空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

先の大戦中の日本で「お国の為に」何万もの犬や猫が殺された事実を知っていますか

 先の第二次世界大戦についていろいろ学べば学ぶほど、「日本とは、世界の常識からかけ離れた何と異質な国なのだろう」と思わされる。
 その最たるものが、武士道精神を我田引水の上曲解した命の軽視と死の美化だ。

 例えば大戦初期の日本軍の“名機”ゼロ戦だが、あのゼロ戦の驚異的な空中格闘戦での機動性は、パイロットや燃料タンクを敵弾から守る防弾板を無くして軽量化した結果得られたものであった。
 そしてその事がアメリカ軍にも知られてしまった後は、ゼロ戦はアメリカ軍の戦闘機に容易に撃墜されてしまうようになった。
 また、日本軍の爆撃機に一式陸攻という飛行機があったが、この機も航続距離を伸ばすために(爆弾をたくさん搭載する爆撃機でありながら)防弾板を無くして燃料等をたくさん積んでいた。
 そのためこの一式陸攻は少し敵弾を受けただけですぐに火を吹いて撃墜され、そのためアメリカ軍のパイロットからは、「一発で火がつく」という意を込めて“ワンショット・ライター”と呼ばれていた。

 日本軍の戦車もまたひどく時代遅れの設計で、装甲だけでなく火力も弱かった。主力戦車である九七式中戦車“チハ”の主砲は、アメリカ軍の軽戦車の装甲すら撃ち抜けず、逆にアメリカ軍の軽戦車にその装甲を撃ち抜かれる有様だった。
 だから日本軍の戦車は連合軍の戦車に全く歯が立たず、ブリキの棺桶とまで呼ばれていた。
 で、欧州の戦線ではドイツ軍の戦車に全く歯が立たずにお払い箱になった米英軍の旧型戦車が、太平洋の戦線に回されて日本軍を相手に主力戦車として戦い続けたのである。

 ただ欧州の戦線では圧倒的な強さを誇ったドイツ軍の戦車だが、強さと性能に凝り過ぎたせいでその絶対数が少なかった。連合軍の圧倒的な数の戦車に悩まされていたのは、ドイツ軍も日本軍と同じだったのである。
 で、ドイツ軍は敵の戦車に歩兵だけで対抗する為に、ただ勇気だけでなく頭も使った
 ドイツ軍はまず、地雷に磁石を付ける事を考えた。たったこれだけの工夫で、兵士は自分の命を犠牲にする事なく、敵戦車の車体に簡単に地雷を取り付ける事が出来るようになったのである。
 さらにライフル銃くらいの大きさと重さで一人で持ち運べ、女性や少年でも簡単に操作できる使い捨ての対戦車ロケット砲“パンツァー・ファウスト”を開発して大量に生産した。
 それで自らの命を落とす事なく敵戦車を何両も撃破した兵士が、ドイツ軍の中に大勢出たという。

 しかるに我が日本軍はどうか。
 個人用の簡易式の対戦車ロケット砲どころか、爆薬に磁石を取り付けただけの吸着地雷すら作らず、兵士に自ら爆弾を抱えて戦車のキャタピラに飛び込み爆死する事を命じたのである。
 当時の日本には、地雷にただ磁石を付ける知恵すら無かったのか。
 それとも「兵士の命より磁石の方がモッタイナイ」と思っていたのか。
 そのどちらにしても、あの戦争を指揮した日本軍の上層部は愚かとしか言いようが無い。

 当時は日本国内でも、各学校に配属された将校らが、その学校の生徒である少年たちに、敵戦車に竹槍wwwで突撃する訓練を行なった。
 その軍事教練を受けたある少年が、教官に「竹槍で、本当に戦車を止められるのでしょうか?」と当然の質問をしたところ、彼はその教官に「バカモノ! お前らのはらわたが敵戦車の履帯(キャタピラ)に絡みつき、大和魂が敵戦車を止めるのだ!!」と怒鳴られて叱られたそうである。
 大和魂の籠もったはらわたが、キャタピラに絡みついて敵戦車を止める。だから敵戦車に飛び込んで死ね。
 当時の日本軍を指揮する者はこういう感性でいたのだから、本当に呆れ果てる。

 第二次世界大戦で、ドイツ軍は捕らえたロシア兵を残虐に扱ったが、ロシア兵もまた捕らえたドイツ兵を残虐に扱った。
 ロシアのある戦線で、ドイツ軍の武装親衛隊(武装SS)の兵士らがロシア軍の捕虜になった。
 そのロシア軍の兵士らは、捕らえたドイツ兵の捕虜の手を針金で縛り上げて道路脇に立たせ、走るロシア軍の戦車の前に捕虜のドイツ兵たちを突き飛ばし、戦車に轢き潰させて殺したそうだ。
 そのドイツ兵たちを轢き殺したロシア軍の戦車は止まる事なく走り去ったが、それは「ドイツ軍の親衛隊員には大和魂が無かったから」なのだろうな、例の日本軍の教官に言わせれば。

 特攻と言うと、飛行機で軍艦に体当たりする神風特攻ばかりが注目されるが。
 あちこちの戦線で行われた、上官の命令で敵戦車に爆弾を抱えて(背負って)体当たりさせられた兵士たちもまた、意に添わぬ“特攻”を命じられた者たちのうちに入れるべきであろう。
 待ち構える敵の機銃の前に、喊声を上げて銃剣で突進して行く“バンザイ突撃”もまた、特攻と実質は何ら変わるまい。

 兵士の武器や装備品を作るのにはお金がかかるが、新しい兵士なら召集令状の切手代だけで集められる。だから日本軍では、「兵士は最も安い兵器」とも言われていた
 ゆえに戦場で死ぬことを、日本軍の指揮官らは平気で部下たちに強要した。
 こうした命を軽視する日本軍の体質を非難するどころか、むしろ特攻で「お国の為に」死ぬことを美化するような風潮が今もなお国内に根強く残っている事を、いや、安倍政権と右傾化する世の中で逆に強まっていっている事を、筆者は深く憂慮する

 何しろ安倍政権の大臣サマである稲田朋美氏などは、「国の為に命を投げ出す覚悟があるのが真のエリート」だの、「靖国神社は不戦の誓いをする場所ではなく、ひとたび事あらば後に続きますと誓う場所」だとの公言しているが、それが何の問題にもならないような時代になっているのだ。
 靖国神社で「ひとたび事あらば後に続きます」って、「戦死する」って言ってるわけだよね。国を守る戦いに出て、生きて帰って来るわけではなくて。
 筆者は少なくとも20世紀のうちは自民党を支持し続けてきた保守思想の持ち主だが、安倍政権下で日本が間違いなく保守化しているのを感じる。

 日本軍の特攻は、あのナチスのヒトラーは称えた。しかし部下の将軍たちは、武装SSの将軍も含めて皆が特攻を否定し反対した。
死ねと命じるような事をしたら、兵の志気が下がる」と。
 特攻を命じた日本の将軍や、特攻による死に美を感じる日本人と。
 特攻を否定しそれに反対したナチスの将軍たちや、戦って死ぬのではなく生き抜く事を選んだドイツ人と。
 果たしてどちらの感性の方が“まとも”であろうか。

 筆者は「何が何でも戦争には反対」という、憲法第九条の信奉者ではない。
 もし我が国が敵国の軍隊に侵略されたら、進んで自衛隊に志願こそしないまでも、敵軍が郷土に迫って来たら銃を取って戦うくらいの気持ちは持っている。
 しかし、だ。
 特攻やバンザイ突撃の類は絶対にしたくないし、そう命令されても拒否する。
 もし侵略を受けたら戦って侵略者を撃ち破り、そして生きて帰って来たいのだ。戦闘の際に戦死する可能性は間違いなくあるだろうが、それでも最初から死ぬつもりも、そして靖国神社に祀られるつもりも無いのだ。
 そう考える筆者は、稲田氏の考えによれば“エリート”の資格は無いのであろうな。
 そして日本人の中には、今も特攻を肯定して英雄視し、戦争で死ぬ事を美化する者が(戦争を知らぬ戦後生まれの者の中にも)少なくない。

 少なからぬ日本人が、特攻や死ぬ為の無謀な攻撃で命を落とした兵士を英雄視して美化する反面、イスラム原理主義者の自爆テロについては「理解できない、キチガイじみている」と言う。
 しかし日本人という立場を離れて世界人類の普遍的な観点から見れば、日本軍の特攻もイスラム原理主義者の自爆テロと何ら変わらぬ行為なのだ。
 学徒出陣して戦没した若者らの手記や日記や書簡を収めた『きけわだつみのこえ』や、実際に過酷な戦場で戦った元兵士の戦記なども読んだ上で、叩かれるのも承知であえてそう言う。
 そう考える筆者は、WAC出版の『歴史通』や『WiLL』などの愛読者や安倍政権の閣僚から見れば、間違いなく「自虐史観の非国民で売国で反日」なのだろうな。

 何しろ同胞である日本人に「お国の為だ」と爆弾を抱えて死にに行かせ、そしてそうした死に美を感じるような国民だから。
 戦時には人の命すら軽んずるのだから、動物に対してはもっと非情になる。
 皆さんはご存知だろうか。
 戦時には馬や牛などを戦争の為に供出させただけでなく、ペットの犬や猫まで供出させたのだ。
 供出って、殺すんだよ。「軍用の皮革や、コートの毛皮にする」って名目でね。

 何しろ元々資源の乏しい、他国と仲良くして貿易をしなければ生きて行けない我が国が、中国への侵略戦争に踏み出したわけだから。
 その結果、世界各国から経済制裁を受けて、太平洋戦争を始める前から日本は物資不足に陥っていた。
 で、東京大学出版会の『帝国議会衆議院委員会議録昭和編114』によると、真珠湾攻撃に至る前年の1940年の段階で、不足する食糧や皮革の対策として、軍用犬以外の犬猫の撲殺が提案されている
 撲殺、だぞ。
 それまでそれぞれの家庭で可愛がられてきた犬や猫たちを、「お国の為に」撲殺しようというのだ。
 これが滋賀4区の有権者たちが当選させた、自民党の武藤貴也衆院議員が「現行の憲法の国民主権と平和主義と基本的人権の尊重のせいで無くなってしまった、滅私奉公の美しい精神」があったという、戦前の日本の実態なのである。

 その武藤議員は更に「戦争に行きたくない若者は利己主義」と言い、しかし己は議員枠の未公開株があるなどと知人に持ちかけた事が公になり、世間から「利己主義なのはどっちだ?」と非難されて自民党を離党した。
 しかしそれでもまだ国会議員の座にしがみつこうとしている武藤氏の姿に、部下には死にに行くような無茶なインパール作戦を強要し、そのくせ己は戦線のかなり後方で芸者遊びなどをしていた牟田口廉也中将や、何百人もの部下には特攻を命じながら己は安全な後方に逃げた富永恭次中将などの、かつての日本軍の愚将たちの姿を連想するのは、筆者だけであろうか。

 ここからは、この8月12日の毎日新聞の『銃後のくらし③犬猫供出』の記事を引用するが。
 82歳になる大阪府八尾市の高島誠代さんには、生まれた時から猫のタマが側にいて、良い遊び相手になっていた。
 そして高島さんが成長するにつれてタマは年老い、おばあさん猫になっていつも暖かなかまどの側で寝ているようになったが、それでも高島さんが呼べば「ニャー」と答えた。
 ところが太平洋戦争は始まったもののまだ勝ち戦だった1942年の夏に、当時高島さんが住んでいた岡山県讃甘村(現美作市)の役場から、猫を供出するよう指示された。「氷点下40度にもなるアッツ島を守る兵隊さんのコートの裏毛になる。お国の役に立つめでたいことだ」と。
 高島さんはタマが殺されるなど嫌で可哀想で、何とか隠せないかと母親に懇願した。しかし母親に「お国のお達し。逆らうと憲兵が来る」と言われ、高島さんが近所の神社に隠れて泣いている間に、父親がタマを役場に持って行ってしまった。
 そして高島さんは、戦後70年も経った今もタマのことを思い出し、やりきれない気持ちになるという。

 戦争が長引くにつれ、ペットは「無駄飯食い」と言われるようになったそうだ。
 そして1944年12月17日付の毎日新聞にも『犬すべて供出と献納 皮革は重要な軍用資源に』という見出しで、軍需省が翌年3月まで供出運動の全国展開を決めたと伝えている。
 実際、北海道庁広報には、各自治体や警察署などに向け、飼い犬だけでなく猫の毛皮の供出の割り当てが記載されている。
 そして動物の供出に詳しい児童文学作家で『犬やねこが消えた』(学習研究者)の著者の井上こみちさんによると、「北海道は1944年度に犬皮1万5千枚、猫皮を4万5千枚集めた記録がある」という。

 1944年の北海道だけで、約1万5千頭の犬と4万5千頭の猫が殺されたのだぞ。
 戦争全期間で、日本全国でどれだけの犬と猫が「お国の為に」殺されたのか、想像するだけでゾッとするし、激しい怒りを覚えるのは筆者だけだろうか。

 国策を誤り多くの人を特攻などで死なせただけでなく、何の罪も無い犬や猫まで殺す「お国」などクソくらえ、何が“美しい国”だ、フザケルナ、と筆者は思う。
 こんな筆者を「日本を貶める反日で売国の徒」と呼びたければ呼ぶがいい。どう呼ばれようが、「十死零生」の特攻を美化し、さらには犬猫まで殺すような“愛国者たち”の仲間にだけは、死んでもなりたくないね。

 当時の軍需省は、犬の皮革の用途として航空帽や飛行服や防寒用具などを挙げている。そして事実福岡県嘉麻市の碓井平和記念館には、後ろ身ごろの裾内側の一部に犬の毛皮が使われた兵隊用防寒コートが現存している。
 しかし猫の毛皮を利用したものは、毎日新聞の取材では見つからなかったという。

 犬の皮革は実際に軍用に使われたようだが、それを使った兵士たちは「犬もお国の為に役に立ってくれた」と喜んだだろうか。
 そして犬たちも、「お国の役に立てた」と喜んで殺されただろうか。

 想像してもらいたい。
 ずっと人間の側で可愛がられて暮らし、おばあさん猫になって暖かなかまどの側で寝て晩年を送っていたのが、いきなり家族から引き離されて。
 そして使われた証拠もない毛皮を取るという名目で、「お国の為に」と撲殺される猫の姿を。
 そこまでして戦争を続ける「お国」など、本当にクソだと筆者は思う。

 実際、「お国の為に」と供出させられた犬も、一部は皮革として使われたものの、どうもそうでもない部分もあるようだ。
 栃木県のある男性は、近所の山中で大量の犬の死体を見たと証言している。

 動物と人間の関係史を研究する早稲田大学文学学術院の真辺将之准教授(日本近現代史)は、毎日新聞の取材に「飼い犬や猫の供出は実質的な必要性よりも、人間でさえ生活に困る中で国民の鬱憤のはけ口や、国への貢献度の誇示、忠誠心の引き締めに用いられたのではないか」と語っている。

 物資が不足し食糧も乏しくなる中で、ペットは「無駄飯食い」という声が上がったと言うが、そもそも当時の日本が物資が不足し食糧も乏しくなったのは、日本が戦争を始めたからではないか。
 と言うと、WAC出版の『歴史通』に寄稿するような戦前大好きの右翼たちは、必ず欧米のブロック経済やABCD包囲陣を理由に挙げる。そして安倍首相も、この8月14日に出した戦後70年談話でもそのような事を匂わせている。
 しかしだ、欧米がABCD包囲陣や経済制裁で日本を追い込んだのは、日本が中国に攻め込み侵略したからだ。
 ABCD包囲陣や欧米の経済制裁より日本の侵略の方が先なのは、明らかな事実だ。
 そうした原因を無視して、責任を欧米の経済制裁に転嫁し、あの戦争を「やむを得ない自衛の戦争だった」と主張する人間は己の非を素直に認める勇気の無い卑怯者だと申し上げる。
 国際的な非難を無視して中国での戦線を拡大し、さらには真珠湾攻撃に打って出る前に、外交交渉で一定の国益は守りつつ譲るべきところは譲れば、あの戦争は避けられた筈なのだ。

 だから筆者は「先の戦争で命を落とした日本人の尊い犠牲の上に、今の日本の繁栄が築かれた」いう論調に、非常に抵抗がある。
 あの戦争は日本国全体が避けようと努力すれば避けられた筈だし、兵士や民間人も含めて三百万以上もの日本人が命を落としたのは、当時の日本の指導者が愚かで進むべき道を誤り、そして国民もその指導者や当時のマスコミに導かれるまま戦時色に染まってしまったからだ。
 先の戦争で命を落とした人たちがいるからこそ今の繁栄があるのではなく、当時の我が国の指導者たちが賢明であれば、あの三百万の日本人は死なずに済んだのだ。少なくとも筆者は、そう理解している。

 話を戻そう。
 我が大日本帝国は欧米との交渉の道を選ばすに戦争を進め、そして物資が不足し国民は食べる物にも困るようになった。
 だから「ペットは無駄飯食いだ」って?
 とんでもないよ、当時は食料は配給制で、農家は別として、大部分の国民に与えられる食料は平等だったのだ。
 そして農家も食料があり余っていたわけではなく、作物の多くは供出を命じられ、米に芋や豆などを混ぜてようやく食いつないでいた。筆者の母方の祖父母が農家の出だったから、その当時の苦しい生活の話は直に聞いて知っている。

 で、その配給制に犬や猫の分がある筈も無く、飼い主は自分たちの乏しい食料の中からペットの餌を与えていたのだ。だから「無駄飯食い」だなどと非難される筋合いは無いし、増してや「お国の為に殺せ」などと、とんでもない話である。
 しかし右翼の人達が大好きな愛する“お国”は、その犬や猫まで殺させたのだ。飢えた(ペットを飼っていない)国民の鬱憤を晴らし、さらには国への貢献を誇示させ、忠誠心を引き締める為に

 と言うと、「国だって勝つ為に必死だったのだ、お国の為に命を投げ出した兵隊さんの事を考えれば、犬猫の命など些細なものだ」と反論されるだろう。
 しかしだ、そもそも戦争は人間が勝手に始めた事だろうが。
 たとえそれが侵略戦争であれ、敵国の侵略から祖国を守る正義の戦争であれ、動物には何の関係も無い事だ。
 安倍政権になってから、妙に愛国心の大事さが強調され、教科書にも愛国的な内容が盛り込まれる事になった。
 しかし動物には、国も何も関係ないのである。
 お国のために戦争をしたければ、人間同士が勝手に殺し合えば良いのだ。

 何の罪もない犬猫を殺して、「兵隊さんのコートの裏毛になる。お国の役に立つめでたいことだ」だって?
「フザケルナ、まずオマエがそのお国の為に先に死ねよ、このクズ野郎!」と言いたいね。その方がずっとめでたいし、世の為になる。


「人間が勝手に始めた戦争に、動物を巻き込むな! 殺し合いをしたければ人間だけでやれ!!」と強く主張したい筆者は、やはり反日で売国なのだろうか。
 日本を貶める自虐的な史観と言われようがどう叩かれようが、「お国の為」に飼い犬や飼い猫まで何万匹どころか、おそらく何十万匹も撲殺してまで戦争をしたかつての日本の指導者どもは「クズ野郎だ」と筆者は断言する

 そして安倍首相はその刑死したA級戦犯たちを「昭和殉難者」と称え、「彼らの礎の上に今の日本の繁栄が築かれた」とも言っている。
 そんな安倍首相を以前は過半数の日本人が支持し、今は不支持の割合の方が高くなってきたとは言え、それでも三割を越える日本人が彼を支持している。
 筆者が戦後の日本の総理で最も嫌いなのは安倍首相だが、安倍首相自身よりも彼を支持し続ける日本人がこれほど多い現実の方が、筆者はもっと恐ろしいし、嘆かわしい事だと思っている。

 日本人は空気に流されやすく、右から左へ、そしてまた右へと一気に変わり、そしてその事を「みんなそうだから」と恥じない民族だ。
 だから戦前は「兵隊さんバンザイ!」で「鬼畜米英」で、兵士はイスラム原理主義のテロリスト顔負けの特攻や自爆攻撃もするし、国民もペットの犬や猫まで殺してしまう。それが戦争に負ければ子供は「ギブ・ミー・チョコレート!」で、大人はみんな左翼になってしまう。
 事実、筆者の幼い頃に出版された大事典には「北朝鮮は工業化の進んだ良い国で、韓国は軍事政権の遅れた国だ」と載せられていたし、当時のいわゆる“知識人”の間ではそれが常識だったのだ。

 この極端から極端へ変わりやすい国民性を、筆者はひどく恐れる。
 事実、今世紀に入り小泉純一郎元首相の時代から自民党は清和会に牛耳られ、その国民の大多数が熱狂的に支持した小泉元首相の手で日本が格差社会へと変わった。そしてその過程で落ちこぼれた層は愛国に自らの自信を、そして韓国人と中国人を叩くことに不満の解消を求めるようになり、少なくとも20世紀の後半にはまともに相手にもされなかった、WAC出版の『歴史通』などに見られるような戦前回帰的な論調がまた幅を利かすようになってきた。

 日本人はすぐ空気を読んで、極端から極端に変わるから。
 戦争を始めれば捕虜も残虐に殺すだけでなく、自らも特攻をして死に、ペットの犬や猫さえ「お国の為に」と殺させる。
 そんな時代が再び来る事を、筆者はとても恐れている。
 先の戦争の際に「兵隊さんのコートの裏毛になる。お国の役に立つめでたいことだ」と、多くの犬や猫まで飼い主から取り上げて撲殺した歴史を、我々日本人は決して忘れてはならないと思う。
 一旦戦争を始めればそこまでやるのだよ、日本人という民族は

 ただ犬や猫の供出については、軍需省は全国的に押し進めようとしたものの、それを“真面目”にきちんと実行したかどうかは、その自治体によってかなり温度差があったようだ。
 前にも書いたように、例えば北海道では1944年だけで、犬皮1万5千枚、猫皮を4万5千枚も集めた記録がある。
 しかし筆者の母方の祖父母が住んでいたある県の農村ではそのような命令は全く無く、祖父母の家では戦争中もずっと猫を堂々と飼い続けていたそうだ。
 筆者はそんな母方の祖父母の村を誇りに思いつつ、戦時中の「犬猫供出」の話を終えようと思う。

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