空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

酒ギライの若者(特に女性)を増やしている、日本の飲み会

 筆者は酒は好きだが、日本の“飲み会”は嫌いである。
 そしてその理由を、6月28日付けでこのブログに記事にして載せた。
 で、その後で周囲の女性にもお酒は好きかどうか尋ねてみたのだが、「嫌いだし飲まないし、お酒なんか無い方が良いくらい」という返事が意外なくらいに多かった。
 しかも「お酒は嫌い」という女性は、特に若い女性に多かった

 体質的にアルコールには弱いくせにお酒は好きで、スコッチだけでなく幾つもの本格焼酎や純米酒や副原料ナシのビールを愛している筆者としては、酒ギライの若い女性が少なくない事を寂しく思った。
 良質なウイスキーやブランデーなど香りだけでもウットリするほど魅惑的だし、純米吟醸酒のフルーティーな味と香りもたまらないし、本格焼酎だって旨い。「好みは人それぞれ」とは言え、酒も立派な食文化の一つだと思う筆者としては、あの素晴らしい味と香りを「嫌い」と切り捨てられて拒否される事は、酒を(下戸のくせに)愛する者の一人としてひどく残念でたまらなかった。

 しかし、だ。
「お酒は嫌い」という女性達の話をよく聞いてみると、お酒そのものが嫌いだという人は実はそう多くなかった。
 体質的に全く飲めない人も居るものの、「お酒は嫌い」と言う女性の殆どが本当に嫌いなのは、お酒でなくそれに飲まれる酔っ払いの方だった。
 話を詳しく聞いてみると、酔ってセクハラ行為を働いたり下品になったりゲロを吐いたりする者への嫌悪や、絡んだり暴れたりする者への恐怖を、彼女らは口を揃えて語った。

 実際、飲み会で抱きつかれたり触られたり、あるいは絡まれたりした事が全くない女性は、殆ど居ないのではないだろうか。
 筆者は少なくとも男だから、セクハラ行為をされる事も無いし、絡まれて殴られたら遠慮なくやりかえしてやるつもりでいる。
 だが女性の場合、酔った男性に抱きつかれたり絡まれたりするのは、男には想像も出来ないほど怖い事であろう。
 そしてその酔って乱れる男性への恐怖と嫌悪が、少なからぬ女性を酒ギライにさせているのだ。

 この現実を、「飲み会は大酒を飲んで羽目を外して乱痴気騒ぎをするもの」と信じ込んでいる何割かの男性たちは、どう思っているのであろうか。
 飲み会と言えばしたたかに飲んで乱に及んでいる貴方、自分がどれだけ周囲の者を不快にさせ、どれだけの人間を酒ギライにしているか、ちゃんとわかっているのだろうか。
 酔っ払いに絡まれその醜態を目の当たりにして、「酒は嫌だ、酒なんて世の中から無くなってしまえば良い」と思うのは若い女性だけでなく、若い男性達の間にも間違いなく増えている。

 6月28日付けのブログでも触れたが、法社会学者の川島武宜氏が、『日本社会の家族的構成』という本でこう書いている。

 日本社会において「親分子分的結合の家族的雰囲気」ないしは「兄弟分意識」が醸成する過程で皆が一緒に酒を飲み、それができない者は「仲間はずれ」にされている。


 そうなのだ。これまでの日本では、したたかに飲んで酔って乱れて醜態を曝し合うことで互いの結びつきを確認し合っていて、それが出来ぬ者は仲間はずれにされて来たのだ。
 そして酔って乱れるのは嫌いで、適量以上に飲む事は(たとえ相手が上司や先輩であっても)拒んできた筆者なども、見事にその仲間はずれにされてきた一人である。

 しかし少しずつだが、時代は変わって来ている。
 今ではアルハラという言葉も知られるようになったし、酒を飲みたがらない者に対する風当たりも、昔よりは弱まっている。
 今のオジサン世代の者たちの意識では、飲み会は全員参加で皆がしたたかに飲んで羽目を外して酔っ払うものだが、若い世代の中にはそうして醜態を曝すまで飲む事を嫌悪する者が(全員ではないにしろ)確実に増えているのだ。
 そして相も変わらず泥酔して乱に及ぶ昔ながらの日本の酔っ払い達が、そうした若者達をより一層酒ギライにさせているのだ。

 無論、大いに飲んで楽しく騒ぎたい者がいても構わない。
 しかし全員に大酒を飲んで乱れて騒ぐ事を強制する事は、体質的に飲めない者や、静かに乱れぬ範囲で落ち着いて飲みたい者にとっては、ただ苦痛で迷惑な事でしかない。
 にもかかわらず日本は、例の「皆で酔って乱れる事で結びつきを確認し合っている」国だから。それで酔っ払いには異様に寛容で、暴言や暴行やセクハラなどの犯罪と言ってもよい行為が、「まあまあ、酒の上での事だから」で許されて来たし、現に今もそれで許されてしまう事が多い
 しかしそれは日本だけの特殊例で、世界的には非常識で国際的には通用しないのだという事を、世の酒飲み達は覚えておいた方が良い。
 そしてあなた方は酔って羽目を外して楽しい思いをしただろうが、それが多くの者に不快な思いをさせているだけでなく、酒そのものを嫌いにもさせている事にも気付いてほしい。

 以前にも書いたが、筆者の身内(目上)に酔っては人に絡んで暴言を吐き、時には暴力にも及ぶ者がいた。そして幼い頃からそんな家族から逃げられず、怯えながら育ったおかげで、筆者は今も酔って乱れる者が大嫌いである。
 人に絡む質の悪い酔っ払いは筆者にとってはもはやトラウマに近い存在で、その種の酔っ払いを見ると殴ってやりたくなるくらいだよ、本当に。

 ただ幸い、筆者は「悪いのは酒でなく、それを飲む人の方だ」と思っているから、絡む種類の酔っ払いは憎んでも、酒そのものは嫌いにはならなかった。
 しかし世の中には筆者と同様にアル中の家族を持ったおかげで、酔っ払いだけでなく酒まで嫌悪するようになってしまった者も少なくない。
 テレビの『警察24時』などで、酔っ払いに手を焼く警官の姿がよく放送されるが。
 家族に大酒飲みがいて、酔っ払いにトラウマのある者の中には、その『警察24時』すら見られない者もいるのだ。傍若無人な酔っ払いの暴言や荒れる姿をテレビで見るだけでも、もう腹が立って、不愉快でいても立ってもいられなくなっちゃうんだよね。
 世界の常識から見れば、日本は異常と言えるくらい酔っ払いに寛容だけれど。その陰で体質的に飲めない者や、節度を持って適度に飲みたい者たちの不満と怒りは溜まりに溜まっているのだという事実を、日本の酔っ払い達はよく自覚した方がいい。
 例の「皆がしたたかに飲んで乱れて騒ぐことで、仲間同士の結びつきを確かめ合うのだ」と固く信じ込んで疑わず、酔っては醜態を曝してやりたい放題にしているあなた方が、酔っ払いだけでなく酒そのものまで嫌悪する若者達を増やしているのだ。

 そして女の人は、体格的に男の人にはかなわないからね。
 筆者などは、酒乱の者に絡まれ暴力を振るわれたら本気でやり返してやる腹でいるからまだ良い。
 しかし女性は、そうも出来まい。
 筆者はまだ子供だった頃、アル中の身内の大人に怯えて育ったものだ。そして女性達は、暴言を吐き暴力も振るって絡む種類の酔っ払いに対し、それと同じような恐怖心を抱いているのではないだろうか。
 もし自分が女性だったら、酔っ払いはただ不快なだけでなく怖い存在でもあるだろうと思う。そしてその恐怖心が、酔っ払いと酒に対する嫌悪の気持ちをより強めているのではないだろうか。
 酔っ払いは、あなた方が思っているよりずっと、若い女性達に嫌悪されているから。
 酔うと乱れるまで飲む習慣のある男性は、その現実をよく直視した方が良い。

 日本は酔っ払いに伝統的に寛容だから、飲んでは乱れる酒癖の悪い人についても、「酒さえ飲まなければ良い人なんだよ」などとよく擁護される。
 しかし筆者はあえて断言する。
酒さえ飲まなければ良い人など、存在しない

 その理由を言おう。
 アルコールの作用とは、心の抑制をとる事である。
 たとえば酔った揚げ句に、上司に暴言を吐いたり、女性の同僚にセクハラ行為を働いたりする者がいるとして。
「このクソバカハゲ課長、死んじまえコラ!」とか、本当に心から尊敬している上司に言ったりは、絶対しないよな?
 酔って絡む相手と言えば、普段から不満を抱えていた嫌いな相手にだけである。
 酔ってのセクハラも同じで、その場に山田花子に似た子と能年玲奈に負けぬ可愛い子がいれば、いくら酔っていても間違いなく能年玲奈に似た可愛い子の方に抱きつく筈だ。
 少なくとも筆者は、心から尊敬する相手に暴言を吐いたり、あえてBUSU子ちゃんやオバチャンにセクハラを働く酔っ払いは見た事が無い。

 何しろ酔えば、心の抑制が取れるわけだから。
 心にも無いことを言ったりしたりするわけでは、絶対にない。
 暴言でも暴力でもセクハラでも、酔っ払いはただ日頃したくても出来ずに我慢している事を、心の抑制が取れた勢いのまま実行しているだけなのだ。
 酔っ払いが飲んで言ったりしたりしている事こそ、ズバリその人の本音で本性なんだよ。
 だから断言するが、「酒さえ飲まなければ良い人」など存在しない。
 本当に良い人は酔っても良い人のままで、酔うと荒れて悪くなる人は本性も悪いのだ。
 ゆえに筆者は、酔って暴言を吐いたり暴力やセクハラ行為を働く種類の人達に、ほんの一ミリの同情もしない。

 鹿児島県では、芋焼酎で晩酌をすることを“だれやめ”とも呼ぶらしい。詳しくは知らないが、「疲れをとる」という意味なのだとか。
 芋焼酎に限らず、度を超さない適量の酒は本当に“だれやめ”だと思う。程良く力が抜けて体の張りが取れるだけでなく、心の緊張もほぐれてその日にあったたいていの嫌な事もどうでも良くなってくる。
 ほろ酔いって、本当に心地の良いものだなあと心から思う。
 しかもほろ酔い程度の適量の飲酒は健康にも良く、酒を全く飲まない者より病気にかかりにくい事も医学的に証明されている。

 酒は百薬の長とも言われる通り、ほろ酔い程度の適量の飲酒は一日の疲れを和らげストレスも軽減してくれて、本当に体にも心にも良いのだ。
 なのに日本ではだらしなく酔っ払うまで深酒するのを良しとし、さらに他人にも大量飲酒を強要する悪癖がある。
 それで果てにはアル中になり、ただ本人の寿命を縮めるだけでなく、周囲の者達にも大いに迷惑をかけて不快にさせ、酒ギライの若者まで増やしているのだから始末に負えない。

 適量を守りほろ酔い程度で抑えさえすれば、お酒は本当に美味しいし、皆を楽しくさせる素晴らしいものなのだ。
 なのに日本では皆で飲んで乱れる事をよしとする風潮が強く、せっかくの酒を迷惑極まりない“気違い水”にしてしまうのだから、酒を文化の一つとも思って愛している者の一人として大変残念で、そしてとても悔しくてならない。

 無論、大量飲酒して騒ぎたい人達もいるだろうし、そういう人達は酔って乱れたい仲間だけで集まって飲めば良いのだ。勤務時間外なのに全員参加を事実上義務付けられている日本の飲み会で、飲めない体質の人や、酔って乱れたくない人にまで大量飲酒を強要するのは、野蛮な暴力でしかないと筆者は考える。
 以前にも引用した川島武宜氏の言う「日本の社会で親分子分的(兄弟分的)な絆を結ぶ為に皆が一緒にしたたかに酒を飲み、それができない者は仲間はずれにされる」悪習は、一日も早く無くなって欲しいと心から思う。
 事実上強制参加の飲み会での、泥酔した者による暴言やアルハラやセクハラ等のせいで、「お酒は嫌い、お酒なんて無くなってしまえば良い」と思う若者(特に女性)が本当に増えているという事実を、「酔っ払うまで飲まなきゃ、飲む意味がない」と称して度々深酒している貴方に、是非とも知っていただきたく思う。

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