空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

完全分煙または禁煙にすれば、飲食店の客は本当に減るのか?

 もし貴方の家族や職場の同僚などの身近に、朝も昼も晩も酒を飲むアルコール依存症の人間がいたとして。
 そしてそのアル中が、自分が飲む度に同じ量の酒を貴方にも飲む事を強要してきたとしたら、貴方はどう思うだろうか?
「大迷惑で非常識極まりないし、とんでもないアルハラだ!」
 そう激怒するのが普通であろう。

 非喫煙者にとって喫煙者とは、ズバリそれと全く同じ存在なのである。
 酒飲みも困った存在ではあるが、喫煙者はもっと困った存在である
 何故なら、酒好きがやがてアルコール依存症になり始終飲んだくれていようとも、その挙げ句に絡んで暴れたり、他人にも飲む事を強要したりさえしなければ、周囲の者に害は及ぼさないからである。
 しかし喫煙者は違う。
 一人の喫煙者は、周囲の非喫煙者すべてに、自分が吸う煙草のニコチンやらタールやらの有毒物質を含んだ煙を、無理矢理に吸わせているのである。

 もしも貴方の口をこじ開けて、無理に酒を飲ませる者がいたとしたら、それはまさにアルハラで暴力である。
 同様に喫煙者は、周囲の者すべてに自分の吸う煙草を無理に吸わせているのである。
 煙草を吸わない者にとって喫煙者とは、まさにそういう存在なのである。
 非喫煙者も存在する公共の場で煙草を吸う行為は、ニコチンハラスメントで暴力に他ならない

 筆者の住む町には、真っ昼間から焼酎(甲類のペットボトル入り)を飲みつつ、だらしない笑みを浮かべて下手な歌を唄いながら外を歩き回るご老人がいるのだが。
 確かに見ていて気持ちの良い光景ではない。
 しかしそのご老人は近くの誰かにに絡むでも、飲酒を強要するわけでもないから、見ないふりをしてただその側を通り過ぎれば問題は何もない。
 日の高いうちに酒を飲みながら外を歩こうが、他人に迷惑をかけない限りは当人の自由である。

 しかし煙草は違う。
 周囲の人すべてに同じだけ煙草の煙を、しかもフィルター無しで吸わせる、公共の場での喫煙や公道での歩き煙草は、間違いなく「周囲の皆にも無理に自分の煙草を吸わせている」迷惑極まりない行為である。
 非喫煙者にとって、公道や公共の場所で有害極まりない煙草の煙をまき散らす喫煙者は、例の酔っ払いの爺さんとは比べものにならないほど桁外れな迷惑で有害な存在なのである。

 だから国際オリンピック委員会と世界保健機関(WHO)が「煙草のない五輪」を目指す協定を締結しているのは、至極当然の事である。
 そして近年の五輪開催都市では、飲食店など屋内施設を禁煙とする罰則付きの法令が整備され、2016年大会開催地のリオデジャネイロも、公共施設などを禁煙とする罰則付きの州法を制定した
 日本に比べればまだ発展途上と言えるブラジルでさえ、公共施設や飲食店などでの禁煙を、罰則付きの法令で決めたのである。

 では2020年に東京五輪が開かれる日本では、非喫煙者を受動喫煙から守る対策がどれだけ進んでいるのだろうか。
 この14日の毎日新聞(夕刊)によると、東京都は都内の宿泊施設や中小の飲食店が喫煙室や分煙エリアを設ける工事費の5分の4も税金で補助する、分煙環境整備補助金の制度を10億円もの予算をつけて導入したのだが、業者の反応は鈍く、想定の一割しかまだ申請されていないのだそうである。
 禁煙でなく分煙でさえ、我が国ではこの有り様なのだ。

 しかも東京都医師会の尾崎治夫会長によると、「煙草の煙の粒子は非常に小さく、隙間から禁煙席に入るので、分煙では受動喫煙は防げないというのが世界の常識。従業員が喫煙エリアに入らざるを得ないという問題もある。10億円もの税金をつぎ込むのは無駄」なのだそうである。
 だから都の医師会は、他の五輪開催国と同様の「屋内空間の全面禁煙化」を求めたのだが、中小の飲食店約1万店が加盟する東京都飲食業生活衛生同業組合は「売り上げが減り経営に大きく影響する」と反対しているという。
 それで都の舛添要一知事は、近年の五輪開催地の常識である禁煙ではなく、「徹底的な分煙をやる」と言っている。
 しかし都の分煙環境整備補助金に対する申請の低調ぶりを見ると、その分煙すら難しそうなのが、現在の日本の喫煙を巡る状況である。

 断言するが、受動喫煙の防止に関する我が日本の現状は、どこからどう見ても後進国である。
 喫煙者たちは「最近は煙草が自由に吸える場所が減って、肩身の狭い思いをしている」と被害者面をしているが、真の被害者は巻き添えで吸いたくもない有害な煙草の煙を否応も無く吸わされている非喫煙者たちに異ならない。

 飲食店での禁煙について、当の飲食店の経営者たちは「売り上げが減り経営に大きく影響する」と反対しているそうだが、果たしてそうであろうか。
 煙草を吸う者が減りつつあるこの時代に、「店の全面禁煙は、むしろ経営にプラスになる場合もあるのでは?」と思う筆者の感覚は、素人考えであろうか。

 筆者の伯父の一人が、治る見込みのない病を患って長く入院している。
 その伯父は他県に住んでいるのだが、ただ親戚というだけでなく、筆者は個人的にも大変にお世話になった。だから時間を作っては、度々車を飛ばして見舞いに行っている。
 何しろ片道三時間近くかかるので、その見舞いはどうしても一日がかりになってしまう。で、たいてい朝の九時過ぎ頃に家を出て、どこかで昼食を食べてから見舞って帰ることにしている。

幸いなことに、その伯父が入院している施設の向かいに小さなレストランがあって、そこのランチがなかなか美味いのだ。しかも税込み七百五十円でありながら、ボリュームもたっぷりだ。
 ファミリーレストランなどのチェーン展開している店で出す料理とはまるで違い、いかにも「料理上手な奥さんの家庭料理」という感じの味が楽しめる。
 だから何も宣伝しておらず、看板すら小さく目立たないのだが、いつも常連さんが通っている。
 ただそこは店主の愛想の良いおばさんが、調理から会計まですべて一人でこなしている為、注文してから出来上がるまでに、どうしても二十分くらいかかってしまう。

 いや、待つくらいは別に何も問題は無い。むしろ注文してすぐ料理が出て来るとしたら、それは本部から配送されてきた出来合いの料理を温め直して出している証拠であろう。
 筆者がいつも閉口させられるのは、店に来ている他の客の事である。

 その店の客の皆がそうだというわけでは無いが、煙草を吸う者が客の中に少なからずいる。
 そしてその店は小さいだけに、分煙などまるでされていないし、煙草対策の換気扇や空気清浄機も備えられていない。
 だからたった一人の客が煙草を吸うだけで、店の中に煙草の煙が充満する事になる

 その店に来て煙草を吸う客の多くは、まず食事が出来るのを待つ間に、雑誌などのページをめくりながら煙草を吸う。そしてその間、こちらもその客の煙草の煙にさらされ、ただ不快なだけでなく有毒な副流煙を吸わされ続けるのだ。
 で、その喫煙者の客に食事が届き、そして食べ終えて店を出て行ってくれるかと思えば、そうは行かぬのだ。

 喫煙者に言わせれば、「食後の一服が実に美味い」のだそうである。
 だから喫煙者の客は食事を終えても、まず席を立たずに腰を据えたまま、また煙草に火を付けてゆっくりと吸う。
 そしてこちらは、その間もまた煙草の煙にさらされ続けるわけだ。

 喫煙者にとっては美味くて堪らない(食前や)食後の一服だが
 その喫煙者の“食後の一服”は、煙草を吸わない者のメシをとことん不味くする毒ガス同然の有害物でしかないのだ。
 だからそのランチの美味しい小さなレストランだが、筆者は次もまた行こうかどうしようか、ひどく迷っている。
 そのレストランの女主人の人柄も好ましいし、それに何より食事が安くて美味いのはよくわかっている。しかし「また喫煙者の客が居て、せっかくのメシを不味くさせられるかも」と思うと、行く気がかなり失せてしまうのだ。

 飲食店、それも分煙するだけの余地が無い規模の小さい店の経営者たちは、「売り上げが減り経営に大きく影響する」と反対しているが、果たしてそうだろうか。
 実際、煙草を吸わずにいられないニコチン中毒者たちは、依存症という心の病を患っているから、禁煙にされて煙草を吸えなくなると、狂ったように文句を付ける
 だから飲食店の経営者たちは、声の大きいニコチン中毒の者達の罵詈雑言に近い文句に惑わされ、「店を禁煙にすると、大変な事になる」と思い込んでいるだけなのではないか。

 煙草を吸わない者たちは、ニコチン中毒で依存症の喫煙者たちと違って理性と常識があるから、他の客の煙草にによる受動喫煙で不快な思いをしても、店にヒステリックな大声で文句を付けたりしない
 店に分煙や禁煙がされておらず、他の客の煙草の煙で不快な思いをした場合、ただ黙ってその店に行かなくなるだけである
 実際、筆者も伯父が入院している施設の真ん前にある小さなレストランに行くのを、「もう止めようか」と考えている。
 店主の人柄は良いし、しかも料理も安くて美味いのだが、分煙がきちんとされておらず、他の喫煙者の客が吸う煙草の煙が狭い店内に充満するのが、嫌で嫌でたまらないからだ。

 無論、その店に行けば毎回喫煙者の客と一緒になるわけではない。
 実際、その店で喫煙者の客と一緒になる確率は、冷静に考えてみれば二度に一度かそれ以下くらいである。
 しかしそれでも、「また喫煙者の客と一緒になって、煙草の有害な煙と嫌な臭いが充満する中でメシを食わなければならないかも知れない」という可能性を思うだけで、その店に行こうという気持ちが大いに減退してしまうのだ。
 繰り返すが、「店主の人柄は良く、料理も安くて美味しいのにかかわらず」である。

 店を禁煙にしたら、東京都飲食業生活衛生同業組合が主張するように、本当に「売り上げが減り経営に大きく影響する」のだろうか?
 逆に売り上げはそれほど減らず、むしろ受動喫煙を嫌う新しい客が増える可能性もあるのではないだろうか。

 少なくとも筆者なら、完全分煙または禁煙を実施している飲食店には、安心して喜んで行く。
 ついでに言うが、分煙と言いつつただ禁煙席と喫煙席を分けているだけで、喫煙席の煙草の煙が禁煙席にも流れて来るような店は、インチキで詐欺に近い分煙だと思っている。

 店を禁煙にする事に対する、煙草を吸わずにいられないニコチン中毒患者たちの抗議の声は大きい
 しかし煙草を吸う客に受動喫煙させられるのが嫌な非喫煙者たちは、ただ黙ってその店に行かなくなる事を、中小の飲食店の店主たちは知るべきだ。
 飲食店の関係者は、喫煙者の声の大きさに惑わされず、嫌で嫌でたまらない煙草の煙に耐えている非喫煙者の声にも、ぜひ耳を傾けてほしいと思う。

 現在では、煙草を吸わない者より吸う者の方が少なく、しかもその喫煙者の数は年々減りつつある
 その時流と今後を考えれば、店を喫煙自由のままにして煙草を嫌いな者にも受動喫煙を強い続けるのと、完全分煙や禁煙に切り替えるのとどちらが店にとってメリットが大きいか、答えは明らかであると思うが、どうであろうか。

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コメント


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その通りだと思います。私自身、禁煙してからは飲み屋に行くことがほとんどなくなってしまいました。わざわざ高い酒代払って受動喫煙しに行くのが馬鹿らしいからです、それなら家で飲んだ方がいいと思います。それから、タバコやめてから性格が穏やかになりました。
タバコを吸わない人が、黙って去って行くというのもよくわかります。

| URL | 2016-11-21(Mon)16:23 [編集]


Re: タイトルなし

> 私自身、禁煙してからは飲み屋に行くことがほとんどなくなってしまいました。わざわざ高い酒代払って受動喫煙しに行くのが馬鹿らしいからです、それなら家で飲んだ方がいいと思います。
> タバコを吸わない人が、黙って去って行くというのもよくわかります。

 私もかつては喫煙者でした。
 その反省も含めて思うのですが、喫煙者はなぜ「自分の煙草の煙を、周囲の皆にも無理矢理吸わせている」という意識が無いんでしょうかね。「自分たちは“禁煙ファシズム”に迫害されている」という、被害者意識ばかりで……。
 アルハラという言葉があるように、煙草の煙を吸わされるのを「ニコチン・ハラスメント」と呼んでも良いのではないでしょうか。
 煙草は嗜好品ですし、喫煙者に「禁煙しろ!」と迫るのは、余計なおせっかいだと思いますが。
 ただ喫煙者には、自分の煙草の煙を他人に吸わせない配慮だけは、ぜひしてほしいです。

 でも、「煙草はやめたくても、やめられない」というの、絶対ウソですよね。
 私も貴方も、現にやめられていますからね。

黒沢一樹 | URL | 2016-11-24(Thu)14:58 [編集]