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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

程よい色に染まった夕空

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 私には年子の姉がいましたが、私と姉は性格も思考も何もかも真逆でした。

 まず姉の基準は幼い頃から「周りの人達にどう思われるか?」で、猫かぶりの達人の内弁慶だった上に、自分が他人から良く思われる為には家族も容赦なく犠牲にする人でした。
 だから親戚の前でも学校でも「優等生の良い子ちゃん」で、勉強も全て「皆から誉められる為に、教科書の勉強を」頑張りました。
 さらに外で自分を抑えて“良い子”でいるストレスを、家でヒステリーを起こしまくり我が儘放題して晴らす人でした。
 そして父も母も「この子が皆に誉められるなら」と、姉のヒスと我が儘を容認していて決して叱りませんでした。

 私は違います。
 私は猫など被りません。
 少なくとも子供の頃の私は、家でも外でも、教師だろうが伯父伯母だろうが誰の前でも素のままの自分でいました。
「自分を飾って良く見せよう」という発想自体が、そもそも私には無かったんです。
 また、勉強も私にとっては「自分の知的好奇心を満たす為のもの」であって、教科書の範囲だの点数だの、そんなものは全く関心ありませんでした。
 テストに出るか、出ないか。
 そんな事は私には全く関係ありませんでした。
 だから小学生の頃から好きで楽しくて勉強して、他の子供が遊ぶように大人の読む辞典や図鑑や文学全集を読んでいました。
 ですから学校のテストの点数は姉の方が上でしたが、知識や教養の点では私の方が遙かに上でした。
 中学生の頃には、私の専門知識は教師を超えていました。
 私から見れば、姉は「ものを知らない、外では猫かぶりのヒス姉ちゃん」でしかありませんでした。

 でも年子ですから、親戚の家でも学校でも私と姉は頻繁に比較されるわけです。
 で、世間の評価は「お姉ちゃんは凄く良い子」で「弟は出来損ない」なんですよ。
 私の専門分野についての知識も、教師には「それはテストに出ないから」と突き放されるだけで、同級生たちにもただ変人扱いされるだけでした。
 姉が良い子に見えるのも猫を被っているだけ(家ではヒスってストレス解消しまくり)という事実も、大人たちも含めて誰にも全くわかって貰えず、それを言えば「ただ僻んでるだけ」と余計に私の悪評が高くなるだけです。

 何しろですね、中学の時の担任教師まで私に「お前は、お姉ちゃんの爪の垢を煎じて飲め!」と言い放ったんですよ。
 それも、クラスの皆の前で。
 当然、クラスの皆は爆笑します。
 その時の屈辱と恨みは、今も忘れていません。

 だから私、子供の頃から人間と世の中をものすごく斜めに見ていましたね。
「大人も含め、殆どの人はバカ」
 子供の頃から、その現実を肌で思い知らされて生きてきました。
 中高校生時代の私は、『エヴァンゲリヲン』のアスカのように「あんた、バカぁ!?」という尊大で高飛車なノリで生きていましたね。
 まあ中二病でもありましたが、何しろ当時は無理解な周囲の全ての人々に怒っていました。
 で、大人になってからはさすがに醒めて、『機動戦艦ナデシコ』の星野ルリのようにボソリと「……馬鹿ばっか」と呟く、という感じで。
 このブログで私の物言いが「偉そう」とか「他人を見下している」とか思われがちなのも、そうした子供の頃からの「多くの人は馬鹿で、本当の事などわからないどころか、知ろうとすらしない」という体験があるせいです。

 それはともあれ、私はいろいろあがいて余計に痛い目を見た挙げ句に、「多くの人は馬鹿で、その馬鹿な人達に理解してもらおうとするのは所詮無駄な努力」と悟ったわけです。
 で、他人が何を言おうが気にせず無視して、我が道を行き自分がやりたい事をして生きよう……と。
 何しろ周りの人達は「馬鹿ばっか」ですから、馬鹿に何と思われようと気にするだけ無駄です。

 でも他人に何を言われても平気で、一人で偉そうに生きていても、本音を言えば寂しかった。
 親でさえ姉と差別こそしなかったものの、親戚の家で「弟は駄目」みたいに言われても苦笑して見ているだけで、何も助けてはくれませんでした。
 世の中の全てが敵でも構わない、たった一人で良いから私を理解して愛してくれる人が欲しかった。
 だから私、恋愛に過剰な期待を持ってしまったんです。
「恋人なら、全てを理解して受け入れてくれるのではないか」と。
 それで私、ただ年頃になったからという理由以上に、彼女を求めてしまったのです。
 その結果ですか、それはまた明日に続きます。



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オールドパー・シルバーとハイボール

 新聞を読んでいたら、新製品としてオールドパーをややお手頃にした製品、オールドパー・シルバーが紹介されていた。
 オールドパーよりは格下ではあるが、廉価版と呼べるほど安くもない。
 だが記事によると、輸入しているモエ ヘネシー ディアジオは、日本人にこれをハイボールで飲むよう勧めている。
 お手頃価格でもないこれを、薄く割りハイボールでガブ飲みしろと言うのか?
 で、納得できなかった筆者は、そのオールドパー・シルバーを買い、いろいろ試して飲んでみた。

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 キャップを開けると、安いスコッチと違ってアルコールの刺激臭が無い上に、品の良い穏やかな甘くフルーティーな香りを感じる。
 ほのかなスモーキー香も、良いアクセントになっている。
 スモーキー香は隠し味程度なので、スモーキーさが好きでない人にも良いと思う。
 飲むとまろやかで甘く、そしてビターだ。
 ストレートで充分に美味しく、スタンダード・スコッチとの差を開封直後にストレートで飲んで痛感する。
 コクも充分にあり、味わい深い。
 ナッツとフルーツとキャラメルの味わいに、僅かなスモークの香り。
 まず感じるのは、程良く、しかし確かな甘さだ。
 そしてそれをビターさが上手に引き締めている。
 一言で表現すれば「甘くビター」だが、それだけでは言い表せない奥深い味と香りを感じさせてくれる逸品だ。
 余韻は奥深い甘さとスモーキーさで、心地良く長く続く。
 味に甘さの他に濃さと深みがあり、不満や欠点などただの一つも無い。
 キャップを開けてすぐ、空気に充分に触れさせ長い眠りから覚めるのを待たずに飲んで、「これは美味い、これは好きだ!」と感動した。

 時折空気に触れさせながら一週間ほど待ち、改めてストレートで飲んでみた。
 穏やかに感じた香りが、とても豊かかつ甘やか、そして華やかになっていた。
 このウイスキー、数日間待って空気に触れさせるだけで、香りがグッと華やかになる。
 香りにメープルシロップも感じる。
 口に含むとまず甘く、そしてビターだ。
 バーボンのようなキャラメルの濃い甘さではなく、しっかり感じるが爽やかで心地良い花の蜜に似た品の良い甘さだ。
 そのしっかり感ある甘さはビターさによってスッと消え、余韻には程良いスモーキーさが主に残る。
 スモーキーさは香りの中や飲んでいる時には殆ど感じず、飲み下すと口の中にフワリと広がる感じだ。
 スモーキーさを求める人にもそうでない人にも向いた、絶妙のバランスだ。
 甘くビターでコクがあり、まろやかでありながら豊かな味わいで、さらにスモーキーさも残す、とても素晴らしいスコッチだ!
 ストレートで飲んで口当たり良く滑らかで、これをわざわざ何かで割る必要を少なくとも個人的には全く感じない。
 このオールドパー・シルバー、特別の日のお酒にするのではなく、普段飲むことができたらとても幸せだ。

 この豊かなコクと深い味わいを台無しにするかも知れないと思うと、ストレートでじっくり味わった後これでハイボールを作ろうと思うと、正直に言って気が引けてしまう。
 だが日本人で「ウイスキーを飲む」という人の大半は呪文のように「ハイボールで!」と言うし、輸入代理店のモエ ヘネシー ディアジオも日本人にはハイボールで飲むよう勧めるので、あえてハイボールを作って飲んでみた。
 冷たいグラスと炭酸水で冷やされたせいで、香りはほぼ「台無し」に近いほど損なわれる。
 このスコッチのハイボールの香りを良いと思えるのは、ストレートの豊かな香りを知らないお気の毒な人だけだ。
 ただ1:3に薄めた割には味わいが残り、ビターさもスモーキーさも消えて無くなるものの、ただ「甘い」だけでは言い表せない複雑かつ上品な甘さを感じさせてくれる。
 安いウイスキーで作ったハイボールとの「格の違い」を感じさせてくれる。
 確かに「ハイボールも、良いウイスキーで作った方が美味しい」ことを実感させてくれた。
 それでもハイボールにすると、ストレートで飲んだ時の華やかな香りや豊かな味わいとコク、それにスモーキーな余韻などの様々な良い点が台無しになるのも痛いほど感じた。

 オールドパー・シルバーのハイボールは、安いウイスキーのハイボールより確かに「美味しい」が、ストレートで飲んだときに感じた良さが色々と損なわれるのは、紛れもない事実だ。
「喉の渇きを癒すとか、料理を流し込むなどの為にガブガブ飲むなら、角瓶のハイボールで充分だろwwww」と心から思った。
 ハイボールは、例えばビールなら程々に冷やしてゆっくりじっくり味わって飲むことを知らず、「キンキンに冷やして喉越しでガブ飲みするもの」としてしか認識していない人の飲み物であると、改めて理解できた。
 このオールドパー・シルバーのような良いスコッチをハイボールにして飲むなど、本当に「勿体ない」としか言えない。
 ウイスキーをストレートでも飲める人は、このオールドパー・シルバー、是非ともストレートで飲んでいただきたい。

 ウイスキーの中には1:1のトワイスアップで割るだけでも「水っぽい」と感じさせるものが少なからずあるが、オールドパー・シルバーは水で割ってもかなり味を残す。
 もちろん味や香りはかなり損なわれるが、相当に薄く割っても、甘さを中心としたウイスキーの味の片鱗はそこそこ残す。
 だからトワイスアップが、案外に良かった。
 水っぽさは感じず、ストレートの味わいとコクをかなり残しているので、普段は日本酒や本格焼酎やワインを飲んでいる人なら美味しく飲めると思う。
 ただ香りとビターさと余韻が損なわれるので、「ウイスキーをストレートで飲めるなら、是非ストレートで」と勧めたい。
 ただ日本人は歴史的に「軽い酒が好きな陽気な民族」なので、アルコール度数が40%かそれを越える蒸留酒を「キツい」と感じる人が少なからずいるのは事実だ。
 その種のストレートのウイスキーやブランデーをキツく感じる方は、ハイボールでなく是非トワイスアップで飲んでいただきたい。

 筆者はこのオールドパー・シルバー、「ストレートで飲むのが最良!」と断言する。
 そして「ハイボールとは、ストレートでは80点の良いウイスキーを50点にし、原酒が若すぎてストレートではとても飲めない20点の安物ウイスキーを40点のまあ飲める状態にするもの」と、改めで実感した。
 繰り返すが、ハイボールは良いウイスキーで作った方がより良いのは事実であると同時に、「良いウイスキーの味と香りと余韻を損ない台無しにして、安いウイスキーを飲めるものにする」のも確かである。

 最も美味しいと感じたストレートで、オールドパー・シルバーをあのジョニ黒と飲み比べてみた。
 香りは似ているが、オールドパー・シルバーの方がやや華やかに感じた。
 ただアルコールの刺激はジョニ黒の方がより少なくりまろやかで、ジョニ黒の方が原酒がより熟成されていると感じる。
 だがその差は間をおかずに続けて飲み比べなければわからず、殆ど気にならない。
 オールドパー・シルバーの方が甘くフルーティーで優しく、ジョニ黒の方がよりビターでスモーキーで、まろやかでありつつ男性的で力強い。
 オールドパー・シルバーはスモーキーさを主に余韻に感じるが、ジョニ黒は飲む前の香りだけでなく、口に含んでも感じる。
 比べるとジョニ黒の方がよりスコッチらしく個性的で、オールドパー・シルバーはバランスの取れた万人向けの、ウイスキー好きになら誰にでも勧められる良品だ。
 これは普段に飲めたらとても幸せな、実に良いスコッチだ。
 ジョニ黒にこそ及ばないもののその差は本当に僅かで、「自分はオールドパー・シルバーの方が好きだ」と言う人もいる筈だ。
 それに対し、ジョニ赤やベルやホワイト&マッカイなど、どれだけ良いスタンダード・スコッチと比べても、その差は歴然としていて段違いである。
 ただ、それは「ストレートで飲んだとしたら」という前提の話で、日本人が大好きなハイボールにしてしまったら、気をつけ味わって飲まない限りその違いはわからないだろう。

 唐揚げなど料理を流し込みながらハイボールにしてガブガブ飲むなら、このオールドパー・シルバーなど良いウイスキーを使うのは全く無意味で、本当に角瓶で充分である。
 出来ればストレート、日本酒や本格焼酎やワインを飲めるならせめてトワイスアップで飲んでほしい。
 このオールドパー・シルバー、オールドパーより格下扱いだが安いものではないので、そうでなければ勿体ない。
 ウイスキーをハイボールで飲むべきは、お酒と言えば「キンキンに冷やしたビールを喉越しでガブガブ!」という人のみだ。
 ビールすらあまり冷やしすぎるのを避け11~16℃程度にして、香りを楽しみながらゆっくりじっくり飲みたい筆者に言わせれば、オールドパー・シルバーを美味しく飲むには、①に常温ストレートで、②がこれも常温のトワイスアップ、③も④も無く、⑤あたりにようやくハイボールといったところだ。

 こんなオールドパー・シルバーを、華やかな香りも豊かな味とコクも余韻も台無しにするハイボールで飲むことを日本の消費者にあえて勧めるモエ ヘネシー ディアジオの販売(宣伝?)担当者は、この国の異様とも言える「ウイスキーの」ではない「ハイボールの」ブームを熟知しているのだなとは思う。
 しかしそれと同時に、「ウイスキーを愛する者ではなく商売人なのだな」とも思った。

 輸入代理店はハイボールを勧めるが、このオールドパー・シルバー、「ビールや缶チューハイしか飲めない」というのならともかく、日本酒や本格焼酎やワインも飲めるなら、ストレートと言わぬからせめてトワイスアップで飲んでほしいと願う。
 筆者個人はこのスコッチ、ストレートが最も美味しいと確信している。

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東条英機は悪人ではないが…(真面目な政治家はより危険である)

 大学では史学科日本史専攻コースで歴史を学んだ筆者が独断と偏見で選ぶ「戦後の日本の首相ワースト3」は、

 小泉純一郎
 安倍晋三
 菅義偉


 以上の三名である。

 それに戦前も含め「日本の憲政史上ワースト5」にするならば、さらに山県有朋東条英機を付け加えたい。
 この五人とも全て、日本を「ぶっ壊す」悪い方に導いた者ばかりである。

 我欲と私怨に満ち、軍国主義者で日本を軍国日本に仕立て上げて侵略戦争への道を開いた山県有朋。
 中国に加えてアメリカとイギリスも相手に、鼠が複数の大きな猫と戦うも同然の無謀な戦争を始め、この国を破滅寸前に追い込んだ東条英機。
 話し合いの出来ない新自由主義者の煽動政治家で、自民党でなく総中流社会だった日本を「ぶっ壊して」格差社会の国に作り替えた小泉純一郎。
 その格差をさらに広げただけでなく、戦争法案や共謀罪や特定秘密保護法案など数々の悪法を強引に成立させた上、オトモダチを優遇しモリ・カケ・サクラと疑惑だらけの安倍晋三。
 そしてその安倍の腹心としてアベ暗黒政治を支え、まず己が官房長官だった頃の政府に異議を申し立てた学者を陰湿に排除するところから恐怖政治を始めている菅義偉。
 この五人、いずれも劣らぬ悪い、極悪と言っても良い首相である。

 ただこの五人のうち、東条英機だけは他の悪党と少し毛色が違う。
 複数の大国を相手に勝ち目のない戦を始めるという救いがたい判断ミスを犯し、そしてその己の判断の過ちで直接に死なせた人の数は、日本史上でもずば抜けて多い。
 だがこの東条英機という人、個人的には「悪い人」ではないのだ。

 菅義偉は、選挙で選ばれた政治家が誰よりも偉く、国民に全権を白紙委任されているのだという意のことを語っているが。
 この東条英機は陸軍から選ばれて陸軍大臣になり、そこから首相になった人で、戦前の日本にもあった選挙で選ばれた政治家ではない。
 陸軍大学を優秀な成績で卒業したエリート軍人であり、国民や官僚に頭を下げる必要など、この人には全くなかった。
 しかしこの人が立場を利用して誰かに、とりわけ弱い者に威張ったという話は全く聞かない。

 こんな話がある。
 戦争中に首相だった東条英機は、道路を走っている最中に運転手に車を停めさせ、道端のゴミ箱をチェックし、そして近くにいた主婦に配給は足りているかなどと、丁寧な言葉で尋ねたという。
 東条は国力の差を無視して無謀な戦争を始めたが、それでも庶民の暮らしも気にはしていたのだ。
 そして首相でも、選挙など気にする必要もなくても庶民に決して威張らない。

 東条英機の甥に陸軍中佐がいて、これが遊び人だったらしい。
 ある日、この甥が東条の自宅を訪ねたところ、東条は所用で不在だった。
 で、この甥はただ帰るのではなく、東条がいないのを幸いと、東条家の女中の手を握って口説いた。
 その甥が帰った後、東条も帰宅した。
 そして女中から話を聞いた東条は、烈火の如く怒った。
 ただ怒るだけでなく、直ちにその甥を呼びつけ、鉄拳制裁をして叱りつけた。
「陸軍中佐ともあろうものが、何と破廉恥なことをする、けしからん!」と。
 実際には日本軍人、それも将校や将官に女好きは少なくなく、戦争中にも戦場に女を連れて行き、芸者遊びまでする(その芸者の風呂焚きも兵士にさせる)高級将校すらいた。
 しかし東条は、身内にすらその種の事は許さなかった。
 根っからの真面目人間なのである。

 仕事は一人で何でも抱え込み、ただ首相というだけでも激務なのに、その他に内務大臣・商工大臣・軍需大臣・参謀総長まで兼務して仕事をこなすという働きぶりである。
 もちろん、仕事は帰宅後も自宅で続けた。
 ある参謀が作戦について認可を貰う為、夜中に東条の私邸に行くと、東条は入浴中だった。
 参謀が遠慮して帰ろうとすると、東条は引き留め、風呂から出るまで待たせるのではなくその場で要旨を口頭で言わせた。
 そして東条は浴室の中からドア越しに参謀の話を聞き、即座に問題点を幾つか指摘した上で「以上の点で問題なしと確認できたら、作戦は認可する」と言った。
 その風呂場での東条の指摘は、参謀が驚くほど的確だったという。

 庶民に威張らず、真面目で女遊びもせず、猛烈に働く。
 さらに山県有朋のように汚職を働き私腹を肥やしたり、安倍晋三のようにお仲間を贔屓したりなど、後ろ暗いことは全くしない。
 時代劇や『半沢直樹』に出て来るような悪代官や悪い重役とは、東条英機はまるで違うのだ。
 個人的には真面目な働き者で、私利私欲で動くようなことはしない。
 もし東条英機が会社の管理職あたりにいたら「仕事の出来る人」と評価され、「良い人なんだけれど、真面目で堅すぎるんだよなぁ」とも囁かれただろう。

 ただ優秀だし管理職までは任せられるが、トップに立たせてはいけない、大局を判断出来ない人でもあった。
 そして東条英機は悪人ではないのに、器でないトップに立った為に国内外の数百万もの人を死なせ、その為に己もA級戦犯として絞首刑台に立つ羽目になってしまった。
 当人にとっては、誠に不運な話だった。
 もちろん太平洋戦争で命を落とした各国の兵士や民間人にとっては、ただ「不運だった」では済まされない話だが。

 山県有朋、東条英機、小泉純一郎、安倍晋三、そして菅義偉。
 この中で「私利私欲の無い、真面目な良い人」と言ったら、唯一、東条英機だけである。
 さらに日本とほぼ同時期に侵略戦争を起こしたドイツのナチスの幹部と言えば、ヒトラーを始めとして根っからの悪人ばかりである。
 ナチスの幹部には、人種差別主義者でただ冷酷というレベルを超えたサイコな精神病質が多い。
 しかし東条英機などの日本の戦争指導者は違う。
 山県の後を引き継いだような軍国主義者で、「日本さえ良ければ他国は犠牲にしても構わない」というエゴイズムで多くの他国の人を苦しめ、「精神力さえあれば勝てる」という精神主義で多くの日本人を死なせたが、それでも東条らはナチスの幹部のような、性格や人格に障害のある社会病質者の悪人ではない。
 だからその為に東条の身内や「日本は悪くない、あの戦争は侵略ではなく正義の戦争だった」と言いたがる右翼など、東条らA級戦犯については「何も悪くないのに罪を着せられて連合軍に処刑された犠牲者だ」と言い張り、また東条らを靖国神社に神として祀るなどして称える日本人が少なくない。

 確かに東条英機は、個人的に見れば決して悪人ではない。
 だが当時の日本軍の総力戦研究所が冷静に戦力と国力を計算し、「対米戦争に勝ち目はない」という結論を出したにもかかわらず、精神力と大和魂で勝てると無視して戦争を始め、そして戦局が総力戦研究所の推測通りに不利になっても戦わせ続け、多くの兵士と民間人を死に追いやった罪は大きい。

「悪人ではないから、指導者としての判断と結果についての責任は負わなくて良い」などという理屈は成り立たない。
 いくら人としては悪人でなくても、己の行為とその結果については罪と責任を背負わなければならないのだ。
 筆者は「東条英機は悪い人ではない=だから戦争責任も無いしむしろ犠牲者である」という東条の遺族と右翼の主張については、「百パーセント間違っている!」と断言する。
 さらに東条らを神と祀って恥じない靖国神社の神官たち、そしてそれを平気で拝みに行く国民についても「戦争で犠牲になった人達の気持ちを踏みにじる愚か者ども」と軽蔑する

 繰り返す。
「悪い人ではない=罪はない」とはならないのだ。
 筆者が日本の憲政史上ワースト5の首相として名前を挙げた、山県有朋、東条英機、小泉純一郎、安倍晋三、そして菅義偉のうち、「悪人でない」と言えるのは東条英機だけだろう。
 彼は私利私欲の無い、彼なりに国の為に尽くした真面目な働き者である。
 だが彼が間違った軍国主義教育と軍人教育を真面目に信じ、真剣かつ懸命に国をあげて戦争に務めたゆえに、逆に軟百万という国内外の人が死ぬことになったのだ。
 それを無視して「悪気は無く真面目だったのだから無罪だ」と言える人など、誰もいなかろう
 もし東条英機が、彼がぶん殴った甥のような女好きで、日が暮れたら仕事など適当に切り上げて芸者遊びにでも出かけ、酒を飲み女の尻を追いかけているような男だったら、あんな酷い戦争にはならなかったのではないか。
 東条の場合、彼の真面目さが逆に日本の惨禍を大きく酷くしたのだ。

 フォン・ゼークトというドイツの有名な軍人が言った、有名な言葉がある。

 優秀で真面目な軍人は、参謀に向いている。勝つ為に必死に作戦を練るだろう。
 優秀で怠惰な軍人は、前線の司令官に向いている。生き残る為に、懸命に戦うだろう。
 愚かで怠惰な軍人は、連絡将校や兵隊に向いている。ただ言われたことだけするだろう。
 愚かで真面目な軍人は、即刻軍から追い出すか銃殺すべきだ。彼らは誤ったことも延々に続け、取り返しのつかぬことをするだろう。


 東条英機は軍の学校では成績優秀だったが、ただでさえ手を焼いていた中国に加え、さらにアメリカやイギリスにも同時に戦争を仕掛けて「精神力で勝てる」などと本気で思っていた愚か者である。
 そんな愚か者をこの国の指導者にしてしまった結果が、先の大戦の悲惨な敗戦だ。
「真面目な愚か者を指導者に選ぶと、その国の惨禍を逆に大きく酷くする」という現実が、東条の例でよくわかる筈だ。

 愚かだが真面目で良い人は、平凡な一市民ならむしろ歓迎される存在だ。
 しかし「真面目な愚か者を指導者に選んではならない」という歴史の教訓を、有権者の皆さんは心に深く刻んでおいてほしい
 国民の権利や自由を奪う、あるいは格差を拡大するような悪い法案や悪い政策を、コツコツ、じりじりと進めて行くような政治家は、国家と国民にとり最も危険な存在である。
 その種の悪法や悪政を真面目に休まず推し進める政治家より、収賄や不倫が発覚して叩かれるようなただ愚かな政治家の方がまだマシである。
 さて、就任早々「自助が真っ先でまず自分でやれ、国が手を出す公助は最後の最後だ」と言い出し、学問の世界にも忖度を強要し、説明責任はアベ時代と同様に無視する菅政権は、どの種の指導者であろうか。

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雲が描く直角三角形

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 私、若い頃に美少女のせいで事故を起こしかけました。
 車で、ある高校の前の道路を走っていた時のことです。
 その高校の前のバス停に、一人の女子高生が立って目を遠くに向け、バスが来るのを待っていたんです。

 もう、すっごい美少女でした。
 小柄で華奢な体つきで、とても色白で、少し茶色がかった髪は肩まででサラサラで。
 一本の細い線で描いたようなスッキリした顔立ちで、目はパッチリ、摘んだような鼻は形良く、小さなピンク色の唇は花びらのよう。
 全盛期の広末涼子さんを、さらに繊細かつ可憐にしたような美少女でした。
 もう、車を運転中ということも忘れて、その子に見とれましたね。
 その子の前を車で走りながら顔を動かしてガン見し続けて、映画の『エクゾシスト』のように顔を真後ろに近いくらいまで回して、限界がきて渋々顔を前に戻した瞬間、私の顔から血が引きました。
 前の信号は赤で、他の車が止まっている!

 慌てて必死にフルブレーキをかけ、ギリギリのところで停車して追突は回避しましたが。
 ただ道端に立っているだけで、その前を通った車のドライバーに事故を起こさせかけるのだから、美少女というものは罪なものですね。
 いや、ただ私が間抜けなだけなのかも知れませんがorz。

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澄んだ青と白

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 これでも私、若い頃にはかなりの美人さんと仲良くなれたことがあります。
 相手は女子高の、新体操の選手で。
 ですからスラリとしてスタイルが良く、さらにパッと目立つ広末涼子系のスッキリ顔で。
 街で一人で下校中の彼女を見かけて一目惚れをして、「ここで逃したら二度と逢えない」と腹を括って思い切って話しかけたんです。
 そしたら彼女、嫌がらず警戒もせずに相手をしてくれて、名前と連絡先も教えてくれました!

 彼女の通っていた学校は、何しろ“女子高”ですから。
 中学だろうが高校だろうが大学だろうが、女子校は男性と接触する機会が無いですからね。
 だから女子校の学生が男の人と知り合うには、「知り合いに紹介して貰う」とか「合コンに出る」などしか無いわけで。
 で、女子校の生徒と言うと、自分から打って出て積極的に男と付き合うか、全く異性と縁の無い生活をしているか、そのどちらかの両極端なんです。
 そして彼女は部活で頑張っていたから、後者の異性とは縁の無い暮らしをしていたわけで。
 その異性に慣れておらず警戒心も無い所に、私が声をかけたというわけで……。

 けれど異性と知り合う機会が無いにしても、こんな美人が私と仲良くしてくれるなんて「変だ」と思ってはいたんですよ。
 その謎が解ける時が来ました。
 ある日、彼女は綺麗な澄んだ目で私を見ながらこう言いました。
「あたし、目がすごく悪くて、貴方の顔もよく見えてないの」

 眼鏡は授業中以外はかけたくない、でも運動をしているからコンタクトもしていない……というわけです。
 傷つかなかったと言えば、嘘になりますが。
 けれど目がよく見えないおかげでこんな私が彼女と仲良くなれたのだから、まあ儲けものですよwwww。



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