに日本人の半数は体質的にもアルコールに強く、酔って大騒ぎしたい者も少なからずいるだろう。そうした人達の存在や嗜好を、筆者も頭から否定するつもりは無い。
 ただ同時に、「大量飲酒して、乱れて騒ぎたい」人達にも、酒は適量を静かに味わって飲みたい者や、体質的に殆ど飲めない者の存在もきちんと認めてほしいと心の底から願う
「親分子分的結合や兄弟分意識による家族的雰囲気の醸成の為」だか何だか知らないが、現在の日本ではまだ全員参加で酔って乱れまでしたたかに飲んで騒ぐ事を強制されている現状が、体質的に飲めない者や、酔っ払いが嫌いな者には耐え難く辛いのだ。
 イッキ飲みなどに代表される飲酒の強制や泥酔して醜態を曝すことを良しとする欧米には無い悪習は、この日本でいつまで続くのだろうか。

 酒は少しは飲めるが体質的にアルコールに弱く、そしてアル中患者に対するトラウマもある筆者として、職場での全員参加の飲み会をこう変えたらどうかと提案したい。
 一次会は食事を主にして、「お酒も少し出る食事会」という雰囲気にする。乾杯も含めてビールの一杯や二杯は飲むものの、飲める者もほろ酔い程度に抑えておいて、決して乱れるまでは飲まない。
 そして体質的に飲めない者は、乾杯もジュース等やノンアル飲料でも全く構わないし、飲めぬ者を差別したり、飲酒を強要するような事はしない。
 さらに家庭の事情等のある者(幼い子供や介護の必要な家族のいる者など)は不参加でも、後で仲間はずれにしたりしない。

 こういうルールの飲み会であれば、原則全員参加の職場での飲み会も、皆にとって楽しいものになると思うのだが、どうだろうか。

 無論、「そんな飲み方じゃ、飲んだ気がしねーよ」という者も少なからずいるだろう。
 だからそれぞれの飲み方に応じて、二次会で幾つかのグループに分かれれば良いのだ。
 まずは、たくさん飲んで乱れて騒ぎたい人達は、そういう人達でその種の酒場に行って。
 そして静かに飲んでゆっくり語りたい人達は、雰囲気の良い落ち着いたバーなり、銘酒のある飲み屋に行き。
 最後に全く飲めない人達は、お茶してケーキを食べるなり、そのまま解散して帰宅するなりすれば良いのではないだろうか。

 このように一次会では主に食べ酒は軽く引っかける程度に抑えて、二次会ではそれぞれの飲むスタイルに合わせて幾つかのグループに分かれて、改めて心行くまで飲み直せば良いのではないだろうか。
 そうすれば「飲める者も、飲めない者もいる」という個人差も尊重しつつ、「全員で飲むことで仲間意識を高める」という古来からの日本の習慣もとりあえず守られる筈だ。

 日本人は体質的にアルコールに強く大量飲酒できる者ばかりでなく、アルコールに弱い者も、酒を全く飲めない者もいる事は医学的な事実だ。
 そして「最初は酒に弱くても、飲んで吐いてまた飲むうちに強くなるものだ」という俗説も全く根拠の無いデタラメで、無理にそれをすれば消化器や肝臓などの癌になりやすいこともまた、医学的に証明されている。

 しかし日本の多くの“酒飲み”達は、その医学的な事実を頑として認めない。「そんな事あるかよ!」と一蹴して、さらに「場の雰囲気を壊して盛り下げた」と怒ったりするのだ。
 何しろアメリカ陸軍軍事情報部の報告や川島武宜氏の見解にあるように、日本はとにかく全員がしたたかに飲んで酔っ払うことが求められる社会でだからね。そしてそれが出来ぬ者は、大の大人の社会で公然と仲間はずれにされたりするのだ。
 この日本社会の飲酒(飲み会)に関する世界的的にも独特な風潮が、確かに存在する体質的にアルコールに弱い者たちをひどく苦しめ、そして彼らに酒をより嫌いにさせている事実を、世の“酒飲み”達は気付くべきだ。

 そもそも酒は嗜好品なのだ。毎日の食事と違って、飲まなくても死ぬわけでは決してない。
 現にイスラム教では戒律で飲酒を禁じられているが、イスラム教徒がそれで健康を害している事実は全く無く元気に生きている。むしろイスラム教徒の生命を危険に曝しているのは、原理主義という過剰な信心だ。

 それはさておき、イスラム教徒の戒律がどうあろうが、筆者は酒もまた長い歴史のある人類の貴重な文化の一つであると思っているし、飲酒を一律に禁ずる事には断固反対である。
 しかしそれと同時に、酒を飲めぬ者にも無理強いし、飲まぬ者は仲間はずれにする日本の風習も軽蔑する
 イッキ飲みを他人に強いる者など、「死ねばいい」と心から思う
 酔った挙げ句に他人に絡み、暴言を吐いたり暴力を振るったりする者達は、即刻精神科で医学的治療を受けるべきである。

 繰り返すが酒は嗜好品だから、飲む人も飲まぬ人もいて当然なのだ。
 しかしこの日本では、その簡単な理屈が通らない。
 そしてアルコールに弱い者や酒を飲めない者達は差別的な扱いを受け、肩身が狭い思いや不快な思いをし続けている一方で、酒飲み達は飲んで乱痴気騒ぎを繰り返し、酔って乱れて醜態を曝してもまるで恥じずに大きな顔をしている
 彼ら酒飲み達にとっては、酔って乱れて暴言や暴力にも及ぶ事が“男らしさ”であり、一種の“武勇伝”にすらなるらしいのだから呆れ果てる。

 この日本の大人の社会をまだ覆い続けている、「全員でしたたかに酒を飲んで酔っ払い、それが出来ぬ者は仲間はずれにする」風潮を、筆者は心から憂う。
 その風潮は体質的に飲めぬ者にとってただ不愉快なだけでなく、酒そのものに対する良くないイメージも強めているように思える。

 筆者は体質的にアルコールに弱い上に、酒乱の人間に対するトラウマも持っている。しかしそれでも、自分のペースでじっくり味わって飲めば「酒は旨い」と心から思う。
 だから「酒は美味しいし、良いものだよ」と心から言いたいのだが、ただ酔う為だけに大酒を飲み、乱痴気騒ぎをしてそれを全員に強制する日本流の飲み会を見ていると、酒を嫌う人達に何も言えなくなってしまう。
 飲めぬ者にも酒を飲む事を強要し、酔って乱れる事を当たり前と思っている方々。あなた方が酒に対する偏見を増大させ、酒を飲みたがらない、飲み会が嫌いな若者達を増やしている現実に、早く気付いて欲しいと心から思う。

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