空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

筆者が偏執的(?)なまでに酒にこだわるようになったワケ

 いきなりだが、筆者は自分があまり良くない種類の酒飲みであることをよく自覚している。

 と言っても、飲むと乱れて暴れるとか、人に絡むとかいうわけでは決してない。筆者は基本的にアルコールに弱い体質なので、飲んで乱に及ぶほど飲めないのだ。
 まず、ほろ酔い程度の時には陽気になるが、適量以上に飲むとすぐ頭が痛くなってくる。そしてそれでもさらに飲むと、無性に眠くなってしまう。
 だから自信を持って言えるが、酒の上で失敗をして醜態を曝した事は一度も無い。頭が痛くなった時点で危機を察し、眠り込んでしまう前にタクシーを呼んで急ぎ家に帰るよう心掛けている。

 では何が良くないのかと言うと、このブログを以前にもご覧の方はお気付きと思うが、筆者は酒に対するこだわりが強すぎるのだ。
 まず、ビールはドイツのビール純粋令を信奉していて、米やコーンやスターチなどの、いわゆる“副原料”を使ったものはビールと認めていないし。
 日本酒も「純米でなければ駄目」というのが信条で、醸造用アルコールと称する工業アルコールを混ぜたものなど日本酒と認めていないし、さらに糖類や酸味料を加えたものの存在については、日本の恥、日本の酒文化に対する冒涜とすら思っている。
 本格焼酎も常圧蒸留した上に甕貯蔵したものを愛していて、「減圧蒸留し、さらにイオン交換樹脂で濾過までしているシロモノを“本格”焼酎と呼ぶなどおこがましい」と思っている。
 こだわりはウイスキーについてもかなりあって、モルト原酒を樽熟成ナシのグレーン・アルコール(グレーン・ウイスキーに非ず)で希釈し、複数のリキュールで香り付けした“まがい物ウイスキー”を宣伝の力で売りさばいて成長してきた国産某社は、今でも大嫌いだ。
 ちなみに今はハイボールがブームで、ウイスキーと言うとシングルモルトであろうが長期熟成したブレンデッドであろうが、構わずハイボールにしてしまう人が多いが、筆者はハイボールは嫌いだ。
 ついでに言えば、酎ハイとやらも、まるで飲む気になれない。

 こういう人間だから、飲み会に行くととても辛いのだ。
 まず最初の乾杯で出てくるビールは、副原料入りか発泡酒が当たり前で、続いて出される日本酒もアル添の怪しげなもので、ウイスキーを頼めばサントリー製品のハイボールだ。
 酎ハイも嫌いだし、いいちこ二階堂雲海なども真の本格焼酎とは認めてないから、本当に飲むものが無いのだ。

 気も酒の好みも合った少人数で、シングルモルトやギネスヱビスや純米の地酒などをゆっくり飲みつつ、静かに語り合うのなら楽しいんだけれどねえ。
 ただ酔っぱらうために安酒をガブガブ飲み、酔って乱れてバカ騒ぎをするのは、筆者の性にどうしても合わないのだ。
 酔って羽目を外して騒ぎたい人たちの好みや存在を否定するつもりは無いが、良い酒を静かにじっくり飲みたい筆者のような人間にとっては、今の日本の飲み会に付き合わされるのは本当に辛いのだ。

 と言っても、皆が飲んで盛り上がっている場で、「本物のビールとは何か?」とかの、酒に関する蘊蓄を滔々と語り出すほど筆者はKYでは無い。
 ただ副原料入りのビールやアル添の日本酒やハイボールや酎ハイなどは飲みたくないので、最初の一杯だけは我慢して口をつけ、後は「体質的に酒が飲めないもので」と断ってそれ以上飲まずに、片隅で静かに微笑んで皆の話を聞くように心掛けている。
 それでも皆と同じように酒を飲まないからとなじられたり、絡まれたりする事が少なくない。おかけで筆者は、義理で参加する飲み会がますます嫌いになるばかりだ。

 確かに自分でも、筆者は酒に過度にこだわり過ぎだと思う。
 ビールは麦芽とホップだけを使ったものしか認めていないし。
 日本酒も純米しか飲まないし。
 焼酎も常圧蒸留にこだわっているし、できれば甕貯蔵もしてほしいし。
 
もちろん一番好きなウイスキーにも、種類や産地や飲み方にいろいろこだわりがあるし。
 面倒な奴だと、自分でもわかってマス。
 だから皆と外に飲みに行くのは出来れば避けて、家で自分の好きな酒を、自分の適量だけ、自分のペースで飲むようにしているよ。
 変な安酒をたくさん飲んで飲まされ、酔って乱れてバカ騒ぎをし、挙げ句の果てに翌日は二日酔いに苦しむだけでなく、己がしでかした醜態を恥じて後悔するの……って、本当に愚かな事だと思う

 筆者が何故こんな偏屈な酒飲みになってしまったかと言うと、体質もあるがそれより育ちと環境の影響が大きかったと思っている。
 以前にも書いたが、筆者の父は酔って乱れる種類の酒飲みだった。
 平たく言えば、アルコール依存症ってやつだ。
 アルコール分さえあればどんな安酒でもこだわらずに、速いペースでグイグイと飲み、酔えばすぐに周囲の誰彼構わず絡み出す。そしてその後もさらに飲み、怒鳴り、暴れ、モノを壊して時には人に暴力も振るい、酔い潰れるまで飲み続けた。

 そんなアルコール依存症の家族がいて、幼い頃から酒による暴力と暴言に怯えながら育った筆者は、酒と酔っぱらいを心から嫌悪するようになった。
 実際、今でも酔って乱れて人に絡むタチの悪い酔っぱらいを見ると、殴ってやりたいくらいの衝動に駆られる。テレビの『警察24時』などで、警官に酔って絡んでいる酔っぱらいを見るだけでも、胸が悪くなってくるくらいだ。

 泥酔して怒鳴って暴れるアルコール依存症だった家族のせいで、酒と酔っぱらいに対してトラウマをしっかり植え付けられてしまった筆者だ。
 筆者が体質的にアルコールに弱いのは事実だが、それを理由にして、酒席で上司や先輩にどれだけ酒を飲むよう強要されても頑として拒み、無理な量は決して飲もうとしなかったのは、そのトラウマのせいがあると思う。

 たとえ相手が上司や先輩でも、そしてその場の空気を壊しても、筆者は適量を超える無理な飲酒は絶対に拒否する。
 おかげで「酒に弱い者などいない、酒は飲んで吐いて強くなるものだ」と固く信じている体育会系の上司にひどく憎まれ、その後長いこと職場でイジメられ続けた事もあった。
 そこまでひどくなくとも、勧められた酒を飲めなかった事で人から悪く思われ、非難される事は数々あった。
 それで「酒飲み=クズ」という思いが、筆者の心の中でさらに強まる……という悪循環だった。

 そんな筆者だが、生まれて初めてアルコールを口にしたのはかなり早く、小学校の四年生くらいの頃だった。
 筆者の父は依存症の酒飲みだから、酒があればすぐに飲んでしまうのが常だった。
 しかしその父が、棚の奥にしまって少しずつ、大切に飲んでいた酒があった。
 酒と言えば酔い潰れるまでガブガブ……という父の姿をいつも見ていただけに、その酒に対する興味が子供心にも俄然湧いてきたわけだ。
 で、学校から帰って父も母もまだ仕事から帰って来ていなかったある日、その棚の奥の四角い瓶の洋酒を、ほんのちょっぴり嘗めてみたのだ。

 飛び上がるほど強烈な刺激だった。
 しかし口の中に広がる何とも言えない素晴らしい香気に、心の底から「すごい!」と思った。
 これは子供にはとても飲めるものではないと悟ると同時に、何と素晴らしいものだろうという思いも深く残った。

 その洋酒とは、ジョニーウォーカーの黒である。
 ジョニ黒は今でこそ2千円ちょっとで買えるが、当時は「国産品を保護する」という名目の関税の関係で1万円近くしたのだ。
 だからさすがの父も、親戚から貰ったそのジョニ黒を大切に飲んでいたというわけだ。

 で、酒乱の者に対する嫌悪の情と、ジョニ黒の素晴らしい香りの記憶を抱きながら大学生になった筆者だが。
 大学に入れば、今でも未成年者の一年生や二年生もコンパで酒を飲む事があるだろう。そして筆者が大学生になった頃には、「飲酒が許されるのは法律では20歳からだが、高校を卒業して大学生や社会人になったら酒を飲むのは当たり前」という空気で、世間もそれを許容していた。

 それで筆者がまず飲んでみたのが四角い瓶のウイスキーだが、コレがまた記憶と違って酷く不味かった。あの素晴らしい香りなどどこにも無く、ただキツいアルコールの刺激があるだけだった。
 サントリーの角瓶の事だよ。
 同じ四角い瓶でありながら、サントリーの角瓶はジョニ黒とはまるで別物のマズさだった。何しろ当時の角瓶は、ラベルにも“Liqueur Whisky”と書いてあるようなまがい物ウイスキーで、たった22%のモルト原酒を樽熟成ナシの“グレーン・アルコール”なるシロモノで希釈し、さらに複数のリキュールで香り付けしていたのだ。
 これが当時の特級酒(!)だと言うのだから、サントリーの商法には呆れるばかりだ。

 いや、酷かったのはサントリーばかりではない。筆者が大学生になりお酒を飲まされるようになった頃の日本の酒は、ビールも日本酒も焼酎も、皆まがい物だらけだったのだ。
 まずビールは副原料入りのものばかりで、普通に手に入る国産ビールで麦芽とホップだけで造った本物のビールは、サッポロのヱビスくらいしか無かった。
 日本酒も大メーカーのアル添で糖類や酸味料も加えたまがい物ばかりで、純米酒など殆ど存在しなかった。
 本格焼酎も、九州以外でも広く売られていたのは薩摩白波かいいちこくらいで、薩摩白波はともかく当時のいいちこは、減圧蒸留した上にイオン交換樹脂で濾過していただけでなく、アルコールのキツさを誤魔化す為に無視できない量の白砂糖も加えられていた
 だから飲み屋で普通に出される国産の酒は、何を飲もうがまず不味かったのだ。

 だから筆者は、成人した後も酒を飲む事はまず無かった。
 まず当時の日本の酒そのものがただ酔う為の粗悪品だった事に加えて、酔って乱れる者に対する嫌悪感が筆者の心に深く根を張っていて、好んで酒を飲もうなどとはまるで思えなかった。
 だから飲み会も好きでなく、断れるものなら欠席していたし、義理で仕方なく出た時にも口をつけるのは最初の一杯か二杯くらいだった。

 そんな自分が二十代の終わり頃、青森県を旅した時に出会った一本の酒が筆者を変えた。
 旅の途中で立ち寄った青森市のあるデパートで、箱にとても派手なねぶたの絵が描かれた日本酒が目に留まって。
 地元青森県の上北郡百石町(現在はおいらせ町)の桃川酒造の酒で、その名も箱絵の通りの“ねぶた純米酒”だった。
 日本酒なんてベチャッとして不味いもの、と思っていたけれど、四合瓶で千円ちょっとだったし、とにかく箱絵とラベルがいかにも青森らしくて格好良かったから、「青森土産に、まあ良いか」と思って買ってみたのだ。
 で、家に帰ってその“ねぶた”を飲んでみたら、すっごく旨くて驚いた。
 スッキリしていて軽やかで、それでいて自然な旨味もあり、何より香りがフルーティーで下手なワインよりずっと良いくらいだった。

 以来、地酒の旨さに目覚めてしまって、どこかに旅に出る度にその土地の地酒を買い集めるようになってしまったのだ。
 もちろん、地酒すべてが旨いわけでは無かった。
 でも無名でも純米酒や純米大吟醸酒などの高品質酒造りに力を入れている酒蔵の日本酒は、それまで筆者が飲んできた大メーカーの酒とはまるで別物というくらいに旨かった。

 まだ“Liqueur Whisky”だった頃のサントリーの角瓶を飲んで、ウイスキーにすっかり幻滅してしまった筆者だったが。
 ある年、職場の課長が自宅で開いた新年会で、筆者は再びウイスキーに目覚めてしまった。
 酒も飲み会も好きではなかったが、その課長は尊敬できる立派な人だったので新年会に参加した筆者だったが、勧められたウイスキーを恐る恐る飲んでみて驚いた。
 メチャ旨ッ!
 香り高く甘やかで、かつ深い味わいでまろやかで。
 シーバス・リーガルだった。
 話を聞いてみると、その課長は酒が苦手な筆者の為に、わざわざシーバス・リーガルをチョイスして出してくれたのだそうだ。
 で、以来熱心なウイスキー党になってしまって、スコッチをメインにいろいろなウイスキーを飲み漁るようになってしまった。

 飲んでみれば副原料なる怪しげなモノを使わず麦芽とホップだけで造られたビールは、ヱビスもギネスも、ドイツやベルギーのビールもみな旨い。
 本格焼酎も、常圧蒸留で風味を生かし、さらに甕貯蔵したものは確かに旨い。

 日本酒もウイスキーもビールも本格焼酎も、手間を惜しまず伝統的な製法で丁寧に造られたものはみな旨い。
 でも一般に出回っている大手メーカーの酒は、コストカットの為に妙なもの(アルコールとか糖類とか酸味料とかリキュールとか副原料とか)を混ぜたりしているものだから、日本の多くの人がまだ酒本来の味と旨さを知らずにいるんだよね。
 筆者も以前はその一人で、おかげで「酒は不味いもの」と誤解し続けていた。
 だから筆者には、日本の大手メーカーを中心とした、ただ酔う為の「安かろう、悪かろう」の酒造りに深い恨みを抱いている。
 本当の味を知らぬまま酒を不味いものと思い続けていた年月について、「どうしてくれる!?」と怒りたい気持ちだよ。

 もちろん、世の中には酔う為だけに酒を飲んでいる人たちも少なくないし、「安く酔えればそれで構わない」という人達を否定するつもりも無い。
 ただこれまでの日本には、その種のただ安く酔えるだけの不味い酒が多すぎたと思う。それで以前の筆者のように「酒は不味いもの」と決めつけて、酒を殆ど飲まない若者たちが増えていると聞く。
 今では「酒も立派な文化の一つだ」と思うに至っている筆者としては、その現実がとても残念だ。

 酒に関する環境で言えば、今の若い人達は、筆者の若かった時代よりも遙かに恵まれている。
 だって筆者が社会に出た頃には、アルハラなんて言葉すら無かったからね。
 だから飲み会は全員が強制参加で、上司や先輩の酒は必ず飲むものでイッキ飲みの強制もあり、みな乱れるまで飲んで、女性に対してはセクハラもアリで。
 そして飲み会での暴言や暴力は、みな「酒の上での事だから」で許されて。
 と言うか、飲んで乱れて暴れたりする方が男らしいとされ、酒を飲まない男は「男のくせに、だらしない」と蔑まれる風潮すらあったのだ。
 で、そうした飲み会が嫌いで酒を飲まずにいると、仲間外れにされてイジメに遭ったりしたんだよ。
 それで仕方なく飲み会に出て、無理をして嫌々飲む酒は、例の大手メーカーがコストと利益優先で作った、ただ酔えるだけのまがい物の安酒でね。

 でも今は、飲み会はまだあるものの、飲酒の強制は昔ほど酷くないし。
 そしてお酒だってスーパーや酒屋にある酒の大半は大手メーカーの「安かろう、不味かろう」のアレだけど、ちょっと注意して探せば真面目に造られた良い酒が昔よりずっと多く売られている。
 だからお酒を飲まない今の若い人達には、「お酒はキライ」と頭から決めつけたりしないで、良い酒をちょっとだけ飲んでみてほしいと思うよ。

 こんなブログを書いていると、よく「オマエはカネがあって高い酒をたくさん飲んでいるんだろう」と思われがちだけれど、とんでもないデスよ。
 何しろまだ独身で、親が建てた築三十数年のボロ家に住み続け、乗っている車は中古の軽自動車で、生まれてこの方、飛行機にはまだ一度も乗った事が無い有り様だ。
 カネなんて無いよ。
 ただ筆者の場合、体質でお酒を本当に少ししか飲めないので。
 それに例の酔って乱れる人に対するトラウマレベルの強い嫌悪感があるから、飲もうとしても心理的にブレーキがかかってしまうんだよね。
 だからいつもほろ酔い程度に、良い酒を本当に少ししか飲まないのだ。
 実際、筆者がお酒にかけているお金は、酔う為に安酒をガブガブ飲んでいる人よりも少ないくらいだろうと思う。

 他人に一切迷惑をかけないなら、ただ酔う為にたくさん飲む人がいても非難するつもりは無いけれど。
 そして酒を全く飲まない若者が増えているのも、アルコール中毒の害を考えれば良いことなのかも知れないけれど。
 でも「良い酒をほろ酔い程度にちょっとだけ飲むって、すごく楽しいし心地良いものだよ」って、父親がアル中で酔っぱらいにトラウマに近い嫌悪感を持って育ち、職場でもアルハラを受けて苦しんだ過去がある筆者だけれど、今はそう思うに至っているのでありマス。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する