空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

美味いぞ! 七賢“風凛美山”純米

 筆者は日頃はウイスキーを飲んでいるが、時折それ以外の酒が無性に飲みたくなる事がある。
 で、主にウイスキーを飲みつつ、時々本格焼酎や日本酒などを飲んでいる。

 つい先日にも他県に住む高齢の親戚の病気見舞いに出掛けたのだが、その途中のコンビニで見つけたある日本酒を躊躇わずに買ってしまった。
 七賢風凛美山という純米酒である。

七賢風凛美山純米P1090023

 この七賢を造っている山梨県北杜市の山梨銘醸という会社の造る酒は、普通酒でもなかなか良質なのだが。
 そして純米酒で、しかも冷蔵棚に保管してあった酒であれば、「不味い筈がない」と確信して購入した。
 筆者自身は酒に弱くてすぐ酔ってしまうので、自分用には300ml入りの小瓶を選んだが、さらに酒好きの知人の土産用に、四合入りのものも買った。

 で、見舞いから帰ったその晩に、早速その七賢“風凛美山”純米を飲んでみたのだが、期待していた以上に美味かった!
 純米酒とは言え、何しろコンビニで、四合瓶で税抜き千円で売られているような酒である。吟醸酒でもないし、さして高級な酒ではない筈だ。
 しかし本当に美味かったのである、この七賢“風凛美山”純米は。

 まず、キャップを開けてグラスに注いだ瞬間に、心地良い爽やかな果実香が漂った。
 吟醸酒ではないのだが、吟醸香が間違いなくあるのである。
 と言ってもすぐにそれとわかる派手な吟醸香ではなく、食事の邪魔にならない程度の、心地良いほのかな香りである。

 で、口に含むと最初に甘みを感じた。
 それも醸造用糖類などのベッタリとした不快な甘さとはまるで違う、軽やかでサラリとした自然で優しい甘さなのである。
 そして続いて酸味が追いかけて来て、さらに最後には僅かな苦みと辛みに変わる。
 最初は甘みを感じさせながら、飲み下す頃には「やや辛口なのかな、この酒は」という印象に変わるので、キレも好く後口も爽やかだ。

 筆者自身は純米でかつ吟醸系の日本酒を好む為、「吟醸香が、もっとあっても良いかな」と思わないでも無かったが。
 しかし日本酒好きの人の中には、吟醸香を好まない人もいる。そして食中酒として飲む場合、強い吟醸香は食事の妨げになるのもまた事実だ。
 その点、この七賢“風凛美山”純米のほのかな吟醸香は、吟醸香を好む人にも好まない人にもどちらにも受け入れられる、絶妙な香りだと思った。

 そしてまず口に含んだ瞬間の自然でほんのりとした甘みが酸味に、さらに苦みと辛みへと変わってキレ良く飲み干せるのもまた見事だと思った。
 今は日本酒だけでなく、ビール類やウイスキーにまで“淡麗辛口”を謳うものがあるが。
 この七賢“風凛美山”純米はただキレが良いだけでなく、味に複雑な豊かさがあり、「水のようにただ薄味で辛口の酒を称える風潮は馬鹿げている」と、舌と喉に確かな実感をもってわからせてくれる。

 日本人の一人として、筆者は以前から常々「日本人はワインを過大評価し過ぎている」と感じている。
 筆者は日本酒は、冷蔵庫で保存してワイングラスで飲む事が多いが。
 で、同じ価格帯で比べた場合、「ワインより日本酒の方が、間違いなく美味い!」と思うのは、筆者の勘違いであろうか。
 例えば筆者がコンビニで入手した七賢“風凛美山”純米は、四合瓶で税抜き千円だった。そして飲んでみて堪能したフルーティーな香りや、甘味から酸味、そして苦みと辛みに変わって行く豊かな味わいを、同じ千円程度のワインで得られる事はまず無いだろうと確信している。
 少なくとも筆者は、七賢“風凛美山”純米やそれと同じクラスの日本酒の味と香りに匹敵するワインは、少なくとも三千円は出さなければ得られないと思っている。
 そして三千円も出せば、日本酒なら純米大吟醸の四合瓶が買える。
 その三千円の純米大吟醸酒と、同じ三千円クラスのワインの味と香りを比べたとしたら、筆者としては間違いなく日本の純米大吟醸酒の方が、味も香りも上だと思っている。

 もちろん、ワインも美味いものは飛び抜けて美味いだろう。
 だが本当に美味いワインを飲むには、かなりのカネを出さねばならない。
 ワインで千円ちょっとのものと言えば、テーブルワインに毛が生えたレベルで、「これは美味い!」と唸るようなものはかなり少ないだろう。
 しかし日本酒には四合瓶で千五百円以下で買えるものの中に、充分に満足の行く味と香りのものが数多くあるのだ。
 そして三千円から五千円も出せば、それこそ感動するくらい美味い酒が当たり前に飲める。
 で、五千円以下で感動できるような味と香りのワインが、果たしてどれだけあるだろうか。
 ワインも良いものは確かに美味い。
 しかし日本人はワインを過大評価して有り難がり過ぎているのではないかと、筆者は常々思っている。

 日本酒は、きちんと造ったものは間違いなく美味い。
 個人の好みの問題かも知れないが、同じ価格帯であればワインより日本酒の方が間違いなく美味いと、少なくとも筆者は思っている。

 それにしても、多くの日本人が何故ワインばかりを有り難がり、日本酒と言うと「オヤジの飲むダサくて不味い酒」と思うようになったのだろうか。
 それは日本酒の主に大手メーカーが品質より儲けを優先して、酒に工業アルコールを混ぜた上に水で薄めて嵩増ししたり、地方の酒蔵から桶買いした酒を大量の活性炭で濾過して旨味まで取ってしまった粗悪酒ばかり売って来たからだ。

 あの「する必要もなく、避けるべきであった」あの戦争のおかげで、日本はひどい食糧難になった。それで酒造りに使う米を減らす為に、酒に工業アルコールを加えて嵩増しするようになった。
 しかし酒に工業アルコールと水を加えただけでは、当然ただ薄くて辛いだけの、甲類焼酎に近い不味い酒にしかならない。
 で、戦後の日本酒と言うと、工業アルコールと水で薄めた酒に糖類を加え、そのベッチャリした甘さを誤魔化す為に更に酸味料も加えた、本物の日本酒とはほど遠い、ただ酔えれば良いだけの人が飲むような粗悪酒ばかりになってしまった。
 その結果、若い世代の人達が「日本酒はオヤジが飲む不味いもの」と思って飲まない人が増えてしまったのも、当然の事である。

 例えばワインであれば葡萄から造った物というのが常識だが、日本酒では工業アルコール(自称醸造用アルコール)等を混ぜて嵩増しした“アル添酒”が当たり前で、米だけで造った本物の日本酒を飲もうと思ったら、わざわざ“純米酒”と書かれたものを探さねばならないのが現状である。
 アル添酒を擁護する人達の中には、「純米酒は重いし、アル添の方が淡麗辛口でサッパリする」という人もいるが。
 もし葡萄だけで造ったワインが、わざわざ“純葡萄酒”と表示されたものしか無くなって。そしてワインを「辛口の軽い飲み口にする為に」、工業アルコールと水を混ぜたものが公然と出回るようになったら、日本人を含む世界のワイン愛好者が激怒するのではないだろうか。
「ワインの伝統を破壊するな! これは文化に対する侮辱だ!!」と。
 だが日本では、日本酒に工業アルコールを混ぜて嵩増しする恥ずべき行為が、今もまだ公然と続けられている。

 アル添を擁護する人達は、「日本では江戸時代から日本酒に焼酎を加える“柱焼酎”という技法があったし、アル添は伝統的な手法だ」とも主張する。
 そしてそのアル添酒擁護派の中には、あの名高きソムリエ、田崎真也氏までいるのだから呆れてしまう。
 田崎氏は「ワインにもアルコールを加えたシェリー酒やポート酒もある」とも言って、日本酒のアル添への“理解”を示している。

「アル添は江戸時代の柱焼酎と同じで、ワインにもアルコールを加えた物もあるからアル添はOKだ」って?
 嘘だ
 断言するが、どちらも全く嘘のこじつけだ。

 まず江戸時代の柱焼酎と現在のアル添は、意味も性質もまるで違う別物なのだ。
 酒の腐敗防止の為にアルコール度数の高い焼酎を混ぜる“柱焼酎”という技法は、江戸時代から確かにあった。
 だがちょっと待ってほしい。その技法に使われていた焼酎というのは、米焼酎もしくは粕取焼酎といった本格焼酎である。手作りで単式蒸留した本格焼酎だから、味も香りもちゃんとあって、そのまま単独でも充分に美味しく飲めるものであり、それを日本酒に加えていたのである。

 では現在の日本酒に加えられている“醸造用アルコール”とは、一体何であるか。
 ずばり、サトウキビの絞り滓から連続蒸留で作り上げた、度数100%に近い工業アルコールで、味も香りも無い、ただアルコールの強烈な刺激があるだけのシロモノである。
 コレはとても人がまともに飲めるものでは無く、だから水で薄めてアルコール度数を20~25%くらいにまで下げたものが、甲類焼酎としてペットボトルに入れられて大安売りされている。4リットル千数百円くらいで売られていて、「アル中の廃人への入り口」とも呼ばれているアレだ。
 江戸時代の柱焼酎に使われていた単式蒸留の本格焼酎と、この現在使われている工業アルコールを一緒にされては困るし、本格焼酎に対して失礼だ。

 繰り返し言うが、連続蒸留で作られている例の醸造用アルコールこと工業アルコールは、アルコール度数は100%に近い。
 そんなものを酒に混ぜれば、アルコール度数は当然とても高くなる。で、そこに大量の水を加えて嵩増しして、一般的な日本酒のアルコール度数の15~16%に戻すわけだ。
 だから“醸造用アルコール”入りの日本酒は、アルコール度数こそ同じだが間違いなく純米酒より水っぽくなり、旨みも香りも薄くなる。さらに加えたアルコールの刺激で味が辛口に傾きがちで、メーカーはそれを“淡麗辛口”と称して売り捌いているというわけだ。

 その醸造用アルコールの添加で、酒をどけだけ嵩増しできるか。
 いわゆる本醸造酒では純米酒のおよそ1.5倍、普通酒では二倍の酒が出来るという。
 工業アルコールと水でそれだけ嵩増しされていて、酒本来の旨みに違いが出ないわけがない。
 実際、本醸造酒だけでなく吟醸酒や大吟醸酒も含めたアル添酒に比べ、純米酒は明らかに旨味が濃い。淡麗辛口を謳う、ただ薄味で辛さだけが突出しているアル添酒と違って味に奥行きがあり、甘みや酸味など微妙な味が複雑に絡み合っている。

 もし現代のアル添を、「江戸時代からの技法」と言い張るならば。サトウキビの絞り滓を連続蒸留した工業アルコールを加えるのではなく、単式蒸留の本格米焼酎を加えて造るべきだ。そうでなければ、「江戸時代からあった柱焼酎の技法と同じ」などと絶対に言えない筈だ。

 アル添の日本酒を擁護するソムリエ田崎氏の言うように、確かにワインの中にはポルトガル産のボートワインのように、度数の高い蒸留酒を加えた高級品もある。
 ただ田崎氏の言うポートワインとは、葡萄汁の発酵途中にブランデーを添加して発酵を止め、意図的に甘味を残して長期間熟成したものなのだ。使用するワインも良質なものが選ばれ、だから出来たものも最高品質のワインと言われている。
 そのポートワインは、出来た酒に工業アルコールを混ぜ水で嵩増しする日本のアル添酒とはまるで別物だと、馬鹿でもわかる筈である。
 それがおわかりにならないらしい田崎氏が世界的に有名なソムリエである現実が、筆者にはとても不思議でならない。元々性格の悪い筆者などは、「もしや田崎氏は、日本の大手酒造メーカーと“仲良し”で、何か利害関係でもあるのでは?」と邪推したくなってしまう。

 ちなみにサントリーも以前“赤玉ポートワイン”なるものを作っていたが、そもそもポートワインはポルトガルで上記の方法で造られ、同国のポルト港から出荷された物しかそう名乗ってはいけないと、「商品の原産地虚偽表示の防止に関する一八九一年四月のマドリッド協定」で国際的に決められている
 そしてそのマドリッド条約には、我が日本国も戦前から加わっている。
 しかしサントリーは1973年にポルトガル政府から厳重な抗議を受けるまで、我が国でその“赤玉ポートワイン”なるまがい物を作り続けていたのである。
 そしてポルトガル政府から抗議を受けた後も、渋々“赤玉スイートワイン”と名を変えて、今もまだ売られ続けているのである。
 そう、NHKの連続テレビ小説『マッサン』に出て来た“太陽ワイン”こそが、その“赤玉ボートワイン”なるまがい物である。

 ちなみにサントリーの“赤玉ポーワイン”改め“赤玉スイートワイン”は、ポートワインどころかワインですらないのだ。
 その証拠に、ラベルをよく見てみると商品名に「甘味果実酒」と書いてある。
 その成分もまた粗悪極まりないもので、日本消費者連盟が編集著作した『ほんものの酒を!』によると、赤玉スイートワインは複数の甘味果実酒に、原料用アルコール(例の廃糖蜜から作られた工業アルコール)や糖液やクエン酸や香料や水などを加えたものだという事だ。
 甘味果実酒に工業アルコールを加えて水で嵩増しし、さらに糖類や酸味料で味を付けて……って、まさに日本酒で一番安くて不味い三増酒と殆ど同じ作り方そのものだよ。
 このポートワインの名を騙る偽ワインの儲けでウイスキーを造って、今のように大きくなったというわけデス、あのサントリーとは。
 その過去を知っているから、筆者は今もまだサントリーに好感を持てないのだ。
 肝心のウイスキー造りでも、サントリーはかなり長いこと、甘味果実酒やリキュール入りの、まがい物のウイスキーを売ってきたしね。

 話は戻って、アル添を擁護する人達は、こうも言う。
「アルコールを添加すると、もろみの中に含まれている吟醸香がより引き出せるのだ」と。
 確かにそうかも知れない。
 だが少なくとも筆者は、「純米吟醸酒より、アル添の吟醸酒の方が香りが高くて味も良い」という話は全く聞いたことが無い。
 実際に飲んでみて思う事だが、香りの良さでは純米吟醸酒もアル添吟醸酒もまるで変わらない。そしてアルコールを添加して加水量も増やしている分だけ、アル添吟醸酒は純米吟醸酒より酒としての旨みが薄くなっている

 吟醸香を引き出す為のアルコール添加と言うが、それと引き替えに酒としての旨みを薄めてしまったのでは本末転倒ではないか。
 吟醸香は、杜氏とその酒蔵にちゃんと技術があればアルコールを添加しなくとも充分に出せるのだ。そしてアル添でないだけ味も濃く奥深いものになる。
 現にちゃんと香り高い純米の大吟醸酒や吟醸酒があるというのに、「アルコールを添加しないと吟醸香が出ない」と言うのは、ただ蔵元の怠慢でしかない
 事実、筆者が飲んだ七賢の風凛美山は、ただの純米酒であるにもかかわらず、ほのかだがフルーティーな吟醸香がしっかり漂っていた。

 ワインは葡萄から、そしてビールは麦芽とホップから造るように、日本酒も米と米麹だけで造るものであるべきだと筆者は考えている。
 今は食糧不足どころか、むしろ米は余っているくらいだというのに、日本酒にわざわざ工業アルコールを混ぜ込み水増しする意味が、筆者にはまるで理解できないのだ。
 我が国の誇るべき日本酒の味と香りを台無しにしてまで、工業アルコールと水で嵩増しして安易に金儲けに走った結果、「日本酒は不味くて嫌い」という若い世代を増やしてしまい、日本酒離れを起こしてしまっている現実を、特に大手メーカーは猛省すべきと筆者は考える。

 ビールの本場のドイツではビール純粋令があり、麦芽とポップ以外のものをビールに加えることをドイツ人達は認めていない。
 もしフランスで工業アルコールを混ぜ水で薄めたワインを「淡麗辛口デス」などと称して売りでもしたら、それこそ袋叩きに遭いかねないだろう。
 しかし日本では依然としてアルコールと水で嵩増しした酒が堂々と売り続けられていて、消費者もそれを「さすが淡麗辛口、サッパリしていて美味しい!」と喜んで飲んでいるのだから悲しい。

 ところで皆さんは日本酒を、どんな色だと思っておられるだろうか。
「馬鹿馬鹿しい、日本酒に色などあるもんか。無色透明に決まってるダロ」って?
 そう思った貴方は、残念ながら大手のメーカーの不味い酒しか飲んでいない。
 実は本来の日本酒は、黄金色と言うか淡い色のビールにも似た薄い黄色なのだ。

 ただ現在の日本酒のメーカーでは、酒の雑味を取り色を綺麗に澄ませる為に、活性炭素を多く使っている所が少なくない。特に大手のメーカーほどそうだ。
 活性炭素を使えば、なるほど酒の雑味は取れる。しかし活性炭素は雑味だけを取り除いてくれるような都合の良いものではなく、同時に酒本来の旨味も香りも消してしまうのだ。
 業界では「キロキロ」という専門用語があり、1キロリットルの酒に1キログラムの活性炭素を使うのが普通で、大手のメーカーになると3キロも使う会社もあるらしい。

 ちょっと考えてみてほしい。
 大量の活性炭素を使わねば雑味が残り過ぎて飲めないような酒は、そもそも駄目な粗悪酒なのだ。
 で、よくワンカップや紙パックなどで安く売られている酒は、殆ど無色透明に近いものが多いが、それは元々大量の活性炭素を使わねば飲めぬような、原料米も悪く精米歩合も低い上に“合理化”という名のもとに手抜きをされて作られた酒で、雑味と一緒に旨味や香りまで無くしてしまった粗悪酒に過ぎない。
 で、筆者が飲んでみた七賢の風凛美山純米酒は、普通酒と言われる日本酒とはまるで違う、綺麗な黄金色をしていたよ。

 筆者はこの七賢の風凛美山純米酒を、「抜群に美味い!」とまでは言わない。
 もっと香りが高くて美味い純米吟醸酒や純米大吟醸酒が幾つもある事を知っているし、実際に飲んでもいるからね。
 けど千円で買えるただの純米酒(精米歩合も70%)で、この味と香りは「凄い、間違いなくお買い得!」と感心したよ。
 このような手頃な価格でかなり美味しいお酒が、もっと増えて日本中どこでも手に入れられるようになったら、日本人ももっと日本酒を見直すようになるのではないかなぁ……と、七賢の風凛美山純米をワイングラスでゆっくり楽しんで飲みながら思った次第デス。

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