空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

大失恋(6)・京都は好きでも、京都人は…

 某鉄道会社のCM「そうだ、京都に行こう!」じゃないけれど、京都に憧れる人って多いよね。ただそこに住んでいる人たちの印象は、さほど良くないような気がするのは黒沢だけではないよね?
 青色イリコさんの『ジャポニズム47』という、日本の各都道府県を擬人化したマンガがあって、黒沢も楽しく読ませていただいたけど。この中に出て来る“京都”って人(←着物を着ていて何となく女っぽいけれど実はオトコ)、まさに他県の人がイメージする京都人そのものじゃないかな。
 一見愛想が良くてニコニコしていて、でも心の中では他県の人を見下していて、時折さりげなーく毒のあるイヤミを吐いて……みたいな。

ジャポニズム47 でがらし日本茶編ジャポニズム47 でがらし日本茶編
(2011/06/10)
青色 イリコ

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 さて、修学旅行の二日目はバスで奈良を回って、その途中で宇治の平等院にも寄ったのだけど。
 まー、ボランティアか職員かわからないけれど、その平等院の案内のオバハンが「地方の観光客をバカにして見下している、イヤ~な京都人の代表」って感じでさ。心の中で見下してチクリと嫌味を言うどころの話じゃなくて、ホントに声を荒らげて怒るんだよ、黒沢たち修学旅行の生徒を。

 いや、黒沢たちのマナーが悪くて叱られるなら仕方ないと思うし、それならむしろ「よその子を叱れる、立派な大人」って感じだよ。
 けど件の平等院のオバハンはそうではなくて、「このワタクシのありがた~いお話を、直立不動で拝聴なさい!」って感じでさ。小声で隣の人と喋ったりよそ見をしたりするだけでヒステリックに怒るんだから、たまんねーよ。
 うん、もう「先生だってこんなに怒らねーよ」って感じでさ。よく「怒ると叱るは違う」と言うけれど、例の平等院のオバハンは、まさにその悪い方の「感情に任せて怒る」って方でね。

 で、そのオバハンは皆に静聴を強いた上で、クソ面白くもない「平等院がいかに素晴らしいか」の自慢話を、上から目線で延々と続けるワケ。
 黒沢のU中は(ツッパリも居ないワケでは無かったけれど)別に荒れた学校ではなかったし、旅先でのマナーも決して悪くなかったと思う。でもその平等院のオバハンは、何故かやたら怒りまくってたよ。
 その後に行った奈良の薬師寺ではさ、もう皆は案内のお坊さんの説明と法話を、誰に言われるまでもなく皆ですぐ側で取り巻いて、一言も聞き逃すまいと熱心に聞いたよ。それもただ静かに聞くだけでなく、何度も笑い声も上げながら。
 だってその薬師寺のお坊さんは、話がとても巧くて面白かったから
 平等院のオバハンも含めて、「今時の若いのはヒトの話が聞けない」って怒る人の中には、勘違いしてる人がかなり少なくないんだよね。薬師寺のお坊さんではないけれど、話に中身があって面白ければ、別に声を荒らげたり叱ったりしなくても人は耳を傾けるものだし、聴衆だって自然に集まって来るんだよ。

 そうそう、例の平等院のオバハンは、ビョウドウインをナゼか「ビヨドウイン」って呼んでいて。
 だから平等院を出た途端に、皆の話題はその「ビヨドウインのオバハン」のネタで持ちきりになってさ。もう「ビヨドウインのババア、ふざけんな!」みたいな感じで。あと、「威張ってんじゃねーよ、たかが十円玉のくせに」とかね。
 この平等院のオバハンは当時の修学旅行生にはかなりユーメーらしくて、U中の先輩や市内の他の中学の生徒らに修学旅行の話を聞いてみても、「ビヨドウインのオバハン」と言えばみな知ってたよ。
 この強烈すぎるオバハンのおかげで、今も黒沢は平等院をビヨドウインとしか読めないのだ。
 黒沢は歴史が好きだし、数年後に進学した大学で選んだ学科も史学科(日本史専攻コース)で、卒論のテーマも『平安貴族の相続について』でさ。当然京都は好きだし、その後も何度か訪れたけど、平等院だけは二度と行く気になれないでいるよ。
 もうマジで「十円玉でも眺めてりゃ充分だ」って感じでね。

京都人は、他県から来た観光客を見下している」という話は、黒沢も何となく感じたことがあるよ。
 お菓子とか副菜とかのキャッチコピーに、よく「日本人好みの、甘じょっぱい味」とか書いてあるの、あるじゃん。実は黒沢は、その濃い目の甘じょっぱい味って苦手なんだ。
 黒沢は東京と静岡を行き来して生きてるようなヤツだし、先祖を考えても関西人の血は混ざってない筈なんだ。でも味覚に関しては、完全に関西系が好きなんデス。
 醤油と砂糖で濃く味付けしたようなの、ホント生理的にダメなんだよ。例えば地元のスーパーなんかで売ってる総菜も、モノによっては一度水で洗い流してから食べていたりするしね。
 だから自分で料理を作る時も、醤油と砂糖は必ずレシビより少な目にして、出汁や香辛料でその分を補ってるし。
 ただこれは黒沢個人の好みであって、甘じょっぱい濃い味付けそのものを否定するつもりも、そうした味が好きな人達をバカにするつもりもないことだけは、あらかじめ言っておくね。
 でもその甘じょっぱい味が「日本人好み」なんて言い切られちゃうとさ、「そーかよー、オレは日本人じゃねーのかよー」なんて、ちょっとやさぐれたい気分になっちゃったりして
 マジな話、「日本人好みだなんて全国レベルで断言すんなよ、それって東京とか東日本限定の話なんじゃね?」って言いたくなっちゃうけどね。

 この修学旅行から何年も経った後、嵯峨野が撮りたくてまた京都を訪れた時のこと。カメラ片手に散策の途中で、フラリと立ち寄ったあるお店で饂飩を食べてさ。
 そこは嵯峨野のメインの散策路から少し奥で、バイトの店員すらおらず老夫婦だけでやっているような小さなお店でさ。お爺さんが奥で調理して、お婆さんが注文を取り料理を運んで来て……って感じでね。
 けど地元の常連さんだけの為の、例の『一見さんお断り』の雰囲気をプンプンさせた店でもなく、黒沢のようにルートをちょっと外れた観光客がフラリと入って来ていて、その入りも「混んでもないけれど、ガラガラでもない」という程度で。
 店の老夫婦は殆ど喋らず、店にはテレビもラジオも無くBGMすら流れていない中で、黒沢を含めた客らは静かに語り合いながら食事を楽しむ……って感じでね。
 そこで出された饂飩を一口食べた瞬間、黒沢は思わず唸ったよ。
「こんなに美味い饂飩を食べたの、生まれて初めてだ!」って心から思ったよ。
 饂飩は滑らかで適度なコシがあり、そして何より汁の味が抜群でさ。

 東京とかで饂飩を食べたことのある関西の人ならわかると思うけれど、東日本の饂飩や蕎麦の汁ってさ、まず醤油の味がするんだよ。そしてそのしょっぱい味の後に、砂糖の濃い甘みが追いかけてくる感じで……。
 こう言ってはアレだけれど、東日本の饂飩や蕎麦って、まず汁の色から醤油の色っぽいんだよね。
 けど嵯峨野のその老夫婦のお店の汁は違うんだよ。変な例えだけれどまるでウィスキーのような澄んだ薄茶色で、関東のメンツユに慣れた目には「薄すぎだろ」としか思えないんだよね。
 けど実際に食べてみると、「薄いわけでは全然ない」ってすぐわかるんだ。
 確かに醤油と砂糖は薄いんだよ、けどその代わり、出汁に上等な昆布が惜しみなく使ってあってさ。
 その味は、まさに「次元の違う美味さ」ってやつ?
 何でも砂糖と醤油で甘辛く味付けるのではなく、出汁を効かせて旨味を出していて、だから饂飩の小麦本来の味までわかる……という感じでね。
 別にテレビや雑誌に紹介されるような敷居の高い有名店ではなく、老夫婦だけでやっているごく普通の小さな店の、たかが数百円の饂飩だよ。それが感動的なくらいに美味くて、「味はやはり関西だな」って思わされてしまってさ。

 あと、そのお店では饂飩とは別に、箸休めに漬け物も出してくれてさ。
 その小皿には、短冊型に切った大根の漬け物が二切れ乗っていて。
 実は黒沢は、漬け物とかあまり好きじゃなかったんだ。特に化学調味料(原材料名ではアミノ酸、って書かれてるヤツね)で味をゴマカした上に、着色剤でまっ黄色に染めた市販の沢庵とか、見るのもイヤ……って感じでさ。
 ただそこの漬け物は黄色ではなく半透明に近い白で、旅先でもあったし「まあものの試しに」と、端の方を少しだけ囓ってみたんだよ。
ウマー!!!!
 ほっぺたが落ち、目からも鱗が落ちる……って感じでね。ホントに大袈裟でなく、それまで知っていた漬け物とはまるで別物の上品な美味しさだったよ。
 それは千枚漬けだろう、って? うん、黒沢も多分そう思う。ただね、京都土産の漬け物はその前にも後にも何度か食べたけれど、その老夫婦の饂飩屋さんで出してくれた漬け物とは、何か違う感じがするんだよね。
 土産物屋にあるような千枚漬けって、いくら製造元も京都でも、マズいとは思わないけれど心までは動かされないんだよ。何かそれなりと言うか、「コレが京都土産? へー」って程度でさ。
 けどその饂飩屋さんの箸休めの漬け物は、土産物屋の漬け物の味とはまるで違うんだよ。その澄んでいて奥深い味に、マジで感動させられてしまってさ。
 安く買える量産品をあえて使わずに、店の老夫婦が自ら精魂込めて漬けたのだろうな……というのが、ひしひしと伝わって来るような逸品だったよ。
 その饂飩屋の老夫婦はどちらも無口で、決して愛想が良いとは言えなかったな。ただ余計なことは何一つ言わないのだけれど、「客に対する敬意」みたいなものは態度にもにじみ出ていたよ。

 黒沢は京都では嵯峨野が一番好きでさ、特に渡月橋から北に化野念仏寺あたりまでをゆっくり歩くのがお気に入りのコースなのだ。
 で、次に京都に行った時にも、そのルートで嵯峨野を歩いたのだけれど。その時には新しい味と出会いたい気持ちもあって、例の老夫婦の饂飩屋とは違うお店に寄ってみたんだよ。
 そこはメインの散策路に面した、入るのに少し気後れするような料亭風のお店でね。
 まず広い敷地は板塀で囲われていて、門を潜り和風の庭園を通ったその向こうに、お屋敷風の立派な建物がある……みたいな感じでさ。
 けど、その店の中に一歩足を踏み入れた瞬間に「マズった!」って思ったよ。
 その□□庵は入り口に下足箱があり、そこに靴を預けて中に上がると、お客は全員、襖をすべて外して大広間にした畳の間に押し込められるんだよね。
 それはまあ良いとして、ただその畳には縁すらなく、すっかり茶色に焼けている上に、あちこち擦り切れてもいるワケ。
 さらに客に会釈すら出来ない、ふくれっ面の若い店員(見るからに学生のバイト)に案内された壁際の席に行ってみると、その畳を支える床板自体が少し沈みかけているし。
 そして座卓も祖末もいいところで、ニトリやホームセンターで1980円で売っているような、折り畳み式の脚がついたアレだったよ。
 言ってみればまあ、「外だけお屋敷で、中に入ってみれば裏長屋」って感じかな。

 ……いいんだよ、料理屋でまず第一に大切なのは料理の味そのものであって、畳や座卓やバイト店員を食うワケじゃないんだからね。店の中や店員の態度が多少アレでも、出されたものが美味ければ文句は言わねぇよ。
 実は黒沢はその□□庵でも、饂飩を頼んでみたんだよね。例の老夫婦のお店で初めて食べた京都(と言うか関西風)の饂飩の、感動的なまでの美味さが忘れられなかったもので。
 ところが例の無愛想なバイト店員が運んで来た料理を見て、黒沢はガックリ肩を落としてしまったよ。
 まず汁が関東のソレに近い濃いめの茶色だし、おまけに何か濁ってるんですが?
 それでも一縷の望みを託して食べてみると……見かけ通り関東でおなじみの、出汁ではなく醤油と砂糖の甘辛い味でありましたよ。
 何か「関東風の汁と関西風の汁を足して割ったような」と言うか、もっと正確に言えば「関東風の汁の醤油を少し薄め、砂糖と味醂を足して甘めにした味」って感じだったよ。
 しかも汁がマズいだけでなく、肝心の饂飩そのものが激マズだったんですが。
 イオンとかで一袋29円で売っている、激安の茹で饂飩を想像してみて下サイ。素材の小麦の味も麺のコシも、ズバリそーゆー感じでさ。
 この□□庵の饂飩の「汁が濁ってた」最大の原因は、元々コシが無くて柔らか~い饂飩が煮くずれていたからなんだよね。

 確かに本場の讃岐ではさ、茹で上がったばかりの饂飩に、醤油をかけ回しただけで食べたりするよ。けどそれは饂飩そのものが美味しいから良いのであって、コシが皆無&煮くずれかけの饂飩にソレはナイでしょ。
 断言するけれど、その味はマジで「どの駅の立ち食いスタンドでも、こんなマズいの喰ったことがナイ」ってレベルだったよ。しかもナゼか、運ばれて来た時からもう少し冷めかけていてぬるかったし。
 お値段デスか? 例の老夫婦のお店の倍近くだったよ。箸休めのお漬け物もナシの、ただ饂飩のみでね。

 この□□庵って、お客を完全にナメてるよね? 「イナカモンの観光客には、この程度のエサで充分だろ」みたいな感じでさ。
 こんな店、今ならネットで思い切り叩かれるだろうけど。ただその頃はまだ「パソコンもとりあるものの、Windows以前のDOS/V」って時代だったからね。
 当然、食べログとかグルメナビとかも無く、だからこんな“一見さん”の観光客をダマして稼いでいるようなお店でも、堂々と商売を続けていられたんだろうけれど。

 こーゆーお店って、もちろん京都に限らないと思うよ。黒沢は写真を撮るのが好きで、カメラを片手に日本のあちこちに行ったし、その旅の途中でガッカリな食堂とかには幾度も遭遇したしね。
 観光客を食い物にしている食べ物屋や土産物屋なんて、もちろん日本中ドコにでもあるさ。ただ自分らの飯の種であるお客を“上から目線”で見て蔑むような雰囲気って、京都以外の土地ではほぼ感じたことが無いのだけれど、皆はどうかな。
 例の老夫婦のお店で、味にも客にも誠実に取り組む気持ちが込められた一杯の饂飩に出会っただけにさ、同じ嵯峨野の□□庵の、お客をナメたヤクザな姿勢がものすごーく残念だったよ。
 前の旅行で「やはり京都はスゴい、ただの饂飩一杯でも感動的なほど美味い」って舞い上がっちゃってただけに、天国から一気に地獄に落とされた気分とでも言うか。

 話は戻るけれど、黒沢が中学の修学旅行の時に遭遇した例のビヨドウインこと平等院のオバハンの頭ン中も、「歴史ある古都京都の文化は日本一で、そこに住む自分も日本一エラい」って感じになっちゃってるんだろうね。で、「そのエラいウチらが、田舎モンで野蛮人のオマハンらの相手をしてやるんやから、ありがたく思いなはれ」ってね。

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