空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

古いオフラインのゲームを愛する者のボヤキ

 筆者は以前、このブログに自分の実体験(主に恋愛に関する痛い失恋の話)を織り交ぜながら、ゲームの話を頻繁に書いてきた。
 だがここのところ、その種の話は殆ど書けなくなっている。
 その理由はズバリ、筆者がゲームに関して完全に時代遅れになっている現実を痛感しているからだ。

 例えば今ゲームと言うと、多くの人はスマホやパソコンでやるオンラインでのものを思い浮かべるのではないだろうか。
 だが筆者は違う。
 筆者がプレイしたいのは、プレイステーションやセガサターンなどの、かつての固定機によるオフラインでのゲームなのだ。

 ゲームは読書やDVDの映画鑑賞などをするように、自分の都合のつく時間に一人でじっくりやり込みたいのである。
 ネット上の“仲間”に誘われ、他人に合わせてプレイするのがどうにも性に合わないのだ。

 また、そのゲームに自分がとれだけの対価を支払っているのかわかりにくい、課金という制度にも嫌悪感しか持てない。
 何かものを買う場合、内容を吟味しその価格が妥当であるか考えてから、購入するかどうか判断するのが普通ではないか。
 最初はタダでも総額でいくら支払う事になるのかもわからないゲームに手を出す気になど、少なくとも筆者はなれない。

 筆者は自分でもゲームにはかなり時間を費やして来た自覚はあるが、落ちゲーや格闘ゲームの類は殆どやらない。
 自分が小説やアニメやドラマの主人公になりきってプレイできるような、とにかくストーリー重視のゲームがしたいのだ。
 だから楽しさのメインは敵を倒すことにあって、ストーリーの面白さに重点を置いていないゲームは、どうにも性に合わない。

 RPGにも、ストーリーに深みがありドラマ性があるものも少なくないが。
 ただ時間の大半を主人公のレベル上げに費やされることを強いられると、時間の浪費を強いられるようで厭になってしまう。
 ストーリーを進めるうちに、プレーヤーである主人公のレベルが自然に上がって行くのならば良い。
 そうではなくて、無駄な戦いを繰り返して主人公のレベルを上げなければストーリーを進められないような、いわゆる“作業”を強いられるようなゲームは筆者は個人的に好きになれない。

 とにかくストーリー性重視で、作業的なものはキライ。
 そしてそのゲームをするなら、クリアするまでに総額いくらかかるのかも、前もってきちんと知っておきたい。
 さらに自分の都合の良い時間に、好きなだけその世界に深く入り込んでプレイしたい。
 だからスマホやパソコンでのオンラインゲームと相性の良い種類のゲームとは、筆者とは相性がひどく悪いのだ。

 少し話はそれるが、筆者がまだ大学生だった頃の話を聞いてほしい。
 当時はソシャゲをやろうにもケータイすら普及しておらず、ゲームもまだファミコンのような子供向けの単純なものしか無かった。パソコンはあったがひどく高価な一部のマニア向けのものでしか無く、ネトゲも存在していなかった。
 何しろ当時は、あの秋葉原が今のような“萌え”の街でなく、まだ電気街だったのだ。
 だからオタクの大学生も、オンラインゲームに熱中する若者もいなかった。

 では当時の大学生たちは、何を楽しんでいたか。
 それはひたすら、リアルな人間付き合いデスよ。サークル活動とかコンパとか、あるいはナンパとかwww。
 何しろスマホどころかケータイすら無いのだから、lineなどある筈も無いわけで。
 自宅通学の生徒は家の固定電話を使えたけれど、筆者が通っていた東京の某大学には地方から出て来て、トイレは共同で風呂すら無いような安アパートで下宿暮らしをしている者が多く、そんな貧乏学生に部屋に電話など引けるわけも無く……。
 だからとにかく人とは直接に会い、面と向かい合って話すしかコミュニケーションの取りようが無かったのだ。

 そんな環境だから引き籠もりになれる筈もなく、当時の若者たちは今よりずっと密な人間関係を築き合っていたよ。
 ただそれは良いだけでなく、人によっては息苦しく生きにくい面も間違いなくあった。
 部屋に籠もりネットを介して外界と繋がる余地が無いだけに、今よりずっと濃い人間関係が求められたのだ。
 今ではアルハラという言葉があるが、当時はそんな概念すら無く、「一緒に酒を飲みに行かない者は仲間外れ」という空気は、大人の職場だけでなく大学生たちの間にも間違いなくあった。

 また、当時はネトゲの代わりに麻雀という厭な遊びがあった。
 いや、麻雀そのものが悪いわけではない。
 麻雀自体は充分に面白い。
 ただ麻雀には、「四人揃わないと出来ない」という問題点がある。
 だから学内や職場などで一度“麻雀仲間”が出来てしまうと、自分に都合があっても仲間から「なあ、来てくれよ、お前が来ないと困るんだよ」と迫られて断り切れずに、自分の予定を変えて仲間と付き合う事になる。

 筆者が通った学科は、その大学の中では人気があって、受験の競争率も合格に必要とされる偏差値も高い方だった。それでか、同じ学科の者には浪人して入学して来た者が少なくなかった。
 で、入学して間もなく出来た仲良しグループで、自然にリーダー格になったのは二浪の男だった。
 彼は出身地では県下でナンバーワンの名門高校の出身だったが、受験より酒や遊びの勉強をし過ぎて二浪してしまったような遊び人だった。
 それだけに、筆者のように現役で入学して東京に出て来たばかりの者には、既に二年も東京で浪人しながら一人暮らしをしてきていた彼は、二歳という年齢差以上に大人びて世慣れているように見えた。
 それで彼は、仲間の皆に“オトウチャン”と呼ばれていた。

 そのオトウチャンには、酒の飲み方やら遊び方やら宴会でウケる猥歌やら、勉強以外のいろいろな事を教わった。
 ただ筆者には、大学在学中に果たしたい夢があった。
 家の経済的な事情でその方面の学科への進学は諦めたものの、当時の筆者には「写真家になりたい!」という夢を捨ててはいなかった。
 普通の学科に通いつつ、写真の勉強を独学で続けていつかプロの写真家としてデビューしたいと思っていた。
 家族のもとを離れて東京に進学したのも、ただその為だった。

 だが写真を撮り続けるには、とてもお金がかかった。
 まず良い機材は絶対に必要だし、それに当時の写真は銀塩フィルムだったから、フィルム代や現像料にもかなりのお金がかかった。
 今はデジタルだから、良いカメラと必要なレンズさえ揃えてしまえば後はただ撮るだけだが、銀塩フィルムの時代には写真を撮るにもその前にフィルム代の、そして撮ったら撮ったで現像料の工面をしなければならなかった。
 だから筆者は、大学時代にとても忙しかった。
 何とか留年する事にはならぬよう大学の勉強もこなしつつ、時間を作ってはアルバイトして資金を稼いでは写真を撮りに行く。そんな生活をずっと続けていた。

 いや、その暮らし自体には何の不満も無かったし、自分の夢の実現に向けて毎日充実した日々を過ごしていた。
 ただその代わり、筆者には暇も金の余裕も無かった。
 大学の他の仲間は普通に講義に出て、コンパなどで酒を飲んで青春を謳歌していたが、筆者にはその酒を飲むのに遣う金すら惜しかった。

 白状するが、筆者は写真家でも篠山紀信さんとか荒木経惟さんのような、女性を撮る専門家になりたかったのだ。
 だから高校生の頃から、可愛い女の子がいれば「モデルになって写真を撮らせて!」と頼み込んでいたし、そのおかげで初対面の女の子と話す事にも自然に慣れていた。
 少なくとも筆者は、合コンという場で酒の力を借りたりせずとも、素面で一対一で気になる女の子に話しかける事が出来た。まあ、これも後々仲間から嫉まれて悪く言われる理由の一つになるのだが……。

 でもそんな筆者だからこそ、どうしても「飲み会に遣うカネがあれば、何本フィルムを買えるだろう」という気持ちになってしまうわけだ。
 同性の友達同士とも、筆者はお酒が無くとも楽しく喋る事ができるし、そもそも「一緒に飲んでハメを外して騒がなきゃ面白くないし、仲間になれない」という感覚が基本的に理解できないのだ。
 相手が女であれ男であれ、筆者は本音で腹を割って話したり口説いたりするのに酒の力を借りる必要を全く感じない人間なのだ
 で、筆者はつい飲み会は敬遠して、より写真に打ち込むようになってしまった。

 そして筆者の大学の仲間がはっきり割れたのは、例の“オトウチャン”が仲間たちに麻雀を教え始めた事だった。
 最初、仲間たちに麻雀のやり方を知っている者はオトウチャン以外に誰もおらず、だからオトウチャンも遠慮していたようだ。
 だが月日が経って仲間たちがより仲良くなってから、オトウチャンは仲間たちを麻雀に誘うようになった。「絶対楽しいし、わからないなら教えるから」と。
 で、仲間たちは一人、そしてまた一人と麻雀を始めるようになった。
 当然、麻雀を始めたやつらは、オトウチャンなどの下宿の部屋に入り浸って、連日遅くまで麻雀をするようになる。
 そして最後まで麻雀をやろうとしなかったのは、夜にはきちんと帰らなければならない自宅通学の者たちと、そして時間が自由になる下宿生の中では筆者一人だけだった。

 筆者がなぜ麻雀に手を出さなかったか。
 それは四人いないと出来ないから、始めたら最後、「なあ、これから麻雀やろうぜ。お前が来ないと面子が揃わねーんだよ。だから、な、いいだろ?」と始終誘われる事になるのが分かり切っていたからだ。
 他にやりたい事、東京で果たしたい夢があった筆者は、麻雀などで毎日ずるずるダラダラ時間を使わされるなど、真っ平だった。

 で、結局どうなったかと言うと、麻雀もやらず、飲みに行くのも積極的で無かった自宅通学生たちと筆者が、いつの間にか自然に仲間から外されていた。
 麻雀をやらず、飲み会にもあまり顔を出さないから。
 本当に、ただそれだけの理由で。

 正直に言って、筆者はいつもつるんで酒を飲んでは愚痴やくだらない話をして時間を潰すようなウェットな人間関係は苦手だ。
 だがその代わり、相手が真剣に悩んでいる時には自分の事は後回しにしてでも相談に乗って助けた。
 飲んで馬鹿騒ぎをするのには良い顔をしなかったが、素面の時の真面目な人生相談には真剣に乗ってきたつもりだ。
 普段の付き合いはあっさりして群れずに個人の自由重視でも、助ける時はちゃんと助ける。そんな人間関係が筆者の理想だったのだ。
 だが“仲間たち”は違った。
 一緒に飲まず、麻雀も覚えようとさえしない。
 それで友達付き合いを切られたのだ。

 それまで筆者のような者にも優しく接してくれていた、宇津さん(仮名)という女性の先輩にすら、こう言われたよ。
「みんな純粋な、ほんとに良い人達なのよ。でも君は、彼らを否定したよね? だから切られても当然だと思うわ」

 彼らを否定した?
 とんでもない、筆者は彼らを悪く言って否定した事など、本当にただの一度も無かったよ。
 ただ麻雀の仲間に加わらず、飲み会にも積極的でなく、そして皆とは違った生き方をしていて、それを隠さなかっただけだ。
 でもそれが、周りと合わせず違った生き方をするという事が、日本の社会では「皆を否定した」という事になるんだよね。

 バッカみてぇ
 その宇津先輩の「皆を否定した」という理論を聞いて、心からそう思ったよ。
 それでますます、筆者は飲み会と麻雀が嫌いになったわけデス。
 飲み会と麻雀と言うより、日本の風土の中に間違いなく存在する、個の存在を否定して周りに合わせる事を強要するムードには、ただ嫌悪感しか抱けない

 で、モンハンなど最近のオンラインゲームに、筆者はそれに似た厭な空気を感じるのだ。
 筆者はゲームは好きだが、ゲームに人生を費やすつもりは無いし、やりたい事や果たしたい夢は他にもある。
 要するに、筆者にとってゲームは自分の人生の最優先事項では無いのだ。
 だから空いている時間に、自分の都合にのみ合わせて、誰にも気兼ねせずに自由にやりたい
 ネット上でも昔の麻雀友達みたいな仲間を作って、「お前がいないとミッションがクリア出来ねーんだよ」とゲームに駆り出されるのは真っ平御免だ。

 さらにボタン操作や反射神経でのプレイを楽しむのではなく、主に深みのあるストーリーと登場人物の魅力を堪能したい筆者としては、スマホで暇潰しにやるような落ちゲーやカードゲームにも没頭できないのだ。
 筆者にとってゲームは単なる暇潰しではなく、自分を想像の別世界に誘ってくれる、映画や小説と同等の大切な存在なのだ。
 だから筆者は、気に入ったゲームは完全クリアした後でも、好きな映画のDVDを繰り返し見るように、何度も繰り返しプレイしている。
 ストーリー重視で主にアドベンチャー・ゲームをしている筆者にとっては、好きなゲームはお気に入りの映画のDVDと全く同じなのだ。

 そんな筆者を悩ませているのは、ゲーム機のハードの問題だ。
 正直に言うと、ブログにゲームの事もあれこれ書いてきながら、ハードの方はセガサターンプレステ2までしか持っていないのだ。
 プレステ3については、買おうかどうしようか本当にかなり迷った。しかしプレステ3でしかプレイ出来ない魅力的なソフトが充分にでそろわないうちに、プレステ3が改悪されてしまった。

 初期のプレステ3はソフトに互換性があって、プレステのゲームもプレステ2のゲームもプレイ出来た。それがいつの間にか、プレステ2のゲームはプレイ出来ないようにされてしまったのだ。
 おかげでその初期のプレステ3を買おうにも、今では中古市場でも数が少なく値段も高くなってしまっている有り様だ。
 そしてプレステ4に至っては、最初からオンラインで使うことを前提にしたような仕様だ。

 PCゲームでもそうだが、より高性能なハードを必要とするのはRPGやアクション系のゲームだろう。そして筆者が主にやり込んで来たアドベンチャー系のゲームは、プレステ2程度の性能があれば充分に思える。
 PCで言えば、少し前に流行ったネットブックでも充分プレイ可能なレベルだ。
 実際、プレステ3用で定評あるアドベンチャー・ゲームは、「プレステ3を買おう!」と思わせるほど多くは出ていないように思える。
 そしてプレステ4が充分に世間に普及する前に、ゲームの世界そのものが激変してしまった。
 ネットでの“出逢い”を求めてか、それとも暇潰し用の(スマホ画面のサイズでは)綺麗なグラフィックの落ちゲーやカードバトルを求めてか、ソフトがオンライン向けにシフトしてしまって、オフライン用のコンシューマー用のゲームソフトはあっと言う間に少数派になってしまった。
 そしてそれは、同時に「コンシューマー用のゲーム機そのものも、もう見捨てられた過去の遺物になりつつある」という事でもある。

 それは時代の流れで、仕方の無い事なのかも知れない。
 今やカメラは完全にデジタルに切り替わり、過去の銀塩カメラは金属製の文鎮も同然の存在になってしまったように。
 だが筆者の手元には、プレステ2やプレステやセガサターンのゲームソフトが数百枚ある
 そしてそれらは、プレステ2やセガサターン本体の寿命が尽きると共に、もう二度とプレイ出来なくなってしまうのだ。

 前にも書いた通り、筆者にとってストーリーや登場人物の魅力が深く心に残った良作ゲームは、名作映画のDVDと同じである。
 そして買った映画のDVDがハードの問題で再生出来なくなる事は(今のところ)まず考えられないが、ゲームは違う。セガサターンはもちろん、プレステ2もメーカーですら修理してくれる期限が迫っているのではないだろうか。
 実は筆者も、セガサターンとプレステ2を一台ずつ使い潰していて、今は予備に買っておいたハードでプレイしている。

 まあ、エミュレーターを導入して、PCで昔のゲームをプレイする方法も無いではないが。
 しかしセガやプレステのゲームソフトが数多く出荷され、今もあちこちの家庭に残っている現状を考えれば、ハードのメーカー(特にソニー!)にも昔のゲームをプレイ出来る、プレステ2程度のゲーム機を供給し続ける義務があるのではないかと、一昔前のゲームの熱心なファンとして考える。

「ゲーム=オンライン」が常識という、近年の急激な状況の変化に気落ちして、ここのところゲームの話題は避けて通ってきた筆者だが。
 まだプレステ2やセガサターンのゲームを楽しんでいるという方がいらっしゃるなら、またそのうちゲームの話もさせていただきたいと思っておりマス。

 それにしても、プレステはどうあれセガサターンのハードは丈夫デス。
 あのナチスドイツの戦車軍団の将軍になって、世界征服を試みるというという『千年帝国の興亡』のやり込み過ぎで、確かに一台は使い潰してしまったけれど。
 それでも予備用に某ハードオフで千円程度で買った、1995年製造のセガサターンが、パワーメモリー共々何の問題も無く今も元気に働いているよ。

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