空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

「今時の若者は恋をしない」って? 大丈夫、恋と地獄は落ちるものなのだ!

 毎日新聞に掲載されている、中央大の山田昌弘教授のコラムによると、近頃の若者は教授が青年だった頃の若者に比べて、いろいろな面で新しい事に挑戦しなくなったという。

 そして「自分の可能性を試し、できるだけ多くの経験をしてみたい」若者が大きく減り、「平穏無事に暮らしたい」若者が大きく増えているという。

 で、山田教授によると、近年の若者が挑戦しなくなったものの一つに恋愛があり、新聞や雑誌の恋愛相談コーナーは中高年で盛況で、若者は恋愛にますます消極的になっているのだとか。
 ある大学生などは、「就職できるか不安で、恋愛する時間がない」と山田教授に語ったそうだ。

 恋愛する時間がない?
 とんでもねーよ、恋愛するのに時間なんて関係ないダロ? そう思う黒沢は、やはり山田教授と同じ古い世代なのかねえ。

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(2014/07/17)
瀬戸口みづき

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 黒沢が注目している漫画家さんに、瀬戸口みづきさんという方がいて。その『初恋症候群』の2巻に、こんなセリフが出てくるから、「恋愛する時間(余裕)がない」という人、あるいは「恋愛したくても出来ない」という人はよく聞いてほしい。

 恋も地獄も落ちるものだぜ。

 いくら「天国に行きたい!」と思っていても、無事行けるかどうか、地獄に堕ちてしまうかどうかは閻魔サマ次第で、自分の意志や力ではどうにもならないよね。

 実際、恋もそれと同じだよ。
 恋は「気がついたら落ちていた」ものであって、余裕とか時間とか全然関係ないから。

 例えば売れっ子の芸能人が、時々熱愛発覚してスキャンダルになるじゃん。
 あの人たちは超多忙で、同じアイドル達と激しい競争をしてけ落とし合い、そしてマスコミやマネージャーや事務所の人達にも監視されながら、それでもしっかり恋愛してるわけでさ。

 もっとスゴい話をしようか。
 恋愛は、あの生き地獄さながらのナチの強制収容所の中でもあったのだ。そしてその中には、「親衛隊将校と囚人のユダヤ人少女の禁断の恋」なんて究極の恋愛もあったりしたのだ。
 しかもその親衛隊将校と囚人のユダヤ人少女の恋には後日談があって、戦後その親衛隊将校が戦犯として逮捕されて裁判にかけられた時、例のユダヤ人の少女が裁判所に現れて証言して、恋人だったナチ将校を助けたそうだ。

アウシュヴィッツの少女アウシュヴィッツの少女
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キティー・ハート

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 もちろん黒沢には、そんなドラマチックなスゴい恋の経験はないけれど。
 それでも黒沢は恋を「しよう」と思ってした事は一度も無いよ。黒沢がした恋はどれも「気がついたら、落ちていた」のであって、時間や心の余裕とか、自分の立場とかにまるで関係なかった。

 白状する。黒沢はかつて教育実習生として母校の高校に行った時、たまたま出合った一人の女生徒に、電撃を食らうような衝撃を受けた。
 天使。
 友達と喋りながら微笑むその女の子を見て、黒沢は本当にそう感じたよ。
 一目惚れって、本当にあるんだなぁ……って、その時心から思ったよ。
 でも自分は教育実習生で、相手は生徒だし。
 何かしたら犯罪だってわかってたし、だから想いは心の内に秘めて堪えてた。

 ところが、ですヨ。
 その子は黒沢の恩師である先生の教科係でさ、そしてその恩師の先生がその子と黒沢を引き合わせてくれて、黒沢とその子は仲良くなってしまったのだ。
 で、その子と黒沢は、教育実習を終えた後も連絡を取り合う仲になったのだ。
 ……とは言っても、あくまでも先生と生徒の仲は越えず、告白したりどーのこーのとかいう事態には最後までならなかったけどね。
 自分の立場を考えてギリギリで自制したんだよ、黒沢も。
 とは言うものの、黒沢の気持ちは間違いなく恋だったと思う。ただそれを、最後まで言葉に出さなかっただけの話でさ。

 人がいつ恋に落ちるかなんて、ホント誰にもわからないんだよ。どんなに忙しかろうが、心に余裕がない状況だろうが、その相手に巡り合えば恋をしちゃうものなんだよ。
 たとえその相手が「好きになってはいけない人」でも、恋する気持ちは自分ではどうしようもない。
 まっ、その恋してしまった「好きになってはいけない禁断の相手」に、実際に告白してしまうか、それともかつての黒沢のように、じっと堪えて心の中で想い続ける道を選ぶかは、その人次第ではあるけどね。

 恋は、時には事故にも例えられるけれど。
 確かにその通りで、その“運命の人”に出合ってしまったら、時と相手を選ばずに落ちてしまうもんなんだよ、恋ってやつに。
「今は暇で余裕もあるから、彼女の一人も作ってみようか」とか思ってするモノじゃないって、絶対に。

 だってさー、暇で余裕がある時に、身近にいる異性の中で一番マシなのを選んでするものじゃないでしょ、恋って。
 自分の心が自然に動いてするものだからさ、恋は。だからいくら暇で時間があっても出来ないものは出来ないの、その“キミの心を奪って離さない相手”が現れなきゃね。
 だから恋は、いくら時間や心に余裕があっても出来ない時は出来ないし、その相手が現れれば超忙しくて余裕がない時でも落ちちゃうものなのだ。

 よく「今は仕事(受験)に忙しくて、恋なんかしている余裕がない」と言う人達がいるけれど。
 それは違うね。だって、どんなに仕事が忙しくても、する人は時間を何とかやり繰りして恋をしているし、恋と勉強を両立させている受験生だって少なからずいる
 だからさ、「その人にとって仕事や勉強よりも大切に思える相手が現れていないだけ」なんだよね、結局のところは。

 黒沢自身のことを考えてみても、恋はいつも「気がついたら、落ちていた」ね。「あー、暇だからカノジョでも作ってみようか」とか、自分の意志で恋をした事は全く無いデス。
 だから心を惹かれる人がいなければ、仕事や趣味に打ち込んで充実した日々を過ごしていたし。
 そして心惹かれる誰かに出合ったら、その時は恋をしてと、心のままに自然体で生きてきたね。

 例の瀬戸口みづきさんの『初恋症候群』第2巻のセリフの通りに、「恋と地獄は落ちるもの」だから。
 本人の意思にはまるで関係なく、ね。
 それだけに「忙しいから恋はしない」という言い方にも、「いい若い者が恋もしてないなんてオカシイ」という言い方にも、どちらにも抵抗があるよ。

 ホント、恋は事故と同じだから。いつその相手に出くわすか誰にもわからないし、その時には自分の意志では避けられないんだよ。
 だから大丈夫、どんなに忙しかろうが、相手が人妻だったり友達の彼女だったり教え子だったりしようが、恋に落ちる時が来れば勝手に落ちマス

「今の若者は恋愛に関心が薄く、草食化どころか絶食状態に近い」とまで言って将来を危惧する人達がいるけれど、黒沢は別に心配していないよ。
 今現在恋をしていない人達ってのは、恋愛に関心が無いって言うよりただ「心を奪うだけのステキな人と出合えてないだけの話」で、そのうちきっと恋に落ちる時が来る筈と思うから。
 まっ、完全に引き籠もっていて全く外に出ない人にだけは、その恋という事故に出くわす機会は絶対訪れないけどね。

 でも、瀬戸口みづきさんの『初恋症候群』、マジで面白いっスよ。主人公達は高校生で、テーマは初恋だけれど、作者の瀬戸口みづきさんの恋愛に関する心を抉る鋭い洞察があちこちに散りばめられていて、充分に大人が読んで楽しめる作品に仕上がってマス。

 例えば主人公が通う高校の教師(♂)が、こう嘆くシーンがあったりシマス。

 女を怒らせるということは、黒塗りのベンツにぶつかるのと同じだ。
 しかも間に入ってくれる警察や保険屋はいない。
 泣き寝入りするしかないんだよ!


 ……うん、わかるわかる。恋をして彼女がデキれば、そのうちケンカをすることもあるけどさ。そーゆー時の女性の怒り方って、マジ理不尽でルール無用なんだよね。

 さらにその教師(♂)には、こんな過去があったりシマス。

「しばらく一人でいたい」と出て行った彼女が、二ヶ月後、別の男と付き合っていた。

 ……うーん、コレも「あるある!」ですねぇ。
 これに似たような体験なら、黒沢にも一度ならずありマスよ。

 また、主人公の担任の女教師(若くて美人でにこやかだが毒アリ)が、ままならぬ初恋に悩む主人公達にこんな事をサラッと言ってくれマス。

 初恋は実らないがゆえに、その花は永遠に咲き誇る……なんて思ったら大間違いだぞ。
 美しい花も根っこから腐るんだ、初恋のあの娘が5年後しょうもない男とデキ婚するくらいは覚悟しておけよ!


 ……ええ、身に覚えなら黒沢にもありマスとも。
 黒沢が大失恋した初恋の彼女は、数年後に何とゴクドーさんの情婦になってたし(マジで)。
 その後に付き合ったまた別の彼女は、黒沢をフッてくれた後に文字通り「しょうもない男とデキ婚」してくれマシタ。

 こう話してみるとさ、黒沢の恋ってイタい思いばっかりしてるよね。
恋って楽しいことばかりじゃなくて、むしろ苦しいことの方が多いくらい」ってマジ思うよ。
 でもそれがわかっていながら、また繰り返し落ちてしまうのが“恋”ってやつなんだよねえ……。

 さあ、キミもいつか恋という“避けられない事故”に出くわして、黒沢が味わったようなイタい思いをしてみるがよいさ!
 大丈夫、「するつもりも無いし、その暇も無い」などと思っていても、恋と地獄は落ちる時には落ちるものなのだ!

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クリスマスに一人でナニが悪い!

 もうすぐクリスマス、だけれど。
「クリスマスは彼女(彼氏)と過ごすもの」なんて、いったいいつ誰が決めたんだよお……なんて、まるでガキみたいなヒネくれた事をつい言いたくなる黒沢デス。

「そうか、おめー彼女がいねーんだろ」って?
 うん、まあ今年のクリスマスは残念ながら、彼女とでなく家族と過ごすさ。
 でもこんな黒沢にも彼女がいて、その彼女と二人きりでクリスマスを過ごしたことも何度かあったよ。
 その黒沢に言わせてもらえれば、クリスマスをどう過ごすかは本当に「当人の自由」で良いと思う。家族と過ごすのでも、恋人のいない友達同士で騒ぐのも、一人静かに過ごすのも「何でもアリ」でいい。
 とにかく「クリスマスを彼女(彼氏)と過ごせないのは、ひとつランクが下の寂しい人間」みたいに決めつける風潮は、本当にウザいよ。

 こんな事を言ったら、実年齢=彼女いない歴の人達には「そりゃ、贅沢な悩みってヤツだよ!」と恨まれてしまうかも知れないけど。クリスマスの時期に彼女がいるのって、意外に大変なものだよ。
 まず第一にかなりのカネがかかるし、気もいろいろ使わなきゃならない
 だって彼女にはまずプレゼントを贈らなきゃならないし、それもかなり気張らないと彼女のご機嫌を損ねちゃうからね。
 プレゼントって、ただ高けりゃ良いってものじゃなくて、彼女の好みに合ってセンスの良いモノじゃないと駄目なんだ。いくらブランドものだって、彼女には彼女の好みがあるわけでさ。
 だから自分としてはかなり思い切った買い物をしたつもりでも、彼女には良い顔をされない事もマジであるんだ。

 クリスマスに男が彼女にしなければならない事は、ただプレゼントだけじゃ無いから。
 まずどこかのお店でディナーを食べて、そして夜景やイルミネーションを見るなどしてムードも盛り上げた上でホテルに……ってことになるわけだけれど、そのお店やホテルの選び方や、デートコースの選定やムードの盛り上げ方まで、責任はほぼ全部男にかかっているんだからね。もちろん、ディナーとホテルの代金もオトコ持ちでさ。

 まっ、彼女もプレゼントはくれるけどさ。
 でも彼女がくれるモノが男の側のプレゼントより高価なことは、断言しても良いけれどまず無いね。と言うか、もし男のプレゼントが彼女がくれた物よりショボかったら、好感度は大幅にダウンし「セコい男!」と永く恨まれるのは間違いないね。
 もちろんディナーに選んだお店やホテルが彼女の好みに合わなくても、「ダサッ!」とか「ショボ!」とか心の中で毒づかれ、やはり好感度がダウンするのでアリマス。費用はすべて男である貴方持ちであるにもかかわらず、ね。

 それでもね、最初のうちはただクリスマスを彼女と過ごせるだけで嬉しくて、プレゼント選びやデートコースの選定、そしてその資金の捻出にいろいろ頑張ったものだけれど。
 ただそれが当たり前の「毎年の恒例行事」になってしまうとね、感動も薄れるし、疲れてもきちゃうわけデスよ。「何で男ばかり、毎年こう気張らなきゃならないんだろう」って。
 だから「彼女と過ごすクリスマス」も、慣れてくると「家族や友達と過ごすクリスマスも悪くないね」と思うようになっちゃうよ、ホントに。

 だってさー、クリスマスの次にはお正月、そして三月にはホワイト・デーと、何かとおカネのかかるイベントが続くじゃん。
 そりゃあ、ま、2月14日にはバレンタイン・デーがあるけどさ。でもそのちょっとしたチョコレートのお返しに、翌月にはその何倍かのものを贈らなきゃならないわけでさ。
 これも多分黒沢だけの勘違いではないと思うけど、女の子がくれるバレンタイン・デーのモノより、ホワイト・デーの男のお返しの方がまず間違いなくおカネをかけているよね?

 彼女がいる時って、ホント何かとお金がかかったよ。特にクリスマスからホワイト・デーまでは。
 まっ、夏は夏で「せっかく休みなんだから、どっかに連れてって!」ってコトで、それはそれでまたお金がかかるんだけれどね。
 それは黒沢が「何でもワリカンにしようね」ってタイプの女の子と付き合った事がなくて、「デートは男がリードしなければ」と思っているせいかも知れないけれど。女性とお付き合いするのは楽しいものの、おカネも気も遣ってそれなりに大変なのだと、まだ彼女がいた事の無い人達に言いたいね。

 シタラマサコさんの、『セーラーズエンジェル』ってメチャ笑えるマンガがあって。
 で、その主人公(?)で橋田壽賀高校wwwセーラーズエンジェル部の部長である宮本みつサンは、ホワイト・デーに校内が盛り上がる中、自分はお返しを貰えるアテが無くて(そもそもバレンタイン・デーにチョコをあげた相手もナイ)逆ギレするわけデス。
3月14日はね、円周率の日よ!」って。

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シタラ マサコ

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 うん、3月14日なんて「円周率の日」で良いと思うよ、ホントに。
 あ、けどゆとり世代の人達にとっては、円周率は3.14じゃなくてただの“3”だったかなwww。
 それはともかくとして、シタラマサコさんの『セーラーズエンジェル』はメチャ面白いっス。ジャンルとしては女性向けのマンガ(月刊プリンセス連載)だけれど、男が読んでも充分に笑えるよ。

 でも「彼女がいない」って、ある意味ホントに気楽だよ。おカネも時間も全部自分の為に遣えるし、いろいろ気を使うことも無いしね。
 だから黒沢は、彼女はいればそれなりに楽しいし、けどいなければいないで気楽で良いし、どちらでも構わないと思ってる。

 そういう意味で、「彼女はいなかったけれど、親しい女友達は複数いた」時の黒沢は、ホント地獄だったね。
 だってクリスマスやホワイト・デーの度に、その何人もの女友達にそれなりの貢ぎ物をしなければならなくてさ。でも彼女ではないのだから、当日は「布団は一つ、枕は二つ」ってやつで寝所を共にしてしっぽり楽しめるワケでもなく、ホントにただ出費が嵩むだけだったよ。

 ……結局さ、バレンタイン・デーやホワイト・デーもそうだけれど、クリスマスは恋人と過ごすもの」ってムードは、プレゼントを買わせたりケーキやディナーを食わせたりホテルを満室にしたりして潤いたい業界の悪巧みで盛り上げられているに違いないよ。
 そもそもキリスト教国でもキリスト教徒でもない日本と日本人が、クリスマスで大騒ぎする方がおかしいのだし。
 クリスマスはまずパーティー(ディナー&ケーキ)にプレゼント……って、日本のクリスマスはやはり業界の仕掛けた商戦にただ乗せられているだけだね。

 だからクリスマスを一人静かに過ごすとしても、肩身の狭い思いをする事は少しも無いと思う。「世間のムードや業界の商戦に乗らない賢い一市民」として、むしろ誇りに思っても良いくらいなのだ。

 というワケで。
 クリスマスに一人でもイジケず卑屈にならず、おカネも時間も自分だけの為に遣って自由に楽しく過ごそうよ
「クリスマスは恋人と過ごすもの」って世間のムードの方が、むしろおかしいんだからさ。

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女性にモテるのは簡単だ、ただ“共感”して話を聞くフリだけしてりゃ良い

 もうかなり前の話だが。
 当時付き合っていた彼女に「いつか、ジムニーを買って乗りたいの」と言われて、かなり驚いてしまった事がある。
 いや、スズキのジムニーは良い車だよ? いわゆるオフロード車には、実際に荒れ地を走破する能力が伴わない「カッコと雰囲気だけのオフロード車」もあるけれど、ジムニーは軽自動車ながら本格的なオフロード車である。
 ただ彼女には好んで山野に出掛けるような趣味はなく、そして居住地も職場も市街地だ。
 だから「彼女にジムニーは実用的ではない」と、黒沢はすぐに思った。

 実は彼女の昔からの親友が、似たようなオフロード車の三菱パジェロ・ミニに乗っていたのだ。
 だから彼女も、「じゃあ私はジムニーに乗ろう」と思ったのだろう。
 しかしパジェロ・ミニとジムニーは、どちらも四駆で形も似ているが、中身はかなり違う。パジェロ・ミニははっきり言って雰囲気優先で性能は乗用車に近いが、ジムニーはまずシャーシーの構造から本格的なオフロード車である。

 それを知っていたから、黒沢はすぐにこう言った。
「本当に未舗装の野山を走りに行く事が多いなら良いけどさ、市街地を走るにはあまり向かないよ? 高速で走ると、騒音とかもかなりあるようだし」
 そしたら彼女に、本当にキレられたね。
「何で人の夢を壊す事を言うのッ!」
 ってね。

 当時の黒沢は、彼女に何でキレられたのかまるでわからなかった。
 だって黒沢には悪気などまるでなく、ただ事実を言っただけだし。
 と言うより、彼女の為に親切で忠告したつもりだったんだよね。オフロードなど殆ど走りに行かないであろう彼女が、友達の影響と気分だけでジムニーなどを買ったら、後で「こんな筈じゃ無かった」と思うのは目に見えていたし。

 車を買うのって、お菓子とか普段着とかを買うのとは全然違う高い買い物じゃん。相手が大切な彼女だからこそ、うっかり気分で買ってしまって、後で後悔するような目には遭わせたくないでしょ。
 気安く「いいね!」なんて無責任な反応、黒沢にはとてもできなかった。
 だから「ジムニーを買いたい」と言った彼女に水を差すようなことを言ったのは、黒沢としては「彼女のことを思えばこそ」だったんだ。

 で、その結果として彼女にキレられてしまったわけデス。
 別に「バカなこと言ってんなよ、ジムニーなんて全然ダメだって!」みたいな失礼な言い方をしたわけでなく、ただ冷静に「ジムニーは不整地を走りに行くなら良いけど、街乗りには向かない」って話しただけなんだけどね。

 うん、なぜ彼女にキレられてしまったのか、今ならよくわかる。
 その話をした時の彼女はジムニーに乗りたい気分でいっぱいで、黒沢にも……と言うか彼氏だった黒沢にこそ共感して、「いいね!」って反応して欲しかったんだ。

 女性が話し相手に求めているのは、「そうだね」または「いいね!」って共感だけなのだ。
 それがわかるようになって、黒沢は女性とそつなく話すのがとても巧くなった。しかしそれと同時に、女性と話すのがとても馬鹿馬鹿しく思えるようになったよ。
 だって彼女たちにとっては、相手の為を思った誠意ある忠告など何の価値もないどころか、逆に「気持ちをわかってくれない!」と怒らせるだけでしかないのだからね。

 科学的に言えば、男の脳は「問題解決脳」で、女の脳は「共感脳」なのだそうで。
 だから男は、女に何か言われると必ず答えを出し、解決してあげなければ思う。しかしそうした男のアドバイスはまるで的外れで、女が求めているのはただ“共感”だけなんだよね。
 ただ時々相槌を打ちながら話を聞いて、適宜に「そうだね」とか「いいね!」などと共感の意志を示し、時には「大変だね」と同情したり。女性との会話って、本当にただそれだけで良いんだよね。
 だからそのコツさえ掴めてしまえば、女性に好感を持たれる会話をするのはとても楽だし、同時に「バカみたいだな」ってすごく思ってしまう

 黒沢にはK子さんという女友達がいて、黒沢が女性に好感を持たれる話し方を会得できるようになったのは、そのK子さんの存在がかなり大きかった。
 そのK子さんは美人でスタイルも良く、しかも料理等の家事も苦もなくこなせてと、女性として見ればかなり魅力的だったと思う。
 ただ残念ながら、K子さんはいわゆるダメンズ好きだった。いつも「イケメンだけど女好きのワルっぽい男」に惚れては、その彼の浮気癖や身勝手さに泣かされてたよ。
 で、男友達である黒沢に、K子さんはよく相談の電話をかけてきたのだ。「彼氏の気持ちがわからない、どうしたら良いと思う?」って。

 K子さんの話をちょっと聞くだけで、「彼氏はただ顔が良いだけのクズ男だな」と同じ男としてすぐわかるからさ。だから当然、黒沢はそんな男とは別れるよう忠告したわけデスよ。相談の電話がある度に毎回、言葉を尽くしてね。
 でも黒沢のどんな忠告も、K子さんの心には届かなかった。
 別れた方が良い。そう言う度に、K子さんは“デモデモダッテちゃん”になっちゃうんだよね。
 直前までは、彼氏がどんなにヒドいかを黒沢に散々訴え続けていたのにさ。なのに黒沢が「そんな男とは別れなよ」と言うと、その途端にK子さんは彼氏の味方になって、彼氏の弁護を始めるんだよ。

 ……本当にもう、K子さんの“恋愛相談”って、いつもいつもその繰り返しでさ。何をどう言っても黒沢の言葉はK子さんの胸には届かなくて、「やっぱり好きで、別れられない」って答えに戻っちゃう。
 で、「彼氏についてのK子さんの愚痴を延々と聞かされる→別れるよう忠告する→デモデモダッテちゃんになるK子さん」というパターンをうんざりするほど繰り返して。
 そしてK子さんの“恋愛相談”に長電話に散々付き合わされ、貴重な自分の時間を無駄に費やした挙げ句に、男性の典型的な“問題解決脳”の持ち主である黒沢もようやく悟ったわけデス。
 K子さんは黒沢の考えを聞く気など全くないんだ、ただ自分の愚痴を聞いて欲しいだけなんだ……ってね。

 そう、多くの女性が求めている“会話”がコレなんだよ。愚痴だろうが、どんな馬鹿馬鹿しい話だろうが相槌を打ち頷きながらとにかく徹底的に聞いて、そしてただ「いいね!」と賛意を示す……と。
 それがわかってから、黒沢はK子さんのことを本気で心配して忠告するのを一切やめたよ。
「どーせそのクズ彼氏と別れる気はなくて、愚痴もノロケのうちなんだろ」
 そう悟ると、K子さんの話をまともに聞くのも馬鹿馬鹿しくなってね。

 ただ幸い、K子さんから例の“恋愛相談”をされるのは、夜に電話で……ということが多かったから。
 それで黒沢はK子さんから電話がかかって来たら、極力ボリュームを絞ってゲームをやってたよ。で、話の殆どは聞き流して、話の切れ目には相槌を打ち、そして「そうなんだ、大変だね」と“共感”の意志を示して同情もし、仕上げに「でも頑張ってね」と励まして。
 これで本当に、十二分過ぎるほどだった。
 このK子さんには「クロサワくんって、ホント癒し系だよねぇ」と心から感謝されちゃってさ。

 で、例のK子さんの彼氏というのは、やっぱり見てくれが良いだけのロクデナシだからさ。黒沢が忠告とか全くしなくても、結局そのうちK子さんも愛想を尽かして別れることになってさ。
 問題はその後デス。
 そのK子さんに、黒沢は惚れられてしまったのだ。「優しくて、本当にイイ人」って。

 優しい? とんでもないよ。その時点でK子さんは、黒沢にとって「どーでもいい子」になってたんだ。
 わかるかな、K子さんの事を本気で心配していたからこそ、以前はいろいろ耳の痛いことも言って忠告したんだ。
 けど「この子には人の話を聞く耳も、誠意を理解する頭も無い」ってわかって、「このバカ女、ダメンズに泣かされて痛い目に遭おうが自業自得だ」と思うようになったからこそ、一切の忠告をやめて耳障りの良い“共感”の言葉しか言わなくなったんだよ。
 よく「共感力が大事だ」とか言うけどさ、実はその“共感”って上辺だけの安っぽいもので、心はとても冷たいものなんだよね。

 時には耳の痛い忠告こそ、本当に相手を思う真心から出たものでさ。
 そして耳障りの良い“共感”の言葉なんて、中身は優しくも何ともなくて、心の中では相手を突き放しているんだよね。「コイツが後で痛い目に遭おうが、知ったこっちゃない」と
 でもその事がまるでわからずに、ただひたすら“共感”を求める女の人が本当に多過ぎる。

 その子が後で泣こうが痛い目に遭おうが知ったこっちゃないから、上辺だけ“共感”を示し、適当に慰めたり励ましたりしているだけなんだけれどね。なのに「ホントに優しい、イイ人!」って惚れてくれる女の子が、呆れるほど多いんだよ。
 だから失礼ながら、つい「女ってバカだなあ」って思っちゃう。

 もし女性の好感度を大きく上げたければ、貴方もやってごらん。
 まず自分の本音の意見は極力言わずに、女の子の話(ほぼイコール愚痴)をウンザリする気持ちを辛抱しながら、とにかく最後まで根気よく聞く。
 そして内心はどうでも「そうなんだ」と共感を示しながら相槌を打ち、時には「うんうん、それで?」と興味のあるフリをして話の先を促すの。
 さらに仕上げに、場合に応じて「大変だったね、辛いよね」と同情したり、「いつか良い事もあるから頑張って」と励ましたりするのも忘れずに

 コレをやってごらん。貴方は周囲の女性から間違いなく“良い人”と認定され、状況とタイミングさえ良ければ“良い人”から“好きな人”に昇格する事だって、充分にあり得るのだ。
 事実黒沢も、その手で複数の女性に惚れられた。

 ……でもね。
 耳の痛い忠告の底にある、相手を心から案じての思いやりにはまるで気付いでもらえず、無責任な形だけの“共感”ばかりが喜ばれる。それが現実に「女性の心を掴む会話のコツ」なんだから、本当に情けないし悲しいし、女性と付き合うことそのものまで虚しくなってしまうよ。

 そうそう、その“上辺だけの共感”をフルに活用してでK子さんに惚れられた黒沢だけど。
 そのK子さんと付き合ったか……って?
 答えはNOデス。だってK子さんって、「顔もスタイルも良い上に、家事能力もアリ」と、女子力の点ではかなり高めなんだけれど、物事をよく考えないで感覚だけで動くタイプでさ。それに何より、惚れっぽいと言うか恋愛体質と言うか、ぶっちゃけ頭もお尻も軽めなんだよね。
 だからただ眺めて楽しむ分には良いけれど、彼女として付き合うにはふさわしくない相手だ……って、幾度も痛い失恋を体験していた黒沢にはよーくわかってたんだ。

 で、告られてはっきり断るでなく、答えをはぐらかしたまま「友達以上、恋人未満」のお付き合いを続けていたのだけれど。
 そしたら案の定、二ヶ月も経たないうちに「他に好きな人ができたから」って、黒沢を振ってくれマシタよ。それもその新しい男と、ヤるコトもちゃんとヤっちゃった後でね。
 で、寝取られてしまった黒沢は、「悲しいけれど、K子ちゃんの幸せの為に」と、最後まで“良い人”を演じ続けて戦略撤退を果たしたわけデス。

 いろいろ痛い失恋や失敗を繰り返した挙げ句、「女子の好感度を高める会話術」を会得したwww黒沢だけど。
 でもその「まず共感」という女性と会話するコツを理解すればするほど、「共感なんかクソ喰らえ!」という、唾でも吐きたいような気持ちがさらに強くなって行ってしまってどうしようもないのが本音だよ。

 女性と話す方法だけではとどまらずに、今の日本ではやたらに“共感力”とやらの重要性が強調されているよね。
 だが、そもそも“共感”って何だ?
 金子みすずのあの有名な「みんなちがって、みんないい」という言葉の通り、人って皆それぞれ違うもので、考えも感じ方もいろいろなんだよ。
 人がみな同じように感じて、何でも共感し合えるとしたら、それこそエヴァンゲリヲンの人類補完計画だよ。

 例えば黒沢は“サッカーのまち”と言われる市に住んでいるが、だからと言って「市民すべてがサッカーを好きになって、サッカーを応援して盛り上げなければならない」とは全く思わない。
 いくら“サッカーのまち”でサッカーが好きな人が多数派でも、野球やバスケットやテニス、それにラクロスやカバティなどを好きな人が居ても良い筈だ。
 だが世の中には金子みすずの言葉とは真逆に、「みんな同じで、他と違う者は悪」と感じている人達が、驚くほど多のだ。
 事実、黒沢の住む市でも、「サッカーを応援できない人は、市から出て行くべきだ」と公言する市議すらいた
 そしてその種の、個々の考えを認めず多数派の意志を全体に押しつけたい人々が武器にする言葉が、あの「共感力」というやつなのだ。

 男の脳が「問題解決脳」なのに対して女の脳は「共感脳」なのだそうだと、前にも触れたが。
 とかく理屈っぽくなりやすくて意見が分かれることも少なくない男性に比べて、女性は本当に共感を求める生き物だとつくづく感じる事が多い。

 例えば男の間では、AKBで推すメンバーが違おうが、ももクロとか違うグループが好きだろうが、そもそもアイドル自体に興味が無かろうが、喧嘩にはまずならない。それは結局、「好みは人それぞれ」というコトで。
 しかし女性の間では、ある女の子がアイドルの誰かを好きだと言った時に、うっかり不同意の意志を示そうものなら、「アタシにケチをつけて、アタシを否定した!」ことになるというのだから恐ろしい。
 ゆえに女子の社会では、もし誰かが「アタシは○○○が好き!」と言ったら、内心はどうあれ皆が笑顔を作って「いいね!」と応えるものらしい。
 そしてそうしないと“浮く”どころか、仲間外れにされイジメられてしまいかねないらしい。

 ちなみに黒沢の住む市が“サッカーのまち”だからと、「サッカーを応援できない人は、市から出て行くべき」と言い放った例の市議もまた女性だった。
 しかし元々サッカーに興味が無かった黒沢は、そう言われて肩身が狭い思いをするどころか、逆に怒りと反発しか感じなくて、その一件でサッカーそのものがキライにすらなってしまったゼ。
 ハイ、こんな天の邪鬼でヘソ曲がりで偏屈な黒沢は、アスペルガー障害の疑いも持たれていマス。
 でも変わり者と言われようがアスペと呼ばれようが、黒沢は空気などあえて読まず、言いたいことは何でも言って、自分の生きたいように生きているよ。

 とにかく空気を読むことが最重要で、誰かが何か言ったら心の中ではどう思おうと、笑顔を作って「いいね!」と同意して見せる。
 こうした“共感力”が要求されるセカイって、とても生き辛いし、息苦しいよね。
 だって人間は、人みなそれぞれ違っていて別の気持ちを持っているんだもの。
 にもかかわらず女の社会では、その己を殺してまず周囲に合わせることが要求される。

 女性は共感だけを求めて、異論や反論は一切認めない。だから男から見れば、女性にウケる会話をするのは簡単だが耐え難いほど退屈だ
 それに女性同士だって、本当の自分を偽って相手に合わせることばかり求められる女同士の付き合いは、息が詰まって疲れて堪らないだろう。
 だからあの『アナ雪』の「ありのままのー」の歌が、女性に特に大受けしたんだよ。

 あの『アナ雪』の「レリゴー、レリゴー!」に感動した女性たちに、黒沢は声を大にして言いたい。
 共感など求めるな、空気も読むな。そして思ったことを言い、好きなように行動してみろ……と。
 その方が、女性達もきっと楽になり、生きやすくなる筈だ。

 事実、本音を隠さず何でも言い合える女友達同士の会話はものすごく楽しいゾ。
 無理に相手と合わせず、何かあれば鋭いツッコミを入れ合う彼女達の会話は、ただ聞いているだけでもすごく面白い。

 黒沢がこう思ってしまうのは、「アスペルガー障害なんじゃねーの?」と噂されている人間だからかも知れないけれど。
 他人に共感することが何故そんなに大事なのか、黒沢には本当にさっぱりわからないのだ。

 例えば、どうしようもないダメ男を好きで好きでたまらない女の人がいるとする。その女の人の彼氏を好きな気持ちにも“共感”して、「頑張って!」と応援してあげるべきなのか?
 薬物依存症で「危険ドラッグ、サイコーだぜ!」と言うヤツがいたら。それにも「いいね!」と“共感”するべきなの?
 その場の皆が誰かの悪口で盛り上がっていたら、空気を読んで“共感”してその悪口に加わるべき?
 最近多い、中国人&朝鮮人叩きのヘイトスピーチにも、やはり「いいね!」と“共感”すべき?
 住んでいる所が『サッカーのまち』ならすぐ“共感”してサッカーファンになって、でも引っ越した先がたまたま『カーリングのまち』だったら、そしたら今度はカーリングが大好きになるべき?
 友達のAさんが大の猫好きだったら「そうだね、猫イイよね!」って“共感”して、でも別の友達のBくんは大の犬好きで猫ギライだったら、それにも“共感”して同じ口で「そうだね、猫なんて何の役にも立たないし、犬サイコーだよね」って言うの?

 ……今はやたらに「共感力が大事」って言われるけどさ、安易な共感なんて「ただ“自分”が無いだけのバカじゃん」って黒沢は思うけどね。
 いや、ただバカって言うだけじゃなくて、共感の安売りはすごく無責任な行為だし、共感の押し売りともなると社会にとっても有害な、危険な行為になりかねないんだよ。

 日本人ってのは、「空気を読んでの“共感”の押しつけ」がものすごーくキツい民族だから。何でも皆が同じように感じないと気が済まなくて、感じ方や意見の違う人の存在が許せなくて、皆で村八分にしてイジメちゃう
 だから戦前は皆で軍国主義に走って、それに少しでも疑問を持つ者は「国賊、非国民!」と吊し上げ、「鬼畜米英!」だの「一億玉砕、火の玉だ!」と金切り声を上げてさ。
 それが戦争に負けると、今度はアメリカ様々で「ギブ、ミー、チョコレート」だよ。そして「一億総懺悔」とやらで、皆がサヨクになってさ。
 ところが安倍政権下でまた右翼が復活して、国賊だの何だのと戦前のような言葉を吐き散らしてる。そしてヘイトスピーチも公然とされ、それを与党自民党は「言論の自由の問題もあるから」と詭弁を弄し、法規制するつもりはまるでナシ……と。
 その時の空気を察し、冷静に議論し合うことナシに皆で“共感”し合ってさ。そして軍国主義とサヨクの間を振り子のように振れているのが、この日本という国と、日本人という民族の実態なんだよね。

 民主主義ってのは、いろんな考えを持つ人が、いろいろ議論を重ね、時間と手間をかけて結論を出すものだけれど。その民主主義は、どうやら“共感力重視”の日本民族には合わないみたいだよ。
 だってちょっと議論をすれば「口げんか」と言われるし、誰かの意見に反論すれば「私を否定した」と怒られるし。そして空気を読み合って、全体に流されながら生きているんだよね、日本人って。
 だから日本人の本質は全体主義だと、黒沢は痛いほど感じている。

 空気を読んでの、共感の押し付け
 その日本流の全体主義が、かつて日本に戦争の惨禍をもたらし、すると次はサヨクに走って全共闘やら連合赤軍のテロまで引き起こし、そして安倍政権と共にまた“右”に舵を切ろうとしている
 ホント「空気を読むのも、共感を強要するのも、もういい加減に止めませんか」って、心から言いたいよ。

 空気を読んで“共感”し合う息苦しさは、特に女性達がよくわかっている筈だよ。
 本当は気の合わない部分もあるのに“友達”のフリをして、心の中では全然そう思ってないのに「そうだよね、イイよね!」と“共感”し合ってさ。
 だから女の人同士のお喋りって、ただの友達と本当に心を許し合っている親友同士では全然違う。
 と言うか、その一握りの親友以外の“友達”とは、ただ“友達ごっこ”をしているだけなんだよね。お互いあまり好きではないくせに、余計な気を使い合って、シンドい思いをして。

 ねえ、友達ってそんなに大勢必要なの?
 本当の自分を出せて、本音を言い合える一握りの親友さえいれば充分……って、黒沢は思うけどね。
 空気を読んで、してもいない共感をしているフリを続けるなんて、ただ疲れるだけだと思うけれど。

 ……とは言うものの。
 女の人に「共感より大事なものがある」ってわかってもらうの、ものすごーく大変でさ。
 黒沢はこれまでに、両手の指で数えても足りないくらいの女性とお付き合いしてきたけれど。残念ながら、どの女の子も心からの忠告より“共感”を求めてた。
 で、相手の為を思う意見を言えば言うほど、「気持ちをわかってくれない!」と逆ギレされるばかりでさ。
 そして心にもない、無責任な“共感”をすればするほど、女の子達には好かれた
 おかげさまで気持ちは醒めて行くばかりで、ついには女という生き物に対しても深い失望感を抱くようになってしまい、黒沢は未だに独身でいるのでアリマス。

 黒沢のように、女性に愛想良くしながら心の中では見下して「ただ“共感”してるフリだけで充分」と思うような男を増やさない為にも。
 そしてまず女性たち自身が自分らしく自由に生きる為にも、本音を押し殺した“共感ごっこ”はもう止めた方が良いのではないかと、黒沢は心から思う。

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言葉より、態度や雰囲気で察そう

 はっきり言って、黒沢は結婚願望が少ない。
 結婚したくないわけではない、けれど「変な相手と間違って結婚してしまうくらいなら、一生独身でいた方がマシ」と本気で思っている。
 さらに世間体も殆ど気にせず、他人にどう思われようが構わないというタイプだから、周囲の同世代の皆が結婚していても、「自分も早く家庭を持って落ち着かなきゃ!」とか思って焦ったりもしないし。

 まっ、要するに「生まれついてのKY」ってことなのだろうね。世間の“普通”と自分が違っていても、本当に全然気にしまセン。
 自分の進む道は自分で決めるし、世間や周りに合わせて生きる必要性とか、一ミリも感じてないんだよね。自分の選んだ道が世間の常識から外れ、周囲の皆と違っていようとも、自分さえ納得しているらそれでOKと思ってる。

 うーん、ここまで来るとただのKYと言うより、既にアスペルガー障害の域かも。
 ハイ、だから集団行動とかチームプレイとか、大の苦手デス。

 ゆえに恋人が出来ても、相手の心の中にはあまり踏み込まないね。同時に、相手にプライベートな領域にズカズカ踏み込んで来られるのも、実は苦手だったりしマス。
 いくら恋人でも「相手は別人格」と思っているし、恋人同士だからといって一心同体のようには、どうにも思えないんだ。

 ……と、このような前置きをダラダラと書き連ねたのは、また例の毎日新聞連載の亀山早苗氏のコラム、『現代恋愛模様』を読んでしまったからだ。
 11月22日付けの同欄で、亀山氏は「一年付き合っている彼が、私をどう思っているのかわからなくていつも不安」という、アラサー女性のアキヨさんについて書いていた。

 そのアキヨさんは問題の彼氏と、合コンで知り合って付き合うようになった。そしてデートもしているのだが、付き合うようになってから彼氏は、愛情表現の言葉を殆ど口にしない。
 だからアキヨさんは彼が本当に自分を愛しているのか、必要としているのか実感が持てずにいるのだという。

 そのアキヨさんに、亀山氏はこう言った。
「わからなければ聞いてみればいい」
 するとアキヨさんは、激しく首を振ってこう言った。
「そんなのKYですよ。彼がどんな反応をするかわからない。もし、『え?』と聞き返されたら、ショックでどうしたらいいかわからなくなります」
 アキヨさんは、続けてさらに言う。
「実は相手にどこまで踏み込んだらいいのかわからないんです。私たち世代ってみんなそうじゃないかな。踏み込んだら嫌われるかもしれない、傷つきたくないからなんとなく相手に合わせる。それが普通なんです」
 で、亀山氏は唸ってしまうわけだ。それでいいのか、それで満足感があるのかと言いたいが、それこそKYと言われそうだ……と。

 黒沢に、男の立場から言わせてもらえば。
 うん、もしアキヨさんが思っていること(尋ねたいこと)をそのまま彼氏にぶつけたら、確かにKYになってしまうだろうね。
 だってさー、アキヨさんが彼氏に尋ねたいことって、どれも重たいんだもの。
「この先、彼がどうしたいのか、結婚はあるのか、彼の家族観とか人生観、男女観は。いろいろ知りたいけど、聞いていいかどうかわからなくて」
 ……これってさ、男からしたら結婚を迫られているようなものだよ。と言うか、「私と結婚する気はあるの!?」と詰め寄られた上に、「で、親との同居はあるの? 子供は何人? 人生設計は? 家事の分担はどうする?」と、いろいろ問いつめられているようにさえ感じてしまう。

 ま、女としては結婚だけでなく結婚後の生活も重大事だから、いろいろ聞きたくなって当然なんだろうけど。
 でも男としてみれば、結婚を考えているかどうかを聞かれるだけでも重大な決断を迫られるのに、結婚相手として値踏みするように家族観から男女観までいろいろ尋ねられたら、本当に重たく感じてしまう。

 それにさー、アキヨさんは「付き合うようになってから、彼が愛情表現の言葉を殆ど口にしないから、彼が自分を本当に愛しているの実感が持てずに不安」って言うけれど、男からすれば「そんなの、言葉でなく態度でわかれよ」って言いたいよ。
 なら欧米の映画でよく見るカップルのように「愛してるよ」って度々言いさえすれば、本当に愛情があるのか……って?
 バッカじゃねーの、人間なんていくらでも嘘をつけるんだから、「愛してる」と言ったからって本当にそうだとは限らないって。
 と言うより昔風の日本男児wwwの感覚から言えば、軽々しく「愛してる」と繰り返し口にできるような男は、ホストや札付きの女たらしのような類の悪いヤツに決まっているんだよ。

「付き合うようになってから、彼は愛情表現の言葉を殆ど口にしない」ということは、裏を返せば「付き合おう」という話になった時には、彼氏はちゃんと「好きだ、愛してる」と言ったということだろう。
 それで充分ではないかと、日本の男である黒沢としては思ってしまう。
 最近何だか態度が変わったとか、他の女の影がチラついているならともかく。付き合い始めてから一年間、ちゃんと交際を続けているのだから、彼氏はアキヨさんを愛しているに決まっているだろうよ。
 それくらいわかれよ、と黒沢は言いたい。

 欧米の場合は、多民族国家だからね。人種も宗教も言語も違う人たちが集まって暮らしているわけだから、互いの考えていることは、ちゃんと言葉にしなければ理解し合えない。
 だから欧米の人たちは、強く自己主張するわけだ。そして愛情も、くどいほど繰り返し告げ合う。
 しかし単一民族に近い日本では違う。我が国では気持ちは強く主張するより、態度や雰囲気で察するものなのだ。

 はっきり言うが、アラサーになっても愛情を態度から察してくれず、付き合った後も愛情表現を言葉で欲しがるアキヨさんは、日本の男性にとっては「重くて面倒くさい女」だ。
 さらに「結婚は考えてくれているの? それと家族観や人生観、男女観は?」とかいろいろ聞かれたら、重たすぎて彼氏は本当に逃げ出してしまいたくなるかも知れない。

 付き合って一年で、アキヨさんはもう結婚も視野に入れているわけデスか。
 まあ、アキヨさんはアラサーだからね。そういう事も視野に入れた上での交際でなければ、そろそろマズいお年頃かとも思う。
 ただ男の場合、結婚と年齢の問題は女性ほど切実ではないし、「男の精神年齢は、実年齢から十歳くらい引いて考えろ」とも言うよ。
 だからアキヨさんの彼氏も、結婚するよりまだ自由に遊んでいたい可能性も充分あるだろうね。

 それでも男だって三十代も半ばになれば、結婚について焦りも出てくるし、真剣に考えるようになる。
 で、アキヨさんの彼氏は、アキヨさんより二つ年上ということで。
 32歳と言うと、結婚についての意識は微妙、と言ったところだろうね。「まあ、そろそろ」とは思っているけれど、まだ切実に「しなければ!」と焦っているわけでもない……といった感じかな。
 だから30歳のアキヨさんが二つ上の彼氏に、結婚について聞いてみるのは、本当に“微妙”だと思う。

 この二人の関係を、亀山氏は「一年付き合ってもいても、まだ距離を詰められない恋人たち。一緒にいられればそれだけでいい、という熱さも感じとれない」と言う。
 そしてさらに「少しずつ彼の本音を探れるような会話をしていったほうがいいかもよ、と私はやたら遠回しに言うしかなかった」と、この件についてのコラムを結んでいた。

 うーん、「やたら遠回し」って、「少しずつ彼の本音を探れるような会話」をするのは、この件に関しては別に少しも遠回しではないと思うよ。
 だってさ、もし30歳になった女性にストレートに「結婚は考えてくれているの?」聞かれて、つい頷いてしまったら、後はすぐ「婚約→親族同士の顔合わせ→結婚」って一本道を突っ走ることになっちゃうじゃん。

 相手が若い女の子なら、「うん、考えてはいるよ。でもまだ仕事もいろいろ覚えなきゃならなくて余裕もないし、給料ももう少し上がってからでないと生活して行くのも大変だから、しばらく待って」とか言えるけれど、もう30歳になった女の人の結婚話に「待ってほしい」とは言えないからねえ……。
 だからもし30歳になった女性に結婚話を切り出されたら、すぐ覚悟を決めて婚約→結婚と話を進めるか、それが出来なければ「ゴメン。今はまだ無理だから、他のもっと良い人を捜して」とキレイサッパリお別れするしかないよ。

「彼が私をどう思っているのか不安、でも相手にどこまで踏み込んだらいいかわからない」と言うこのアキヨさん(30歳)は、本当は結婚は考えているのかとか、家族観とか人生観とか男女観とかいろいろ聞いてみたいそうだけれど。
 このアキヨさんは、どう見ても結婚願望がたっぷりありマスよね?

 このアキヨさん(30歳)に、期間未定で「しばらく待って」とは、とても言えないでしょ。だって30代の女性をそういう宙ぶらりんの状態で放置しておくのって、生殺しに近いくらい残酷なことじゃん。
 そして「結婚する気はある、でもいつするとは言えない」という状態のまま付き合いを続けて、アキヨさんがもっと年を取った後で喧嘩別れすることにでもなったら、それこそ取り返しのつかない人生の悔いになっちゃうよね。

 かと言って、その場の雰囲気で深く考えずにうっかり「そのつもりでいるよ」と答えでもしたら、すぐに「婚約! 結婚!」と話を進められ、さらに「式はどうする? 子供はいつ頃、何人作る? 家事の分担は?」と、具体的な新生活のプランまでどんどん詰めて行かれそうな気がする。

 だからそれなりの年齢になった女性に切り出される結婚の話は、男にとっては本当に重いんだよ。
 ゆえに彼氏に結婚するつもりがあるかだけでなく、彼氏の家族観や人生観や男女観も知りたいアキヨさんは、ストレートにその問いをぶつけるのではなく、本当に慎重に、遠回しにそれとなく探るしかないと思う。
「この先、私とどうしたいの? 結婚する気はあるの?」
 ズバリそう聞いても良いのは、自分の年齢にリミットを感じて、彼氏にその気が無いならもう別れて他の人を捜す覚悟を決めた時
だよ。

 でも彼が自分を愛しているのか、言葉にして言われなければわからない、そして家族観や人生観や男女観なども、いちいち聞いてみなければわからない……って、このアキヨさんは30歳になるというのに随分と幼稚な人だと思う。
 愛情など、欧米人のようにいちいち口に出さなくとも、態度や雰囲気に滲み出てくるものでしょうが。それに家族観や人生観や男女観だって、日頃の雑談や何気ない態度などからも、充分に窺い知れるものではないか。

 例えば、デート中にどこかのお店に入る。その時、自分より下の立場にある店員さんにどんな振る舞いをするかでも、相手の人間性の一面がわかるし。
 仕事や趣味などの話をするだけでも、相手の知識や向上心などもわかる。
 そして特に相手が一人暮らしなら、相手の家に遊びに行くだけでも、相手の家事能力にそれなりの見当がつく。
 相手の金銭感覚だってデート中にも充分に察することができるし、「金払いの良い、いつも奢ってくれる気前の良い彼氏」は、結婚すれば「金遣いの荒い、無駄遣いの多いダンナ」になることに気付かない女性は愚かだ。

 それ以外にも、仕事をどれだけ大切にしているかとか。
 趣味にどれだけ金と時間をかけているかとか。
 仕事とプライベートの区別はキッチリしているタイプかとか。
 友達付き合いは、どの程度に大切にするタイプかとか。
 家族との仲は良いかとか。
 ブランド物を欲しがるタイプかとか。
 時間や約束はちゃんと守るタイプかとか。
 先のことをよく考えてから動くタイプか、それともその時の感覚や感情で動くタイプかとか。
 いちいち聞いてみなくても、ただ見ているだけでわかる事はその他にもたくさんあるぞ。

 これは相手の女の子がお喋りだったのか、それとも黒沢が聞き上手だったのかはわからないけれど。
 黒沢は付き合ってた女の子の人間関係やら、学校や職場での状況やら、好きな事やら、性格や考え方やら、やりたい事やら、家事能力やら、大体把握していたよ。
 いや、別に黒沢があれこれ聞き出したわけじゃないんだ。「うんうん」と頷いたり、「へえ、それで?」と話の先を促したりしてただ聞いているだけで、女の子は自身のことを本当によく喋ってくれるから。
 まっ、最後の家事能力については、話に聞くだけでなくお宅訪問もして、部屋の様子を見て御飯を作っていただけば自然と知れることだけれどね。

 もちろん彼女だって心の内まで全部喋っているわけではないし、「彼女の事なら何でも知っている」とは言わないよ。
 けどね。「いちいち尋ねてみなくても、相手の態度をよく見て、何気ない雑談にもよく耳を傾けているだけで、恋人のことはかなりわかる」というのも事実なんだ。
 だから黒沢は、彼氏のことについて「わからない、わからない」と連発する例のアキヨさんは、「30歳にもなるのに幼稚な人」だと言うわけデス。

 で、亀山氏はそのアキヨさんを例に挙げ、「今の若い恋人たちは、KYと言われるのを恐れて相手の心に踏み込まない」というようなコラムに仕立て上げていたけれど。
 違うって、ただそのアキヨさんって女性が30歳にしてはバカで、ちゃんと見ていればわかる事を態度や雰囲気から読めてないだけなんだってば。

 以前にもこのブログで触れたけれど、この亀山氏って、実に下らない一例からもっともらしい一文のコラムをひねり出すのがすごく巧いのには、本当に感心させられる。
 亀山氏は言葉の錬金術師だと、黒沢は心から思う。殆ど中身のないろくでもない事をネタに、現実を知らない人が読めば「へえ、今の恋人たちってそういうものなのか」と思ってしまうような、それらしいコラムを書いてしまえるのだからね。

 それにしても、元のコラムの亀山氏の文章は妙に平仮名が多くて、普段から文を読み慣れている黒沢にとっては、逆にそれが苦痛で仕方ないのだ。
 文章を読み慣れた者は、字を一字ずつでなく、文節ごとにまとめて読むものだ。しかし亀山氏の文章は句読点も少ない上に、平仮名をだらだらと長く続けて書いてあるので、文節の切れ目がわからず、本当に本当に読み辛い。
 ……でも、こんな文体でもプロのノンフィクション作家としてやって行けるのデスね。
 うーん、この事実にも改めて驚かされたよ。

 もしかしたら亀山氏は例の『現代恋愛模様』というコラムを、字を一字ずつ拾い読みしながら文を読むような人を対象に書いているのだろうか。
 うん、そう考えればコラムの内容の無さと中身の幼稚さも、充分に納得がゆく。

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浮気や不倫はダメ、絶対!

 黒沢は未だに独身だが、恋愛だけは人並みにしてきた。いや、付き合ってきた女性の数は両手の指でも足りないくらいだから、恋愛経験だけは人並み以上かも知れない。
 だが残念ながら、これは決して自慢にならない。
五人以上の相手と付き合っても結婚に至らないのは、その人の人間性に何か問題があるからだ」という言葉をどこかで聞いたことがあるが、己自身のことを振り返っても、「確かにその通りだろうなあ」と思わざるを得ない。

 女性と深く長く交際する上で、自分の性格にいろいろ問題がある事実は認める。自分の時間や趣味や猫を大切にし過ぎとか、他人と合わせることが苦手とか、空気を読めてもあえて無視するとか様々な問題がありまして、幾人もの女の子と付き合ってはきたものの、いつも最終的には黒沢がフラれてきたよ。
 その恋愛や結婚の相手としてはいろいろ“難アリ”の物件の黒沢だけど、ただ一つだけ胸を張って言えることがあって。
 黒沢は、誰かと交際中に浮気をした事は一度も無いデス。

 かなり以前、北岡夢子さんというアイドルが、雑誌の恋愛問題に関するコラムで「女の子は“渡り鳥”だから」と書いていたけれど。黒沢の経験でも全くその通りで、ちゃんと彼氏がいても(見てくれなり財力なり)より条件の良い相手を探して、複数の男性の間を渡り歩く女の人はかなり多いと思う。
 実際、黒沢がフラれた理由ってのは「アナタが嫌いになったから」ではなく、「他に好きな男が出来たから」ばかりだった。
 しかも女って本当にズルいんだよ。
 他の誰かをもっと好きになった段階で、潔く別れ話を切り出すのではなくて。その“新しい男”ともしばらく二股で交際して、その相手とも体の関係を持ってもう引き返せない……って状況になって初めて「他に好きな人が出来た」とカミングアウトしてくるような子が、本当に呆れるほど多くいるんだよね

 ある女の子から聞いた話だけれど。
 今の彼氏の欠点がいろいろ見えてきて、そして他に気になる男性が出来ても、女の子はそれだけでは今の彼氏と別れない。
 今の彼氏には飽きがきていても、彼氏ナシになってしまうのは寂しい。
 だから今の彼氏には内緒で、別の気になる新しい男にアプローチをかけて。そしてその新しい男をゲットして交際も始めてしまってから、古い彼氏を切り捨てにかかる
のだとか。

 ……うん、そういうコトをされた経験、黒沢は何度もありマス。
 昔、黒沢がお付き合いしていたエリさんという女の子がいて。ところがそのエリさんと、ある時から急に会えなくなってさ。
「仕事が忙しくて、研修とかいろいろあって──」って事で、黒沢も最初は疑いもせずに納得していたよ。「仕事なら仕方ないよね」って。
 ところがエリさんの“仕事”は更に忙しくなる一方で、連絡は途絶えがちになるし、とうとう「忙しすぎて大変で、年度末まで会えない」と言われて。
 それでも黒沢は馬鹿正直に待ちマシタよ、そのエリさんの言う年度末まで。
 ……そうして約束の年度末まで待って会おうとしたところ、エリさんは元のアパートにすら居なかったんだ。
 で、ようやくわかったのだけれど、なかなか会えなくなった頃にエリさんは一人の男性と出会っていて、「仕事で忙しくて」と言われた頃にはその男性との交際を順調に進めていて、「年度末まで会えない」と言われた時にはその男性のアパートで同棲を始めていたのデス。
 彼女の仕事を理解しているつもりでじっと待っている間、彼女は別の男と一緒に暮らしてヤリたい放題にヤリまくっていたのだと知った時のやり切れなさや情けなさと言ったら、本当に……ねえ。

 まっ、そこまでヒドかったのは、このエリさん一人だったけれど。
 でも黒沢が付き合っていた女の子の殆どは、しばらく内緒で二股をかけ、新しい男とヤることヤる仲にまでなってから「他に好きな人が出来たから別れて」って言って来たね。
 女は自分が第一で、自分を守る為には何でもする狡い生き物だと、黒沢は本当に思うよ。

 自分に悪い所があって愛想を尽かされるとか、他にもっと好きな人が出来てしまってフラれるなら仕方ないと諦めもつくよ。
 けど内緒で二股をかけて別な相手とも付き合って、ヤることもしっかりヤっちゃってから「別れて」って言い出すのはルール違反だと思うし、された方としては深く深く傷つくよ。
 ただフラれた上に、「浮気されて裏切られてたんだ」って痛みが、重くのしかかるからね。

 もちろん黒沢だって、「一度好きになったら、一生心変わりせずにいろ」なんて言うつもりは無いよ。人の心は縛れないし、彼女がもし他の人を好きになってしまったとしても、辛いけれどそれは仕方ないことだと思う。
 ただね、もし他の人を好きになってしまったら、元の恋人にはその時点できちんと告げて別れるべきだと思う。新しい相手とも内緒で会い続けて、ヤることもヤって既成事実も作っちゃってからそれまでの恋人を切り捨てるのは、どう見ても二股だし裏切りだよ。

 貴方に愛想が尽きたから、あるいは他にもっと好きな人が出来たからと彼女にフラれる。これは辛いけれど仕方ないと諦めもついた。「自分に彼女の心をつなぎ止めておくだけの力が無かったんだ」ってね。
 でも二股をかけられ、知らないうちに寝取られていた上に「もう要らない男」として切り捨てられた場合は、裏切られた痛みと苦しみが本当に後々まで長く尾を引いて残ったよ。
 だって恋人って、誰より信じて心を許している相手でしょ? その相手に裏切られた傷は深いし、女性不信になりかねないくらい落ち込んでしまうよ。

 黒沢は自分がそうした経験をして、信じている相手に裏切られる痛みをよく知っているから。
 だから「二股をかけて彼女を裏切る」っての、絶対にできないんだ。
「人を裏切らない」ってのは、恋愛のルールと言うより先に、人としての道義の問題だと思う。

 でも女の人って「恋愛にルール無用」と言うか、「好きになっちゃったら、気持ちはもうどうしようもない」って、自分の感情のまま突っ走っちゃう生き物なんだよね。
 しかも女の人は、まず自分が一番に可愛いから。
 だから「元の彼氏ときちんと別れてから、新しく好きになった人に交際を申し込む」という正しい手順を踏まずに、両方の男の人に内緒で二股をかけ、新しい相手とも交際を始めヤることヤってから、元の彼氏を切り捨てにかかるんだよね。

 もし付き合っている彼女に、いきなり「他に好きな人が出来たから、別れて」と言われたとしたら。断言するけれど、彼女はその新しい男と既にデキていると思って間違いないね。
 キミにとってその言葉が、どれだけ突然なことであっても。その彼女はキミのことは、既に“過去の男”として心の中で切り捨てているのが現実なのだ。
 だからキミがいくら情に訴えてこれまでの楽しかった思い出とか話して、「別れたくない、悪い所があるなら直すから考え直してくれ」と懇願しても。彼女にはただ、「女々しい、情けない男」とウザがられるだけだよ。
 女の人はまず自分が第一だし、他の誰かに心を移すと元の彼氏にはホント信じられないくらい冷たくなれる生き物だよ。黒沢はその現実を、我が身の痛みをもってよく知っているのだ。

 信じていた彼女に内緒で二股をかけられ、そして寝取られた上でその相手に乗り換えられる。そうした体験を、黒沢は何度も味わっているからね。
 だから「浮気はダメ、絶対!」って強く強く思ってる。
 恋人以外に好きな人が出来たのなら、その時点でその事をちゃんと告げるべきだ。そしてそれまでの恋人とはちゃんと別れてフリーの身になってから、新しく気になった相手にアプローチを始めるのが道理というか“人の道”だよ。
 それだけに不倫など絶対に許せない、外道のする事だと思ってる。
 江戸時代には不倫は“不義密通”と呼ばれ、された方は不倫をした二人を殺しても構わなかったけど。平成のこの日本だからこそ、不倫にそのくらい厳しくした方が風紀やモラルの点で良いのではないかと、黒沢は本気で思っている。

 もし結婚相手に不満があるなら、きちんと離婚しなさいよ、って。
 そりゃあ既婚者でも、結婚相手以外の人を好きになってしまう場合もあるだろうよ。で、その恋心を抑え切れないのならきちんとその事を告げ、有責者として謝罪し慰謝料等も払って離婚してキレイな体になってから新しい恋を始めるのが“筋”ってもんだよ。
 離婚はしない、でも他の人とも付き合って肉体関係を持つとか、汚らしいったらありゃしねえ

 でも現実にはその汚らしい浮気が、この平成の日本では当たり前のように行われているんだよね。
「男の本能だから」と、妻も子もいるのに目の前に若くて可愛い子がいれば性欲のまま手を出す。
 一方の妻も妻で、夫は生活費を稼ぐATMと割り切り、「女として輝いて生きる為に」別の男との恋を楽しむ。
 黒沢はそれを「汚らしい」と思うが、「恋と結婚は別物」と不倫を肯定する者が、言論で暮らしを立てている“識者”の中にもいるのだから困ったものである。

 10月25日付けの毎日新聞で、ノンフィクション作家の亀山早苗氏が連載している『現代恋愛模様』というコラムの中で、こんな例を挙げていた。

 パートで働く主婦のミカコさんという人がいて、彼女は二十代半ばで半年ほど付き合っていた彼氏とデキ婚をした。が、その夫はすぐに浮気をするようになった。
 しかし新生児を抱えて離婚は出来ない、それで浮気にも目をつぶり、夫に「オレと同じだけ稼いでみろ」と言われて悔しい思いをしても耐えてきた。
 が、四十代半ばになり子育ても一段落した一年前から、ミカコさんはパートに出るなど、前より積極的に外に出るようになった。そして半年前に参加した高校時代のクラス会で昔片想いしていた男性と再会し、心が波立ち「ときめきが急に目覚めてきて」恋に落ち、密かに会うようになる。
 で、ミカコさんは「この先、老いていくだけの人生を少しでも楽しいものにするには、自分が行動するしかない」と、パートの傍ら、昔とった資格を生かせる職場を探しているのだとか。

 と言ってもこのミカコさんは、離婚するつもりはないのだという。「恋と結婚生活を並べて語る気はない」と。「それとこれとは別」なんだってさ。
 つまりさ、「稼ぎは夫の方が良いから、今の暮らしは捨てず、でも恋はしたいから不倫は続ける」ってことだよね。
 黒沢にはこのミカコさん、「良い暮らしも手放したくないし恋もしたいとか、何とも欲の深い汚らしいオバサン」としか見えないけどね。
 例の同窓会で再会したという男性への気持ちがもし本当に“恋”だと言うなら、夫とはきちんと離婚してその恋を貫くべきじゃん。二十代半ばで生んだ子供だって既に成人に近くなっているのだし、離婚に障害は無い筈だよ。もしミカコさんに、「その自分の“恋”にちゃんと責任を取る覚悟があれば」の話だけれどね。

 わかってるって、「自分が“不倫した妻”として離婚の有責者になるのも、収入がパートの給料だけになって生活が苦しくなるのもイヤ」なんだよね。
 だから「恋と結婚生活は別」なのだとか言って、夫の稼ぎで楽な暮らしをしつつ、恋(浮気)もちゃっかり続けたいんだよね。
 ……どこまでも厚かましくて図々しいオバハンだとしか、黒沢には言いようが無いよ。

 と言うとさ、きっとミカコさんをこう援護する女性たちが出てくると思う。「ミカコさんのダンナだって、これまで浮気してきたじゃないの。だからお互い様よ」って。
 でもね、そもそも浮気って「相手がしたから、こっちもし返す」というものじゃないでしょ? 夫がしようが妻がしようが、不倫は「してはいけない、許されないこと」なの!

 夫の浮気がわかった時点で、ミカコさんはきちんと怒るべきだったのだ。離婚を覚悟してでも、納得が行くまで夫と話し合うべきだったのだ。
「新生児を抱えて離婚はできない」、だから浮気の件は心の中で水に流したとミカコさんは言うが、そんな事は無い。同じようなケースで、小さな子を抱えながら離婚する道を選んだ母親は幾らでもいるよ。
 キチッと慰謝料と養育料も取って、たとえ生活が以前より苦しくなっても自分と我が子の為に頑張るのが“人としての筋”ってものでしょう。
 自分が働いている間は、子供は実家の両親に見て貰うことも考えられるだろうし。実家の両親を頼れなくても、託児所などを利用して働きながら自活しているシングルマザーは少なくない。
 そしてミカコさんには、そこまでする気概が無かったんだよね。で、「自分が働いて生計を立てるより、ダンナの給料で暮らした方が楽」と。
 その姿勢は今も変わらず、高校時代に好きだった相手と再会してもその恋を貫く道は選ばず、「恋愛は不倫相手のカレと楽しみつつ、でも暮らしは(主に)ダンナの収入で」って姿勢で生きているんだよね。
 結局ミカコさんは自分が一番可愛くて、一番楽な道を歩いてるのだ。

 だいたいさ、ミカコさんが結婚した経緯ってのが、「半年付き合った彼氏とデキ婚」だもの。
 たった半年つき合ってデキ婚って事はさ、「出会ってそう間もないうちに肉体関係を持ち、しかもナマでヤった」って事だよね?
 ミカコさんは、結婚してすぐ浮気された被害者のように言ってるけどさー、その結婚に至る過程を聞いただけで「相手はいい加減なヤリチン男だろ」ってわかるよ。
 そして出逢って間もなくカラダを、それも“中出し”でのセックスまで許してしまうミカコさん自身に対しても、「ちょっとお尻が軽いのでは?」と言いたくなる

 要するにさ、この夫婦は欲望に流されやすい似た者同士の二人なんだよね。だからダンナはミカコさんが妊娠・出産して子育てに追われるようになれば、妻に女を感じられなくなってすぐ浮気して。そしてミカコさんもミカコさんで、同窓会で初恋の男性と再会すれば、そのままズルズル浮気を始めて。
 そして浮気はしてもその責任を負う気もなく、きちんと離婚して新しい恋を堂々と始める気もないところも似た者同士の夫婦だね。
 だから黒沢から見れば、この二人は性的にルーズなだけとしか思えないのだ。

 その10月25日の『現代恋模様』で、亀山早苗氏はこうも書いている。

 夫婦の問題で取材をしている時、結婚生活で一番つらいことは何かと問うたことがある。40代の女性たちはこぞって「離婚できないこと」と答え、虚を突かれた感があった。

「虚を突かれた」って、黒沢に言わせれば「何言ってんの」って感じだよ。
 離婚すりゃーいいじゃんよ、夫婦でいるのがそんなに辛ければさ
 要するに、そーゆー奥さん達って、自分の生活レベルを下げたくないだけなんだよね。自分で働いてでも自活して行く気概もなく、ダンナの収入をアテにして生きているくせに、陰ではダンナの悪口を言い、時には不倫もしながら、「恋と結婚生活は別」などと恥ずかしげも無く自己正当化してのける
 ……醜いよね、ホント醜いと黒沢は思う。

 傍から見れば、ミカコさんのしている事は紛れもなく不倫だ。
 しかし亀山氏はコラムの中で“不倫”という言葉は一度も使わず、すべて“恋”と書いている
 そして「恋が彼女の人生を動かし始めた。恋が勇気を与えた。それは否定できないと私は思う。そういう生き方もあるのだ」と、不倫を肯定するような言葉でそのコラムを結んでいた。

 冗談じゃない。
 何が「恋が彼女の人生を動かし始めた」だ。
 何が「恋が勇気を与えた」だ。
 ダンナの給料をアテにして暮らしながら不倫も楽しむのが“勇気”で“人生を動かし始めている”と言うのか
 本当の勇気とは、そして本当に自分の人生を動かすとは、事実を打ち明けてキチンと離婚し、辛くとも自力で生活しつつ新しい恋も貫くことではないか。
 ダンナの稼ぎで楽な暮らしをしながら「離婚できないのが辛い」とか、そして不倫もして「恋と結婚生活は別」だとか、面の皮が厚いにも程があるよと黒沢は怒りたい。

 度し難い恋愛礼賛者である亀山氏は、おそらく既婚者の婚外恋愛も肯定しているのだろう。何しろ例のミカコおばさんwwwの浮気も、「人生を動かす勇気」で、「そういう生き方もあるのだ」と理解しているようなお方だから。
 亀山氏の脳内と言うか恋愛に対する感覚には、不倫という言葉すら無いのではないかと思う。
 黒沢が呆れるのはこの亀山氏の倫理観の無さ過ぎる思考より、このような馬鹿げたコラムを毎週土曜日に紙面のかなりを割いて掲載し続けている、毎日新聞の編集部の「自由恋愛に対する、妙に理解ある態度」である

 浮気はダメ、絶対
 新しい恋を始めるなら、それまでの恋人なり配偶者ときちんと別れてからにすべき
 既婚者の婚外恋愛は、法律で取り締まって罰しても良いくらいだ。
 こう思う黒沢は、平成のこの日本では考えが古すぎるのだろうか。

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恋愛至上主義の女性ノンフィクション作家のバカさ加減には、心からウンザリだ

 黒沢の家では、長いこと毎日新聞を購読している。主な全国紙のうち、リベラルを気取る朝日新聞の左翼的な論調は大嫌いだが、自民党ベッタリの“ナベツネ”が支配する読売新聞も真っ平御免だ。
 となると、選択肢は毎日新聞しか残らないではないか。

 そんな理由で消去法で選んだ毎日新聞だが、その記事や論調にはほぼ不満は無い。朝日のようにイデオロギー的な色彩も強くなく、かと言って読売や日経や産経のような、露骨に安倍晋三をヨイショする政権翼賛的な嫌らしさもなく、記事や論調は概ね程良くバランスが取れているように思う。
 ただ、社外のライターやノンフィクション作家などに書かせているコラムは、どれもこれもいけ好かないか、実に下らないものばかりだ。
 はあちゅうなるアラサー女の『東京ミーハーダイアリー』にしろ、山本ふみこ氏の『山本さんちのあっ!?』にしろ、「何でこんな駄文に、わざわざ貴重な紙面を割くかなー」と溜め息をつきたくなるほどヒドいものだ。

 しかしその二つのコラムも問題にならないほど酷いのが、亀山早苗氏の『現代恋愛模様』だ。
 はあちゅうと山本ふみこ氏のコラムの方は、「あーあ、またくっだらねーコト書いてやがる」と呆れるだけで済む。しかし亀山氏の『現代恋愛模様』の方は、読む度に怒りで腸が煮えくり返る。「いい年して色ボケしたコトほざいてんじゃねーよ、この恋愛(と言うよりセックス)至上主義オバサンが!」と。

 例えば10月11日の、亀山氏のコラムを見てみよう。亀山氏はその日のコラムで、母親の恋愛沙汰に悩む娘について書いていた。
 その中身を要約すると、まあ大体こんなところだ。
 都内で一人暮らしをするミカさんの母親は60歳で、電車で二時間ほどの所に住んでいる。この母親は五年前に夫(ミカさんの父親)を亡くしていて、こちらも一人暮らしだ。
 その父親の生前からミカさんの両親は不仲で、原因は「母が他の男に色目を使ったせいだ」と娘もわかっていた。それもただ色目を使っただけでなく、実際に浮気もしていたとミカさんは確信している。
 それでか、ミカさんは大学に入学すると同時に一人暮らしを始めた。
 そして五年前に父親が亡くなると、母親はミカさんに「戻って来い」と煩く言ってきた。
 ところが最近何も言って来なくなったと思っていたら、母親は近くに住む年下の、しかも既婚者の男性と恋愛沙汰を起こしていた。そして相手の奥さんに家に怒鳴り込まれて大騒ぎになって、近所の人達のミカさんへの態度もおかしくなっていて。
 さらに数ヶ月後、母親はまた別の男性と恋愛沙汰を起こして、ミカさんの部屋に突然現れた。ただその相手の男性は独身だということで少しほっとしていると、実の娘に正気でこんな相談事をしてきたのだ。
「うまくいってないの。私の体には未練があるみたいなんだけど。どうしたらいい?」
 ……胸がムカムカして、ミカさんはすぐに母親を追い出したそうだ。

 当然だよね。だって自分の親の恋愛、それもセックスの話を聞きたい子供なんて、どこにもいる筈もないよ。
 だが亀山氏は、それは依存心や嫉妬心や支配欲で、ミカさんが母親の恋愛に対して「許せない」と怒るのは、ミカさんが母親との距離をうまく置くことが出来ないせいだと解釈している。
 亀山氏の理解では、問題は母親でなくミカさんの方にあるのだそうだ。そして浮気や不倫を重ねてトラブルを起こし、還暦にもなって実の娘に自分のセックスの問題を相談するこの母親は、亀山氏によれば「正直ですてきな女性」なのだそうだ
 ……呆れてものが言えないとはこの事かと、コラムを読んでつくづく思ったよ。

 よく親の立場で「幾つになっても、子供は子供」と言うが、それは子にとっても同じなのだ。子の立場から言っても、「幾つになっても、親は親」である。
 だからその親のナマなセックスの話を、聞きたい子供などいる筈がないのだ。
 断言できるが、「男同士だから」と、息子にセックスも含む自分の恋愛の話をする父親はまずいない
 ところが女性の場合は、事情がどうやら少し違うようだ。「女同士だから、気持ちをわかってもらえる筈」と、娘に自分のセックスや恋愛の話をする母親が、ごく少数ながらいるらしい。
 しかし娘にとっては、意識はあくまでも「親は親」だから、母親のナマな恋愛話など聞きたくでもない。それでミカさんとその母親のようなトラブルが起きるわけだ。

 黒沢がかつて付き合った彼女が、母親のアルバムを見たら、一時期の写真だけすっかり無くなっていたのだそうだ。それで彼女は、「お母さんにも、いろいろあったんだなぁ……って思ったよ」と、黒沢に実に複雑な笑顔を見せて呟いたよ。
 実際の母と娘の関係なんて、そんなものだと思う。娘はアルバムの写真が欠けた部分から、母親が父親と結婚する以前に違う男性とも交際していたことを察する。しかし娘は母親にあえて何も尋ねず、母親も過去の恋については娘に何も語らない。
 それが普通であって、自分の恋愛関係やセックスの悩みを実の娘に相談する母親の存在の方が異常だと思う。
家庭に恋愛は持ち込まない
 そう言ったのはビートたけしだが、黒沢も激しく同意したい。家族は家族であって、ナマな男同士や女同士じゃないんだってば

 だが自分の乱れた性関係を見せつけ、あまつさえセックスの問題相談までする母親を「許せない」と怒るミカさんは、亀山氏によれば母親に依存していて距離の置き方を知らず、「母親を特別視し、母の愛を欲している」のだそうだ。
 おいおい、正気かよ亀山サン
 相手に依存していて距離の置き方を知らないのは、自分の肉体関係の悩みまで娘に相談するバカ母(エロババア?)の方なのは、誰が見ても明らかではないか。

 亀山氏は言う、「母と自分は別人格だし別の人生。恋愛観も人生観も異なるのだと自覚したほうがいい」と。
 確かにそれはその通りだ。
 但し恋愛観や人生観は人それぞれでも、「やってはならない、許されないこと」は間違いなくある。
 それが不倫だ。
 不倫や浮気は、恋愛でも人生でもやったらアウトの禁止事項なのだ。そしてミカさんの母親は、それを繰り返している。
 だからこそミカさんは、母親を「許せない」と怒っているのだ。
 それは倫理的な怒りと、そして生理的な嫌悪感であって、亀山氏の言うような「距離感の置けない、愛を求めた依存心」などではない。

 ミカさんは三十代になるがまだ独身で、「私が恋愛に背を向けるのも、子どものころから母の女の面を見ていたせい」と言う。
 そのミカさんに、亀山氏は「自分が恋愛しないのを母親のせいにするのは違う」と言う。そして「自分は自分。そう思えれば、母親とは違う恋愛パターンを身につけていくことができる」と。
 何という想像力の無さだろう。
 亀山氏は、少しでも想像した事があるだろうか。ほんの子供の頃から母親が他の男に色目を使い浮気している姿を見、そしてそのせいで不仲な両親の間で育った子供の気持ちを。
 そんな子供が、恋愛や結婚にプラスのイメージを抱いて積極的になれる筈など無いだろうが。
 にもかかわらず亀山氏は、「自分は自分。母親とは別人格」と割り切ってどんどん恋愛して行けないミカさんに問題があるように言う。母親との距離を適切に取れず、母の愛を求めて依存しているのだと。
 何たる勘違い、そして何たる想像力の欠如と呆れるばかりだ。
 浮気な母親を見続け、不和な家庭で育った子供の気持ちも理解できず、逆にビッチそのものの母親を「正直ですてきな女性」と持ち上げ、苦しんできた娘にさらに鞭打つような言葉を吐く
 こんな人がノンフィクション作家として恋愛を語り、全国紙にコラムを書いているのだ。

 亀山氏に訊きたい。
 もし子供がまだ小さいうちから、よその女に色目を使い、実際に浮気もして妻(母親)とは不仲の父親がいたとして。
 そしてその父親は、母親が死ぬと既婚者の女性に手を出し、相手のダンナに家に怒鳴り込まれて大騒ぎになって、近所でも白い目で見られて。
 だが懲りずにまた別の女性にも手を出し、今度の相手は独身だと聞いてホッとしていると、実の息子に「彼女とうまくいってないんだ。彼女は俺の“モノ”には未練があるようなんだが、どうしよう?」と本気で相談を持ちかける。
 そんな男に対しても、亀山氏は「正直ですてきな男性だ」と言ってくれるのだよね? だって、そうでなければ“男女平等”じゃないものね。
 でも実際には、そんな親爺がいたら「いい年して何やってんのよ、このエロジジイ!」と罵りたくなるのではないか。

 オッサンがいつまでも恋愛沙汰を起こしていたら、キモいエロジジイ。だけどそれが女性なら、還暦になっても恋愛沙汰でトラブルを起こし、セックスの問題を実の娘に相談しても「正直ですてきな女性」と
 何か矛盾してないデスか、と黒沢は言いたい。
 だが亀山氏のように恋愛(セックス)至上主義者の女性達は、「女はいつまでも若くあるべきで、恋やセックスもして当然だし、不倫もアリ」と当たり前のように思っているんだよね。
 だからこそミカさんの母親のようなユル股ビッチのオバアチャンを、「正直ですてきな女性」と持ち上げる
 気は確かか、と黒沢は訊きたいよ。
「自分の欲望のままに行動していいはずがない。情けなくなりました」と言うミカさんの方が、亀山氏などよりずっとまともに思えるのだが。

 浮気や不倫を繰り返し、自分の欲望のままに行動するミカさんの母親は「正直ですてき」。
 だったら痴漢も泥棒もDV男(女)も、みんな「正直ですてき」という話になる筈だ

 そんな事すらわからずにピントの外れたコラムを書き続ける亀山氏と、そんな亀山氏に紙面を与え続けている毎日新聞の“痴性”には、本当に呆れかえるばかりだ。

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亀山早苗氏の幼稚な恋愛観と“言葉の錬金術”

人は現実のすべてが見えるわけではなく、多くの人は見たいと思う現実しか見ない
 そう言ったのは確かカエサルだったと思うが、人は往々にして「己に不都合な真実」から目を逸らしがちである。そしてその現実は、良い年をした大人になっても変わらないようだ。

 主に男女関係について書いているノンフィクション作家に、亀山早苗という人がいる。亀山氏については以前にもこのブログで取り上げたが、氏は連載している毎日新聞の『現代恋愛模様』というコラムで、9月6日にこのような事を書いていた。

 ある女性が、週に一回デートして週末には一緒に泊まってもいる関係の男性に、一緒にどこかに出掛けたいと思って夏休みの予定を尋ねた。ところが相手の男性は、こう答えたのだという。
「なんで教えなくちゃいけないの? オレたち別に付き合っているわけじゃないでしょ」
 そしてまた別の男性も、女性に「何度もセックスしたからって恋人面しないでよ」と言われて嘆いていたそうだ。

 それらの現実に、亀山氏はこう驚くのである。

 こういう話は数年前からよく耳にするようになった。「付き合ってください」「はい」というやりとりがない限り、付き合っていることにはならないと考えている人が増えているそうだ。


 いや、それは全然違う。恋愛の問題を書くプロのノンフィクション作家なのに亀山氏は「モノを知らな過ぎる」と、黒沢はコラムを読みながら呆れてしまった。

 正式に恋人になるのに「付き合ってください」、「はい」というやりとりが必要と思われるようになったのは、亀山氏の言うように「ここ数年前から」ではなく、「ずっと以前からそうだった」と黒沢は認識している。
 黒沢は亀山氏の言う「数年前」どころか、そのずっと前のまだ昭和の時代から複数の女の子と恋愛してきたが。そのどの場合にも、「好きだ、彼女になってくれる?」、「ワタシで良ければ」みたいなやり取りは、確かにあった。

 主に若者世代で使われる言葉に、「告る」というものがある。しかしその「告白」だの「告る」だのという言い方すら無かった黒沢の思春期の時代でも、正式に彼氏と彼女という関係になるには「好きです、付き合って!」、「はい」または「ワタシもアナタが好き!」というやり取りが欠かせなかった。
 黒沢が実体験として知っている時代よりもっと昔に遡れば、付け文、今で言うところの想いを打ち明けるラブレターは江戸時代にもあった。そして平安時代どころか飛鳥大和時代の頃から、男女はまず恋の歌を交わし合い、互いの気持ちを確かめ合っていた。
 ちょいと昔の田舎の農村の“夜這い”じゃあるまいし、「惚れたから」といきなり忍び込んで行って押し倒してエッチ、そして既成事実を作ってから夫婦に……とか、まずありえねーって。

 亀山氏はその「付き合ってほしい!」「はい」、あるいは「好きだよ」「ワタシも!」というやり取りの必要性に、こう疑問を投げかける。

 互いに相手にほれ込んでいることがわかった時点で、恋は成立すると私は思っていた。だが現代は、「付き合って」「はい」によって恋が成立するのだ。

 では亀山氏に問いたいが、二人が「互いに相手にほれ込んでいる」と、どうすればわかるのだろうか
 何度もデートしてセックスしていれば「互いに相手にほれ込んでいる筈」って?
 バッカじゃねーの? デートとセックスなんて、いわゆる“セックスフレンド”だって当たり前にしている
だろうが
 亀山氏が例に挙げた、週に一回デートして週末には一緒に泊まってもいる関係の男性に「オレたち別に付き合っているわけじゃないでしょ」と言われたという女性は、平たく言えば相手に“セフレ”としか思われていなかっただけなのだ。
 ただそれだけの話で、さらに亀山氏が取りあげた女性に「何度もセックスしたからって恋人面しないでよ」と言われて嘆いていた男性も、相手の女性に「カラダだけの割り切ったお付き合いの相手」と思われていただけの話だ。

 今は男女平等の世の中で、女性も男性に負けず劣らず性欲があり、肉食女子なるものも少なからず存在しているのが現実だ。
 それだけに、「一方は本気で惚れ込んでいたのに、相手にはセフレ扱いされていた」というケースは、男女に関係なくよく起きている。亀山氏が紹介した二例は、男女両サイドから見たそのケースに過ぎない。
 だからこそ! そうした誤解が生じないよう確かめる為にも、「付き合って!」「はい」または「好きだよ」「ワタシも!」というやり取りが必要なのだ。

 亀山氏は1960年生まれということだが、そのお年でしかも恋愛を語るプロでありながらセフレという関係の存在を頭から無視しているのだから、全く呆れてしまう。
 問題のコラムで、亀山氏はこうも書いている。

 形式上付き合っているが、相手にほれ込んではいないケースもあるのだろう。「恋人ほしさ」に付き合うことも多々あるだろうから。

 ……あのさー、相手に惚れ込んでないのに付き合う」って、それこそセフレっつーか、遊びの関係じゃん。
 惚れてないけれど「恋人ほしさ」に付き合うとか、事実を覆い隠して言葉を飾ってんじゃねーよ。それはズバリ、「カラダほしさ」だっつーの!
 いろいろ経験を積み、人間の裏も充分に見てきたであろう中年の、しかも恋愛を語るプロの物書きでありながら、セフレの存在という“不都合な真実”に全く触れず、カラダだけが目当ての関係まで“恋愛”の範疇に含めて語るから、付き合っている「宣言」がどうの、嫉妬する権利がどうのなどという妙な話に繋がって行くのだ。

 亀山氏のコラムによれば、「付き合って」「はい」のやりとりがあれば、嫉妬する権利や休日の予定を尋ねる権利、そして浮気してはいけないというルールが、数年前から生まれるようになったという。
 亀山氏はそれを恋人としての権利を駆使して相手を縛り付けることで、「根性が姑息」と言う。
 果たしてそうだろうか。恋人同士なのだから相手のプライベートな事だって聞いて構わないだろうし、相手が別の異性と親しくしていれば嫉妬して当然だし、浮気がいけない事だって言うまでもない。
 逆にカラダだけの関係でしかないセフレに、プライベートなことを詮索されたり、恋人気取りで嫉妬などされたらたまらないし、他の異性と親しくしようが浮気などと言われたくもない
 そしてそれらは「数年前から」ではなく、「ずっと以前からそうだった」と黒沢は理解している。

 人間には誰しも性欲はあるが、倫理観や恋愛観は人様々だ。「セックスは恋人としかしない」という潔癖な者もいれば、「恋愛感情に関係なく、本能と性欲に従ってヤリたくなればヤる」というサカリのついた動物なみの者もいて、それは男女とも同じ事だ。
 そして亀山氏がコラムで例に挙げたのは、「セックスしたから恋人になれたと思っていたら、相手はただカラダ目当てでセフレ扱いされていた」というだけの話なのだ。

 性欲に突き動かされて「ヤリたい」と思う気持ちと、人柄までよく見た上で相手を心から愛しく思う気持ちはまるで別である。
 セックスしたからって、愛してるとは限らない
 そんなコトぐらい、思春期の中学生男子だってわかってるよ。いや、むしろヤリたい盛りで性欲を持て余している中学生男子達の方が、その現実は亀山氏などよりずっと良くわかってるかな。

 にもかかわらずそのヤリたいだけの性欲と恋愛感情をごっちゃにして、付き合っている宣言がどうの、恋人としての権利がどうのと、いろいろ理屈付けてもっともらしい文章に仕立て上げてさ。
 そしてその駄文を個人のブログでなく全国紙のコラムに掲載して貰えて、原稿料まで貰えるのだから、「ノンフィクション作家の言葉遊びの錬金術って、すごいなあ」と、妙なところで感心してしまった黒沢でありまシタ。

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ビッチ化の進む日本の女性と、それを美化して褒め上げる女性言論人たち

 全く同じ事をしても女だと問題にされず、しかし男だと徹底的に叩かれる。そのような風潮が、最近ひどく多くないだろうか。
 そしてそれで女性と接するのが馬鹿らしくてやっていられなくなり、「もう一生、独身でもいい」と思う男性が現実に増えている。
 女性たちはそれを男性の草食化や勇気の無さのせいにするが、実際には「男が女性と付き合うことに価値を見い出せなくなった」だけである。
 男性の草食化が進んでいるというより、「男性から選ばれない女性が増えた」というのが現実なのだ。

 本当に現代の日本は、男女平等どころか男女逆差別が進んでいる。女性の権利と自由ばかりが声高に主張され、男は萎縮する一方だ。
 その一例を、毎日新聞に連載されている、ノンフィクション作家の亀山早苗氏の『現代恋愛模様』から紹介してみよう。
 今年の8月30日の亀山氏の「自分の欲望に忠実な女たち」という記事によると、最近の女性には二股をかけているという意識なく、複数の男性の付き合う女が増えているのだという。

 その、亀山氏が紹介するナオミという女性は、複数の男性と関係を持つ理由をこう言うのだ。
「たとえば恋愛映画を見に行くのには女友だちA子を誘いたい。でもサッカーを見に行くならB子。そうやって目的によって友だちを選ぶことってあるじゃない? 男性も同じじゃないかなあと思うのよ」
 そしてそのナオミとやらいう女性は、付き合いも長く気心も知れていてベストパートナーだという彼氏がいながら、渋い居酒屋やドレスアップしないと行けないようなレストランなどに連れて行ってもらいたい時には、別の年上の男性と……というのである。
 しかもそれは“母港”である決まった彼氏が居るから出来ることで、そうでないと「自由に羽ばたけない」そうである。
 彼氏は母港で、浮気はたまの寄港先……と。

 何と虫の良いことばかり言うものだと呆れ返るが、その己の心根の厚かましさは、当のナオミ自身もわかっているようだ。
「まあ、身勝手なのはわかってるのよ。彼が似たようなことをしたら、たぶん私は激怒すると思うしね
 そのナオミは亀山氏に、自らそう語ったという。

 で、もっと呆れるのは、そのナオミのような女に対する亀山氏のコメントだ。
 例のナオミの行状について、亀山氏はこう言うのである。
「自由を謳歌しているナオミさん。もちろん、これは誰にでもできることではないし、倫理的にどうよと首をかしげる人もいるだろう。だが、私はこういった女性のありようも否定はしない。どんな結末になるかはわからないが、彼女が自由に生きることを断罪できない」

 ……ほほう、「自由を謳歌している」デスカ。
 ベストパートナーであるという本命の彼氏を裏切って、他の男とも遊んで股を開くのが「自由に生きる」デスカ
 ものは言い方ですナ、本当に。

 このナオミとやらの所行には、黒沢は「倫理的にどうよと首をかしげる」どころか、記事を読んでいて「このユル股ビッチめ!」と唾でも吐きかけてやりたい気分になった。
 そしてこの貞操観念の薄い女の単なる浮気性を「自由を謳歌している」だの「自由に生きる」だのと持ち上げて美化する亀山氏の論調に、ナオミの所行よりさらに胸がムカつく思いだった。
「こういう言葉遊びで、単なるビッチの浮気癖を正当化するバカが、浮気女をより図に乗らせて、世の中の風紀をより乱れさせるんだ」と。

 亀山氏はナオミを「断罪はできない」と言うが、浮気は悪いことに決まっているじゃないか。黒沢ならただ「倫理的にどうよと首をかしげる」どころか、「このヤリ○○、尻軽女が!」と思い切り責めてやるべきと思う。
 それに当のナオミ自身が、「身勝手なのはわかってるのよ。彼が似たようなことをしたら、たぶん私は激怒すると思う」と認めている。
「自分がされたら厭なことは、他人にもするな」という事くらい、小学生でもわかっている筈だ。
 しかし下半身の自由を謳歌しているナオミは、それでも本命の彼氏(母港www)はキープしたまま、浮気と男遊びは今後も続けるつもりらしい。

 呆れたことに、亀山氏はこのナオミに大いに共感しているのだ。
「こうした女性たちは、結婚して夫に養ってもらいたいなどとは考えていない。結婚しても仕事を続けるのは当たり前、自分の食い扶持ぐらい自分でなんとかするものだと、はなから思っているタイプだ。だからこそたくましく、いっそ清々しささえ感じてしまう」
 そして亀山氏は、ナオミのような女についてさらにこうまで言うのだ。
「ちゃっかりしていると言えなくはないのだが、こういう腹をくくったような女性たちが私は好きだ。自分の欲望に忠実な女たちに幸あれ、と私は心の中でエールを送る」

 あのネ、亀山さんよ。世の中の大多数の男性は「結婚して妻に養ってもらいたいなどとは考えていない」し、「結婚しても仕事を続けるのは当たり前、自分の食い扶持どころか家族の生活費もなんとかするものだと、はなから思っている」のだよ。
 この男女平等の世の中で、男が当たり前にしている事を女もしているというだけで、そんなに偉くて特別扱いしなきゃいけないんデスかね?

 亀山氏に問うが、「結婚して妻に養ってもらいたいなどと考えておらず、結婚しても仕事を続けるのは当たり前で、家族の食い扶持も何とかするものだと思っている」男性が、本命の彼女を母港としてキープしつつ他の女とも遊んで浮気を繰り返していても、「たくましく、清々しい」と思い、「自分の欲望に忠実な男たちに幸あれ」とエールも送ってくれる筈だよね?
 だって、「男女は平等」だもの。女の浮気は「自由を謳歌する」だけど、男の浮気は「許せない!」なんてふざけた事、言ったりしないよね?

 亀山氏が紹介した記事のナオミという女を、男女の立場を入れ替えて考えてみよう。
「結婚して妻に養ってもらいたいなどと考えておらず、結婚しても仕事を続けるのは当たり前で、家族の食い扶持も何とかするものだと思っている」“ナオヤ”という男性がいたとして。
 そのナオヤには本命でベストパートナーの彼女が母港としているが、ナオヤは遊びに行きたい先に合わせて別の女性とも浮気をしている。
「自由を謳歌しているナオヤくん。こうした男性のありようも否定しないし、彼が自由に生きる事を断罪できない。その生き方はたくましく、いっそ清々しささえ感じてしまう。ちゃっかりしていると言えなくはないのだが、こういう腹をくくったような男性たちが黒沢は好きだ。自分の欲望に忠実な男たちに幸あれ、と黒沢は心の中でエールを送る」

 ……何かさ、ものすごーく気持ちワルい意見に聞こえないか?
 ただの浮気を「自由を謳歌している」だの「自由に生きる」だの「たくましく清々しささえ感じる」だのと美化した揚げ句に、「自分の欲望に忠実に生きる者に幸あれ」って。
 ソレが女性だと、単なる男遊びも時代の先端を行く進んだ人のすることのように言われてさ。
 でも男が同じことをすると、「オンナ好きの浮気男が、ネボケたこと言ってんじゃねーよ」って話になって責められる

 男も女もなくて、男女平等。だったら浮気もどう言葉を飾ろうと、人としてやっちゃいけない悪い事に決まってるでしょ。

「自由を謳歌している」だの「自由に羽ばたく」だのと言ったところで、結局は貞操観念なく複数の男に股を開いてるだけじゃん。
 それを「たくましく清々しささえ感じる」だの、「自分の欲望に忠実な女たちに幸あれ、と私は心の中でエールを送る」って、「亀山さん、貴女は正気デスカ?」と言いたいね。

 あと、本命の恋人を裏切って別な異性とも遊び続けることを、ただ「ちゃっかりしてる」と言ってのけるあたりも、黒沢は亀山氏の神経を疑うよ。
 それは「ちゃっかりしてる」んじゃなくて、「神経が図太く倫理観に欠けている」だけだってば。

 今、日本人の喫煙率は下がる一方で、とうとう二割を割ったということだ。
 黒沢も煙草をキッパリ止めている元喫煙者だけに、それは喜ばしい事だと思っている。
 ただ同時に残念な事もあって、全体および男性の喫煙率が下がる中、女性の喫煙率だけは上がってるんだよね。

 正直に言って、現代の日本の女性は劣化して行く一方ではないかという気がする。
 煙草を止める男性が増えている反面、女性は煙草を吸い始めて。そして男性の初体験年齢が上がり、性体験の無く恋人もいない奥手の男性が増える一方で、女性の“肉食化”が進み、例のナオコさんではないけれど浮気を平気でする女性も珍しくなくなった。

 ネットで盛んな“女叩き”に安易に乗るつもりはないけれど、亀山氏の紹介するナオコさんのような女性が現に増えているのは事実なのだ。そして亀山氏のような女性の言論人も、貞操観念の薄いビッチな女性を「たくましく清々しささえ感じる」と擁護し、エールまで送っている始末だ。
 その『二股恋愛ノススメ』のような亀山早苗氏の記事に、毎日新聞ともあろう全国紙が紙面を大きく与え、結果的に「日本中の遊び好きで浮気な女性達にエールを送る」ことになっている現状もまた嘆かわしい限りである。
 それらの様子を見ていると、男性が恋愛に積極的になれなくなり草食化が進む理由もよくわかるし、黒沢自身も「結婚なんてしたくねーな、墓場どころか責め苦が永く続く地獄だろ」と思ってしまう今日この頃である。

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女度高めの悪女にご注意! 目立つ大輪の花より、足元の小さな可憐な花を

 これは、黒沢が特にバカだったからかも知れないけれど。
 若い頃って何て人を見る目が無くて、何ていい加減な理由で誰かに恋をしてしまったものだと、我ながら呆れてしまうよ。

 今日は黒沢自身の経験と言うか、悔やむ事ばかりの過去のおバカな思い出について少し語ろう。
 黒沢はこれまで、両手の指の数を超える女性とお付き合いしてきたけれど。
 いや、自慢とかじゃないって。だってその恋は殆どすべて黒沢がフられる形で終わっていて、それもフタマタをかけられた挙げ句に切り捨てられるパターンがかなり多かったなぁ。
 おかげ様で黒沢は、今もまだ独身だものね。

 で、親しくなった女の子のうちの一人に、さらっとこう言われたよ。
黒沢サンって、顔がキレイで性格の悪い女の人が好きだよね

 ……ええ、そりゃあ黒沢も男デスから、キレイなお姉さんは大好きデスよ?
 けど黒沢自身としてはさ、そんな節操なく顔だけで女の子を選んでいるつもりは無かったんだけどね。
 でも同性である女性から見れば、見かけは可愛いけど性格に難アリの、タチの悪い子にばかり惚れてしまっていたようで。

 確かに黒沢の恋愛が長続きしない理由の大半は、例の「フタマタをかけられた挙げ句に……」ってやつだったし。その事実だけでも、黒沢の女の子を見る目の無さと言うか、例の「黒沢が好きになるのは、顔がキレイで性格の悪い女の子ばかり」ってのを裏付けているようなものだよね。

「初恋は何歳の時?」と言うと、かなり人それぞれだよね。早い子は幼稚園の頃とか言うし、でもその反対に、中学生になってからみたいな人だって少なくないし。
 黒沢はけっこう奥手な方で、小学校六年生の時に同じ班になったある女の子を好きになるまで、女の子を異性と意識すらしなかったなー。
 うん、それは幼なじみみたいな、仲良くしていた女子はいたよ。でもあくまでも「同級生で近所の友達」という感じで、異性としてはまるで意識していなくてさ。
 だからそれらの幼なじみの女の子たちには、「その子の事を考えると胸がドキドキする」とか、特別な感情など一切抱かなかったよ。

 ただその小学六年生の時に初めて好きになった女の子ってのが、とても同級生とは思えないような、大人びた子でさ。
 彼女は同じクラスの女子たちとは「女としての格が明らかに違う」と言うか、その彼女に比べると他の女子たちなどホントにお子ちゃまにしか見えなかったよ。

 まっ、その初恋は見事に、黒沢の一方的な片思いで終わるのだけれど。
 ただその初めて好きになった子の影響か、黒沢が中学生になってから好きになった子も、みんな同級生たちより大人っぽくて“女度”の高い子ばかりでさ。
 ハイ、黒沢のその「女度が高く大人っぽい子に惚れてしまう」って傾向は、大学生になるまでずっと続きマシタ。

 同い年の女の子達より大人っぽくて、しかも女度も高い子だよ? 冷静に考えれば、ピュアで純な子であるワケないじゃなん。
 って言うかむしろいつもモテていて、恋の駆け引きに関しては百戦錬磨の“悪女”にエンカウントする率が高くて当然だよね。
 だから黒沢の恋愛のお相手は、傍(特に女性)から見れば「顔がキレイで性格の悪い女の人」ばかりで、運良くお付き合いできても「フタマタをかけられた挙げ句に切り捨てられて終わり」とwww。

 今でも同じようなものかも知れないけれど、高校生の頃の黒沢は、クソ生意気な尖った奴だったからね。当然敵も多かったし、同じクラスの女子とかにも、相性の悪い子にはあからさまにキラわれてたなー。
 でも一部には、こんな黒沢にも優しく接してくれる寛大な女子達がいてさ。
 黒沢はチビでしかも童顔だったせいか、その一部の女子達には名前を“ちゃん”付けで、「いつきちゃん」って呼ばれていて。

 その女子の一人に、リナちゃんって子がいて。
 ええ、とっても良い子デシタよ。優しくて嫌味がなくて、黒沢にも「いつきちゃん、いつきちゃん」って親しく話しかけてくれたりして。
 ただブスとかでは全然ないんだけれど、リナちゃんってまるでコケシみたいな地味顔で、しかも小柄でツルペタだから、高校三年生になっても中学生くらいにしか見えないわけデスよ。

 で、黒沢はその頃も、「女度が高くて大人っぽい子が大好き!」という悪い病wwwにかかってマシタからね。当時もやはり他のクラスの、女度が高い系の悪女さんに夢中になっていて、地味系で幼く見えるリナちゃんのことなど殆ど眼中に無かったデス。
 それが恋愛感情なのか、クラスメイトとしてかはわからないけれど、好意を持たれてるな……ってのは、まあわかってはいたよ。けどリナちゃんが話しかけてくれても適当にあしらう、みたいな感じで、自分からは何も行動に出ないまま卒業してさ。

 高校を卒業した後、黒沢は地元を離れて東京の大学に進学して。そしてそれからもしばらくは、「女度の高い、大人っぽい子が好き」ってのは変わらないままだったんだけど。
 だから大学生になった黒沢が真っ先に仲良くしようとしたのも、一つ年上のお姉さんだったしね。
 ところがですね、大学生になった黒沢は、妙に年下の子に懐かれるようになって。
 そして年下のJKたちと仲良くするうちに、「年下の子っていうのも、素直で可愛いじゃん」って思うようになってさ。

 何しろそれまで好きになってきた小悪魔系の子たちと違って、黒沢の気持ちをかき乱して翻弄するような真似もせず、年下の子は妹のようにただ甘えて慕ってくれるからね。
 だからお付き合いしていても気持ちが安らぐし、それで黒沢は宗旨替えして、妹系の素直な子が好きになってしまったんだ。

 で、高校を卒業して三年目の夏に、地元で高校のクラスの同窓会があったんだ。
 夏休みで帰省していた黒沢も、その同窓会に参加したのだけれど。
 卒業してまだ三年目だからね、中には就職して社会人になっていた人もいたけれど、みな同級生だった頃と殆ど変わってなくて。
 ただリナちゃんだけは違ってた。

 以前はただ、「地味系の、幼い感じの子」としか見ていなかったけれど。
 ところが「年下の、素直で可愛い妹系」の子が好きになっていた黒沢の目に映ったリナちゃんは、本当に可愛らしく魅力的に見えたよ。

 と言ってもグッと大人っぽくイメチェンして、派手なメークや格好をするようになったわけではなく、リナちゃんはリナちゃんのままだったんだけどね。
 まあ「年相応に、程々に大人っぽくなった」といった程度で、相変わらず小柄で童顔でツルペタなままでさ。
 結局リナちゃん自身の変化より、女の子を見る黒沢の目の変化の方が、より大きかったのだと思う。

 卒業して三年後のリナちゃんは、黒沢の好みのど真ん中のストライク・ゾーンになっていて。
 そしてリナちゃんが優しくて良い子だということは、前々からわかっていたからね。そしてその同窓会という絶好の機会に、黒沢はそのまま指をくわえて見ているほどバカでもヘタレでもないからさ。
 で、お酒の勢いも借りて今度は自分の方からリナちゃんに話しに行って、それとなくアプローチもかけたのだけど。三年前とは違って今度は見事に、黒沢の方が作り笑顔で適当に受け流されてスルーされてしまったよ。

 まっ、パッと目立つタイプではないけれど、リナちゃんは性格も良い可愛い子だからね。目のある男なら放っておくわけないと思うし、事実その時のリナちゃんの態度からも、決まった彼氏の存在は何となく感じたな。
 それだけにさ、高校時代の自分の女の子を見る目の無さがホントに情けなかったし、胸が痛くなるほど悔やまれたよ。

 同じクラスだった三年前、「いつきちゃん、いつきちゃん!」って話しかけてくれた時に軽く受け流したりせず、もっと積極的にリナちゃんと仲良くしていたら。
 そう思うとただ残念という以上に、当時の自分の馬鹿さ加減を思い知らされるようで苦しかった。

 自分でもつくづく思うけれど、女の子とろくに付き合った事のない童○って、ホントに女を見る目が無いんだよね。で、そうした恋愛経験の浅い男子ほど、女度高めで大人っぽい、百戦錬磨の悪女に引っかかっちゃう
 まるで夏の羽虫が誘蛾灯に引き寄せられるように、ね。

 黒沢も自分の中高校生時代を思い出すとさ、ホント自己嫌悪で胸が苦しくなるよ。
「何であんな良い子たちをスルーして、ビッチとしか言いようのない顔が良いだけの悪女にばかり引っかかってたんだろう」って。

 だからまだ恋愛初心者の若い男子たちには、声を大にして言いたいよ。
女度の高い、まるで甘い蜜のように男の心を捕らえる女の子には気をつけろ、どう可愛く振る舞おうと、中身はまず間違いなく肉食系の悪女だから」って。

 と言っても、別に「全然女らしくない、ガサツな女の子が良い」ってわけじゃないよ。
 彼女にすべき本当に良い子ってのは、野に咲く一輪の小さな花のように、目立たない所にひっそり咲いているんだ。その魅力や可愛らしさは「気をつけてよく見ていないとわからない」みたいな感じで。

 と言うワケで「クラスや職場で目立っている、女度の高い綺麗な高嶺の花」ばかり見ていないで、それより自分の足元にひっそりと咲いている小さな花にも目を向けてほしいよ。
 そうした“小さな野の花”を見落として、後でものすごく悔やんだ者として、心からの自戒を込めて言っておくけれど。
 本当に愛すべき良い子は、貴方がろくに目を向けていない身近な足元にも、ひっそりとだけれど確かに咲いているのだ。
 そして甘い匂いを放つ可憐な花のように男を魅惑する女の子は、実は男殺しの“毒草”である可能性が高いことも、最後に付け加えておく。

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結婚すると変わる、実は男尊女卑の男の見分け方

 毎日新聞には『現代の恋愛模様』という、ノンフィクション作家亀山早苗氏の連載記事がある。その5月17日掲載記事には、おおよそこのような事が書かれていた。

 外資系企業で働くアヤノさんという女性には、既に四年つき合っている彼氏がいて。それだけに、互いの良い所も悪い所もわかっているつもりでいた。
 それが婚約する事になった途端、結婚についての考え方が彼氏とまるで違うことが明らかになったのだという。
 アヤノさんは結婚後も、子供が出来ても働き続けるつもりでいた。ところが彼氏は、アヤノさんにこう言ったのだ。
子供が出来たら、アヤノは仕事辞めるよね
僕の実家に週一度は顔出してくれるよね

 それ以外にも、彼氏はアヤノさんに次々と要望を出してきたが、簡単に言えば彼氏はアヤノさんに昔ながらの“理想の嫁”であることを求めていた。
「子どもができても仕事は続ける、お互いの実家に行くのは時間のあるときでいいと思う」
 アヤノさんがそう言うと、彼氏はこう言ったのだという。
おまえはうちの嫁になるんだろ

 つまり彼氏は、結婚したら女は自分の家を捨てて、嫁として男の家に入るものと思っていたのだ。
 だがアヤノさんは、結婚したら二人(夫婦)で新しい家を作るものと思っていた。
 で、話し合えば話し合うほどその辺りの二人の意識の違いが明らかになるばかりで、アヤノさんは結局その彼氏と婚約破棄をしたということだ。

 自分の妻を“うちの嫁”と言う男は、ごく当たり前に居る。そしてその事に何も疑問を持たない男は、決して少なくないと思う。
 が、ここで少し立場を変えて考えてみてほしい。もし自分が妻に“うちの婿”と呼ばれたら、どんな気分になるだろうか
 カチンと来るかい?
「俺は“マスオさん”じゃねーぞ」って?

 ここで結婚に関する現在の民法を、要点だけ簡単に確認しておこう。
 結婚とは家と家ではなく個人同士のもので、それぞれが親の籍から抜け、相手と新しい籍を作るものなのだ。
 姓もどちらを名乗るのも自由で、仮に妻が男性側の姓を名乗る事になったとしても、自分の家を捨て男性の家の籍に入るわけではない。そして同様に、夫が女性側の姓に変えたとしても、それで妻の家の婿養子になるわけでもないわけだ。

 つまり結婚でどちらかの家に“貰う”とか“貰われる”という考えは、そもそも大間違いなのだ。だから“うちの嫁”とか“嫁に貰う”という感覚は、戦前の大日本帝国時代の古臭いものであると、世の男性諸氏は理解しておいた方がいい
 特に自分の妻を何の疑問もなく「うちの嫁」と呼べてしまう男性は、そのあたりの事をよく自戒すべきだと黒沢は思う。

 大日本帝国憲法ではどうあれ、少なくとも現在の憲法では男女は平等だから。
男が立場が上でなければならない
女は男を立てるべき
 この平成の世に、正気でそう思っている男性は、自分が時代錯誤の“明治の男”であると自覚した方が良いだろう。

 話は戻って、毎日新聞の『現代の恋愛模様』に書かれていたアヤノさんは、「わかり合えていた」つもりの彼氏と婚約して初めて結婚観の大きな隔たりに気付いて、結局婚約破棄に至ってしまったわけだが。
 ただ黒沢に言わせると、その彼氏が男尊女卑に近い古い価値観の持ち主であることは、彼氏の普段の何気ない言葉遣いだけで、婚約に至る前に充分わかった筈だと思う。
 少なくとも黒沢には、彼氏が「女は男に従うべき」と考えているタイプの男だとすぐに理解できた。

 それに気付くフックの言葉は、前に挙げた彼氏の言葉の中だけで二つもある。
 まずは「アヤノは……」と呼び捨て
 そして「お前は……」と、彼女をお前呼ばわり
 ただ呼び捨てだけならともなく、それにお前呼ばわりもセットで平気でする男は、「女を男の下に見ている、男尊女卑の明治の男w」と見てまず間違いないね。

 黒沢には理解しがたい感覚なのだが、男には「呼び捨て=親しみの表現」と思い込んでいる者が少なくない。
 確かに男同士の付き合いでは、親しい間柄では呼び捨てが普通だろう。だがそのヤロー同士の付き合い方を、女性との付き合いにそのまま持ち込んでも良いものだろうか。
 少なくとも黒沢は、大切な彼女との付き合いは、男のダチとの付き合いとは違うと考えている。
 と言うか、大好きで大切な可愛い彼女を呼び捨てにして、それで「心の距離が縮まった!」と喜ぶ気には、どうしてもなれいんだな。
 大切で可愛い彼女を、ヤローのダチのように呼び捨てにする気には、黒沢は全然なれないのだよ。

 男によくいるよね、「相手との心の距離を縮める為」と称して、女のコをすぐ呼び捨てにして「おいアヤノ、お前さあ」とか無遠慮に話しかけるヤツ
 ちなみに黒沢は、女のコをオマエ呼ばわりした事、本当にただの一度もないゾ。たとえ相手が年下の彼女でも呼び捨てにせずに、間違いなく「○○ちゃん」みたいに呼んでたし。

「え~、呼び捨てにするのもオマエと呼ぶのも、相手がオンナならフツーだろ」って?
 イイエ、ソレはフツーじゃありませんから。
 納得できないと言うなら、ちょいと辞書を引用してみようか。
 オマエという呼び方について、明鏡国語辞典ではこう書いてあるね。
同等以下の相手を、親しみやぞんざいな気持ちで指し示す語
 類語新辞典の解説でも、まあ似たようなもので。
「普通、男同士、男から女に言う。同等あるいは目下にいう、ぞんざいないい方
 どちらにしろ「同等以下(目下)に対する、ぞんざいな言い方」ってコトでは、ほぼ共通してるよね。
 ついでだから、「ぞんざい」って言葉の意味も書いておこう。
言動が乱暴で、礼儀にかなっていないさま

現役受付嬢の人間観察 男と女の解体新書現役受付嬢の人間観察 男と女の解体新書
(2009/05/01)
ぴーちく

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 それでもまだ納得できないなら、女の人の意見をひとつ紹介しようか。
 副題に「男と女の解体新書」と付いた、『現役受付嬢の人間観察』って本があって。
 帯のアオリの文によれば、この本は「好かれる男、嫌われる男、女性の習性などがこの一冊で丸わかり!」の攻略本なのだとか。
 その本の中に「お前」と呼びたがる男についての、女性の視点での考察があって、それを少し引用してみるね。

 彼女や女友達を呼ぶ時に、「お前」と言う男性がいるが、私はあれがとても苦手だ。名前でなく、「お前」と呼ばれると、「私は『お前』ではない。名前がある」と、かなりイラッとくる。
「お前」という呼び方は、男同士なら問題ないが、女性に使うには、かなり乱暴な言い方だと思う。

(中略)
 しかし、逆に、お前」と呼ばれるのが好きな女性もいる。それは、上から目線で物を言われたいとか、独占されたいとか、荒っぽい野性的な男性が好きだという、一種マゾ的な女性の場合だ。
「お前」と呼ばれるのが好きだという友人がいるが、「今の私はあなたのもの」という快感に浸ることができると言っていた。

 これでわかる通り、オマエ呼ばわりって、女性には男が思っているよりずっと不評なのだ。
 男としては「親しみを込めたつもり」でも、相手の女のコはたいてい内心イラッと来ていて、キミへの好感度もダウンしていると心得ておくべきだね。
 もちろん中には男に“オマエ”と呼ばれて喜ぶ女のコもいる、けどそれは『現役受付嬢の人間観察』でも書かれている通り「男に支配されたいマゾ系の子」だけ、ってコト。

 さて、今のリアルな女性達を見てみて、女は男に支配されて従いたいマゾ系ばっかりだと思えるだろうか?
 ちなみにネットの調査では、七割を越す女性が「たとえ彼氏にだって、お前とは呼ばれたくない」と答えていたよ。だから“お前呼ばわり”は男が思っているよりずっと不評で、お前と呼ばれて気にしない子は少数派だと心得ておいた方が良いね。
 そして残りの三割に満たない「男に支配されたい系の、お前と呼ばれたい子」にしても、そう呼ばれたいのは「身も心も捧げたいほど大好きな彼氏限定」であって、ただの友達(かそれ以下)のキミではないんだよ。
 好きでもない相手に「オマエ」とか呼ばれて自分のモノ扱いされるなど、支配されたいマゾ系の子だってゾッとしてると思った方がイイね。
 だからどちらにしろ、女性に「おいオマエ」とか呼びかけるのは、相手が例え彼女であっても避けた方が賢明だね。

 これもまたネットの調査だが、彼氏にどう呼ばれたいか?」については、女性の間で意見が微妙に分かれていて、トップは「~ちゃん」が四割強、そして次が呼び捨てて三割強といったところだった。
 男には「女は呼び捨てにするもの」と思い込んでいる者が少なくないし、中には「女は男に呼び捨てにされたがっている」と思い込んでるバカ者さえいるよ。
 だが現実には、男に呼び捨てにされたい女子は「お前と呼ばれたい女子」とほぼ同じ、三割程度しか存在しないのだ。
 繰り返し言うが、「呼び捨ては親しみの表現」というのは男の勝手な思い込みであって、女性は必ずしもそうは思っていないのが現実なのだ。

 うん、男同士は親しい間柄なら、確かに呼び捨てにしてる。
 だが女子同士の付き合いでは、どうだろう。女の子同士も親しい間では、男と同じように呼び捨てにし合っているだろうか。
 確かに呼び捨てにし合ってる女の子達も、少なからずいる。だが愛称または「~ちゃん」と呼び合っている子たちも、同じかそれ以上にいる筈だ。
 女の世界は男同士とイコールではなく、「呼び捨ては親しさの現れ」という男の感覚も当たり前ではないのだ。

 にも拘わらず男には、「女は呼び捨てにすべき」と固く信じ込んでいる者が少なくないようだ。
 恋愛に関するサイトもいろいろあるが、黒沢はモテ指南の某ブログで、男の管理人が「リーダーシップを取るために、相手が年上でも女は早めに呼び捨てにするべきだ」と得々と語っていたのを目にしたことがある。しかもそのブログは検索のかなり上位に出ていたから、少なからずの男性が「そうなのか」と思ってしまったことだろう。
 それ以外でも、男が書く恋愛指南のサイトでは「呼び捨てにしろ、でないと心の距離が縮まらない」と当たり前のように語っているものが目立つ。
 その種のモテ指南wwwを目にする度に、黒沢は腹立たしくてならない。
自分の僅かな成功体験をもとに、身の回りのごく一部の女性だけしか見てないくせに、厚かましくも女性全体や恋愛論を語るんじゃねーよ」と。

 彼氏から“お前”と呼ばれたい女性も。
 彼氏に呼び捨てにされたい女性も。
 どちらもたった三割程度で、全体から見れば少数派と言っても差し支えない
と思う。
 そして黒沢が思うに、その彼氏に「お前と呼ばれたい女性」と「呼び捨てにされたい女性」は、ほぼイコールではないかと思う。
 何故なら女性を「お前」と呼ぶ男って、名前も当たり前のように呼び捨てにしているからね。「おいアヤノ、お前さあ」というように。
 で、彼氏に「お前」と呼ばれて喜ぶ女性は、前出の『現役受付嬢の人間観察』によれば、「荒っぽい野性的な男性が好きで、上から目線で物を言われて独占されたい、一種マゾ的な女性」だということだ。

 また『現役受付嬢の人間観察』では、同じ章でこうも書いてある。

 付き合うと呼び方が「○○ちゃん」から「○○」と、急に呼び捨てに変わる人がいるが、あれも独占欲の強さの表れだと言えるだろう


 つまり男に呼び捨てにされても抵抗のない、あるいは呼び捨てにされたい女性というのも、男にお前と呼ばれたい女性と同様に、「粗野な男に上から目線で扱われて支配されたい、マゾ系の女性」と言えるのではないか。

 いずれにしろ「呼び捨てを好み、お前と呼ばれたい女性」は、男に支配されたいマゾ的資質のある女性に限られる……ということだ。そしてその種の女性は全体の三割程度で、過半数の女性は、呼び捨ても“お前よばわり”も好きではない」という事実も、改めて繰り返しておきたい。
 例のモテ指南サイトの管理人も、たまたまその約三割の、「支配されたいタイプのマゾ系の女性」に好かれたに過ぎないと、黒沢は断言する。

 黒沢自身について言えば、我が子すら呼び捨てにしない両親に育てられたから。さらに黒沢は、両親に「お前」と呼ばれたことも無かったよ。
 だから黒沢は、例え相手女の子が年下でも「お前」と呼んだりしないし、彼女も呼び捨てにせずに「~ちゃん」と呼んでるよ。そして「呼び捨てにしないと、心の距離が縮まらない」と感じたことなど、ただの一度もないな。

 けれど世の中は広いし、家庭もいろいろだから。
「おい、オマエ!」
「何よ、アンタ?」
 別に喧嘩をしているわけでもなく、夫婦間で普通にそう呼び合っている家庭も少なからず存在しているのも事実
なのだ。そしてそんな家庭では、互いに呼び捨てなのも当たり前なのだ。
 そんな家庭で育てば、相手を呼び捨てにせず「~ちゃん」と呼ぶことに、逆に違和感と抵抗を覚えるのだろう。
 黒沢が女性を「オマエ」と呼び、名前を呼び捨てにするのに嫌悪を感じるのと同じように。

 前にも触れたモテ指南wwwのブログで、「彼女は早く呼び捨てにしろ!」と主張し、「彼女を“~ちゃん”と呼ぶなど気持ちワルいし、そんな自分は想像もできない」と語った管理人がいるが。
 その管理人氏は、おそらくそんな家庭(夫婦は「お前、アンタ」と呼び合い、子供は当然呼び捨て)に育ったのではないかと想像しているよ。

 恋は盲目と言うけれど。恋愛中はつい相手を過大に良く思ってしまって、相手の欠点や互いの価値観の違いなどは見えなくなっちゃうんだよね。
 そしていざ結婚という現実に直面して、やっと「あれ? 何か違うな」と気付いたり、「こんな事とは思わなかった」と後悔したりするんだよね。
 恋をしている時も、相手と自分を客観的に見る冷静な目をほんのちょとだけ残していさえすれば、そんな事には決してならずに済むんだけどね。
「おい○○、お前さあ」
 相手の男がすぐ貴女を呼び捨てにするようになり、そして当たり前のようにオマエ呼ばわりもするようであれば。
 結婚前はいくら優しく親切に振る舞おうと、その男の根底は“明治の男”で、「女は結婚したら自分の家を捨て、俺の家の嫁になるのだ」みたいな、戦前さながらの古臭い結婚観を持っている男尊女卑の考えの持ち主とみて、まず間違いない
よ。

 その女の人が男に支配されたいM系で、結婚後は相手の家に「ヨメに入って」義両親との同居もOKみたいなヒトだったら、それでもまあ問題ナイと思うけど。
 でももし貴女が結婚相手は“主人”ではなく人生のパートナーで、結婚後は夫婦二人で新しい家を作るのだと思っているとしたら。
「おい○○、オマエさあ」
 そう呼び捨て+お前呼ばわりを当たり前にするような男とのお付き合いは、避けた方が賢明
だね。表面的にはいくら良い人そうでも、中身はまず間違いなく独占欲が強くて、相手の女を支配したい種類の男だから。
 ただ恋を楽しむだけと、ちゃんと割り切ったお付き合いをするならまあ良いかも知れないけれど。ただ結婚の話が出たら、相手がどんな結婚生活を望んでいるのか、とことん話し合ってよく確かめなきゃダメ。

 相手をすぐ馴れ馴れしく呼び捨てにするか。
 そして平気で、女を「オマエ」と呼ぶか。
 ただそれだけでも、その男の本性がかなりわかる
から気を付けてね、素敵な男性を探しているまだ未婚の女性の皆さま方。

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