空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

客商売は難しい(店を立派にして評判を落としたS屋のこと)

 ブロ友、と言っては相手の方に失礼かも知れないが、このブログによくコメントを下さるある方に、筆者のお勧めの店はあるかと尋ねられた。
 その時、真っ先に思い浮かんだのはS屋の事であった。

 S屋は主に鮮魚を出す食堂で、筆者はそこに職場の先輩に連れて行かれた。
 そのS屋には、本当にいろいろ驚かされた。
 まず外観が非常にボロいのである。
 いかにも場末の大衆食堂という感じで、ドアも自動どころかサッシですらなく、木製の軋む古ぼけた引き戸だった。
 中も薄暗く、テーブルも極めて安っぽく、椅子はビニールの背当てと腰を下ろす部分が付いている金属パイプ製だった。
 そしてその薄暗い店の中で、地元の馴染み客らしい人が数人、ただひたすら飯を食っていた。

 トンデモナイ店に連れて来られてしまった。
 筆者はそう思って、渋い顔になりかけるのをようやく堪えた。
 ところが出された食事を見て、筆者はまた驚いてしまった。
 鮮魚中心の沢山の料理が出され、しかもまたそれが文句無しに美味いのである。
 さらに値段も安く、お腹いっぱい食べて千円札でお釣りが返ってきた。

 後で知った事だが、そのS屋は美味くて安い店という事で地元の人は誰もが知っていて、食通の人は地元民でなくてもS屋の名を知っていた。
 店はボロだし内装にもお金はかけないが、味ならば付近のどこの店にも引けを取らず、美味しい料理を安い値段で地元のお得意さんに提供する。
 S屋とは、そういう店だった。

 そのS屋は仕出しの注文も受けていた他、小さな宴会場もあった。
 で、父の七回忌の法事をしなければならなかった筆者は、「ひとつ親戚連中も驚かせてやれ」と思い、法事の後の食事をそのS屋で行うことにした。
 S屋に予約に行き話を聞くと、宴会は一人二千円から四千円でやっていると言う。
 そこで筆者は、S屋のおかみさんにこう頼んだ。
「一人五千円で、出来るだけ料理を出してほしい」
 値切るのではなくより高くと頼んだのだ、おかみさんも即座に承知してくれた。

 さて、法要が終わってS屋に親戚一同を連れて行くと、皆の表情が渋いものになるのが筆者にもはっきりとわかった。
 何しろ筆者は、伯父伯母ら親戚に昔から「出来損ないの子」と言われてきた。
 それだけに、血の繋がりのない義理の伯父伯母たちだけでなく、普段は筆者に優しくしてくれていた血縁のある伯父や伯母たちまで不安げな顔になってきた。
 店の外観を見て、「カネをケチって、場末の大衆食堂でどんなヒドいものを食わせる気か。この非常識なヤツめ」と思っているのがありありとわかる。
 通された宴会場もまた薄暗く、掃除はきちんとされているものの、部屋はボロだし畳も所々擦り切れている。
 やれやれ、と席についた親戚たちの目が、運ばれてきた料理を見て驚きに変わった。
 様々な大皿や鉢に、海鮮料理を中心とした料理が次々に運ばれて来て、食卓に隙間なくぎっしりと並んだのだ。
 S屋が安くて量も多いのを知っていた上で、「宴会は二千円から四千円」と言われたのをあえて五千円で頼んだ筆者だったが、これほど品数多くかつ豪華な食事になるとは思っていなかった。
 筆者でさえそうだったのだから、知らずに連れて来られた親戚たちは目を丸くし、そして夢中で料理を食べ始めた。

 そのS屋での食事は筆者の親戚たちにも本当に驚かれ、後々まで「あそこの食事は美味しかった」と言われた。
 店の外観や内装には殆どお金をかけず、「とにかく美味しい料理をお客に安く提供しよう」というS屋の姿勢には、筆者も心から共感を抱いた。

 ただ残念ながら程なく筆者は転勤になってしまい、S屋の地元から少し離れた職場に行く事になってしまった。そしてその新しい職場がなかなか忙しく、S屋に行く機会は少なくなってしまった。
 そしてそれから数年も経たないうちに、S屋は改装され新しくなった。
 その新しいS屋は和風レストランのような立派な店構えで、ただの空き地も同然だった駐車場も、コンクリートで舗装された広いものに変わった。

 改装するのに、銀行などから多額の融資でも受けたのだろうか。
 同じ店とは思えないほど立派になった新しいS屋の評判は、決して芳しくなかった。
 不味いというわけではないが、味が落ちたとそれまでのS屋のファンは口々に言った。
 お値段もそれなりになり、本当に普通の海鮮料理屋になってしまった。

 それまでのS屋はいかにも場末の小汚い大衆食堂といった雰囲気で、知らない人は入るのに二の足を踏むような雰囲気があった。しかし地元の人と食通はみな知っていて、固定客がしっかりついていた。
 一方、小綺麗な和風レストランのようになったS屋は、街道を通る一見の旅行客も気軽に入れるような雰囲気になったものの、「料理にすべてをかけていて、とにかく安くて美味い」という取り柄を無くしてしまった。
 だからそれまでの常連さんは、次々にS屋から離れていった。

 S屋は店を新しくして味を落としたと、知る人は皆そう言っていた。
 しかしもしかしたら、新しいS屋の料理の味はそれほど落ちていなかったのかも知れない。
 かつてのS屋は、本当にボロで小汚かった。
 だからこそ、出されるボリュームたっぷりで美味しい(しかも安い)料理に対する驚きが大きかった。
 だが新しい小綺麗なS屋には、その店の見かけと出される料理に対するサプライズが無い。
 ボロな店で安くて美味しい料理を出されれば良い意味で予想を裏切られた驚きが大きいが、小綺麗な店でお値段相応の美味しい料理を出されても「普通にウマいね」で終わる。
 そういう意味で、小綺麗かつ大きな店になったS屋は「味が落ちた」と言われたのかも知れない。

 また、かつてのS屋は「地元民と通だけが知っている隠れた名店」だったが、新しいS屋は街道沿いに目立つ看板も掲げた入りやすい大きな店になってしまい、通うにしても「オレだけが知っている穴場」のような優越感を持てなくなってしまった。

 店の外見や内装はボロのままほぼ放置して、料理の味だけにかけていたかつてのS屋は、地元民と味を知る人達に愛されてきた。
 間違いなく安めだった価格設定から見ても、S屋は儲けよりお客の満足を第一に考えて営業していたと思う。そしてその結果として口コミで名が知られ、店に来るお客が増えて黒字経営が続いた。
 それで店を新しく大きく綺麗にし、目立つ看板も掲げたら「味が落ちた」と言われ、以前からの客たちが離れてしまった。
 商売とは本当に難しいものだと、S屋のことを思い出してつくづくと思った。

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コメント


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宇久須港あたり。

おおー。黒澤氏の話を聞くと
宇久須(うぐす)港の辺りに
お店がありそうですね。

食べに行ってみたいなぁ。(笑)

ogotch | URL | 2016-10-08(Sat)18:00 [編集]


Re: 宇久須港あたり。

> おおー。黒澤氏の話を聞くと
> 宇久須(うぐす)港の辺りに
> お店がありそうですね。
>
> 食べに行ってみたいなぁ。(笑)

 残念ながら、S屋は今では小奇麗な和風レストランになってしまいました。
 昔の古くボロで、安いのに美味いS屋にぜひお連れしたかったです。

 とは言え、今のS屋も出す料理の質はかなり良いです。
 ただ店を新しくかつ広くし、人も多く雇うようになったせいか、お値段の方も少々高めになってしまいました。

黒沢一樹 | URL | 2016-10-13(Thu)14:43 [編集]