空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

お受験(11)・受験は実力より運?

 さて、黒沢の入試の話に戻して第一志望のA大は、模試での合格確率はたいてい25%くらいで、「受かれば儲けモノ」くらいのつもりで受けたんだよ。
 ところが何と、苦手の英語の問題が意外なくらい解けたんだ。さらに続く国語も手応えアリで、あと残るは黒沢の一番得意な日本史だけとなって。
イケる、これは受かるゾ!」って、マジでそう思いかけたよ。

 ところが何と、その日本史で大コケしてしまったんですな。
「何じゃこりゃあ!」って、問題を見て心の中で叫んでしまったよ。だって問題の三分の一近くを、近代日本の文学史が占めていたものだから。
 そう、「白樺派の作家は誰と誰で、青踏社を創ったのは誰と誰で……」みたいなヤツ。そういう明治から大正の文学史を、実に事細かく問うてくるワケ。
 もうね、マジで「コレ国語じゃなくて、ホントに歴史の試験なんデスよね?」って、出題者を小一時間問い詰めたいような感じだったよ。

 黒沢は国語も得意だし、本も好きでいっぱい読んでもいたけどさ。
 ただ「太宰の作品の中で最も心に残ったもとその理由は?」とか「志賀直哉の『暗夜行路』の主人公の苦悩をどう思うか?」とか、作品の解釈についてなら本気で何時間でも語れちゃうんだけど。
 でも「白樺派や青踏社のメンバーの名前を覚える」とか、作品の中身に関係ないことをただ丸暗記するのはホント苦手なんだよ。
 って言うか、そもそも黒沢は「大切なのは中身の解釈で、名前や年号の丸暗記なんざ何の意味もねーよ」って思ってるしね。黒沢が学校の英語の授業が大キライなのも、すべてが暗記だからだし。

 と言うと、「社会こそ暗記教科じゃねーか」って言われそうだけど。
 いや、それは絶対違う! 社会、特に歴史の勉強で大切なのは“暗記”じゃなくて“理解”だから!!
 例えば黒沢が六波羅探題最後の探題の名前と、その北条仲時が自害した場所も知っていたのは、その場面を『太平記』で読んだ時に「可哀想だなぁ」と思って、深く心に残ったからでさ。別にテストで百点取りたくって、そんな細々とした事まで暗記してたワケじゃないんだ。
 これは大切な事だと思ったり、あるいは心を強く動かされたりした結果として、自然に覚えるんであってさ。
 明治維新だってそう。大切なのは、尊皇攘夷やら大政奉還やら五ヶ条のご誓文などの語句や年号などではなくて、「その維新政府がどのような国づくりをして、国民に何をもたらしたのか?」という事実と意義なんだよ。
 年号やら語句は、そうした歴史的な事実や意義に付随してきた、おマケみたいなもの過ぎないの。
意味もよくわからないまま、ただ丸暗記するほど馬鹿らしい事はない」って黒沢は思うゾ。
 だから黒沢は、英語は特にやる気になれなかったよ。

 そりゃあね、「金髪美人のアメリカ娘が、我が家に交換留学生として来る」なんてコトになったら、黒沢も死ぬ気で英語を勉強したと思う。
 或いは将来の夢が「世界の風景を撮り歩く写真家」とかだったら、これも好き嫌いに関係なく頑張って英語を覚えようとしたと思う。
 けど黒沢には、英語圏の外国人と交流する予定も、海外に出る仕事をする夢も無いから
 そんな黒沢にしてみれば、英語を覚えるのに費やす時間も労力も、はっきり言って無駄で無用でしかないんだ。一日二十四時間で一年は三六五日、やりたい事は他にもたくさんあるのに、何で全く必要もないモノの暗記を強要されるのか、黒沢にはまるで理解できなかったよ。

 そもそも英語ってのは学問なんかじゃなくてね、英語圏の外国人とコミュニケーションを取る為のツールなんだよ。運転免許とか調理師免許とか宅地建物取引主任者とか、何かの資格を取るのと同じだから。
 だから英語は必要とする人がやれば良いのであって、生きる上で英語を全く必要としない人にまで強要する理由が、黒沢には未だに理解できないんだ。
 運転免許は車を運転したい人が取れば良いし、宅地建物取引主任者の資格は将来不動産業に就きたい人が取れば良い、でしょ? 英語も同じだってば。

 そう言うと、必ずこう反論してくるヒトが出てくるよね。
「でも英語は国際語だし、いつ必要になるかわからないじゃん」
 いや、だからそれは必要になった時にやれば良いだけの話なんだよ、運転免許や宅地建物取引主任者の資格と同じようにさ。

 例えば料理って、人間が生きて行く上でとても大切なものだよね。何たって食べた物が体を作るんだもの、料理がダメって事は、そのままその人の健康や命にも関わって来るわけだよ。
 けどそんな大切な料理でも、「家庭科の勉強にもっと力を入れさせ、生徒全員に調理師免許を取らせろ」なんて、誰も言わないよね。
 けど英語はそうじゃない。英語が出来なくても困らないし何の支障も無い人が大勢いるのに、「小学生のうちから英語をやらせて、大学卒業までにTOEICで何百点取らせろ」みたいな話になってる
 悪いけどそれって、日本の国際化でもグローバリズムへの対応でもなく、ただ黒沢みたいな英語ギライを増やすだけだと思うけどね。

 英語に限らず「理屈抜きでただ覚える」ってのが、黒沢には死ぬほど苦痛でさ。
 事実をもとに自分なりにいろいろ考えるのは楽しいし、それを文章(論文)にまとめるのも大好き。けど考えることナシに、最初から決まっている“正解”をただ頭に叩き込む暗記は、ホント「バカみたい」としか思えなかった
 悪いけど黒沢は今でも、「暗記は知性とは無関係」って思ってる。
 だから入試も含めてテスト勉強の殆どが、黒沢にとっては「馬鹿らしいこと」だったんだよね。

 国語と社会に関しては、黒沢はハッキリ言ってかなりデキたよ。でもそれは普段から好きで楽しんで本をたくさん読んでいて、その結果としてテストの点数も取れていただけなのさ。
 傲慢をを承知の上で、あえて言ってしまうけれど。黒沢がテストで取っていた点数は、勉強の成果ではなく、好きでやっていた読書等で身についた教養の結果だったんだ。
 だから黒沢は「本や新聞を読んで考えること」はかなりしていたけれど、テスト勉強ってホントにした覚えが無いんだ。
 って言うか、テストの点数で一喜一憂して、その順位で「どうだオレの方がアタマが良いんだゾ」みたいな優越感に浸るみたいな勉強って、下司のする恥ずかしいことと思ってるから。「ホントの勉強は自らの教養を高める為にするものて、決められた答えを丸暗記してテストの点数で他人に勝つ為のものとは全然違う」って本気で思ってる。

 そんなミョーな信念を持ってたから、当然英語や数学の成績は目を覆うほど悪かったよ。そして理科は読書や教養で何とかなる生物その他は出来たけど、物理や化学はかなりダメだった。
 国語と社会に関しては、それまでの読書量がモノを言って、テストでもいつも楽に良い点を取れてきていたんだけれどね。
 ところが第一志望のA大では、黒沢の大キライな丸暗記でもしなければ覚えられない、唯一のアキレス腱みたいな近代文学史の問題を山ほど出されてしまってさ。それで皮肉にも、最も得意な筈の日本史でコケて落ちてしまったというわけデス。
 ……いいよ笑ってくれて、「メシウマ、ザマァwww」ってさ。

 で、次のB大だけれど。ここは特に国史や国文学関係に強くて、逆に英語関係の学部は全然無いような大学でさ。黒沢がこのB大を本命と考えて行きたいとすごく思っていた理由、これでわかるよね。
 ただこのB大の入試にも、英語は入試科目にちゃんとあってさ。

 でもちょっと考えてみてよ、英文学部も無ければ英語の教授もいないような大学で、いったい誰が英語の入試問題を作ると思う?
 実はB大は、英語の入試問題を外部の人に依頼して作って貰ってたワケ。
 でも学外の人に作って貰うとすれば、やはり「それなりに権威のある人に頼まなければ」って話になるよね。大切な入試の問題を、その辺のFラン大学の無名の講師だの、予備校の英語講師とかに作らせるワケには行かないわけデスよ。

 それでB大は、英語の入試問題を何とトーダイの教授に作って貰ってたんだ。何しろ天下の東大のセンセイがお作りになった問題だし、誰も文句なんて付けられないもんね。
 けど頼まれた東大のセンセイにしても、守らなければならない面子ってものがあるワケで。
 ぶっちゃけ言うと、もし並の問題を出したら「コレがトーダイのセンセイの出す問題か」と笑われかねない……ってコト。
 だから東大教授の面子にかけて、「さすがは……」と思われるようにと、かなり難しい問題を出しちゃってたんだよね。それこそもう、東大の二次試験レベルのね。
 だから日本史や国文学を学びたい人が集まる大学なのに、ナゼか入試は英語が超難しいなんてれいいう、何かとても矛盾した状態だったんだよ。

 けど黒沢は、それでも受かる可能性はあると思ってたんだ。模試での合格確率では毎回50%に達してたし、「英語がダメな分は、国語と日本史でカバーすればOK」って思ってた。
 B大の入試の合格ラインは、例年の結果では三科目で一九〇~二一〇点ということで。「なら国語と日本史で満点取れば、英語は0点でもいーかも」とか思ってたんだ。
 まあそれは極論としても、国語と日本史の出来さえ良ければ、英語など二〇~三〇点取れればそれでもイケる、と。

 でさ、当日もその計算通りに、国語と日本史はかなり出来たつもりだったよ。日本史は満点とは言わないまでも九〇点以上は確実と思ったし、国語は漢字の書き順の問題wwwはダメそうだけど、それでも八〇点はカタいかな、と。
 国語と日本史の二科目でまず一七〇~一八〇点、とすれば苦手の英語も三〇点で合格圏内。そう思って楽観していたんだよね。
 でも結果から見れば、おそらく取れてなかったんでしょーな、英語でその僅か三〇点が。
 だってそのB大の英語の問題って、ただ難しいどころの話じゃなくてさ。「ナニコレ、ラテン語とかゲール語とかじゃなくてホントに英語だよね?」ってマジ思っちゃったくらいだったよ。

 さて、残るC大は模試の合格確率はいつも75%以上だったし、黒沢としてはホントに滑り止めとしか思ってなかったんだけれど。
 でも入試の日が間近になって発表された競争率は、何と42倍でさ。C大の文学部史学科って、黒沢はうかつにも全然知らなかったのだけれど、C大の中では一番人気のトコだったんだよね。
 だから当日会場の教室に入って、「これはヤバいかも」って思ったよ。
 だって42倍ってことは、受かるのは各教室で約一人、ってコトじゃん。

 ただ入試の経験者なら知ってると思うけど、大学入試って、みんな何校も併願して受けてるからね。たとえ受かっても、他の大学に行く人も少なくないワケでさ。だから大学側もそれをちゃんと見越して、定員より多めに合格させるんだよね。
 で、C大の入試も後でわかった実質の倍率は、まあ13倍くらいだったんだけど。だとしても、受かるのは各教室で三人くらい、って感じだよね。
 ちなみにA大の競争率は公称6倍で実質4倍、B大は公称13倍で実質6倍だったよ。ランクの高い大学ほど、合格したらそのまま入学する率が高いから、公称と実質の倍率の差が少ないんだよね。

 でさ、そのC大の入試では、ダメだと思った科目は英語も含めて何も無くて、けど「デキたゾ!」という手応えも国語でも日本史でもまるで無くてさ。
 だから競争率を考えたら「コレは駄目かな」って、本気でそう思ったよ。
 B大を受けた時は「これはイケる!」と思ってたし、A大の時も実は「もしかしたら……」って期待も持ってたんだよ。それに比べてC大の入試から帰る時には、ホントに「ガックリ肩を落として」って感じだったよ。
 だから高校の友達にも「ダメだわ、もう浪人ケテーイ!」って、結果が発表される前からヤケクソで言って回ってたくらいで。
 まっ、幸いこのC大に引っかかってくれて、浪人生活だけは免れたんだけどね。

 結局さ、黒沢がA大とB大に落ちたのもC大に受かったのも、どこも皆ほんの数点の差だったと思う。
 って言うか、入試の結果ってホントに運にもかなり左右されてると思うな。スロットマシンで目が揃うように、全教科でキミに合った問題が出れば、ちょっと高望みの大学にも受かっちゃうし。でもその逆の時には、滑り止めの大学にも落ちてしまいかねない
 だから運の悪い人は、レベルを変えて何校も受けたのに全滅、なんてコトになってしまうんだよね。
 黒沢自身、合格確率25%のA大だって「もう少しで受かったかも」って思ってるし、同じく75%以上のC大についても「落ちても全然不思議じゃなかった」って思ってる。

 でね、黒沢は心底思ったんだよ。「レベルを変えて滑り止めとか受けるなんて、全然ムダだよな」って。だからこれから受験という人達には、「滑り止めの学校など受けないで、ちょっと高望みでも本気で行きたい大学だけ幾つか受けなよ」って言いたいよ。
 だってさ、たとえ合格確率は25%だったとしても。そのレベルの大学をまとめて四校受ければ、単純計算で言っても、そのうちのどこか一校には引っかかることになるよね?
 ま、現実にはそううまく行くとは限らないさ。でも私大の入試は出される問題によって、結果がホントにかなり違ってくるのは事実だからね。
 良いカード(問題)さえ配られれば、実力以上の大学に受かるチャンスも充分にあるし。そしてその逆に、楽勝レベルの大学に落ちるコトだって……ね。

 だからか、私大を受ける人達って、五校とか七校とか受けまくる人が少なくないよね。その七校受けた知り合いは、さすがに「死ぬほど疲れた」って言っていたよ。
 受験料の問題もあったし、ゴーマンな黒沢は受かる気満々だったから、大学は三校しか受けなかったけれど。
 その三校目のC大を受けた時には、さすがにちょっと疲れを感じてはいたよ。でもまだ余力はあったし、まだあと一校か二校なら、受ける気力と体力は残っていたかな。
 その経験から言って、受けるのは四~五校が良いところじゃないかと思う。で、MARCHならMARCH全部、日東駒専なら日東駒専と、同レベルの学校を全部受けちゃう。黒沢がもう一度受験生に戻れるなら、その作戦で入試にチャレンジするよ。
 くれぐれも言っておくけれど、ダメもとでワセダ、本命はアオヤマで、あと滑り止めにコマザワ」みたいなチョイスはダメだよ。

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