空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

安保関連法案で下がった安倍政権の支持率は、これでバッチリ回復!

 少し古すぎる話で申し訳ないが。
 今年の8月24日の毎日新聞の、『みんなの広場』という読者の投稿欄に載せられていた、東京都品川区の会社員で47才の、矢吹正道氏という方の『「負けて良かった」とは言えぬ』なる一文が、喉の奥に引っかかった小骨のように厭な感じで、今もまだ筆者の心の中に澱のように溜まり続けている。

 で、まずは問題の矢吹氏の一文を、一字一句間違いなく、すべて書き出してみよう。

 15日に「夏のガーコン祭り」という落語会に行きました。
 気になったのは、川柳川柳さんが「戦争に負けて良かった」と強調していたことです。理由の一つは、勝っていたら軍部がずっと威張っていたというもので、終戦時14歳の川柳さんの率直な感想なのでしょう。
 しかし、日の丸を振って送り出した出征兵士が200万人以上生還しなかったのに、生き残った国民が「負けて良かった」と言っては、戦没者が浮かばれないのではないでしょうか。
 私は今年、長崎市の平和記念式典に参列し、翌日は山口県の回天(人間魚雷)記念館を訪れました。鹿児島県の特攻隊の基地(知覧・鹿屋)へ行ったこともあります。
 若くして戦死した特攻隊員を思うと、「負けて良かった」とはとても言えません。それが、今日の自由と繁栄を謳歌する日本人のたしなみではないでしょうか。

 この矢吹氏の意見に、「全くその通りだ」と共感する日本人が、かなり多くいるであろう事を承知の上で、あえて言わせて貰う。

 矢吹氏とその見解に同調する方々は、底の浅い感情論と愛国心と民族意識だけでものを言っていて、理性と想像力が全く欠如している。
 ついでに言えば、「なぜあの悲惨な戦争が起きたのか?」という冷静な歴史的理解も、全く欠如している。

 矢吹氏は、「若くして戦死した特攻隊員を思うと、「負けて良かった」とはとても言えません」とおっしゃるが。
 では矢吹氏とその意見に共感する方々は、戦死した出征兵士や特攻隊員らの思いが通じて、もし日本があの戦争に勝っていたとしたら、今の日本がどんな社会になっていたか、少しでも想像した事があるのだろうか

 あの戦争に、もし日本が勝利していたら。
 我が国は今もまだ大日本帝国で、矢吹氏を含めた国民はすべて、生き神さまである天皇陛下の“臣民”だ。
 子供は学校で教育勅語を暗唱させられ、御真影を拝まされ宮城遙拝もさせられる。そして男子は二十歳になれば、徴兵制で容赦なく軍隊に入れられる
 憲法ももちろん大日本帝国憲法のままで、女性には選挙権も無いし、家父長制があり子供は結婚も自由に出来ない
 そして報道の自由は無く、検閲が当たり前にあり、迂闊な事を言えば憲兵や特高警察に逮捕され、酷い拷問を受けて死ぬような目に遭わされる
 一方、海外の植民地では日本人は一等国民として威張り、現地人の土地や財産や資源を奪い、日本語や天皇崇拝を強制して差別もする
 もしもあの戦争に日本が勝利していたら、そのような状態が今もなお続いているのだ

 矢吹氏は、戦死した出征兵士や特攻隊員を思えば負けて良かったとはとても言えず、それが「今日の自由と繁栄を謳歌する日本人のたしなみ」だとおっしゃるが。
 戦前から終戦、いや敗戦までの大日本帝国のどこに矢吹氏のおっしゃる「自由と繁栄を謳歌」できる状況があったのか、歴史的な事実をもって教えていただきたいものだ。
 言論の自由も基本的人権も無く、憲兵や特高警察が治安維持法を振りかざして民間人を逮捕拷問し、天皇を神と崇めねば不敬罪で検挙され、徴兵制があり、国家予算の多くを軍事に使い、足りない分は他国(植民地)から収奪する。
 そのような社会で、どうして「自由と繁栄を謳歌」など出来ようか。


 勘違いしないでいただきたい。
 矢吹氏がおっしゃるように今の日本人が自由と繁栄を謳歌しているのは、安倍首相を含む最近勢力を増しつつある右寄りの人達が言うように「二百万を越す出征兵士や特攻隊員たちの犠牲の上に築かれた」のではない
 日本があの戦争に負けて民主化され、日米安保条約を結び軽武装で戦争に再び手を染めることなく経済発展に力を注いできたからこそ、今の日本人が自由と繁栄を謳歌出来ているのだ。
 もしあの戦争で日本が負けず、今もなお富国強兵をスローガンに掲げる大日本帝国のままであったとすれば、矢吹氏の言う自由も繁栄も国民の手には入らないままだったのだ。
 その客観的な歴史的事実を、「日本人として祖国には戦争に負けて欲しくない」という偏狭な愛国心やナリョナリズム的心情で目隠しして見ないふりをしてはならぬ

 今では以前は殆ど世間から相手にもされなかった種類の、『歴史通』や『WiLL』や『正論』のような右翼丸出しの雑誌が書店に溢れている。
 そして安倍首相のお仲間の渡部昇一氏や櫻井よしこ氏のような、ただ戦前の日本を賛美するどころか、侵略の歴史を否定し、あの戦争も「アジアを白人支配から解放する為の、自衛の戦争だった」と言ってはばからない厚顔無恥な知識人たち(筆者は“痴識人”と呼びたい)の声が大きくなりつつある。
 だから一般の国民の中にも、彼らに影響されてあの戦争を美化する傾向が強まっているように筆者には思える。
 例の矢吹氏の、戦争に負けて良かったとはとても言えず、それが日本人のたしなみだという意見も、その一つの現れではないかと筆者は思う。

 例えば自分の家族がよその誰かと喧嘩をしていたら、理由はどうあれ身内に加勢して勝たせたくなるのが人情と言うものだ。
 それはわかる。
 しかし本当に、それで良いのだろうか。
「俺の息子が学校で先生に怒られた、だから俺は学校に乗り込んでいって、その先生を怒鳴りつけてやったゼ!」
 それでは身びいきを通り越した、モンスター・ペアレントというやつではないか。
 だから「もし日本が戦争をしたら、日本に勝って貰いたい」と身びいきの感情論を振りかざす前に、頭を冷やして理屈でものを考えて貰いたい。

 たとえ子供同士の喧嘩でも、我が子の味方をして相手を責める前に、事実を確認してどちらが悪いのかを冷静に判断し、仮に我が子に非があるとすれば、ちゃんとそれを認めて我が子を叱って相手に謝るのが本当の親の愛だと筆者は考える。
 我が子を溺愛して、我が子が悪くても相手の非を責めようとする親など、ただの愚かな“モンペ”に過ぎない。

 戦争でもそれと同じで、自国の方に非があればそれを認めて改めるのが、勇気ある真の愛国心だ。
 あの戦争を日本の侵略とは頑として認めず、「日本はワルクナイ!、負けて良かったなどと言うな!!」と怒るのは、モンペ的な偏狭な愛国心に過ぎない。
 しかし最近の日本で目立つ反知性主義の影響のせいもあってか、そうした理非をわきまえない幼稚な愛国心が、残念ながらこの国で勢いを増しつつある。

 矢吹氏は二百万人以上の出征兵士や特攻隊員が戦死したから「負けて良かった」とは言うな、それが日本人のたしなみだ……とおっしゃるが。
 その矢吹氏に問いたい。
 同じ第二次世界大戦で、同じ枢軸国のドイツは日本の倍の、六百万人以上の犠牲者を出した。
 例の矢吹氏の理屈で言えば、ドイツ人も「ナチスが負けて良かった」とは言わないのがたしなみ、という事になるではないか。

「いや、ナチスと日本は違う」って?
 そんな事はない、日本が侵略戦争をして中国人を虐殺し、捕虜を虐待した事実は間違いないよ。
 少なくとも当時の中国人から見れば日本兵は“東洋鬼”や“日本鬼子”で、ナチスドイツと大して変わりはないように見えていただろうよ。
 だが『歴史通』や『WiLL』などのライターやその愛読者達は、それでも「日本は何もワルクナイ! 南京大虐殺は嘘で、日本はアジアを白人支配から守る為に自衛の戦争をしたのだ!!」と言い張るだろうがね。

 安倍総理や稲田朋美政調会長のお仲間の渡部昇一氏らは、よく「欧米と中国がABCD包囲陣で経済封鎖をしたから、日本は自衛の戦争をしたのだ!」と主張しているが。
 そして安倍首相自身も戦後70年談話で、戦争の原因の一因としてブロック経済のことに触れ、渡部氏らの意見に賛同するような事をほのめかしていたが。
 渡部昇一氏ら日本の戦争を正当化する意見は、断言するが絶対に間違っている!

 例えば喧嘩だって、「先に手を出した方が悪い」というのが常識だ。
 そして日本もあの戦争で、理由はどうあれ疑う余地無く間違いなく先に手を出している。
 喧嘩だけでなく、戦争でも「先に武力を使って攻め込んだ方が正義」とされた例は、少なくとも近現代では皆無だ。

 渡部昇一氏や中條高徳氏などは、「経済封鎖をしたアメリカやイギリスや中国やオランダの方が悪いのだ! 日本はワルクナイ!!」と声高に主張し続けているが。
 もし国際社会から経済封鎖を受けたら、その国が戦争に打って出ても正当化されるなら。
 多くの国から経済制裁を受けている北朝鮮やイランだって、戦争を仕掛けても「自衛のための、止むを得ざる戦いなのだ」と正当化できる筈
だよな?
 そういう理屈になる筈だよな? 渡部昇一氏や中條高徳氏や、そのお仲間さん達よ。

 だがそう言うと、彼らは決まってこう言う。「北朝鮮やイランと、日本は違う」とね。
 しかしなぜ北朝鮮やイランが経済封鎖に対抗して戦争を仕掛けるのはいけなくて、日本だけはそれをしても正当化できると思えるのか。その辺りの理屈が、残念ながら筆者にはまるで理解できない。
 日本人だから、日本は特別と思って当然……と思っているのだとしたらね、それは随分と程度の低い、視野の狭い愚かな愛国心だよ。

 よく考えて貰いたい。
 あの戦争で出征兵士や特攻隊員達だけでなく、民間人も含めて何故310万人もの日本人が命を落とす事になったのか
 それは「お国を守る為」ではなく、一部の愚かな指導者達が侵略戦争を始めたからだよ。
 彼らは祖国の為に自ら命を捧げたのではなく、国家に、大日本帝国に殺されたも同然なのだ。
 だから悪いのは当時の国家の指導者で、あの戦争も勝ってはならなかったのだ。

 実際、1944年のレイテ沖海戦で我が連合艦隊は全滅に近い状態になり、アメリカ軍はフィリピンにも上陸していた。
 そして日本本土は激しい空襲を受け、その時点で大本営の者たちの多くは、既に「日本にもう継戦能力はない」とわかっていた筈だ。
 その時点で終戦を決断していさえすれば、広島や長崎の原爆投下だけでなく、あの悲惨な沖縄戦や東京大空襲も避けられた筈だ。
 しかし我が国の指導部はあくでも国体の護持(天皇制の維持)にこだわり、戦争の終結を躊躇った。そしてその間に、特攻などという非人間的な作戦に手を染め、多くの若者たちを死地に追いやった。

 筆者は「悪いのは当時の日本とその指導部で、もっと早く負けを認めるべきだった」と確信している。そうすれば、特攻も東京などの大空襲も、沖縄戦も原爆投下も無かった筈なのだ。
 にもかかわらず当時の日本の指導部は負けを自覚しつつ例の“国体の護持”とやらにこだわり、原爆を投下され、ソ連(ロシア)にまで攻められてから慌てて降伏する始末だ。
「国は終戦の判断を誤って、そのせいで多くの日本人が死ぬことになった」というのが、誤りのない歴史的な事実なのだ。

 日本人の一人として、「日本は絶対ワルクナイ!」と思いたい。
 そうしたレベルの低い感情的な愛国心を煽る、右翼の言論人の甘言に惑わされずに、事実を基にした歴史をまともに勉強してみてほしい。当時の歴史を学べば学ぶほど、当時の日本の指導者たちがいかに愚かで無責任だったかがよりわかる筈だ。
「二百万人以上の出征兵士と特攻隊員たちを思って、戦争に負けて良かったなどと言うな!」って?
 とんでもない、筆者はその事を思えば思うほど、あの無謀な戦争を始めた当時の指導者達により強い怒りを覚えるし、「もっと早く負けるべきだった」と強く思う。

 あの安保関連法案を強行可決して、安倍政権の支持率と評判が落ちたが。
 筆者には、安倍政権の支持率を回復し、国民に安保関連法案に賛成させる秘策がある。
 それはズバリ、PKOでも何でも良いから自衛隊を海外の紛争地にどんどん出す事だ。

「そんな事したら、自衛隊に犠牲が出るだろうが」って?
 そうだよ、それが狙いだ。
 自衛隊が、海外のどこかで犠牲者を出してごらん。そうしたら国民は怒りに燃えるね、自衛隊を派兵した安倍政権にではなく、自衛隊員を殺した相手国に。
 で、国民の中から「相手国を徹底的に叩いて報復しろ!」という声が沸き上がり、反戦と撤兵を言う者は「この非国民め! 自衛隊員の尊い犠牲を無駄にする気か!!」と罵られ、敵に味方をする売国奴扱いされる事になる。
 そう、安保関連法案による海外派兵で自衛隊員に犠牲者が出た途端に、国民の多くは好戦的になり、報復を叫ぶようになるのだ。
 そして戦闘が泥沼状態になっても、国内では矢吹氏のような人がこう言う、「戦死した自衛隊員のことを思えば、負けたまま引き上げろとはとても言えないのが日本人だ」とね。

 言論と思想の自由を承知の上で、あえて言うが。
 先の大戦の事を振り返り、そして安保関連法案の成立を思うにつけ、矢吹氏のような日本人が増えて行く事に、筆者は強い危機感を抱いている。

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