空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

動物虐待者やイジメっ子の末路

 少し前の話で申し訳ないが、あのタマ駅長が死んでしまった事が、筆者にとっては今もまだショックで尾を引き続けている。
 実は我が家には15歳になる老猫がいて、一昨年には癌になり、かなり大きな手術にも耐えてまだ元気で生きてくれている。
 しかしタマ駅長とも年齢が近いだけに、「こうして一緒に暮らせるのも、そう長い事ではないのか」という現実を、ひしひしと身近に感じさせられた。
 同時に、どれだけ長くても数年のうちに確実に訪れるだろう別れの日の事を嫌でも考えざるを得なくなり、胸が苦しくなってくる。

 そんな筆者の気持ちを暗くさせるのは、タマ駅長死去のニュースだけではない。
 最近、東京では猫が惨殺される事件が相次いでいるが。この種の動物虐待のニュースも、同じように筆者の気持ちを暗くさせる。

 猫と長く一緒に暮らしているからわかる。
 猫だって、人と同じ命を持って、人と同じように一生懸命生きているんだよ。
 猫にもちゃんと感情や愛情があって、飼い主の気持ちや態度に反応して喜んだり悲しんだりもするんだよ。

 ただ猫は犬と違って、その子の個性にもよるけれど、警戒心が強くて知らない人にはなかなかなつかないからね。
 飼い主には心を許してすごく可愛いところをいっぱい見せるけれど、知らない人には無愛想だったり、警戒心むき出してとっとと逃げてしまう子も少なくない。
 犬のように人が大好きで、初対面の人にも友好的に振る舞ったりする猫は多くないから、「猫はなつかないから可愛くない」と言う人も少なからずいる。
 そしてまた、「猫は生理的に嫌い」という人もいるし、そういう人達を否定するつもりもない。好みは人それぞれだし、筆者は大の猫好きだが、世の中の人すべてに「猫好きになれ!」などと求めるつもりもない。
 ただ、生き物を「嫌いだから」と虐待する事にだけは断固反対するし、動物虐待をする人に対しては「当人も同じような痛い目に遭って苦しめばいい」と心から思う。

 実は筆者の近所にも、その種の猫ギライで猫を虐待する家が二軒あった。
 そのうちの一軒に住んでいたのは頑固で偏屈な独居老人で、元公務員だったせいかどうかはわからないが、相手が年下と見ると非常に居丈高な態度を取り、気に入らぬ者は平気で怒鳴りつけていた。
 その老人は猫も嫌いで、地域に住む野良猫が子を産むと、その子猫を捕らえては殺し、ゴミとして出すような爺さんだった。
 だから筆者はその猫殺しの爺さんを心の底から憎んで、「死んでしまえばいい」と本気で思い続けた。

 ここからは、筆者自身どれだけ信じて良いかわからない、少しホラーじみた話になるが。
 筆者はその爺さんを心の底から憎み、我が家のすぐ近くにあるその爺さんの家の前を毎日のように通る度に、「死んじまえ!」と思い続けた。
 そうしたら、三ヶ月も経たないうちに本当に死んでしまったのだ、その爺さんが。
 それも突然死でね。

 死んだその爺さんは、爺さんと言ってもまだ七十になるかならないかで、それまで病気一つせず、気に入らぬ近所の者は怒鳴りつけるくらいに元気だったんだよ。
 それが「最近、姿を見ないなー」と思っていたら、ある日その爺さんの家の前に救急車が来てさ。
 でもその家に救急隊員が何度も出入りはしたものの、結局サイレンも鳴らさずに救急車は去っていったのだ。
 どうしたのだろう、と思っていたら間もなく近所の噂でわかったよ。
 死んでたんだって、その爺さん。

 何かね、入浴中の突然死で、一人暮らしだったからそれに気付く人もいなくてさ。
 で、その爺さんの子供のうちの一人が、電話しても出ないものだから気になって様子を見に来てみたら、浴槽の中に浸かったまま動かなくなっていたのだとか。
 だから孤独死で、死んだ後も何日か水漬けになったままだったということデス。

 と言うとさ、必ず「亡くなった人に失礼な事を言うな!」とか、「生前何をしたにしろ、亡くなればみな仏様なんだぞ!」とか怒る“いい人たち”が出てくるけどさ、少なくとも筆者はその爺さんに同情する気には、全くなれなかったな。
 死のうがどうしようが、生きた時に犯した罪は消えないんだよ……ってのが、筆者の考えだから。

 猫殺しと罪の重さを一緒にするつもりは、全く無いけれど。
 東京裁判で死刑になったA級戦犯を神として祀る感覚も、筆者にはまるで理解できないね。
 もし「死ねばみな仏様で、生前の罪は許される」のだとしたら、ヒトラーと刑死したナチの戦犯も、スターリンや毛沢東やポル・ポトなどの大量虐殺者も、死刑になった凶悪犯たちも、「みんな今は神様で、その生前の罪を責めちゃいけない」って話になっちゃうよね。
 それは絶対におかしい、と筆者は思う。
 死のうがどうしようが、生前に犯した罪は消えることは無いと筆者は考える。
 たとえ犯した罪が殺人でなく、動物虐待であってもね。

 とは言うものの、「死んでしまえ!」と日々思っていた相手が本当に突然に死んでしまうと、「やった、いい気味だ!」とまでは思えないというのが正直なところだ。
 何かね、自分がその相手を呪い殺してしまったような、人殺しになってしまったような気がしてしまってね。
 わかってマス、筆者も含めて人に誰かを呪い殺す力なんてある筈ないし、その猫殺しの爺さんが孤独死したのも、ただの偶然に違いないんだ。

 ただね。
 神様みたいに善い人は別として、大多数の人は「あのヤロウ、死んでしまえ!」という気持ちを抱いた事があるだろうと思う。
 けどその憎んだ相手が、それも不慮の死をとげてしまうと、やはり良い気持ちにはなれないよ。
 その死んだ相手に同情する気には全然なれないけれど、何か後味の悪さがどうにも拭えなくて。
 だから筆者はその猫殺しの爺さんが死んだ後は、どんな厭な相手にも「死んでしまえ!」とだけは思わないようにしている。

 ただ、他人の命を害する者や、日本や人類を危機にさらそうとしている悪人だけは例外にしているけれどね。
 ヒトラーやスターリンなどの歴史に残る虐殺者だけでなく、我が祖国日本をあの無謀な戦争に突入させたA級戦犯やそのお仲間の軍人どもについても、「もっと早く突然死でもしてくれていれば戦争も起こらず、何十万、何百万もの無辜の人が死なずに済んだのに」と筆者は思わざるを得ない。

 その東条英機ら刑死したA級戦犯を「今の日本の繁栄の礎になった昭和殉難者」と正気で称える、紛れもなく歴史修正主義者の政治家たち(内閣総理大臣も含む)も、一日も早く失脚して政界から消えてくれた方が日本の為だと心から思う。
 だって、特定秘密保護法案に続いて戦争法案まで成立したら、日本は戦前と同じ道を進む事になりかねないからね。
 現にその総理のお仲間の政治家たちや作家などは、政府の意に添わぬマスコミは懲らしめ、そして潰すべきだと本気で考えているし。戦前と同じ言論統制をもくろんでいる政治家などの有力者が本当にいるのだから、自由と民主主義を大切に思うなら、今立ち上がって彼らに「NO!」という意志を示さなければ、日本は再び全体主義の暗い国になってしまうだろう。

 彼らのような政治家に比べれば、猫達を殺す動物虐待者くらいまるで罪が軽いのかも知れないが。
 筆者の家の近所には、例の猫殺しの爺さんだけでなく、自宅の庭に小動物の捕獲機を設置して、その家の庭に入る猫を片っ端から捕らえては保健所に殺処分に送り込んでいるオバサンもいる。
 そのオバサンは、「首輪をしていようが、飼い猫だろうが何だろうが捕まえて保健所に持って行く」と笑って話していた。
 ……死んでしまえ、と思いかけたけれど。
 ただ例の猫殺しの爺さんの一件があった後だけに、「死ね!」とまでは思わないで、ただ「猫の恨みがふりかかって不幸になればいい」と願うだけにしておいた。

 もちろん、この世の中の悪い事は動物虐待だけでは無いデスよ。つい最近も岩手県で中学二年生が死に追いやられてしまったけれど、イジメだって許し難い、とても悪い事だと思う。
 筆者は小柄で、しかも幼い頃から病弱だった。当然、学校ではイジメの対象になりやすかった。
 幸い筆者は体格でも体力でも劣っていたけれど、気だけは強かったからね。だからイジメを受けたら死にものぐるいで反撃して、イジメと闘う事で何とか生き延びてきたけれど。
 それでもイジメられていた頃は苦しかったし、思い出すのは辛いし、当時のイジメっ子たちの顔と名前は今でも思い出す事ができるし、彼らに対する恨みの感情は今もまだ捨てきれずにいる。
 イジメた方は忘れても、イジメられた方は絶対に忘れない……ってのは、間違いの無い事実だと心から実感する。

 でもね。
 筆者の小中学生時代にとても性悪なイジメっ子が男女一人ずつ居たのだけれど、誰が手を下さなくても二人とも見事なくらいに不幸になったよ。
 女のイジメっ子の方は、心を病んで友達も一人も居なくなり、絵に描いたような引きこもりになって。
 そして男の方も歯は殆どボロボロで言動も明らかに変で、無職で誰からも相手にされないような廃人に近い人間になってた。
 よく、ネットなどに「イジメをする人には、必ず報いがある」というような事が載っているけれど。
 科学的には全く根拠が無いし、「イジメられっ子の気休めだ」と言われれば、返す言葉も無いよ。
 ただ現に絵に描いたように不幸になっている元イジメっ子たちの末路を見ると、「多くの人の恨みを買うと、やはり不幸になるのかな」と思う気持ちを捨て切れなくなってしまう。

「じゃあ、日本を悪い方に導いて多くの人に憎まれている政治家が、何で今日も元気で権力の座に居座り続けてるんだよ?」と言われてしまうと、返す言葉に詰まってしまうのだけれどね。
 それでも「イジメっ子や動物虐待する人は、誰が手を下さずともやがて不幸になる」と思いたいし、そう信じてもいないと辛くてやり切れないよ。

 けどね。
 どんなに憎い相手が居ても、「死んでしまえ!」と呪うのだけはやめておいた方が良いよ。
 その憎んで呪った相手が本当に突然死してしまうと、まるで自分が殺したかのような後味の悪い気持ちになるから。
「その種の人間は、きっと後で不幸になる」
 そう信じてじっと待っているしか、出来る事はないんだよね、残念だけれど。

 ただ憎い相手が政治家の場合は、その政治家と、彼が属する政党に一票を投じさえしなければ良いのだから話は楽だ。
 選挙で落選させ、政権与党の座から引きずり降ろしさえすれば良いのだから、厭な政治家をやっつけるのは、イジメをする人や動物虐待をする人をやっつけるより簡単かも知れない。
 そしてその政治家を落選させ、彼の所属政党を権力の座から引き離す為に、デモに参加してマスコミや世の中の人々にアピールするのも良いかも知れない。

 それに比べてイジメや動物虐待に対応するのは、もっと難しいかも知れない。
 イジメに対しては、筆者はただ自分一人で立ち向かって闘うしか無かったし。
 そして動物虐待に対しても、自分に出来る範囲で野良猫を保護するしか出来なかった。
 近所の野良猫を何とか捕まえて自費で去勢手術を受けさせて、「もう子供を産んだりしませんから、この子だけは生かしておいてやって下さい」と近所の人達に理解を求めて回ったりね。

 あと、我が家で共に暮らしている猫さんは、猫殺しの爺さんの手にもかからず、猫を片っ端から捕まえて保健所送りにしているオバサンの罠にもかからずに生き抜いて、でも何故か筆者にはなついてくれた元野良猫デス。
 と言うか、筆者が飼ってきた猫はすべて雑種の野良猫で、見かけの好みで選んでペットショップで買おうなどと思った事は一度も無いよ。

 助けたい猫はたくさんいたけれど、個人の力で出来る事は本当に限られていて辛かったよ。
 それでも我が家で15歳まで生きて、今日も安心して手足を伸ばしてゆっくり眠っている猫の姿を見ると、心が和むし「この子だけでも幸せに出来て良かったな」ってつくづくと思うよ。

 野良猫暮らしはただでさえ辛いのに、世の中には動物虐待をするクズも現実にいるのだから。
 だからもし「犬や猫を飼おう」と思ったら、ペットショップで血統書つきのを買うのではなく、殺処分される運命の子たちを保健所などから貰うとか、野良のを引き取るとかして欲しい
 犬や猫にも心は間違いなくあるし、それは種類や血統書には全然関係ないから。雑種の野良でも同じ命と心を持って、一生懸命生きてるんだ。
 だからそういう子たちにももっと目を向けて、虐待されながら野良暮らしをしてる子や、保健所で殺処分の運命を待っている子らを、一匹でも多く救ってほしいと思うよ。

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