空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

お受験(1)・受験の時でも、アナタは恋をシマスか?

 唐突だけれど、同じ幕末の志士でも吉田松陰高杉晋作って、生きる姿勢はまるで反対なんだよね。

 吉田松陰は超ストイックで、生涯ドーテーだったという噂もあるくらい真面目なおヒトなのだ。「御国が異国に滅ぼされかけている時に、オナゴになどウツツを抜かしていられるか!」ってワケ。
 で、安政の大獄で捕らえられて死罪になってしまうのだけれど、その時の辞世の句と言われているのがコレ。
かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂
 幕府に楯突くような真似をしていれば、命が危ないのはわかってる。でも御国の為に今の政治を変えなければと思う気持ちは、どうしても止められない……。どうよ、この真剣で一生懸命な気持ちって。

 一方の高杉晋作も、長州藩を倒幕でまとめた上に奇兵隊を組織して幕府軍を破ったスゴい人で。けど同時に、かなりのオンナ好きで遊び好きなんだよね。
 あの大河ドラマの『龍馬伝』で見る高杉晋作のイメージとはかなり違って、実際の高杉晋作は頭は切れるけれど小柄で病弱だったんだよね。で、幕府が倒れる直前に病死してしまうのだけれど、酒も女も最期まで止めなかったという、別の意味でもスゴいヒト。

 この二人の差って、ただ「人間のタイプの違い」というだけの話で、「吉田松陰に比べて高杉晋作は不真面目だ、遊んだりせずただ国の為にだけ頑張ってたら、もっと立派な業績を上げて長生きもしただろう」ってワケじゃないと思うんだよね、黒沢は。

 断っておくけれど、いわゆる“勤皇の志士”って、黒沢はどうも好きになれないんだ。その理由をきちんと話したら、ちょっとした論文レベルの長さになってしまうから、ここでは簡単にしか触れないけれど。
 ま、ざっくり言ってしまえば、志士らの上の方は「頭は切れるが人間として尊敬できない人」が多く、下の方ともなるとその頭の良さもなく、ただ時代の空気に乗って暴れて略奪暴行に励んだ品性下劣な下郎武士ばかりだから……ってとこ。
 コレを読んでムカっとした人は、会津を攻めた官軍の奴らが城下で何をしたか、少しでもいいから調べてみてごらん。略奪、強姦、殺人と、非戦闘員の民間人に対して悪の限りを尽くしているからね。
 最初からそのつもりで商人も戦に一緒に連れて行き、家々に押し入っては金目の物を略奪して売り飛ばす。そして女性は片端から強姦し、抵抗する女性は斬り殺してたんだよ。これが志士達が率いた、天皇陛下の御名を戴き錦の御旗を掲げた官軍の実態なのさ。

 歴史ってさ、勝った方が自分の都合に合わせて書き換えるモノなんだよね。数学の公式や科学の法則などと違って、その時代の権力者によって“真実”がどんどん変えられてゆくワケ。だから幕末から維新にかけての歴史って、天皇と官軍の側に有利なように、かなりねじ曲げられているんだよ。
 現実の“志士”達の姿を知ったら驚くよ、「国の為」と言えば、どんな悪事も許されると思ってるから。新撰組とか、いかにも幕府側が正義の志士たちwを酷く弾圧したかのように書かれているけれど、そもそも“天誅”とか言ってテロを始めたのは志士の方じゃん。

 赤報隊に「年貢を半分にする」と言って回らせて、全国で百姓たちに一揆を起こさせてさ。でも幕府が倒れて自分たちが政権を取ると、「赤報隊は偽官軍だ」と言って年貢半分の約束は取り消して、赤報隊の人達に罪を被せて死刑にしちゃうんだよね。
 秩父事件とか自由民権運動の弾圧とか、政権を取った“志士たち”が民衆に何をしたか、ちょっとでも調べてごらん。そしてその“志士たち”に逮捕された政治犯たちが、送られた北海道の刑務所でどんな扱いをされたか、ちょっとでも調べてごらん。「うわー、志士とかって人として尊敬できねぇ」って思う筈だから。

 例えば“安政の大獄”って、今の教科書でも教えてるよね。けど明治政府を作った“かつての志士たち”って、実は井伊大老なんかより何百倍以上も酷い弾圧をしてるんだよね。
 それでも日本史で「安政の大獄」を教え続けたいなら、“明治の超大獄”も教科書で詳しく教えなきゃフェアじゃないよ。
 大学では史学科だった黒沢が、人間として尊敬できる幕末期の人物というと、河井継之助とか小栗上野介とか幕府方の人ばかりで、官軍方では唯一大久保利通が「人としては好きになれないけれど、私心の無い立派な人だと思う」って感じだよ。

 ま、「勤皇と佐幕とどっちが好きか」とか、「歴史はどう書かれるか」とかいう話は別として。
 人間にはさ、ざっくり分けて二通りあると思うんだよ。一度に一つの事しか頑張れなくて、他の大事なことをしている時には恋などする余裕もなく、逆に恋に堕ちると他に何も手につかなくなっちゃう吉田松陰タイプと。そして「恋も仕事も遊びも、何も諦めない!」っていう、ある意味欲張りで気持ちの切り替えも器用にできる高杉晋作タイプと。

 例えば受験。国の為に体を張って働くことに比べたら、一個人の受験なんて屁みたいなものだけど。
 とは言え、受験がその人の人生を左右しかねない重大事であるのは、確かなことだよね。
 でさ、よくいるじゃん? 「受験が近いから、恋愛してる余裕なんかない」みたいなことを言う人。似た言い方に、「大会が近いから」とか「仕事が大変な時だから」とかいうのもあるよね。
 そういう人達を見ると、黒沢などは「恋愛って、アナタ達にとっては人生の妨げなんデスか?」って言いたくなっちゃう。黒沢なんか、受験期だろうが何だろうが、いい子が目の前に現れたらすぐ恋しちゃってたからね。
 だって受験も大事だけど、出逢いだってその時限りの一生に一度のものなんだよ。赤い糸が見えるワケじゃないし、生涯の伴侶ってやつにも、いつ出逢えるかなんてわからないじゃん。
 だから高杉晋作じゃないけれど、黒沢はどんなに大変で忙しい時期でも、恋の一つや二つ、いつもしていたな。「受験だから恋は諦める」って発想自体、頭の中に無かったし。

 結局さ、「恋をすると受験(仕事・試合)が疎かになっちゃう」って人は吉田松陰タイプなんだよね。真面目なんだけど不器用で、一度に一つのことにしか打ち込めないの。
 いや、それは個人の気質の違いだから、別にそれが良いとか悪いとかの問題じゃないんだけどさ。ただ人間って、どうしても自分を基準に物事を考えちゃうものだからね。
 だから黒沢みたいに「恋も受験もどっちもOK」って人は、受験期間は“欲シガリマセン勝ツマデハ”みたいになっちゃう人を見ると、つい「余裕のない、面白味のないヤツだな」って思っちゃうし。
 でもその「恋などしてたら、受験勉強など手につかない」人達にとっては、受験期にも平気で遊ぶし女の子ともデートもしちゃう黒沢みたいな人間は、「不真面目でいい加減なヤツ」にしか見えないんだよね。

 でさ、先生とか先輩とか親とか兄とか、指導する側が吉田松陰タイプの人で、される側が高杉晋作タイプだったりすると、話がかなり厄介になっちゃう。
 高杉晋作タイプの人はさ、吉田松陰タイプの人を見ても「受験期だって、恋ぐらいしたってイイのに」と思いはしても、別に「恋愛する余裕ぐらい無くてどーする!」とか怒ったりしないけど。
 でも吉田松陰タイプのストイックな人って、高杉晋作タイプの人を見ると、不真面目としか思えなくて怒りたくなっちゃうんだよね。で、恋と受験(または試合や仕事)を両立できない人が目上だと、「受験が終わるまで(部活を引退するまで)、恋愛は絶対禁止だからな!」とか、ごく当たり前の事として他人に強制したりしちゃう

 どんな忙しい時でも恋もしてきた立場の者から言わせて貰うとさ、黒沢は「恋の為に他の事は手を抜いた」わけじゃなくて、「恋も他の事も、どちらも全力投球」だったんだよ。
 だから受験や試合が近い時や、仕事が忙しい時でも恋愛やデートするかどうかは、その人が真面目かいい加減かの問題ではなく、ただ個人の生きるスタイルの違いに過ぎない……って黒沢は思うんだけどね。
 だって「吉田松陰は真剣に生きてエラいけど、高杉晋作は不真面目でダメ」なんて、誰にも言えないでしょ?

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