空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

昭和の写真少年④・キラわれても…

 黒沢の場合、高校時代は殆ど写真のコトしか考えてなくてさ。部活も迷わず写真部入って、学校にも殆ど毎日カメラを持って行っていたよ。
 カメラって、もちろん通学用の鞄の片隅に入るようなコンパクト・カメラなんかじゃなく、大きく重くてかさばる一眼レフさ。

 と言ってもキヤノンやニコンはあえて選ばす、愛用してたのはオリンパス……ってのが、ヒネクレ者の黒沢らしいところなんだけどね。
 こんな奴だから、後にカメラの電子化が進むと時代に逆行するように、クラシック・カメラの世界の泥沼に深~くハマってさ。しかも「一番好きなのはライカでもコンタックスでもなく、フォクトレンダー」という、廃人レベルの偏屈者になってしまうのでアリマス。

 で、夏休みや冬休みなどにはいつもバイトに励んでは、新しい機材を買い込んでさ。そして高校生の間に一眼レフ2台(OM-1OM-2)と交換レンズを4本(35mm・50mm・85mm・200mm)揃えちまったよ。
 学校の写真好きの先生でもここまで持ってた人は少なくて、随分羨ましがられたりもしたけれど。
 何しろ当時の黒沢は、「日大芸術学部写真学科に進んで、必ずプロの写真家になってやる!」って、本気で思ってたからね。だからこれくらい持っていて当然と言うか、「まだアレもコレも欲しい!」って感じだったよ。

 黒沢が車の免許を取ったのは大学生になってからだけど、その教習所でたまたま、同じ高校だったハナイくんと合って。
 学年は同じだけれど、同じクラスになった事は一度もナイ。
 仲が悪かったわけではないけれど、口をきいたことも殆どない。
 顔は覚えてるし名字もわかるけれど、下の名前は知らない(←忘れたのではなくて、そもそも聞いたことさえ無かった)。
 ハナイくんと黒沢ってのは、まあそんな関係で。
 けどそーゆーお互い他に知り合いの居ない場所で出合えば、「よお!」とか声をかけ合って喋ったりするよね。
 そのハナイくんに、黒沢はこう言われたんだ。「黒沢くんって言うと、いつもカメラを持ってた印象があるなあ」って。
 高校時代の黒沢って、そのくらい写真に熱中してたんだよね。
 だから校内では皆の写真係って感じで、卒業アルバムに使う写真も、先生から頼まれて撮っていたくらいだよ。

 高校1年生だった時、同じクラスだったトモミさんって美少女に、黒沢はナゼか嫌われて敵視されていてさ。
 ずっと気づかぬフリして知らん顔して過ごしたけれど、美少女、それも強気系でクラスの女子のリーダー格の子に、あからさまに無視されたり避けられたり陰口言われたり……ってのは、まー、かなりツラかったね。

 いや、「ツンデレ?」とかじゃねーよ。中二病をかなり長く引きずったイタい少年の黒沢も誤解しようもないくらい、ガチで嫌われてたんだって。
 ただ夏休み中の補習授業で、クラスは違うけれど同じ学年のマイコさんって子と知り合ってさ。そのマイコさんが仲良くしてくれていたものだから、それを心の支えに何とか耐えて生き抜いたwwwと言うか。
 それに2年生になる時のクラス替えで、例の天敵のトモミさんとも別のクラスになれたんで、すっきりサッパリ生き返って。ただ残念ながら、マイコさんとも同じクラスにはなれなかったんだけどね。

 まー、進級した黒沢の入れられたクラスってのが、素行か学力のどちらかに問題アリの生徒ばかり集めた、問題児の吹き溜まりみたいなクラスだったから、それも当然と言うか。何たって他のクラスには“極道クラス”と呼ばれて、他のクラスの皆さんからも怖がられて避けられてたし。
 一応殆どの生徒が四年制の大学に行く進学校だったんだけど、黒沢のクラスにだけはリーゼントのツッパリ(死語w)の生徒がフツーにいたりしてね。
 まっ、もし今だったら“DQNクラス”ってとこだろうね。

 そんなクラスにナゼ黒沢が放り込まてしまったのかは、今もって納得いかないトコロだけど。
 でもその極道クラス、中に入って馴染んでみると案外居心地が良くてさ。だって他のクラスの皆が受験に目の色変えて、「合格判定ランクを上げなきゃ!!」って焦ってる最中にも、「どーせ俺たちゃバカだし、見捨てられてる落ちこぼれだし」って居直って、皆で好きに遊びまくってたからね。
 そして先生たちも、ウチのクラスには何も期待して無かったし。「他の真面目な生徒たちに悪影響を与えないよう、ただ隔離しとけばイイ」みたいな扱いでさ。
 その「勉強まるでやる気ナシ」の落ちこぼれクラスで、黒沢は心行くまで写真を撮りまくって過ごしたわけデス。
 遠足とか体育祭とか何か学校行事があると、もうごく自然に皆の写真係みたいになっていて。で、仕上がった写真を皆に見せては、欲しい人には実費で焼き増ししてあげていたよ。

 黒沢の高校って、ナゼか文化祭より体育祭の方が派手でさ。それでクラスごとにユニフォームを作ったり、入場行進もかなり気合いの入れた仮装行列で練り歩いたりしてたんだ。
 その仮装行列に賭ける皆の情熱ってのが、もうハンパじゃなくてね。

 例えば男子も含めて、クラス全員がセーラー服で行進するとか(←ちなみに黒沢の高校の制服は、男女ともブレザー)。
 帽子から足元まで幼稚園児の制服(←高校生に着られるサイズなどあるワケもなく、モチロン体格に合わせて自作)で、「横断中」の黄色い旗を振りながら行進するとか。
 ……中には大きな黒枠の額に入れた担任の体育教師の似顔絵を先頭に、クラス全員で喪服姿で頭を垂れて行進したクラスもあったな(←自作の位牌や棺桶もアリ)。
 当時は秋葉原もただの電気街で、まだ“オタク”だの“コスプレ”だのって言葉すら無かったけれど。黒沢の高校の体育祭の仮装行列は、それはもうコミケのコスプレにも負けないくらいの凝りようだったよ。
 
 けどその派手な仮装を見慣れた皆も、黒沢が3年の時のあるクラスの女子たちの衣装には目を剥いちゃったよ。
 妖精さん
 いやマジだって。フワフワでヒラヒラの白い衣装に、髪に大きな花を飾って、手には魔法少女みたいなバトン(スティック?)を持って……って感じで。

 いや、その衣装そのものは、とても可愛かったんだけどね。
 ただ何しろ“妖精さん”でしょ? 例の白の衣装は薄いし下が微妙に透けてるっぽいし、裾も「股下5cm?」って際どさで、事実歩いて裾がヒラヒラした拍子にパンツがチラッと見えちゃう子もいたよ。
 だから彼女たちが入場して来た時、みんな息をのんで会場は沈黙に包まれてさ。で、暫く経った後で「おぉ……」って呻くようなどよめきが上がったよ。
 まっ、黒沢は当然、喜んでガン見したりする代わりに、愛機のシャッターを押し続けたけどね。

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 で、その体育祭の後で撮った写真を皆に見せて、いつものように焼き増しの希望も集めたのだけど。例のクラスの、妖精さんの仮装のやつも含めてね。
 そしたら妖精さんたちwの半分くらいが、自分が写ってる写真の焼き増しを希望してきてさ。クラスも違うし、一度も喋ったことも無いような女の子たちが。
 そしてその女子の中には、あのトモミさんまでいたんだ。ほら、「一緒のクラスだった時には黒沢のことを嫌ってて、あからさまに避けたり嫌がらせとかもしていた」っていう……。
 うん、その時のトモミさんは確かに妖精さんの仮装行列をしたクラスにいて、写真を見直してみたら彼女もちゃんと写っていたよ。
 正直言って、コレはかなり嬉しかったね。

 プロのモデルとかアイドルとかならともかくさ、普通の女の子だったら、よく知らない男子や仲良くない男子に写真なんか撮られたくないのが普通、だよね。
 それどころかトモミさんは、黒沢のことをあからさまにキラってたんだよ。
 そして撮られた姿も、透け具合とか裾の長さとか、いろいろ際どい部分もある衣装でさ。
 普通だったら「キモっ!!」って思うだろうし、「勝手に撮ってんじゃないわよ、ネガをよこしなさいよ!」とかキレられかねない状況だよね。
 けどトモミさんはそうじゃなくて、黒沢が撮った写真を「欲しい」って思ってくれた。
 これって、黒沢の写真に賭けるキモチだけは本物……って認められてた証拠だよね?


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昭和の写真少年➂・まずは口説いてみよう!

 例の『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』や長友健二氏の『脱がせの写真術』、それに篠山紀信センセイの『激写』シリーズなどに触発されて、周囲の女友達を「脱いで!」って口説いてしまった黒沢だけど。
 その“ガールフレンド”のうち、違う高校に通う中学時代の同級生とかは、それで気まずくなっちゃっても、その時には顔を合わせなきゃいいだけだよね。
 でもその口説いたうちのマイコさんは同じ高校の同じ学年だったし、下手をすれば「ギャー、何ふざけたコト言い出すの! 信じらんない!!」ってキレられて、校内で「同級生の裸を撮ろうとするエロカメラマン」とか言い触らされかねなかったワケで。

 そんなコトにもまるで気付かずに、「オレは本気で良い写真が撮りたいんだ、疚しい気持ちなんか何も無いやい!」って思いのまま突っ走って、同じ高校の子のヌードまで撮ろうとしたとか、ホントに怖いもの知らずと言うか無茶をしまくってたよね。
「おい、それって犯罪だろうが!」って?
 いや、繰り返し言うけれど昭和のその頃には、「少女のヌードは芸術」って扱いだったんだってば。

 それはどうあれ、当時の黒沢がバカで周りが見えてなかったのは認めマス。
 けどそのバカの黒沢にとっても、女の子に「脱いでモデルになって」と頼むのって、やはり度胸が要ることだったよ。「気持ちをわかって貰えなくてヘンタイ扱いされるんじゃないか」って、すごく心配にもなったし。

 でも大丈夫、実際女の子にそう頼んでみてトラブルになるようなコトは、黒沢の経験では殆ど無かったな。脱ぐのを相手がOKしてくれたかどうかは別として、エロ男扱いされたりキレられたりしたことはまず無かったね。
 黒沢が口説いた女の子たちは、どの子も少なくともちゃんと話を聞いて真剣に考えてくれたよ。
 もちろんそれは、「こちらに妙な下心とか無く、ホントに真面目にキレイな写真を撮りたいと思ってる」って前提があっての話だけれど。エッチな写真を撮りたくて「脱いで」とか言ったら、そりゃあエロ男扱いされて平手打ちの一つも食らっても仕方ナイと言うか当然だよ。

 ……まあね、いくら少女のヌードに寛容な時代で、そしてこちらがどれだけ本気で頼んだからって、モデルでもタレント志望でもないフツーの女子高校生が、そう簡単に脱いでくれるワケなど無いんだけどね。
 ただ一つ言えるのは、「頼んだ方が真剣であれば、断られるにしても気持ちはちゃんと相手にも伝わる」ってコト。

 それにヌードであれ着衣のフツーの写真であれ、もし誰かを本気で「撮りたい!」って思うなら。
「そんな度胸ねーよ」とか言って尻込みしてないで、とにかくまず相手の女の子にモデルをお願いしてみないことには、何も始まらないよね?
 で、こちらの思いが通じて相手の女の子の気持ちが動けば、モデルになって貰える可能性はあるワケ。例えそれが、全部脱いでのヌードであってもね。

 まっ、もしその“撮りたい相手”ってのが18歳未満だとすると、黒沢の学生時代と違って今はいろいろ制約もあるけどさ。相手が18歳以上だったら、ヌードのモデルだって熱意でガンガンお願いしてみる事をお勧めするよ。
 どうせ無理そうだと思っても、「もしかしたら」って可能性のことを考えてほしい

 だって、誰か女の子の方から「ね、良かったら一度私を撮ってみてくれない? 何ならヌードのモデルだってOKだから」みたいに言ってくる……なんて棚ぼたみてーなコト、まずあり得ないからさ。
 だったら何もせずに何もないまま終わるより、僅かな可能性でもそれに賭けて、まずキミの方からモデルを頼んでみた方がイイって。

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昭和の写真少年②・ヌードを撮るのに最も良い年齢って?

 前回にも話したけれど、昭和の頃って今ではとても想像できないくらい、若い女の子のヌードを撮ることに寛容だったんだよ。
 この前紹介した『ぼくたちは気持ちのいい写真を撮りたい』に書かれていたヌードの撮り方を、もう一度思い出してみてほしい。
「野外での撮影で人の目にふれると、場合によっては軽犯罪法に問われる」とか、「被写体に一カ所、写して公表すると罰せられるところがある」とかは書いてあるけれど、脱がせてOKなモデルの年齢とか、全然触れてないでしょ?

 この『ぼくたちは~』が出されたのは1977年なのだけれど、この頃って少女のヌードがごくフツーに撮られてたんだ。
 まあ中学生の女の子のヌードと言うとさすがにレアだったけど、女子高校生のヌードなんか、けっこうフツーに雑誌や写真集に出ていたんだ。それも18歳になった後のだけでなく、15歳とか16歳とか高校生になって間もないような子のも含めてね。

 実際さ、当時の写真の本を読み返してみると、ヌードを撮るべきモデルの年齢について多くのプロの写真家が「15歳から22歳くらいまで」って断言しているんだ。
 その一例だけれど、女優とかアイドルとか数え切れないくらい大勢の女の子のグラビア写真を撮ってきた長友健二さんって写真家が、1980年発行の『脱がせの写真術』って本の中でこんなことを書いていて。

 ヌードは、肌の美しさが絶対条件であるこことはいうまでもない。十五歳から二十二歳の女には、その肌の美しさがある。しかも、その美しさにも、それぞれの年齢により、微妙な違いがある。十五歳なら、ちょうど少女から娘になりかけるときの、まだまだ青い美しさがたまらないし、二十歳になれば、なんとなく女らしさと恥じらいが出てくる。二十二歳にもなると、これはもう完全に大人の女のしなやかさがそなわってくる
 それはたしかに、三十女には三十女の良さもあるかもしれない。人間としての成熟度も考えれば、それはそれなりの魅力も、うるおいも出てくる場合が多い。だが、肌そのもののハリ、ツヤについていえば、十五歳から二十二歳の年頃の女の子には、かないっこないのだ


 ……今さ、もし公式の場でこんな発言に及んだら、まず間違いなくフルボッコだよね。本気で十五歳くらいの女の子のヌードについて「少女から娘になりかけるときの、まだまだ青い美しさがたまらない」とか言ったりしたらロリコン認定どころか犯罪者扱いされちゃうと思う。
 お巡りさんこの人デス……ってやつで、下手すりゃ通報されかねないよ。

 でも何しろ当時は、まだ宮崎某の幼女連続誘拐殺人事件が起きる前だったから。世間の人たちもロリコンに対する警戒心なんて殆ど無くて、「コドモの裸なんか見てエロい気持ちになるヤツなんて、普通いねーだろ」って思っていたんだ。
 だから昭和のこの時代には、今とは逆に「少女のヌードはアートでキレイなもので、大人の女のヌードの方がむしろエロ」って考えられていたんだよね。それで『週刊プレイボーイ』とかの書店で普通に買える雑誌にも、十五歳とか十六歳とかのヌードが当たり前に載せられたりしてたんだ。
 そうそう、週刊プレイボーイのようなメジャーな雑誌でさえ、かつては花咲まゆっていう十三歳の子のヌードを載せたことさえあったのだよ。

 同じ時代に出されていたシリーズ日本カメラの『ヌードの撮り方』って本には、「十二歳のヌードなんてナンセンスだし、うちのかあちゃんでも残念ながらダメである」みたいなコトが書いてあってね。
 で、ヌードを撮るならやはり「十五歳から二十二歳くらいの女の子」って。

 黒沢がまだ少年だった頃、細いのに巨乳で人気だった可愛かずみサンっていう女優さんがいてさ。その可愛かずみサンが、二十歳を過ぎた頃にこんなコトを言っていたんだ。
私の一番プロポーションが良かったのは18歳くらいの頃で、それを過ぎたらバストのトップが一年で1センチずつ下がっちゃった
 長友健二さんも、例の『脱がせの写真術』って本によると化粧品メーカーのモデルだったジャネット八田という17歳のハーフの子のヌードを撮る時に、こう言って口説き落としたんだって。
「せっかくこんなにいいボディをもっているんだから、絶対にそれをさらけ出せ。キミはいまいちばん美しいプロポーションだ。脱ぐのなら、今しかない」って。
 そう言えば宮沢りえさんが『サンタフェ』でヌードを撮られた時も、実はまだ17歳だったと言うし。写真集が発売された時には、まあ合法の18歳になっていたのだけれどね。

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 お肌のハリやツヤのピークについては、もちろん個人差があるよ。けど上の例とかを見ると、「女の子が一番キレイなのは、17~18歳の頃なんじゃないかな」って思ってしまうよ。胸のある子なんか、特にね。
 だから法律云々(青少年保護育成条例?)を別にして考えれば、昭和の頃に言われていた「ヌードを撮るなら、15歳から22歳くらいまで」って言うのは、決して間違っては無かったのかもね。

 そうそう、長友健二さんは前に引用した本の中で、こんなコトも書いていてさ。


 十五歳から二十二歳ぐらいの女のいいことは、この年頃が、いちばん女としての変化の激しいときだということだ。毎日毎日、毎月毎月、どんどん成長していく。日に日に美しくなっていくギャルたちが、キミのまわりにもいるだろう。ちょっと見ない間に、すっかり女っぽく美しくなって、見違えた経験を、キミだってもっているはずだ。
 もし同じ子を撮り続けていれば、その変化、変身を見ることができる。いちばん美しい時期の女を、そしてその微妙な変化を、キミたちは絶対に見逃してはいけない
 青春のきらめきをいっぱいにもった、生活の疲れなどまったく知らない、可能性をいっぱい秘めた女、そんな女のヌードなら、絵にならないわけがないのだ。

 ……これって、もしキミにJKの彼女がいたら、早いうちにどんどん脱がせて撮り続けちゃえ!」って唆してるようにも聞こえてしまうのは、黒沢だけかなあ?

 ハイ、当時の黒沢はそう受け取っちゃいマシタ。「一人の子を15~16歳くらいから脱がせて撮り続けるのは、すごく価値のあることなんだ」みたいにさ。
 だから当時同じ高校だったマイコさんとか、中学生の頃に同級生だった子とか、仲良くしてくれていた複数の女の子に「ヌードを撮らせて!」って、マジでお願いしちゃったりもして。
 例の『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』の「芸術のためだ、ガールフレンドに脱いでもらおう」を、ホントに実践しようとしてみちゃったわけデス。
 当時の黒沢の恩師のS先生は、口癖のように「若さはバカさだ」とおっしゃっていたけれど。その頃のコトを思い出すと、「どれだけバカで迷惑なヤツだったんだよ」って恥ずかしくてたまんないよ。

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昭和の写真少年①・「彼女のヌードを撮れ!」と青少年に唆した本

 前にも話した通り、黒沢が写真を撮り始めた動機は、ズバリ「好きな女の子を撮りたかったから」でさ。

 年頃の男子だったら、まあ誰でも思う事だよねえ。自分の好みの可愛い女子を写真に撮りたいと思わない男子なんて、殆ど居ないと思う。
 写真はフィルムで撮るもので、カメラそのものも高価な大人の持ち物だった黒沢の思春期でさえそうだったよ。だからカメラなんてケータイやスマホにも付いていて、フィルム代や現像料の心配もなくタダで撮りまくれる今なら、好きな子の写真くらいみんな撮ってるよね?

 ただ黒沢がフツーの男子と違ってたのは、「黒沢はすっごい凝り性だった」ってコト。「その時々のトレンドを広く浅く」じゃなくって、何かに興味を持ったらとことん極めないと気が済まなくてさ。
 例えば一旦歴史に興味を持つと、中央公論社の『日本の歴史』全26巻と『世界の歴史』全16巻を読み切らないと気が済まない、みたいなね。ハイ、黒沢はコレを中学生の間にやっちゃいました。
 だから社会科に関しては、学校の授業が退屈で仕方なかったよ。だって学校の先生より詳しいトコまで知っちゃってたから、授業で学ぶべき事など一つも無かったからね。
 そんなヤツだから、写真も「ただ好きな子が写っていさえすればOK」じゃなくって、「プロが撮るグラビア写真みたいに、バックをキレイにボカして撮りたい」って思っちゃう。

 けど、その頃はカメラを持ってる中学生なんてまず居なかったし、黒沢の家にあるのだって、俗にバカ○ョン・カメラと言うやつだけでさ。
 当時はまあそれがフツーで、一眼レフなんて余程の写真マニア以外は大人でも持ってないもんだったんだよ。
 あ、ソレは今でも大して変わらないか。

 で、その頃の黒沢の家にあったカメラってのが、ただシャッターを押すだけの、レンズも38mm準広角(ズームですらナイ)って代物でさ。これで女の子をキレイに撮ろうだなんて、「コンデジやスマホのカメラで、雑誌のグラビアみたいな写真を撮ろう!」ってくらいの無茶ぶりだって
 しかも黒沢が写真を撮り始めた頃にはパソコン自体存在しなかったから、画像処理ソフトでイロイロ修正加えるコトも出来なかったし。いや、正確には「出来なかった」って言うんじゃなくて、「撮った後で肌の色も顔の輪郭も体型も変え、シミや皺も消しメークも施し別人レベルに修正した上で、バックもボカせる」なんて、想像すらできなかったんだよ。
 だから家のコンパクト・カメラで女の子をキレイに撮ろうだなんて、ホント「竹槍と気合いで戦車を撃退してやる!」ってレベルの話だったんだよね。

 女の子をグラビア写真みたいにキレイに撮るには、まずカメラも一眼レフじゃなきゃダメ。それで黒沢は、ただ好きな女の子をキレイに撮りたい為だけで、一眼レフを買ってしまったのだ。
 だからその後はもう、マジで写真の勉強に没頭したよ。学校の勉強の為の参考書なんかただの一冊も買わないくせに、撮影技法に関する本は片っ端から買い漁ってさ。
 その頃に黒沢が買い揃えた写真関係の本って、まあこんな感じかな。

『女性写真の撮り方』
『ポートレートの撮り方』
『ポートレートポーズ集』
『暗室技術をマスターする』
『交換レンズとフレーミング』
『ポーズ・表情・ライティング』
『ライティングの実際』
 

 あ、ライティングって言うのは英語のwritingじゃなくって、照明の方のlightingのことだからね。ほら、逆光とかサイドライトとかの、撮影時の光の使い方についての話さ。

 白状する。当時の黒沢が買い込んだ本の中には、こんなのもアリマシタ。

『ヌードフォト入門』
『ヌードの写し方』
『ヌードポーズ集』


 うわあぁ……って感じだよね、今思い返してみても。そんな本を繰り返し、頭に叩き込むように読み耽ってるコーコーセーって、ねぇ。

 そんな本が部屋の本棚に堂々と並べてあるからさ、遊びに来た友達はニタ~として手を伸ばすんだけど。ページをパラパラめくり始めると、すぐつまんなそうな顔して本を元の所に戻しちゃうんだ。
何だ、全然エロくねーじゃん」って。
 当たり前だよ、だって『ヌードの撮り方』と言っても、あくまでも撮り方の教本であって、ヌード写真集じゃないんだから。どんなレンズを使って、露出はどう決めて、主光源とサブライトはどう当てて……みたいなコトばかり、延々と大真面目に書いてあるだけでさ。
 作例写真だって、何か美術学生のデッサンの為の裸婦モデル……って感じでね。モデルもアイドルと違って大して可愛くなくて、しかもニコリともせずにクソ真面目な顔して、「コレはエロじゃなくアートです」みたいなポーズとってるわけ。
 ホント、女優やアイドルがニッコリ笑って体を色っぽくクネらせてるような、皆が知ってるヌード写真集とは全然別物だったんだよ。

 当時の黒沢が買い集めた写真関係の本の中に、『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』ってのがあってね。
 当時としてはあり得ないタイトルの長さで、今改めて見直してみると「ラノベかよっ」なんてツッコミを入れたくなっちゃうけど。
 いや、実際この本ってある意味、写真の教本のラノベみたいなモノでさ。

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ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい―よくわかる写真の基礎知識 (1977年)

 他の写真の撮り方の本って言うと、『ヌードの撮り方』みたいな本でさえ、「光をどう捕らえて、画面構成はこうして……」みたいな小難しいコトを、細かい字でギッシリ書いてあって、黒沢の当時の友人(←ヤリたい盛りの男子高校生)でさえ萎えさせちゃうくらいのシロモノでさ。
 昔の写真の撮り方の本なんて、まあそんなモノばかりだったよ。

 一眼レフでさえフルオートが当たり前で、シャッターを押すだけでそれなりにキレイに撮れちゃう今と違って、昔はただ写真を撮るだけでも難しかったから。だってそもそも、当時のカメラには暗部補正も顔認識も何にもねーし。つーか、ピントもシャッター速度も絞りも露出レベルも、手動で全部自分で決めて撮ってたんだよ。
 マジな話、ちゃんとピントと露出の合った写真を撮るだけでも、知識と経験がそれなりに必要だったんだ。だから「逆光でバッチリ露出とピントが合ってて、しかも背景がキレイにボケている」なんて写真が撮れるだけで、もう「すげー、プロみてー」って扱いでね。
 写真を撮るって、昔はそれくらい難しいものだったからさ。だから写真の撮り方みたいな本も、今よりずっとたくさん出ていたよ。けど、どの本もいかにも「専門書!」って感じで小難しくて、マニア以外にはとっつきにくいのばっかりだったんだ。

 けどその『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』って本だけは別だった。
 まず字はデカいし、文も短くて表現もくだけてて、さらにイラストも多いしでさ。他の小難しい写真の本と比べると、ホントに純文学の本とラノベくらい違ってたよ。

 その中身の一例だけど。
「仲間はずれをつくっちゃいけない記念写真」
「子供をじっとさせるようでは失敗と知れ」
「風景は足で撮るのだ。考えるよりも歩いて捜せ」
 まあこんな感じで、「三行で」とは言わないまでも、難しい理屈をできるだけ噛み砕いて、短くわかりやすく書いてあるんだ。
 前書きにも「この本は、これから写真をはじめるきみたちに贈る入門書」とある通り、対象は明らかに写真を始めたばかりの中高校生……って感じだよ。

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 いや、その前書きやタイトルを見るだけでもわかる漢字の少なさ(きみ、ぼく、はじめる、等々)から見ても、小学生でも高学年なら十分読めるレベルだと思う。
 れんが書房新社が発売元だけれど、協力はキヤノンで、著者の宮崎洋司氏も確かキヤノンに関係のある人だったと思う。
 で、この本は書店だけでなくカメラ屋でも売っていて、何とキヤノン販売株式会社カメラ企画事業部でも売っていたんだ。
 黒沢は本好きで、書店にはもう小学生の頃からゲーセンにでも行く感覚でよく通ってたけど、この『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』だけは、街の書店ではなく、行きつけのカメラ屋で買った覚えがあるよ。

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 で、その『ぼくたちは~』だけど、実は作例写真にヌードが複数枚載ってるんだよね。
 それどころじゃなくて、テーマ別の撮影術の章で、ヌードの撮り方までレクチャーしてたりするのだ。
 その項目の題がまたスゴいんだな。
芸術のためだ ガールフレンドに脱いでもらおう
 いやマジだって、ホントにそう書いてあるんだ。
 中身をもう少し詳しく引用すると、まあこんな感じだよ。

 ①カメラクラブやメーカー、カメラ店などが主催するヌード撮影会に参加するのが早道。
 ②大フンパツしてモデルさんを頼むより、ガールフレンドに頼む道もあるんだ。
 ③野外での撮影は人の目にふれないよう気を配らないと、場合によっては軽犯罪法に問われるヨ。
 ④撮影中は、気楽に世間話をしたりしながら進行すること。
 ⑤相手の美に尊敬の念をもって撮影すること。
 ⑥被写体に一カ所だけ、写して公表すると罰せられるところがある。そこを上手にかくすことも表現技法として考えていこう。
 ⑦静止のポーズをはっきり要求して写す方法や、動いてもらって気に入ったところで止まってもらって撮影する方法なともある。自由にいろいろ試みよう。

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 ……繰り返すようだけれど、この本の対象は写真を始めて間もない中高校生だから。
 その読者の中高校生にさ、「彼女を口説いて脱がせてヌードを撮っちゃおう!」ってマジで唆しちゃってるよね、コレって。

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 そうそう、この本には写真家の立木義浩さんなど数名が推薦文を寄せているけれど、森武夫さんって人がこんなコトを書いていてね。
「映像教育の充実を願うひとりとして、青少年のための秀才れた写真テキストの誕生はたいへん喜ばしい。本書は、学校では出来ない教育を見事にやってのけるに違いない」
 この森武夫さんって、何をしていた人だと思う?
 ズバリ、全国高等学校長協会長さまなのでありマス。

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 ってコトはさ、コレを読んで触発された写真部の高校生が、同級生の女子を口説いて脱がせてヌードを撮ったって、学校のセンセイ方も怒ったりしちゃイケナイよね?
 いや実際ね、黒沢も地元のある高校の写真部の展覧会で、ヌードではないけれどそれに近い写真を見たコトがあるよ。
 その写真はブラとパンツだけのランジェリー写真で、モデルも美人でスタイルも良いんだけど、表情もポーズもすごく硬くて素人っぽくて。
 つけてたブラとパンツも見せる用のお洒落なのじゃなくて、いかにもフツーの普段用っぽくてさ、どう見てもプロのモデルじゃなく「可愛い同級生を拝み倒して撮った」って感じだったよ。

 前にも書いたけれど、昭和の頃って今ではとても想像できないくらい、若い女の子のヌードに寛容だったんだよ。そして、写真を撮ることにもね。

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 コレはその『ぼくたちは~』の、望遠レンズの撮り方についてのページだけど。
 望遠レンズを「盗み撮りレンズ」って、まるで遠くから勝手に盗撮するのが悪くナイことみたいじゃん。
 いや、実際それに近い雰囲気だったんだけどね、当時は。女の子を望遠レンズで少し遠くから撮ってても、別にノープロブレムという感じだったよ。

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 そしてこれは標準レンズの撮り方についてのページだけど、作例に当たり前のようにヌード写真が使われてるし。
 そう言えばあと1ページ、ハイキーとローキーの解説のページにも、ヌードの写真が作例に使われてたな。
 繰り返し言うけれど、中高校生のカメラ少年や下手をすれば小学生も読む本がこんな感じで、キヤノンや全国高等学校長協会長のなどの推薦を受けてたりしたのだ。
 ホント、当時の写真のセカイって、そのくらいフリーダムな空気だったんだよね。

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脱ぐ瞬間を、アートっぽく撮ってみました

 これまで花や富士山の写真をアップしてきたけれど、まあお正月の三が日のうちだし、たまには女の子の写真を混ぜても良いかと……。
 モデルになって下さったのは絵里子サン(18歳)デス。
 18歳と言ってもちゃんと高校も卒業した後だから、青少年健全育成ナンタラカタラに引っかかるコトもない合法写真だよ。
 明日からはまたチラ裏語りの、姉系の話をを続けますんで、宜しければまたお付き合い下さい。
 
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写真を撮り始めた動機は、やはり…

 今回は話題を変えて、久し振りに写真の話をしようかと思いマス。
 で、まず「黒沢がなぜ写真を撮り始めたか?」、だけど。
 ぶっちゃけ「可愛い女の子を撮りたかったから」って、ホントただそれだけだったんだよ。

 そりゃあカメラや写真に対する興味みたいなものは、確かに小学生の頃からあったよ。
 家族旅行などでも、写真はただ撮られるだけでなく、何枚か撮らせて貰ったりしてね。そしてその写真が現像出来て、「コレ、よく撮れてるじゃん」っていう写真は、たいてい黒沢が撮ったものだったりしてね。
 でもだからって、「写真を趣味にしよう」とまでは思わなかった。風景や家族の記念写真などは、「旅行のついでに、一枚か二枚撮らせて貰えれば充分」って感じで。
 それを一変させたのが、小学六年生の頃に同じ班で隣の席になった、セイコさんって女のコだったのでアリマス。

 そのセイコさんを一言で表せば、ラノベやラブコメのヒロインみたいな子だったよ。美人さんで勉強もスポーツも出来て、しかも性格も良くて優しくて、男女両方に好かれて……みたいな。
「そんな小6の女子、いるワケねーだろ!」って怒られちゃいそうだよね。でもセイコさんって、ホントにそういうタイプだったんだよ。
 セイコさんは年の割に背も高くて、体つきも同級生の女子たちより明らかに女の子らしくてさ。けどそれ以上に心も大人と言うか、精神年齢も間違いなくかなり高かったと思う。

 で、そのセイコさんと同じ班で楽しく過ごした小6の一年間もたちまち終わりに近づいて、卒業式の日も間近になってしまってさ。
 小学校を卒業する事自体は、別に悲しくも何ともなかったけれど。ただそのセイコさんと別のクラスになっちゃうかも知れない事だけは、すごーく寂しかったね。
 何しろ黒沢たちが進む事になっていた中学はマンモス校で、一学年に九クラスもあったんだ。だからまた同じクラスになれる確率は、かなり低いと思って間違いないワケで。
 はっきり言って、黒沢はそのセイコさんに恋しちゃってたと思う。

 その一年、セイコさんは黒沢とずっと仲良くしてくれていたよ。けどそれは「セイコさんが“大人”で、誰にでも優しい子だから」であって、黒沢に特別な感情など持ってないこともよくわかってた。
 何しろ相手は、マンガやラブコメのヒロインみたいな子だからね。「黒沢なんかと全然釣り合わねーよ」ってのも、自分でもよくわかってたし。
 ……だいたい身長だって、セイコさんの方が頭半分以上高かったしね。
 そーだよ、「セイコさんが背が高かった」って言うより、黒沢はクラスの男子の中でも明らかにチビだったんだよ。
 だから「告白しよう!」なんて畏れ多いコト、とても考えられなかったよ。
 ただ「離ればなれになってしまうのが、すごく寂しい」って気持ちはどうにもならなくて、それで「別れ別れになる前に、せめてセイコさんの写真だけでも撮って手元に残しておきたい」って思ったんだ。

 で、なけなしのお小遣いをはたいてフィルムを買って、卒業式の日には家のカメラを勝手に持ち出して学校に行ったんだ。
 何しろ小学生だから、マジでお金が無くって。それで買ったフィルムも、一番安い12枚撮りってヤツで。
 SDカードで何百枚でも撮れる今では、とても考えられないだろうけど。昔のフィルムには、たった12枚しか撮れないものもあったんだよ。
 もっと言えば、10枚撮りのライトパンカラーなんてのもあったけど、こちらの方は売っているカメラ屋自体が少なくてね。
 今ならさ、スマホやケータイなどに付いてるのも含めれば、カメラなんて誰でも持ってるよね。けど当時は、ケータイどころか使い切りカメラすらまだ無くってさ。
 カメラそのものが貴重品で、写真なんて何かのイベントの時にしか撮らないような時代だったんだよ。だから学校にカメラなんて持って行くと、「オレを撮れ~!」って奴らが、ご馳走にたかる蠅みたいに湧いて来るワケ。

 で、たった12枚しか撮れないうちの10枚まで、「撮れ~!」ってしつこくまとわり付いてくるコギタネー男子どもを撮らされてさ。そしてようやく2枚だけ残して、例のセイコさんに「撮らせて」ってお願いしたんだ。
 セイコさんはニッコリ笑って、即座に「いいよ」って言ってくれたよ。ただ続けて「アオヤマさんと一緒にね」って。
 そのアオヤマさんってのは、セイコさんと仲の良い同じクラスの女の子でさ。元気で明るいのが取り柄と言えば取り柄で、容姿その他は並……ってトコ。
 告られてはいないけれど、自分に気があるって丸わかりの男子に、「写真を撮らせて」って言われて厭な顔を見せたりも変に照れたりもせず、けど一対一は避けて「友達と一緒になら」って笑顔でサラッと言える小6女子のセイコさんって、やっぱりタダ者じゃナイよね。
 で、黒沢はセイコさんとアオヤマさんを連れて教室を出て、邪魔な人のいない校舎の裏で写真を撮らせてもらったのだ。

 まー、そんなマセたガキだったからね。黒沢は女の子も、女の子の写真を撮るのも大好きっス。
 でさ、中学生になってからも写真クラブに入ってみたり、修学旅行の写真係を買って出たりもしたんだけどね。ただどう頑張ってもプロが撮るような、「瞳にだけピントが合って、背景がキレイにボケた写真」が撮れなくて
 でもそんなの当たり前だよね、だって使ってたのは記念写真を撮る用のコンパクト・カメラで、レンズだってズームですら無い準広角の38mmのみだし。
 で、やがて「プロみたいに撮るには、一眼レフ&中望遠レンズで撮らなきゃダメだ」って知ってさ。

 けど一眼レフのカメラなんて、なかなか中学生の手に入るものではなくて。
 念願のその一眼レフカメラをようやく手に入れたのは、高校生になってからだったよ。
 それからはもう写真のコトしか頭に無いような日々で、つき合ってた彼女にも「キミってさあ、女の子そのものより、女の子の写真の方が好きだよね?」とまで言われてしまったよ。
 当時の黒沢って、キレイな写真を撮るコトにそれくらい一生懸命だったんだ。

「可愛い女の子を撮るのが好き」ってのは、今も変わらないけれど。それ以外にも風景や花や空など、いろんなモノも撮るようになりマシタ。
 時代はまだ昭和で、写真と言えばフィルムで撮るのが当たり前で、露出やピントを正確に合わせるのにもそれなりの知識と技術が必要だった頃に、初めてカメラを手にして。それがデジタル化して、シャッターを押すだけで誰にでもキレイな写真が撮れるようになった今に至る間に感じたいろいろを、今後も気まぐれに、思いつくままに書き綴って行きたいと思いマス。

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女の子に撮られてもらうには

 以前、このブログの写真についての口上書きで、黒沢は「カメラはまだフィルムだった頃には、女の子達も今よりずっと写真に撮られたがった」みたいなコトを話したけれど。
 で、体育祭などで体操着姿の時でも、カメラを持ってると「撮ってー!」って声をかけて来る女子がけっこういた……っての、ホントにマジだから。それも女子の体操着がスパッツなどといった無粋なものではなく、ブルマがデフォだった時代に、だよ。

 で、その女子達が喜んで撮られてくれていた証拠の写真を、黒沢の学生時代の写真の中から少しお見せするね。
 まっ、古い写真ゆえに色調とかオカしいモノもあるけれど、ソコはご愛敬……ってコトで。

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Compact Film Scan 24 178-3 

 と言っても、モチロン「カメラさえ持ってれば、ブルマ姿の女子達が撮られたがって寄って来る」ってワケじゃないからね。
 そこはやはり信頼関係と言うか、ある程度の好感度と言うか、「コイツならキレイに撮ってくれて、写真も悪用しないだろう」って安心感みたいなものを、事前に持ってもらえていての上での話だから。
 端的に言えば、「コイツはすごく写真に打ち込んで頑張ってる」って、女子も含めて周囲の誰もが認めるくらいでなきゃダメ……ってコト。
 元々写真で頑張ってるワケでもなく、「ただ女子のブルマ姿を撮る為に、その時だけカメラを持って来たのではアウト」ってコトだよ。

 女の子に「撮られてあげてもいい」って思って貰えるかどうかは、ズバリ写真に賭ける熱意と真剣さだと思う。
 まっ、残念ながら黒沢はイケメンじゃないからさ。カメラを向けた時、相手の女の子が逃げずに笑顔を見せてくれるかどうかに、撮り手のイケてる度合いが関係あるかは、ちょっとわからないけどね。
 ただ黒沢自身は、撮られる相手の女の子の心を動かすのは、撮り手の容姿でなくハートの問題(熱意と真剣さ)と信じてる。

 で、ブルマの体操服姿だけでなくそれ以上のカッコの写真だって、その熱意と真剣さで撮ってきた……って証拠の一端を、少しだけお見せするね。
 ただ黒沢自身は決して巨乳好きではなく、白状すると女子に関しては童顔&チッパイ派なんで、世に多くいるオッパイ星人の男性達はガッカリさせてしまうかも、だけど。 

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 こんな感じで、以前は“生きた花”たちを追いかけて撮り続けていたけれど。何しろ昔は、「目指せ、第二の篠山紀信」だったしね。
 でも今の黒沢はすっかり枯れ果ててしまいまして、まるで現役を引退したご隠居サマのように気ままに、本物の花や空などを主に撮ってマス。

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ブログ用PENTAX K-x 075 

 デジタル時代の黒沢の撮る写真って、マジでこんな感じでさ。
「黒沢が一番気合いを入れて写真を撮ってたのは、やはり銀塩写真の時代だったなぁ~」って、つくづく思わされる昨今でアリマス。

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