空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

子供の立場を無視した夫婦別姓の推進に、断固反対する!

 近頃、夫婦別姓の問題が盛んにマスコミなどに取り上げられているが。
 そして“進歩的”と言われる人達はほぼこの夫婦別姓に賛成し、反対している人達は保守的で高齢の人達に多いと言われている。
 ただこの夫婦別姓に賛成するにしても、反対するにしても、どちら側の人達も結婚する夫婦だけの立場でものを言っていて、子供の立場については殆ど考慮されていない事が気になる。

 言われている事と言えば、せいぜい反対側から「家族の一体感が無くなり、もし子供が学校でイジメられたらどうするのか!」と言われ、そして賛成側から「夫婦の姓が違っていても、両親の仲が良ければ子供は理解するし幸せだ!」と反論されている程度でしかない。
 夫婦別姓を議論する人達は、特に夫婦別姓を支持する人達は、とにかく結婚する当事者である夫と妻の事ばかり考えていて、「では将来生まれて来る子供の姓をどうするのか?」という重大問題を全く考慮していないから呆れる。

 そもそも現在夫婦別姓が当たり前か、あるいは夫婦別姓が選択できる国というのは、その「子供の姓をどうするか?」という問題について、歴史的に答えが決まっている国ばかりだ。
 大まかに言えば、まず妻は結婚しても旧姓を名乗り続け、そして生まれた子供はすべて父親の姓を名乗るという、ある意味では妻はその家族の戸籍に入れないとでも言うような、女性差別的な国々があって。
 そして“スズキ・タナカ・タロウ”というように、両親双方の名字を名乗る国もある。
 さらに少数だが、息子は“ジロウの息子・ヒロシ”というように父称を、娘は“ハナコの娘・ヨウコ”というように母称を名乗る国もある。

 そのような国々では、夫婦別姓であっても殆ど問題がない。
 事実、夫婦別姓が認められている国と言うのは、そのように昔から夫婦別姓であった国ばかりだ。
 数少ないが、国によっては姓というものすら存在しない民族もある。
 しかし日本は違う。
 ある家に嫁入りするのであれ婿入りするのであれ、日本では夫婦と生まれた子供すべが、どちらか一方の姓を名乗るのが当然であった。
 そしてそのような国々では、現在でも夫婦別姓が認められていない国が多い。
 何故ならば、「生まれてきた子供の姓をどうするか?」という、正しい答えのほぼ無い大問題に向き合わなければならなくなるからだ。

 歴史的に夫婦別姓で、生まれてきた子供はみな男親の姓を名乗る国々も少なくない。
 日本で夫婦別姓を求める人達は、我が国もそのような社会になる事を望んでいるのだろうか。
 だがよく考えてみてほしい。そのような国では、母と子供は永遠に別姓なのだぞ。

 つまりその種の国では、A山タロウと結婚したB川ハナコはあくまでも「よそから来たタロウの妻」であって、自分の腹を痛めて生んだ子らを含めたA山家の一員とは、死んでも認められないのだ。
 現実には「最初から夫婦別姓という国は進んでいて、自分本来の姓もアイデンティティーも捨てずに済む」などと思うのは大間違いで、実はその種の国では妻は最後まで一族の一人と認められず、よそ者のままなのだ。

 考えてもみて貰いたい。
 自分の腹を痛め、自分の母乳で育てた子供達がみな夫の姓を名乗り、自分一人だけ死ぬまで別姓でいなければならないという事に、不条理と不平等を感じないだろうか。
 特に男女平等が叫ばれているこの世の中で、夫婦別姓が実現すれば「我が子にも、自分の姓を名乗らせたい!」と願う女性も出て来る筈だ。

 また、現代は離婚がとても増えている。
 しかし日本の家庭裁判所の判断は旧態依然としていて、離婚の際に子供の親権は母親のものになるケースがとても多い。
 離婚の有責者が妻側であっても、ただ「母親であるから」という理由だけで、親権は浮気や浪費など離婚に至る原因を作った妻に渡す事が多いのが、日本の家庭裁判所だ。
 で、夫婦別姓であった場合、妻に引き取られる子供の姓は元夫の姓のまま、という事になる。

 最近は離婚だけでなく、再婚も増えているが。
 それも子連れでの再婚も少なくない。
 仮にA山タロウとB川ハナコが結婚して、そして子供を産んだとする。夫婦別姓であれば、妻のB川ハナコが生んだ子供は当然A山の姓を名乗る事になる。
 生まれたその子の名前を、仮にA山タケシとしよう。
 ところが夫婦仲が悪くなり、A山タロウとB川ハナコは離婚する事になったとしよう。
 そして離婚の裁判で、子供であるA山タケシの親権は当然のように母親のB川ハナコのものになった。
 B川ハナコはその後シンママとして頑張って働いたが、やがて職場の同僚のC谷トシオと恋に落ち、子連れで再婚する事になった。
 で、そのC谷家は、夫がC谷で妻はB川、そして子供の姓はA山というややこしい事になるのである。
 さらにC谷トシオとB川ハナコの間に子が生まれれば、B川ハナコが産んだ子供の姓は今度はC谷になる。
 仮にその子の名前をC谷ミキコとすると、同じ兄弟でありながら、そのミキコと兄のA山タケシは違う姓になるのである。
 夫婦別姓論者はそれでも「家族の絆は薄れない!」と言い張るのだろうが。随分とややこしくてわかりにくい、家族関係の説明にいつもかなり手間取る家族になると思うし、「こんな家族、イヤだ!」と思うのは筆者だけだろうか。

 一部の夫婦別姓論者の中には、「子供の姓は夫婦で話し合って、どちらにするかあらかじめ決めておけば良い」という人達もいるが。
 伝統的に夫婦別姓の国の多くがそうであるように、生まれた子は自動的に父親の姓を名乗るのではなくて。子供にどちらの姓を名乗らせるかは、夫婦で決めれば良いではないか……と。
 なるほど、そうすれば男女平等になるのかも知れない。

 だがその「夫婦別姓で、子供の姓をどちらにするかも夫婦で決める」制度になったとして。
 現実問題として、将来生まれて来る子供の姓を簡単に「夫婦だけで話し合って決められる」と思う人は、世間を知らない甘ちゃんだよ。

 今は少子化で一人っ子も少なくないが、そうした一人っ子同士が結婚する場合を想像してみてほしい。
 夫婦別姓で、しかも子供の姓も話し合ってどちらかに決められるとしたら。
 どちらか一方は家名が消えてしまうわけだから、どちらもなかなか引けないと思うよ。
 仮に当人同士が納得したとしても、その親や親戚一同が黙っていないと思うのは、筆者の考え過ぎだろうか。

 で、A山タロウとB川ハナコが結婚する場合、「第一子はA山、第二子はB川にしよう」と決めれば、一応は平等になる。
 しかしそうなると、例の「実の兄弟なのに名字が違う」という、ややこしい問題を抱える事になる。
 それに近年の出生率を考えれば、最初の約束通りに子供を二人きちんと産んで育てられる家庭が、どれだけあるだろうか。

 近年ではDQN(あるいはキラキラ)ネームが問題になっていて、「何でこんな名前を付けやがったんだ!」と親を恨む子が増えていると言うが。
 もし子供の姓を父母側のどちらにするか、親が相談で決めるようになったとしたら。
「何で親父(お袋)の姓にしたんだ、逆が良かったのに!」と親を恨む子も出て来るだろうと筆者は予想している。

 と言うのは、筆者自身が現在名乗っている父方の姓があまり好きでは無いからだ。
 別に変な名字というわけではなく、ごく普通のありふれた姓だ。
 珍しいと言えば、母方の姓の方が少なくてより目立つだろう。
 問題は、一族の人柄にある。

 父方の親戚には商売人が多く、身内の誰かが困った時には「金は出さずに、口は出す」というタイプが目立って多い。そして良く言えば賑やか、ハッキリ言えばがさつで無遠慮な人ばかりだ。
 対照的に母方の方は、商売っ気などまるでなく、読書好きで物静かな学究肌の人が多かった。そして母方の親戚達は、こちらが困っている時には本当に黙ってお金を用立てて助けてくれた。
 だから筆者は昔から母方の親戚が好きで、父方の親戚とは今でも冠婚葬祭の時以外には極力合わないようにしている。

 筆者が現在、その好きでない父方の姓を名乗っているのは、母が父に嫁ぎ、そして日本では家族は同一の姓を名乗る制度だからだ。
 もし子供の姓が夫婦の話し合いで決められるものなら、筆者は母方の姓を名乗らせて貰いたいものだと心から思っている。

 だったら夫婦別姓に賛成して、夫婦の話し合いで母方の姓を名乗らせて貰うようにすればいいダロ……って?
 甘いよ、貴方。
 人間関係なんて、そんな民主的でお互いを尊重し合うようなものばかりじゃないんだ。

 実は筆者の父親は強引で人の言うことは聞かない性格で、さらに大酒飲みでギャンブルもするDVモラハラ親父だったのだ。
 子供の姓を夫婦で決められるとしたら「絶対自分の姓にしろ!」と言い張り、もし母が「自分の方の姓も付けたい」と言おうものなら、文字通りにちゃぶ台返しして怒り狂ったに違いないと、我が親だからこそよくわかる。
 そして父方の親戚もがさつで自己主張の強い人達ばかりだから、総掛かりで文句を付けるに違いない。
 筆者の家庭は極端なのかも知れないが、本当に冷静かつ公平に話し合える夫婦ばかりではないんだよ、現実には。

 恋愛には、「惚れた方が負け」という言葉があるよね。
 筆者も、自分の恋愛体験からもそれは真実だと思う。
 その夫婦や恋人同士が、お互いに同じくらい愛し合っていれば良いのだけれど。現実にはより愛している方と愛されている方がいて、どちらかが相手により尽くしているという組み合わせが少なくないと思うが、それは筆者の勘違いだろうか。

 筆者の母が全くタイプの違う父と結婚したのも、その違うところに自分に無いものを見て好きになってしまったのだと言う。
 強引で何でもかんでも思い通りにするのも、恋愛中には「行動力があってステキ!」って見えちゃうものなんだよね。で、父に惚れてしまった母は、なんでも父の言う通りにして結婚して……ってワケ。
 そして自分の見込んだ相手が酒乱で賭事好きの困った人だと気が付いた時には、もう子供も二人出来て別れられなくなっていたのでアリマス。

 そう両親を批判的に見ている筆者だって、若い頃には恋愛中には本当に“盲目”になってた。
 実際、一人っ子のある女の子に恋していた時には、本気で「その子の家に婿入りして、その子の姓を名乗ってもいい」って思っていたもの。その子の家を絶えさせずに守る為に、ね。
 恋愛中なんて、本当にそんなものだから。
 冷静で公平な話し合いなんて、まず出来ないと思う。そして相手をより愛している方が、負けて相手に譲っちゃうんだよね、「話し合い」という名のもとに。

 だから一部の夫婦別姓論者の言う「子供の姓をどちらにするかは、夫婦で話し合って決める」というのは、実際には無理な話だと思う。
 後で恋の熱が醒めた後で「譲るんじゃ無かった、自分の方の姓にしておけば良かった」と思う人が、間違いなく大勢出るのではないかな。

 それに「子供の姓をどちらにするかは、夫婦で決める」となれば、選ばれなかった方の祖父母や親類は絶対に良い気持ちにはならないよ。
 口や態度に出すかどうかは別として、夫婦に生まれてきた子供の姓が相手方になったとしたら、祖父母や親戚としては面白くないってば。

 今の日本では「夫婦と子供は同じ姓を名乗る」って法律で決まっているから、その子供が自分と違う姓であっても「仕方ない」と諦めるよ。
 筆者が好きではない父方の方の姓を今も名乗っているのも、母が父に嫁いだから法律で仕方ないんだと割り切ってる。
 けどもし一部の夫婦別姓論者の人達の言うように、「子供の姓をどちらにするかは、夫婦で相談して決める」のだったら、「何で父方なんだよっ、絶対母方の姓の方が良かったのに!」と不平たらたらで、父と酷い喧嘩になっていたと思う。

 子供達が、父方と母方の祖父母や親戚を同じように好きだろうとか思ったら、大間違いだから。
 父も母も、自分の親兄弟は好きで大切だろうけれど。
 ただ筆者がそうだったように、「こちら側の親戚は好きだけれど、あちら側の親戚は好きじゃない」という子供は絶対いると思うよ。
 だから法律でどちらかの姓(日本では主に父方)に決められているのではなく、両親が子供の姓を自由に選べるとしたら、「何でこっちの姓にしてくれなかったんだ!」と不満に思い、親を責める子供達が大勢出て来る筈だ。

 また、夫婦別姓論者の中には、「どちらの姓を選ぶか、子供に決めさせれば良い」と言う人もいるけれど。
 それは一見子供の意志と気持ちを尊重しているように見えるけれど、「いったいその子供が何歳になれば、どちらの姓を選ぶべきか正しく判断できるようになるのか?」という大問題が起きてくる。
 筆者の「父方ではなく、母方の姓を名乗りたかった」という気持ちは、成長してもずっと変わらなかったけれど。
 でも父親がいつも遅くまで働いていて、子育ては主に母親がやっているような家庭では、子供は「お母さん好き!」ってなりがちだからね。そして特に女の子の場合は、理由もなく生理的に「お父さんキライ!」という時期もあるからね。

 父親との距離や、父親への理解は、子供の年齢によってかなり変わって来るものだから。
 小学生以下の子供に、両親のどちらか好きな名字を選ばせるなんて、ナンセンスだし。
 そして思春期でも、まだ正しい理性的な判断が出来るとは思えないし。
 かと言って、「自分の選択を後悔しないくらい大人になるまで正式な姓が無いまま」というのも、現実的に不便すぎるだろう。
 だから「姓を子供に選ばせる」という意見にも、筆者は賛成しかねる。

 日本は「昔から夫婦別姓で、生まれた子供は父の姓を名乗ると決まっていた」というような国と違って、当初から一家でみな同じ姓を名乗り続けてきたのだ。妻が嫁入りする場合だけでなく、夫が婿として入る場合も含めて。
 だからその我が国に夫婦別姓を導入する場合、「子供の姓をどうするか?」という大問題にぶつかる事になる
 そして日本の夫婦別姓を支持する人達には、それに対する自覚と、その問題に真正面から向き合う覚悟がまるで感じられない

 家族の中で妻だけ別姓で、生まれた子供はみな父の姓を名乗るとすると、男女同権の問題があるし、また離婚後に母親が親権者になった時、子供の姓の問題が起きる
 また、「子供の姓は夫婦で話し合って決める」という考えも、双方の親類たちの口出しもあるだろうし、当の子供の感情などにも大いに問題があって、現実的とはとても言えない。
 そして「子供自身に決めさせる」という考えもまた、子供の姓が決まらない期間を長く作ってしまうから非現実的だ。
 だから筆者は、子供側の立場から夫婦別姓には反対である。

 ただバリバリ働き職場で実績を上げている女性が増えている現在、姓が変わる事にただ抵抗があるだけでなく、現実に不利益を被る女性たちがいる事も理解できる。
 実際、結婚して姓が変わるとそれ以前の業績が、ネットなどでその人のものとして検索できなくなって、無いものになってしまうという。確かにそれは、その人にとって間違いなく不利益で損失だ。

 だから筆者はいきなり夫婦別姓というのではなく、まず結婚後も旧姓を通称として利用する事を積極的に推進したい
 日本に永住権を持つ一部の外国人が、普段は日本人の姓名を名乗って普通に暮らしているように、職場では旧姓で働き続けば良いと思うし、職場でもそれを認めるべきだと思う。

 ただ旧姓を利用し続ける女性達は、結婚したならしたで、職場の同僚に「こういう姓も持っています」と新しい姓を教えるくらいの柔軟さも必要ではないだろうか。
 ある女性が結婚後も旧姓のまま働いていたところ、職場に「子供が怪我をした」と学校から電話があった。ところが職場の人達がその人の旧姓しか知らなかったため、間違い電話と思われ「そのような人は居ません」と処理され、連絡がつかなかったという。
 これは「夫婦別姓を認めるべきだ」という意見の人達から出された話だが、筆者は「職場の同僚にすら結婚後の姓を教えておかないなんて」と、むしろその女性の旧姓にこだわる頑なさに呆れてしまった。

 無論“柔軟さ”は、男性の側にも必要だ。
 筆者はかつて、好きになった一人っ子の女性の為に、「今の姓を捨てて、彼女の姓になっても良い」と本気で思った事があると、先に書いた。
 姓が変わる事で彼女の側にデメリットが大きく、そして男性の側に充分な愛があれば、「結婚して男性が彼女の姓に変える」という選択がもっとあっても良いと思う。
 今では女性の方が、恋人である彼よりも業績を上げていて高収入である場合もそう珍しくはない。そんな場合、男性は下らないプライドなど捨てて、「結婚したら彼女の姓を名乗ってあげる」くらいの度量と愛情を示しても良いではないかと思う。

 多くの男性は誤解しているようだが。
 結婚して妻側の姓を名乗ったところで、別に妻の家に“婿養子”に入るわけでは無いのだ。
 結婚してただ妻側の姓を名乗る事と、妻の家に養子縁組みして入る事はまた別の事なのである。
 世の男性方は、そこを誤解してはならない。

 ついでに言うが、結婚して妻が夫側の姓を選んだら「家を捨てて我が○○家に嫁に来たのだ」と勘違いする男はバカである。
 結婚後に夫婦どちらの姓を名乗るかは当人同士の選択の問題であって、家は関係ない。自分の家の「嫁に貰った」とか「婿に取った」とか言いたいなら、ただ結婚だけでなく養子縁組みまできちんとすべきである。

 というわけで、これまで長々と書き連ねてきた事を、最後に三行にまとめる。
 筆者は夫婦別姓には反対だし、日本の文化と伝統に合わないと考える。
 その代わり、結婚後に旧姓を通称として利用する事を広く認めるべきだと思う。
 さらに、結婚して夫が妻側の姓を名乗ることも、もっとあって良いと思う。

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