この世には、立場を笠に着て下位の者に理不尽な要求をする者が少なからずいる。
学校や職場での先輩による後輩イジメから、企業間での下請けイジメまで、下の立場の者や企業に理不尽なことをする輩は当たり前に存在するのが現実だ。
で、貴方に聞こう。
貴方はその上の立場の者たちの理不尽な要求を、「当然のもの」と思って受け入れ、そして同時に貴方より下の立場の者にも同じように理不尽な要求をして当然と思っているだろうか。
それとも「立場がどうあれ、理不尽な要求は人としてすべきでない」と思うだろうか。
毎日新聞に『学校と私』というコラムがあって、毎回各界の有名人に学生時代の思い出をインタビューしているのだが。
そしてこの3月14日に、タレントのヒロミ氏がインタビューに応じていた。
それによると、ヒロミ氏は中学時代からツッパリで、高校は生徒が逃げないように塀にバラ線(鉄条網)を張り巡らせたような工業高校に通ったという。
で、ヒロミ氏は高一で早速オートバイの免許を取り、改造バイクを乗り回して「おまわりさんによく追いかけられた」そうである。
これだけでも、若い時のヒロミ氏の人となりが想像できるだろう。
そしてその時代の自分について、ヒロミ氏はこう語っている。
「暴走族」のつもりはないのですが、友達が集まると結構な人数になるので、周りからは100%、暴走族に見えたでしょうね。
不良の社会は縦社会で、理不尽な先輩の要求にも応えないといけない。でも、そういうのは社会に出たら山ほどあるから、社会に出て役立った部分がすごくある。不良はいいかげんに生きてると思われるかもしれないけど、結構ルールが厳しいんです。人生には無駄がないなと思います。
このヒロミ氏の言葉を聞いて、胸がムカつく思いをしたのは筆者だけだろうか。
この種の、己の過去の愚行に対して反省のカケラも無く、それどころか武勇伝のように話す元ツッパリを見ると、少なくとも筆者は胸くそが悪くなる。
真面目に生きている他の大勢の人間は、ツッパリや暴走族の存在に心から迷惑してんだよ。
なのにヒロミ氏は「若気の至りで、昔は周囲の皆さんに迷惑をかけました」と世間に詫びるどころか、逆に「不良の社会には世の中に出て役立つ事がすごくある」と自慢げに語る始末だ。
この種の元ワルだった過去を武勇伝として語る者は、人間の屑だと筆者は思う。
で、そのヒロミ氏が「社会に出て役立った部分がすごくある」と語った事とは、平たく言えば「先輩の理不尽な要望に応えること」である。
つまりヒロミ氏は、「上司や客の理不尽な要望に応えること」が、社会人して必要な資質と考えているのであろう。
実際、己の有利な立場を笠に着て、部下や取引先や下請けなどの弱い立場の者達に理不尽な要求をする者は、確かに幾らでもある。
だが世間の皆が皆、全員が下の弱い立場の者らに理不尽な事を求めているわけではなかろう。
だから筆者は、「人には、自分より下の弱い立場の者には理不尽な事を求めて当然と考えている者と、そうでない者の二通りが存在する」と考えている。
そして筆者は、「上の立場だから、下の弱い立場の者には理不尽な事を求めても良い」と考えている者達を軽蔑する。
と言うと、「オマエは世の中がわかってない、小学生かよwww」と非難する方がきっと出て来るだろう。「下請けには値下げを強要し、正社員を派遣に置き換え、重いノルマを課しサービス残業をさせて会社はようやく生き延びているのだ、綺麗事を言っていたら競争に負ける」と言い、社会のいろいろな理不尽を肯定する方が必ずいるだろうと思う。
だがその社会の理不尽さを「世間とはそういうものだ」と肯定していたら、世の中がとても住みにくいものになるのではないか。
元請け会社が下請けに無理を言い、だから下請けも孫請けに無理を言う。そうしたらその無理をすべて負わされる一番下の孫請けはどうなるか。
部長が課長に、課長が係長に、そして係長が平社員に無理を言っていたら、一番下の社員は過重な負担で潰れてしまうのではないか。
近年、会社の都合で正社員を派遣に置き換えている職場が増えているが。で、低賃金で不安定な仕事をせざるを得ない弱い立場の人達が増えた結果、結婚できない人達が増え少子化に拍車がかかり、日本はとうとう人口が減少し始めた。
安倍首相のアベノミクスだの三本の矢だのが、現実には首相が主張するほどうまく行っていないのも、安定した職が無く低収入の国民が増えている現状では、国内消費を増やしようが無いからではないのか。
部下であれ取引先であれ、立場が下の相手には理不尽な事を求めても構わない。その今の日本の風潮が、少子化に拍車をかけ人口を減らし、結果的に経済成長にもブレーキをかけているのではないかと思うが、間違っているだろうか。
小中学生レベルの綺麗事と失笑されるかも知れないが、立場が下の相手も正当に扱い、理不尽な事は求めず人としてきちんと扱うような社会にならねば、日本の人口減少と経済の衰退に歯止めはかからないと筆者は考える。
高給でなくとも安定した収入の得られる正社員で、残業も欧米並みに少ない環境でなければ、どうして安心して子供を産み育て、消費にお金を回す事が出来ようか。
「低賃金の派遣の仕事で働き残業もして、さらに子供も産んで消費にもカネを遣え」と言う今の政府の政策や経済界の言い分は、弱者に対するとんでもない理不尽な要求に筆者には思える。
大阪北新地の社交料飲協会の初代理事長が1980年に作った『ホステス心得帖』という小冊子が、近頃「男が読んでも為になるし、新人社員教育にも良い」と評判になっている。
実は筆者も全文を読んでみたのだが、為になる事が数多く書いてあった。
その中に「先輩・後輩の順序を守ること」と書いてあると同時に、こうも書いてあった。
人間は、自分より立場の弱い人に対する態度で、その人の値打ちが決まる。
過去のツッパリ時代や暴走を自慢げに語り、「理不尽な先輩の要望にも応えなければならず、それが社会に出てすごく役立った」と言うヒロミ氏と。
先輩と後輩の序列は重んじつつ、立場の弱い者に威張ることを戒める大阪北新地のホステスと。
さて、人としてどちらが立派であろうか。
中国に「上敬下愛」という言葉がある。
下の立場の者は上の者に敬意を払い、そして上の立場の者は下の者を慈しむ。
それを実践してこそ皆が生きやすい社会になるのではないか思う筆者は、頭が綺麗事に走り過ぎて幼稚なのだろうか。
少なくとも筆者は、立場を笠に着た理不尽な要求を当たり前と認めるような人にはなりたくないし、その種の人々を軽蔑する。
ハイ、だから筆者は周囲の、特に上の立場の人達と衝突する事が少なくないデス。そして損をする事も度々あり、生きるのが下手だとも言われマス。
それでもヒロミ氏のような、過去のツッパリ時代を自慢して「上の立場の者の理不尽な要求に応えるのが当然で、それが世の中というもの」と思うような人には死んでもなりたくないと、心から思っている。