空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

お受験(14)・“信じる者”はコワイ上に救われマセン

 でも黒沢はつくづく思うんだけど、「信じる」って罪なことだよねえ。宗教とか見ていても、「信じるって、人を“既知外”にしちゃうことなのかも」なんて思ってしまうよ。
 だって歴史が始まって以来、戦争とかテロって殆ど宗教がらみでしょ? 十字軍だの三十年戦争だの魔女狩りだの、ピサロとコルテスの南米征服だのは言うに及ばずだし。民主主義や人権が常識になってる筈の現代ですら、パレスチナ紛争も九一一テロも、スーダンでの長い内戦も、トルコやイラクで揉めてるのも、みんな宗教のせいじゃん。
 宗教って、黒沢は本質的に衆狂集凶になりやすい性質を持っていると思う。「衆を狂わせ、集まって凶をなす」ってね。ま、日本の宗教はそれよりも「クサい教えでおカネを巻き上げる」っていう臭教の方が多いんだけどさ。

 なぜ宗教が危険で人を狂わせるかって言うと、「神は自分の命以上に大切な、一切の反論や疑問を許さない絶対不可侵のもの」だからさ。
 例えばある宗教を熱心に信じてる人にとっては、「お前バカだなあ」って言われるよりも、「お前が信じてる宗教の総裁って、どう見ても我欲まみれの脂ぎったオッサンじゃん」とか言われることの方が、ずっと許せない事で我を忘れて激怒しちゃうワケ。それこそもう、殆ど発狂しちゃうくらいにね。
 神を心から信じてるヒトって、ホント怖いよ。だってそういう人達の頭の中では、間違いなく「神>自分の命>自分の身内や友達>異教徒≒悪魔」だもの。
 で、自分と同じモノを神と崇めない者はみんな敵で悪魔、だから殺してもOK(それどころか正義)って話になっちゃう。歴史を学べば学ぶほど黒沢には「宗教≒衆狂=集凶」と見えちゃうんだけど、これって間違ってるかな。

 いや「宗教の本質は慈悲で、多くの人の魂を救ってきていて……」とかの建前だったら、もう充分聞き飽きてるから。そんな戯言より、宗教のせいで大勢の人が殺し合っている現実を見ろ、ってコト。
 そう言えばこの日本にも、教団に邪魔な者を殺すのを「救済」とか言って、実行もしちゃってたヤバ過ぎる宗教があったよね。それもほんの、十数年前に。
 そこまでは行かないまでも、自分たちの宗派の教えを信じようとしない者を、拉致同然に力ずくで布教所に連れて行って、洗脳に近いことをしていた教団があるんだよね。
 折伏、って言うんだっけ? で、彼らはその犯罪まがいの布教をしながら、「自分たちは良いことをしている」って正気で信じてたんだよね。
 そしてその教団が政教分離の大原則を破って、我が祖国の政治に一枚噛んでいて大きな影響を与えているのだから、ホラー映画どころではなくマジで怖い話だよ。
 ちなみにその教団は、フランスなど幾つかの国ではしっかりカルト教団と認定されておりマス

 宗教に限らず、信じる」ってぶっちゃけ思考停止状態、「自分のアタマで考えるのを止めること」なんだよね。
 あるメーカーを信じる。だからそのメーカーの製品は何も迷わずに買うし、そのメーカーをけなす人は「オレをブジョクするオレのテキ」。
 ある物書きを信じる。だからその物書きの作品はすべて買うし、その良さがわからないヤツは「ニホンゴも解らないバカ」。
 奇跡はあるし不思議な力もあると信じる。だから願いが叶うネックレスとか幸運を呼ぶ壷とか、高いお金を出してでも買っちゃう。
 このヒトは良い人だと信じる。だから二人きりで飲みに誘われてもついて行くし、「気分が悪くなっちゃってさ、ホテルでちょっと休んでイイ?」と言われても、「ついていて看病してあげなきゃ」って思っちゃう。
 妻を信じる。だから妻の帰りが妙に遅くなっても、アヤしいメールや電話が妻のケータイにいっぱい入ってても、ホテル街をオトコと歩いてる現場を見ても、妻の言い訳を全部受け入れて「彼女は浮気などしていない」と思う。
 ……こういう方々を見るとね、信じることが美徳だと思ってる人達って「もしや知的な方面でチャレンジされているのでは?」なんて思っちゃうよ。

 では人は、どうして何かを信じたがるのか。
 楽だから。ズバリそれに尽きるね。
 だっていちいち疑って考えるのって、とてもシンドいことだから。

 例えばキミがデジカメを買いたいとする。けど、キヤノン、ニコン、ソニー、パナソニック、富士フイルム、それにオリンパスにカシオなど、メーカーも有名どころだけでもいろいろあるよね。販売店だって、キタムラ、ヨドバシ、ヤマダ、エディオン、それにアマゾンなどいろいろだ。
 だから店に行ってデモ商品を見て触ってみたり、カタログを持ち帰ってスペックを比べてみたり、ネットのレビューを見てみたりと、無数にあるデジカメの中から「コレだ!」っていうたった一台を選ぶのは、ホント面倒で大変なことだよね。
 そして「コレだ!」という一台が見つかっても、次はどこで買うかで悩まなきゃならない。相場や各店の値段を調べて、さらに「故障したら心配なネットの安い店と、長期保証アリの大型店と、さあどっちで買うか?」と悩んだりね。

 でも例えばキミがソニーの信者で「買うのはいつも近くのジャマダ電機」と決めていれば、話は超簡単だよ。ただいつものジャマダ電機wに行って、店員をつかまえて「ソニーのデジカメなら何がおススメ?」って聞けば良いだけだからね。
 浮気だって「オレは彼女を信じる!」って言い切っちゃえば、状況はどんなにクロに近くてもいちいち疑わないで済むし。
 今の日本は不景気だし矛盾もいっぱいで将来が心配だ、だから「すべて戦後教育と公務員がワルい」とか、「ア○ノミクスを実行すれば、日本は必ず取り戻せる!」とか、簡潔に力強く断言してくれるカリスマ指導者がとても頼もしく見える

 人はいつか必ず死ぬ、でも死んだらその後どうなるか解らない。だからその不安を解消するために、そもそも“神”と“宗教”ってやつが生まれたんだけれどね。
 でも現実に神を見た人も、あの世とやらを見て来た人もいないワケで。「神を見た」とか「あの世を見て来た」とか言う人は少なからずいるけれど、それはその本人がそう言っているだけの話であって、神の存在が実証されたわけでも、あの世に記者やテレビカメラが入ったわけでもないよね。
 だからありがたい神のお言葉もあの世のことも、結局は生身の人間の宗教家が、証拠も根拠もナシに「そうなのだから、疑わずに信じろ」と断言しているだけのことでしかないワケで。

 そーなんだよ、「疑わずに信じて良いもの」なんて、この世に只の一つもありはしないんだよ。
 けど神もあの世のことも信じないとすると、「死んだらどうなっちゃうんだろう?」とずっと不安なままでいなきゃならない。
 家電選びだって選挙だって彼女が浮気してるかだって、みんなそれと同じだよ。疑っていろいろ考え出したら、本当にもうキリが無いし精神的にもキツい。
 だからソニーでもニンテンドーでもアップルでも、小泉元総理でも橋下さんでも石原閣下でもアベちゃんでも、彼女でもどの宗教でも、信じてしまえば後はただその“何か”について行くだけで、キミ自身はもう何も考えることも悩むことも無くなるし、心の平安が得られるのだよ。
 そう考えると「信じる」って、ものすごーく楽なことだとわかるよね?

 だからこそ「信じる」って、すごく怖い事なんだよ。だってキミの一時の心の平安の為に、キミの命や未来の人生を、他の誰かに託して任せてしまう……って事に他ならないからね。
 今の日本は民主主義で、民主主義の基本である選挙は、ノーベル賞の大博士でもDQNでも一人一票なんだよね。だからもしキミが自分の頭で考え自分で判断するのをやめて、神なりカリスマ指導者なり何かを信じて、その言うなりに動くようになると、キミの家族や友人達だけでなく、この国の未来までヒドいものにしてしまう可能性もあるのだよ。
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