空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

お受験(23)・生まれて初めての泥酔

 その同窓会は盛況で、一次会には三十人以上の人が来ていてさ。だからリホさんやアズサから離れて顔を合わせずにいるのは、そう難しい事じゃなかった。
 昔ちょっと仲の良かった誰かを捕まえて、「おー、久し振り。どうしてる?」とかやっていれば、会いたくない相手とは近づかずに済むし。
 アズサとは部屋に入るとすぐに目が合って、アズサは僅かに嘲るような微妙な笑みを浮かべ、そして黒沢は感情を凍らせて無表情を作って目を反らせたよ。そして背を向け、幹事のミカちゃんと話ながらその場を離れて、本当にそれっきり。
 わざと見せつけるつもりか、アズサがそう遠くない所で、取り巻きの男子たちと談笑してるのもチラリと見えたよ。けど心底「どーでもイイし、勝手にすれば?」って思ってた。
 リホさんの方は……黒沢に気づいたのか気づかないのか、スワさんとかイケヤマさんとか、昔の女の友達に囲まれてずっと話し込んでいて、黒沢の方には顔も向けなかったよ。

 リホさんについてはね、姿を見るとまだ胸が痛んだよ。
 けどアズサとのこともリホさんとのことも、今となれば過ぎた昔の話だし。それに来ちまったせっかくの同窓会の空気を悪くしたら、わざわざ気を使って呼んでくれたミカちゃんやユカさんに悪いと思ったし。
 だから黒沢は、もー居直って酒を飲みマシタよ。そしてマツオとかの昔よくつるんでいた連中ではなく、「放課後や休みの日に一緒に遊びに行ったりはしなかったけど、教室ではそれなりに喋ってた」という感じの、そこそこ仲が良かった奴らと、「よー、元気か、今どうしてるよ?」みたいな話を続けてたよ。

 傍目には、その晩の黒沢はきっと明るく楽しくやっているように見えたんじゃないかな。まあムスカ大佐モドキだった黒沢も曲がりなりにも成人して、東京でいろいろバイトとかもして、愛想の良い面白い人のフリをするのも上手くなっていたしね。
 だからその晩の一次会では、リホさんやアズサやマツオとかを除く、いろんな元クラスメートといっぱい話をしたよ。
 でもリホさんやアズサがそこにいるという事は、ずっと頭の中にこびりついていて、片時も意識から離れてくれなかった。
 だから黒沢はあえて二人を視界から外して、もー酒を飲んでは近くの誰かと喋ってばかりいたよ。ただ同じ部屋に居るだけで蘇って来るリホさんやアズサとの思い出を、忘れるのは無理にしても出来る限り遠ざける為に、ね。

 実は黒沢は、アルコールにはかなり弱いタチでね。例の「遺伝子的にアルコールが分解しにくい」ってヤツだよ。
 もうね、日本酒なら一合、ビールでも中ジョッキ一杯で真っ赤になっちゃうくらいでさ。
 そしてまた黒沢の父親というのが、飲むと人が変わって荒れてしまうタイプだったから。そういう酒乱の父親がいる家庭で、幼い頃から飲む父に怯えながら育ったものだから、酔っ払いに対するトラウマというか生理的な嫌悪感もあるんだよ。

 よくさ、「酒は飲んで吐いて強くなるものだ」とか言って、体質の問題をいくら説明しても、理屈抜きで飲むことを強要する人とかいるじゃん? そーゆー奴を見ると、肚の奥からこみ上げてくる怒りと憎しみで、本気で殴りたくなってしまうよ。
 それと、「そんなにお酒に弱いなんて、男なのにだらしないゾ」とか言う人達が、男女問わず少なからず居るよね。そういう人達に黒沢は言いたいよ、「じゃあ精神病院にいる廃人寸前のアル中患者さん達こそ、男らしい英雄さん達……ってことになるよね?」って。

 だから飲み会って、黒沢は本質的に好きじゃないんだ。酔っ払いの愚かさと醜さも、酒がいかに家庭や人間関係を壊すかも肌身にしみて知っているから、「飲まなければ築けないような人間関係なんて、所詮クズで偽物」って思うしね。
 シラフでは本音を話せないなんて、それこそ「本当に心を許して信頼してる仲じゃない」って証拠だと思うよ。
 けどその同窓会の晩だけは、どうにも飲まずには居られなかった。しかも無茶に近い飲み方をしても、何故か殆ど酔えなくてさ。
 だから「二次会、行こうか?」って声がかかった時も、即座に「おー、行く行く!」って応じたよ。

 一次会には広い部屋いっぱいになるくらいに集まってたメンバーも、二次会では意外に減っていてさ。
 そのまま帰ったのか、別のメンバーで違う店に行っていたのかは、黒沢にはわからないけれど。ただその二次会に行ったのは、幹事や黒沢も含めてせいぜい十人といったくらいだったかな。
 幸いと言っては何だけど、その十人の中にはアズサもマツオも居なかった。ただ一緒に行った中には、リホさんとその親友のスワさんもいたけれどね。

 でも別にそれは構わなかったんだ。アズサとマツオについては、思い出すだけで毒薬を舐めさせられるような苦さが口の中に広がって来ると言うか、世の中から消えてくれれば嬉しいくらいの感情を抱いていたからね。
 けどリホさんに対する気持ちは、それとはまるで違ったから。
 そのあたりの複雑な思いを言葉で表現するのは、とても難しいのだけれど。微妙なニュアンスまで伝わらないことを承知の上で、あえて言うとすれば──。
 二度と巻き戻すことの出来ない過ぎ去った時を悔いる、胸を締め付けられるような苦しい思い……とでも言えば良いかな。

 二次会の会場はそう広くもないスナックで、リホさんは黒沢の向かいの席に座ったよ。
 けどね──。
「久し振り、元気?」
 その一言が、黒沢の口からどうしても出て来なかった。
 それどころか、向かいの席のリホさんと目を合わせることさえ出来なかった。
 何故か、って? それはズバリ、黒沢はまだリホさんのことを思い切れてない、心の中は未練でいっぱいなんだ……って、一次会で姿を見た瞬間にそう悟ったからだよ。

 黒沢の向かいの席を選んだのはリホさん自身で、だから彼女自身は昔のことなど何もこだわっていなかったと思う。と言うよりむしろ、黒沢と喋ってみたいと思ってくれていたのかも知れない。
 けどもし話しかけて、リホさんが笑顔で答えてくれたら、どうしたってその後の展開を期待しちゃうよ。近況とか聞きながら、今は彼氏とはどうなのかをそれとなく探って、「やっぱりオレと付き合って」とか、きっと言い出してしまう。

 けど答えなんて、聞くまでもなくわかってたんだ。受験に専念する覚悟でいたリホさんが惚れ込んだ相手だもの、すごく良いヤツに決まってる。
 地元ではずっと黒髪ショートのスポーツ少女(美少年?)だったリホさんを、長い髪の大人の女の人に変えたのは、少なくとも黒沢ではないワケで……。
 その事実を目の前で見せつけられるようで、ひどく苦しくて辛かったよ。
 少なくともその頃の黒沢にとって、リホさんとのことは甘酸っぱい思いと共に懐かしめるような過去の話には、まだなっていなかったんだよね。

 サバサバ系の美少年風だった昔から、リホさんは勘も察しも良い子だったから。目を合わせようともしない黒沢に、「話すのもイヤなんだ」って、すぐにそう受け取っただろうね。
 でも別にそれで構わなかった。心の奥でまだ燻っていたリホさんへの想いがまた燃え上がって、そして「好きだ!」とか言った挙げ句にまた振られるのが怖かったんだよ。
 学校では「隣のムスカ大佐」みたいなヤツだった黒沢を、唯一理解して味方してくれていたのがリホさんでさ。そのある意味恩人みたいな人に、すごく鈍感で無神経なコトをして、いろいろ傷つけたりもした黒沢だよ。
 そのリホさんが良い彼氏に出逢って幸せでいるなら、黒沢などそのまま黙って消えた方が良い……って、心からそう思ってた。

 だから黒沢はリホさんへの想いを吹っ切る為にも、二次会ではとても明るく飲みましたよ? それに一次会で顔を見たアズサとマツオのことも、一秒でも早く記憶から消し去りたかったしね。
 一次会はチャンコ料理屋だったから、出された酒もビールと日本酒だった。けど二次会はスナックだったから、テーブルに並ぶのはフルーツやツマミにウィスキー……って感じでね。
 ハイ、気合いと半ば自棄で飲んでしまいましたよ、そのウィスキーをね。

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花咲アキラ、雁屋哲 他

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 まあ『美味しんぼ(70)・スコッチウィスキーの真価』などもまだ出ていない時代の日本のことだったから、出されたのも甲種焼酎に色と香りをつけたような国産の偽ウィスキーを、水と氷でジャブジャブ薄めたような代物だったけど。
 その水割り(S社のK)を、五杯くらいまで飲んだ辺りまでは覚えてる。そして斜め前の席のミーちゃんや隣のオオノさんなんかと、いっぱい馬鹿話をしたよ。喋るだけでなく歌って踊ってノリノリでさ、端から見ればすごく楽しんでたと思う。
 おかけで昔から勉強も出来て大学も良いトコに行ってた奴らからは、「何バカやってんだよ」みたいな呆れた目で見られていたけど。でもそれ以外の連中からは、「黒沢ってノリ良いじゃん」みたいな感じでウケてたよ。

 ただ真向かいの席のリホさんだけは、ずっと何か言いたそうな、案ずるような目で見ていてさ。
 気づいていたけれど、気づかぬフリして隣のオオノさん達と喋り続けていたら。
「ね、大丈夫?」
 柔らかな声で、リホさんの方から本当に心配そうに囁きかけてくれて。
 けど黒沢は聞こえなかったふりをして、隣のオオノさんと喋り続けたよ。
 何でか、って?
 それはズバリ、黒沢がまだ「坊やだったからさ」ってとこ。

 生き残る為には、自分の感情さえ凍らせちゃえる黒沢だけれど。ただ恋愛感情だけは、まだどうしても制御不可能で。
 リホさんの顔を真っ直ぐに見て喋り始めたら、もう自分の感情が抑えられなくなるのがわかってた。
「ねえ、今どうしてる?」
「彼氏とはどうなの、どんな人でうまくいってるの?」
「夏はいつまで地元にいるの、休みのうちにまた会えない?」
「東京ではオレ文京区なんだけどさ、リホさんはどの辺り? あっちでも会おうよ」
 期待と下心を込めた言葉が洪水のように溢れ出てしまうのは、自分でもよくわかってたよ。
 だから目の前のリホさんは「居ないもの」として目にも入らないフリをして、かけられた気遣う言葉も聞き流し、マズい酒を飲んでは他の女子たちと騒いでいたよ。

 そのリホさんだけは、気づいて気遣ってくれていたけれど。
 ……ハイ、実は全然大丈夫じゃなかったデス。前にも言ったように黒沢は酒にはかなり弱くてね、体質的にアセトアルデヒドをうまく分解できないタイプなんだ。
 なのに一次会ではビール、二次会では粗製ウィスキーの水割りをグイグイ飲んでいたからさ。
 死ぬまで二度と会いたくなかったアズサとマツオの顔を見てしまって、途中まではもう「酔いたいのに、ちっとも酔えねぇ」って感じだったのに、二次会の途中でいきなりガツーンと酔いが回って来てさ。ひどい頭痛と胸のムカつきに襲われてトイレに駆け込んで、後はもう吐き通しだったよ。

 その時はもう「吐くものが無くなっても、まだ吐き気が止まらない」って感じで、ホントに胃液まで吐いたよ。それで超カッコ悪かったけど、どうにも耐えきれなくて、二次会の途中でタクシーを呼んで帰ったよ。
 頭痛と吐き気にはそのタクシーの中でも絶えず襲われていて、でも車内では何とか耐えて。けど車を降りて数歩も行かないうちに、路地裏の脇の側溝にまた吐いて。そしてふらつきながら家にたどり着いてそのままベッドに倒れ込んだのだけれど、頭痛と胃痛と吐き気はさらに続いてさ。

 洗面所に行こうと立ち上がりかけたのだけれど、下手に起き上がったのがマズかったのかも。立って一歩か二歩も行かないうちに、自分の部屋の床に吐いちまったよ。
 けど片づける元気も気力も無くてさ、そのままベッドに戻って朝まで死んだように眠ったよ。
 翌朝、経験したことの無いほどキツい二日酔いの諸々に苦しみながら、部屋の床の昨夜吐いた辺りを見てみると、ソレは胃液というより殆ど血だったよ。
 ……マジで血を吐くような、そんな酷い飲み方をしたのは、黒沢のそれなりに長い人生の中でもその時が最初で最後だったよ。

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