空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

懐かしの『同級生2』②・ギャルゲーは恋愛心理分析テストなのだ

 心理分析テスト、ってあるよね。「大事な試験が迫っている時に、親友が悩みを相談する長い電話をかけてきました。あなたは最後までその相談に乗りますか?」とか、設定されたシチュエーションにイエスかノーかで答えていって、その人の性格を判断するヤツね。
 そう、出来の良い恋愛ゲームって、「楽しみながら自然に、キミの恋愛上の心理分析と行動分析ができてしまう」って感なんだ。

 前回名前を挙げたばかりのセガサターン版の『同級生2』を例に、ちょっと話してみるね。
 ゲーム中、プレーヤーは八十八町という架空の街に住む高校三年生として冬休みを過ごして、その二週の間にいろいろな事を体験することになるのだけれど。プレイしてみてまず驚かされるのは、どうしたら良いのか戸惑ってしまうくらいの自由度の高さなのでアリマス。
 その冬休みの間、朝は何時に起きようが、どこに出掛けて誰と会おうが、現実の世界と全く同じでプレーヤーの自由なんだ。極論すれば、自分の部屋から出ないで一日中寝て過ごすことだって可能なのさ。
 無論、そのプレイ中の行動はしっかり結果に跳ね返って来て、「まず外に出なければ、出逢いもまるでナイ」ってのも現実と同じだよ。
 あと、相手が言動でそれとなく示唆していることに気づかなかったり、間違った対応を取ったりしてしまうと、バッドエンドに一直線だったりするのも、現実の恋愛と同じなのだ。

 ゲームのプロローグが終わった段階で、主人公の周囲にいる女の子は、同級生が六人と下級生が一人なのだけれど。それが主人公(プレーヤー)の行動次第で、可愛い保育士さんや綺麗なバスガイドさんや入院中の美少女など、校外のいろんな人とも出逢えて仲良くなれたりするんだ。
 街を気ままに歩き回る中、たまたま立ち寄った場所で出逢いがあり、そして新しい恋が始まる。『同級生2』のこんな部分もまた、リアルな恋愛に近いところかも。

 ただ出逢う人達はそれぞれ悩みや問題を抱えていて、その知り合った人との関係を深めようとすると、主人公はいろいろ選択を迫られることになるんだ。
 例えば好きになった相手が親友とかぶってしまったら、恋と友情のどちらを取る?
 もし善意で助けた相手に酷い誤解をされて、感謝されるどころか逆恨みされてしまったら?
 好きになってしまった女の子が死んでしまい、絶望のどん底にいる時に、優しくしてくれる女の人がいたら?
 ……という具合に、『同級生2』で展開されるのはただ「可愛い女のコと、イチャイチャ&ベタベタ」というレベルのストーリーではなく、主人公として行動するプレーヤー自身の人間性が問われるような選択を迫られることになるんだ。そしてそこで取るべき行動を間違えば、かなりイタいバッド・エンドが待っていて

「ナニ言ってんだ、そんなゲーム、よくあるじゃねーか」
 恋愛ゲームの達人たちの、そんなツッコミと非難の声が、この拙い文を書いている今から聞こえてきそうだよ。
 わかってる、泥沼の三角関係がウリ(?)の“修羅場ゲーム”や、好きな人が死んでしまったりする“泣きゲー”くらい、これまでに飽きるほど出されているよ。
 ただこの『同級生2』がリリースされた1990年代前半から中頃までの恋愛ゲームと言うと、『ときメモ』や『センチメンタルグラフティ』のようなものばかりだったんだ。やってみればそれなりに面白いけれど、現実の恋愛を経験している者からすれば「所詮ゲームだよな」としか思えないものばかりでさ。
 そんな中で、現実の恋愛でもありそうなドロドロの部分も描いたこの『同級生2』は、当時としてはかなり衝撃的な存在だったんだ。
 そうだなあ、黒沢が初めて『同級生2』をプレイした時の衝撃は、お子ちゃま向けの勧善懲悪熱血ロボットアニメしか知らなかった人が、初代ガンダムを見た時の感覚に似ているかも。
 で、この『同級生2』をプレイするうち、黒沢は自分の恋愛が長続きしない大きな理由の一つを、痛いほど思い知らされてしまってさ。ネタバレの恐れもあるけれど、良かったらこの先も読み進めて下され。

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