空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

戦争は“絶対悪”か?

 筆者は時々思うのだが。
 世間の人の殆どは、大局的な見地よりも己自身の経験から物事を判断している。
 例えば戦争についての見方も、その人の体験に大きく左右されている。

 先の大戦を経験したあるお年寄りが、テレビのインタビューに応じてこう言った。
「戦争は絶対悪だ」
 そのお年寄りだけでなく、戦争を体験した日本人の大多数は「戦争は絶対に良くない」と言う。

 戦争は良くないという考えについては、筆者も異論が無い。
 戦争は悲惨だし、極力避けるべきものである事は間違いない。
 しかし筆者は「戦争は絶対悪だ」とは思わないし、避けられない戦争も現実に存在すると思っている。

 これを戦争と一緒にする事については異論もあるだろうが、子供の世界にはイジメというものがある。
 筆者は小柄で病弱だった。さらに生まれた東京から地方に引っ越して行った“よそ者”だった。
 小柄だと、男の子たちの間ではイジメの標的になりやすい。
 しかもそのチビが病気がちでよそ者だったりしたらどうなるか、男性なら容易に予想がつくだろう。
 当然、筆者も小学校の低学年の頃からイジメられ続けた。体の大きなイジメっ子たちに「プロレスごっこ」と称する暴力を頻繁に受け、止めてくれとどんなに懇願しても許して貰えずに痛い目に遭わされ続けた。

 残念ながら、筆者の周囲には“正義の味方”などいなかった。
「そんな事やめろよ、良くないぞ!」と止めてくれる人など誰一人おらず、筆者に対するイジメは見て見ぬフリをされ続けた。
 だから筆者は、究極の選択を迫られた。
 このまま逆らわずに、イジメっ子の奴隷としていたぶられ続けるか。
 それとも怖くても辛くても苦しくても、自分一人だけで戦うか。
 そして筆者は、戦う事を選んだ。

 殴られたら殴り返す。
 蹴られたら蹴り返す。
 痛くても怖くても、イジメっ子の奴隷でい続けるのが嫌ならそうするしかなかったのだ。

 何しろ病弱なチビがたった一人で、体の大きなイジメっ子たちに立ち向かうのだから、それは壮絶な喧嘩になる。
 まともにやり合って勝てるわけが無い。
 だからもう本当に「生きるか、死ぬか?」という覚悟で、文字通りに狂ったように暴れるわけだ。
 殴られても蹴られてもやり返して、「コイツを止めるにはもう殺すしかない」と思わせるくらいに暴れ狂うわけだ。
 そうやって自らの拳で、暴力には暴力で応じて筆者は自分に対するイジメを止めさせた。

 イジメと戦争を同列には語れないだろうが。
 正義の味方も現れず孤立無援で、たった一人でイジメっ子たちの暴力に暴力で立ち向かうのは、本当に大袈裟でなく生きるか死ぬかの命がけの戦いだった。

 それらの体験で、筆者は建前や綺麗事抜きのこの世の現実を学んだ。
 困った時に都合良く助けに来てくれる正義の味方など、この世に存在しない。
 そして理由なく楽しんで他者をイジメる悪い奴は間違いなく存在する。
 だから無法な暴力を受けたら、こちらも思い切りやり返すしか無い。
 そんな体験をしてきた筆者にとって、日本国憲法の前文と第九条は「笑止千万」と言うしかないくらい違和感に満ちていた。

 例えばまず前文だが。
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 いや現実に悪い人だけで無く悪い国も存在するし、北朝鮮や中国やロシアなどの“公正と信義”を信頼して我が国の安全と生存を保持しようと思うなど、筆者には気違い沙汰としか思えない。

 そして問題の第九条だ。
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 つまり日本は、キリスト様のように「右の頬を打たれたら、やり返さずに左の頬もさし出そう」というわけだ。
 さらに第九条の第二項はもっと酷い。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
 平たく言えば「侵略されたら、そのまま無抵抗で侵略者の奴隷になりましょう」という事だろう。

 全員死ぬまで戦う玉砕やバンザイ突撃、さらには十死零生の自爆攻撃や特攻などの、日本軍の狂信的で神懸かり的な戦い方を見て、日本を徹底的に非武装化したアメリカだが。
 戦後に共産主義勢力の脅威を見て、日本に自衛隊を持たせるに至った。
 そしてそこから、日本国憲法と現実の齟齬が始まる。

 現実に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」でいた結果、何が起きたか。
 竹島は間違いなく日本の領土だが。
 その日本に自衛隊が無くまだ丸腰でいたうちに、韓国の当時の大統領李承晩が勝手に“李承晩ライン”なる国境線を引き、武力で韓国のものにしてしまった。
 そして竹島は今もって韓国に実行支配され、日本はただ口で文句を言い立てるだけである。

 これで見る通り、非武装でいればそれを好機と見て侵略して来る悪い国はいくらでもあるのだ。
「他国を平和を愛する公正な国と信頼して、戦力は保持せず、攻められても戦いません」と宣言するなど、悪い奴らに無抵抗を宣言するのと同じ暴挙(愚行)だと筆者は考えるが、違うか。

 話は戻る。
 戦争をどう考えるか、日本人は主に二通りに分かれるように思われる。
 まずは先の大戦を深く反省し、「戦争は絶対悪だ、もう二度としてはならない」と考える人達と。
 そして日本が過去に悪い事をしたと認めたくなく、「ABCD包囲陣で日本を追い詰めた連合国が悪い、日本は侵略などしておらずアジアを白人支配から解放したのだ」と黒も白と言い張る、自称“愛国者”の安倍政権下で勢いを伸ばしている歴史修正主義者たちに。
 そのどちらの考えも己の主観に基づいていて、大局的かつ冷静な見方を欠いているように思える。

 もう一度問う。
 戦争は、本当に“絶対悪”だろうか
 だとすればナチス・ドイツに攻められたイギリスやロシア(ソ連)などにとっても、ナチスと戦う事もまた“悪”という事になる。
 中国やアメリカが日本に攻められて応戦した事もまた“悪”という事になる。


 想像して貰いたい。
 もし連合国がナチスや日本に応戦せず、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」ただ話し合いによる講和のみ求めていたら、世界はどうなっていただろうか。
 世界はたやすくナチスと大日本帝国のものとなっていただろう。
 現に今でも、話し合いがまるで通じない、武力にものを言わせる事を第一に考えている国が幾つもあるではないか。
 イスラム国を名乗るISも軍事力とテロで勢力を伸ばしている。
 中国もまた南沙諸島や西沙諸島を武力で実行支配していて、日本の尖閣諸島がまだ中国に奪われずに済んでいるのは、自衛隊の存在と日米安保のおかげだ。
 話し合いで、北朝鮮は核開発やミサイル発射を止めただろうか。
 韓国もまた、日本が自衛隊を持てずにいた頃に奪った竹島を、未だに武力で占領して返さずにいる。
 無論、話し合いは大切だ。しかしその話し合いが通じず武力で押し切ろうとする国が現に存在する現実もしっかり見てほしい。

 なぜ日本の戦争体験者とその話を聞いて心を動かされた人達が、戦争を“絶対悪”と思うのか
 それは日本が先の大戦では侵略戦争を仕掛けた側で、侵略された側では無いからだ。
 日本が攻めさえしなければ、あの戦争は起きなかった。
 だからこそ「日本が仕掛けさえしなければ、戦争は起きない」というような誤解が生まれるのだ。
 そう感じている人達には「こちらが悪くなくても、他国から一方的に侵略される事もある」という発想が無い。

 パールハーバーの奇襲を受けたアメリカ人や日本に侵略された中国人、それにナチスに侵略された国々の人々に「侵略者と戦うことも悪だ、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して話し合いで解決しなさい」と言ってみるが良い。
 笑い飛ばされるだけなら良いが、場合によっては相手を激怒させかねないだろう。

 ナチスや大日本帝国などの、独裁的な軍国主義国から侵略を受けた国の人々にしてみれば、侵略者と戦うのは正義の戦いだろう。
 それを悪だと言う発想が、少なくとも筆者には理解できない。

 北朝鮮は核兵器を保有し、ここのところ日本に向けミサイルを撃っているが。
 その北朝鮮が本当に日本にミサイルを撃ち込んだとしても「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」話し合いでのみ交渉するべきで、応戦するのは“悪”だろうか。

 筆者はかつての大戦は間違いなく日本の侵略戦争だと断言するし、惨禍の責めを負うべきは日本だと考えている。
 だからこそ、戦争についても「侵略は絶対悪だが、侵略者から祖国を守る戦いは悪と言うべきではない」と思っている。
 ゆえに憲法の前文と第九条には違和感を抱いているし、自衛隊は正式に軍隊と認めた方が実状に合っていると考えている。

 と言うと、「何だ、オマエがいつも悪く言っている安倍首相とそのお仲間と同じ考えじゃないか」と叱られてしまいそうだが。
 筆者は「侵略戦争には絶対反対だが、侵略者と戦うのは当然の事」と考えている。
 しかしこの「侵略者と戦う」という定義が、なかなか難しいのだ。

 例えば外国兵が我が国土に武力をもって攻めてきた場合は、何の疑問もなく戦える。
 で、その外国兵を国土から撃退した場合、退却する敵をどこまで追撃できるのだろうか。
 領海までだろうか、それとも公海上や敵国の拠点まで追いかけて行って攻撃しても良いのだろうか。
 その侵略した国と一旦戦争が始まったら、反撃して相手の国まで攻めて行っても良いのだろうか。
「日本を狙っている」という情報があれば、その他国のミサイル基地に先制攻撃をかけるのも“自衛の戦い”のうちなのだろうか。

 現に敵兵が日本に上陸した、あるいは敵のミサイルが日本に着弾した場合はわかりやすいが、侵略も定義を拡大解釈されかねないのだ。
「A国が日本に向け、ミサイル攻撃の準備をしています」
「日本を攻める為の軍が、続々と港に集結しています」
「だから自衛の為、先制攻撃をします」
 そう言われた場合、国民は政府の発表を信じるしかないのだ。

 我が国は前に書いたように、世界的に見れば一種非常識なくらい理想主義的な平和憲法をもっている。
 しかしその解釈を度々変更し、今では間違いなく強力な軍隊である自衛隊をもっているし、安倍政権は安保関連法案を成立させ、その自衛隊を海外で戦えるようにしてしまった。
 建て前と本音の使い分けが、実に巧妙な国なのだ。
 だからいくら「祖国を侵略から守る為に自衛の戦いをする」と言われても、筆者にはその政府を信頼できないのだ。
 自衛の為の戦いの意味も、政府の都合の良いようにどんどん拡大解釈されかねない

 自民党の改憲草案を見ればわかる通り、今の自民党は国民の自由や権利を制限してその上に公益と公の秩序を置こうとしている。
 それ以外にも個人を人と置き換えたり、家族で助け合うのを義務にしたり、全体主義であった大日本帝国の時代に戻そうというような時代錯誤の文言が草案の各所に見られる。
 さらに安倍政権と自民党はマスコミに対して幾度も圧力をかけ、NHKなど強制的に視聴料を徴収していながら「皆様のNHK」ではなくなって、既に安倍政権の広報のような報道しかしなくなっている。

 自民党の改憲草案では、「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない」とある。
 まるで国民にも国に協力して戦わなければならない義務があると示唆されているように見える。
 こんな情勢の中で「A国が日本を侵略しようとしているから、お国の為に皆で戦え!」と今の政府に言われても、どうにも信頼できないのだ。

 筆者は改憲について議論の余地はあると思っているし、憲法第九条にも疑問を持っている。自衛隊も、正式な軍にしても良いのではないかとも思っている。
 しかしA級戦犯や戦前の日本を美化する歴史修正主義者の多い現内閣と今の自民党で改憲される事には、非常な危機感を抱いている。
今の憲法には現実にそぐわない問題点もあるが、現政権で改憲するくらいなら、そのまま手をつけずにおいた方がずっとマシ」と思っているこの頃だ。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

憲法の「基本」。

政治学について。

憲法の「基本」だけ書きます。

【基本】憲法の解釈は現実に従う。

文面だけ追うと黒澤氏の主張通り、
憲法では軍隊を持たないとあります。

しかし、現実に軍隊がありますよね。
そして、海外派兵もしてますよね。

と、いうことは日本国憲法の今の解釈は
軍隊も持っていい範疇だし、必要に応じ
海外派兵もしても良い、ということです。

あくまで政治が実際に行った事柄が
「憲法の解釈」になります。

憲法とは法学で言う所の「慣習法」で、
現実の運用が法の運用域を決めるもの。

つまり、日本国憲法の改正を どうこうと
言う以前に現実として空文化しています。
(法治国家の基本が分かっていない。)

私個人の認識は、憲法改正論議以前に
法治国家とは何か、の「基本」を国民が
学ぶことが先だと考えてます。

なぜなら国民が「法治国家とは何か」を
理解せずして法治国家は成立しないから。

そして、憲法が慣習法であることを
大多数の日本国民が知らない事実は
「政府側の教育」が絶大な効果を
もたらしているということです。
※都合の悪いことを教えない教育

ちなみに、現実として海外派兵において
レベルは拳銃でも火器の使用を認めたと
法にある以上、火器を場合に応じて修正
すれば 対応に全く問題はありません。

最後に。

なぜ「アメリカが」日本国憲法の改正を
迫るのか、考えた方が良いと思います。

アメリカは、アメリカの利益のためしか
動くことはありません。

アメリカが「事実上の植民地」である
日本に対して迫るのは なぜでしょうか。

私は これを迫る事がアメリカという国が
「法治国家」の証明であると考えてます。

ogotch | URL | 2016-08-20(Sat)18:39 [編集]


戦争の「基本」。

戦争の「基本」。

これも極めて単純であるにも関わらず
誰も言わないようなので書きます。

【基本】戦争とは「政策の一つ」である。

それ以上でも それ以下でもありません。

ゆえに政策の目的である自国への利益が
他政策で担保されれば、不要のものです。

ただし、現実として世界には紛争があり
紛争は解決の必要があります。

紛争解決の一手段として、残念ながら
戦争は最終的な政策として機能します。

勝敗が決まれば勝者要求を敗者は
呑まざるを得ない。これは単純な
政策の遂行に他なりません。

前大戦の決着である東京裁判において
今更に不平等どうこう言ってますが、
アレは戦争決着の世界的な現実です。

戦争決着後は民族皆殺しでも敗者は
文句を言えないのが通例です。

と、ここまで書けば お気づきでしょうが
「政策の一つ」という考え方に対しては
善悪という概念はなく、国家視点からは
損得という概念しかありません。

なので国家には「戦争が絶対悪」という
認識自体が誤ということになります。
(逆に国民視点だと「戦争が絶対悪」に
なることは正だと私は認識しています。)

黒澤氏のおっしゃる主張の内容である
「戦争は必要悪ではなく、政策として
どうしても必要となる時がありうる。」

これは国家視点からは まさに正です。

私が現政権の立場から考えると、
この記事は政権否定派に対しての
政権応援記事なので有難いです。

政権を支持する、しないを問わず
黒澤氏の意見具現化には現政権に
投票するしかないからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

私個人は、日本の国力を外交込み込みで
考えた際に現状、戦争が出来る状態では
無いと分析しております。

それに戦争はシンプルな国力の数値と
外交状態の分析において、やる前から
ほぼ100%で勝敗は決まっています。

勝敗が決まっているのに戦いを
仕掛ける必要はありません。
※戦争すれば多大な利益が出る側が戦争を
「仕掛けさせる」ことは良くあります。

前大戦では国力差10倍の米英に対して
戦争を仕掛けたからこそ、日本は
「狂人国家」と言われたわけです。

そして仕掛ける側に誘導されたからこそ
今の日本が外交上、未だに叩かれる事に
なっているわけです。

なぜ歴史(過去の事例)から学ばず
同じミスを繰り返そうとするのか?

仕事で同じミスを繰り返したら
すぐにクビになるにも関わらず
なぜ政治に関して こうなのか?

話すと長くなることと主題と
外れるので筆を置きますが、
個人的な分析は終えています。

「日本の精神年齢は12歳である。」
(アメリカ マッカーサー元帥 談)

以上。

ogotch | URL | 2016-08-20(Sat)19:43 [編集]


Re: 憲法の「基本」。


> 憲法とは法学で言う所の「慣習法」で、
> 現実の運用が法の運用域を決めるもの。
>
> つまり、日本国憲法の改正を どうこうと
> 言う以前に現実として空文化しています。
> (法治国家の基本が分かっていない。)
>
> 私個人の認識は、憲法改正論議以前に
> 法治国家とは何か、の「基本」を国民が
> 学ぶことが先だと考えてます。
>
> なぜ「アメリカが」日本国憲法の改正を
> 迫るのか、考えた方が良いと思います。
>
> アメリカは、アメリカの利益のためしか
> 動くことはありません。
>
> アメリカが「事実上の植民地」である
> 日本に対して迫るのは なぜでしょうか。
>
> 私は これを迫る事がアメリカという国が
> 「法治国家」の証明であると考えてます。

 私は自国を守る為の戦争は否定しません。
 しかしアメリカの国益の為に、日本人が日本を攻めてもいない外国で命を落とす事態を非常に恐れています。
 なのに現政権は、安保法制でその危険な道を開いてしまいました。
 確かに日本は、今もアメリカの実質的な植民地ですね。

 近年、自民党が「教育の中立性」という言葉をやたらに口にして、政権を批判する教育を封じようとしている風潮も気になります。

 それにしても、憲法の政府の解釈次第で変わるとすれば、国民は選挙の際に本当に慎重に投票すべき相手を考えなければいけませんね。
 それこそ、ワイマール憲法のドイツがナチスとヒトラーに乗っ取られた二の舞を、日本もしかねません。

黒沢一樹 | URL | 2016-08-25(Thu)14:51 [編集]


Re: 戦争の「基本」。

> 戦争の「基本」。

> 【基本】戦争とは「政策の一つ」である。
>
> それ以上でも それ以下でもありません。
>
> 「政策の一つ」という考え方に対しては
> 善悪という概念はなく、国家視点からは
> 損得という概念しかありません。
>
> なので国家には「戦争が絶対悪」という
> 認識自体が誤ということになります。
> (逆に国民視点だと「戦争が絶対悪」に
> なることは正だと私は認識しています。)
>
> 黒澤氏のおっしゃる主張の内容である
> 「戦争は必要悪ではなく、政策として
> どうしても必要となる時がありうる。」
>
> これは国家視点からは まさに正です。
>
> 私が現政権の立場から考えると、
> この記事は政権否定派に対しての
> 政権応援記事なので有難いです。
>
> 政権を支持する、しないを問わず
> 黒澤氏の意見具現化には現政権に
> 投票するしかないからです。
>
> 私個人は、日本の国力を外交込み込みで
> 考えた際に現状、戦争が出来る状態では
> 無いと分析しております。
>
> それに戦争はシンプルな国力の数値と
> 外交状態の分析において、やる前から
> ほぼ100%で勝敗は決まっています。
>
> なぜ歴史(過去の事例)から学ばず
> 同じミスを繰り返そうとするのか?
>
> 仕事で同じミスを繰り返したら
> すぐにクビになるにも関わらず
> なぜ政治に関して こうなのか?
>
> 「日本の精神年齢は12歳である。」
> (アメリカ マッカーサー元帥 談)

 ogotch様と比べると、私はまだまだ幼稚で単純なようです。
 現政権は大嫌いでいながら、結局は現政権の応援をしてしまう事になるとは……。

 それにしても、日本の外交下手なのは、戦前も今も全く変わっていないように思えます。
 そして外交が上手くない日本は、たとえ自衛隊の装備を整えたところで戦争には最初から勝てないのでしょうね。

 

黒沢一樹 | URL | 2016-08-25(Thu)15:10 [編集]